EMTトンテクニック(EMT tontechnik)は、2018年からEMTの業務を引き継いだスイスのハイフィクション社が手掛けている。主宰者のミッハ・フーバ氏はターレス・トーンアームを開発した才人であり、私はEMTの前途が輝かしいと信じている。ここで紹介するフォノイコライザーアンプのEMT128は、EMT製フォノカートリッジが秘めたパフォーマンスを最大限に発揮するために開発された製品。アルミニウムを切削加工して造られた堅牢な筐体は、正面から見ると横置きにしたスタイラス=レコード針の形状を想わせる。
EMT
EMT128
¥1,400,000(税別)
●入力端子:MC1系統(RCAアンバランス)●出力端子:1系統(XLRバランス)●負荷インピーダンス:500Ω●利得:64dB/70dB●使用真空管:7952(RAYTHEON)×6●寸法/重量:W480×H60×D315mm/12kg●問合せ先:(株)エレクトリ TEL 03(5419)1594
本機の増幅回路は驚きの内容である。RIAAイコライザー回路は、ミッハ・フーバ氏によると独自手法のCR型という。スウェーデンのルンダール・トランスフォーマーズ社によるカスタムメイドの昇圧トランスと出力トランスには、EMTの銘が記されている。出力はXLR端子のバランスのみだ。
増幅回路には左右チャンネルで合計6本のサブミニチュア管(SMT)が使われた。SMT管は端子の接続にハンダ処理が必要なため現在は採用例が少ないけれども、EMTの開発陣はその音質に光明を見出したに違いない。RIAAに加えてモノーラルのDIN78が用意されているのは、ヨーロッパの製品らしい配慮といえよう。
本機の試聴には、EMTの最先端であるJSD VMとヘッドシェル一体型のTSD MRBを用意した。テクニクスSL1000Rに装着したグランツ製MH1000SトーンアームにはJSD VMを、標準搭載のトーンアームにはTSD MRBを組み合わせた。プリアンプはトランス受けによるバランス入力を装備するウエスギのU・BROS280Rを使用。パワーアンプも同社U・BROS120Rである。スピーカーはB&Wの800D3。
まずはサファイア・カンチレバーのJSD VMと組み合わせた音である。ドナルド・フェイゲン「ザ・ナイトフライ」は音に厚みがあり油彩画のような色彩美をイメージさせる美音。同社製フォノカートリッジとの専用設計らしい相性の良さが感じられる、力強くワイドレンジな写実的サウンドである。ステレオサウンドの中森明菜(Vol.3)で聴く「ダンスはうまく踊れない」も音場空間が広く、音が希薄にならずに彫り深く描く。アンセルメ指揮「三角帽子」は音の密度感が抜群で、音のキレも鋭く腰の据わった音を構築する。
放送局用のTSD15を現代仕様にしたTSD MRBはボロン製カンチレバーだが、針先はJSD VMと同じだ。トーンアームが異なるしマグネシウム製ヘッドシェルを纏っているためか、ドナルド・フェイゲンではほんの僅かに音が太く暖かみも感じられる。中森明菜も重量が乗った堂々とした音の語り口。これも魅力的で甲乙つけがたいのだが、私はJSD VMと組み合わせた音が好きだ。
本機はEMT製フォノカートリッジのベストパートナーと断言できる逸品である。