2月25日に、EVO SOUNDから発売されたボブ・ジェームスの新譜『フィール・ライク・メイキング・ライブ!』は、オーディオビジュアルファン注目のグレートタイトルだ。
本作はMQA-CD、SACD、ブルーレイ、UHDブルーレイ、アナログレコードという5種類のメディアで発売され、しかもSACDには5.1ch音声が、UHDブルーレイにはAURO-3Dとドルビーアトモス音声が収録されている。さらにそのミックスは、本連載でもお馴染みのWOWOWO入交英雄さんが担当した。
今回の連載では、WOWOWの視聴室、オムニクロスにお邪魔して本作のAURO-3D音声を体験、どんな経緯で本作のような、ある意味で凝ったパッケージソフトが誕生したのかについて、関係者にインタビューしている。(編集部)
FEEL LIKE MAKING LIVE!/BOB JAMES TRIO(発売元:Evolution Media Limited)
●MQA-CD ¥1,870(税込)
●SACD ¥2,860(税込)
●BLU-RAY + MQA-CD ¥2,640(税込)
●4K ULTRA HD BLU-RAY ¥2,640(税込)
●2LP/180g ¥6,050(税込)
●2LP/Orange Vinyl ¥6,050(税込)
アーティスト活動60年の集大成によるセルフ・カヴァー作品。MQA-CDや2ch/5.1ch音声を収録したSACD、ブルーレイ、UHDブルーレイといった多くのフォーマットで発売されている。
今回視聴したUHDブルーレイには、当時のレコーデイングの思い出や、自身の半生について答えた貴重なインタビューも収録。4Kカメラで撮影された高画質のライブ映像と、イマーシブ・オーディオ(DolbyATMOS、AURO-3D)や96kHz/24ビットのステレオ音声も収められている。
麻倉 今日は、2月25日に発売されたボブ・ジェームスさんの新譜『フィール・ライク・メイキング・ライブ!』を、WOWOWの視聴室・オムニクロスで体験させていただきました。
本作は多様なメディアで発売されており、また2chからイマーシブオーディオまで多彩なフォーマットで楽しめる点も特徴です。そこで今回は、なぜボブ・ジェームスさんの作品をイマーシブオーディオで収録することになったのか、さらになぜ入交さんがミックスを担当しているのかといった点からお話をおうかがいしたいと思います。
ディスクを発売しているEVOLUTION MEDIA LIMITED(本社・香港)の山崎賢太郎さん、本作でAURO-3D制作のコーディネートを担当したARTSRIDGE LLCの濱﨑公男さん、MQA Limitedの三上 勉さん、そしてWOWOW技術局 エグゼクティブ・クリエイター/博士の入交英雄さんという関係各位に集まっていただきましたので、詳しくお話しを聞かせてもらいたいと思います。
山崎 EVO SOUNDの山崎です。もともとこのタイトルは2chでリリースする予定でした。2018年10月にはレコーディングが終わっていて、ミキシングが始まるというスケジュールで進んでいました。
たまたまその頃に三上さんから、イマーシブオーディオを作っている面白い方がいますと言われ、入交さんを紹介いただいたんです。当時の私はイマーシブオーディオとはどんなものか知りませんでしたので、熱海にある入交さんのご自宅にお邪魔して、音を聴かせもらいました。そこで、これは凄いと感動したのです。
するとその翌週、香港のEVO SOUND本社とリモート会議をしていた時に社長から、「山崎はイマーシブオーディオを知っているか?」という話が出たのです。海外でイマーシブオーディオが注目を集め始めており、社長も気になっていたようです。その場で、「この前イマーシブオーディオを聴いてきたけれど、凄かった! ボブ・ジェームスの企画でぜひ採用しましょう」と提案しました。
麻倉 それは凄い。最高のタイミングですね。
山崎 本社サイドも面白そうだと思ってくれたのですが、まずはアーティストを説得しなくてはいけません。そこでデモ音源を作って、本人に聴いてもらおうということになりました。さっそく入交さんに2chミキシング用の音源データをお渡しして、イマーシブオーディオにミックスし直して下さいとお願いました。
入交 最初はボブ・ジェームスさんの音源ということも秘密だったんですが、音を聴いたらすぐにわかりました(笑)。そこで最初に、3パターンの音場を作りました。
左右チャンネルの間に演奏者がいる、ステレオを拡張したパターンと、前方にステージが広がるような音場、そして最後は試聴者が完全に音に囲まれるモードです。この3つを香港に持って行って、EVO SOUNDのスタッフに聴いてもらいました。
山崎 まず香港のスタッフに聴かせたところ、これは凄いから企画を進めようということになりました。その時は前方にステージが広がるミックスが一番人気でした。そこでボブ・ジェームスさんにも相談しました。
音を聴いてもらうことはできませんでしたが、ボブ・ジェームスさんから凄いのは理解できたからやってみようという返事がありました。そこからWOWOWさんに正式にお願いして、入交さんにイマーシブオーディオとして仕上げていただくことになりました。
麻倉 そういう経緯で、入交さんがミックスを担当されたのですね。なぜ放送局のWOWOWがパッケージソフトの音源を作っているのか不思議でした。
入交 香港の試聴会では、若い社員の方は3番目の音に包まれる音場も気に入ってくれました。ただ、ずっとこの音場を聴いていると疲れることもあります。個人的には、1番目のステレオ拡張はノーマルだけど面白みに欠けますから、2番目の前方に広がる音場に決まってよかったと思いました。
麻倉 もともとの素材は2ch用ですから、高さ成分は収録されていなかったと思います。それでもイマーシブオーディオのミックスには問題なかったのでしょうか。
入交 ピアノの収録用に2組のステレオペアマイクが使われていました。写真を見るとほぼ同じ位置に置いてあるんですが、音の印象としては片方が明るめで、もう片方がちょっと暗めという感じだったのです。そこで今回は暗めの音をハイレイアー、高い位置に持っていきました。本来ならハイレイヤーのマイクはもっと上下の距離を離して録音するのですが、異なる音源があっただけでも助かりました。
麻倉 先ほどこの部屋でAURO-3Dの音を聴かせてもらいましたが、一番前の席に座ると3人のバンドの中央で聴いているような感じがしました。オーディオファンはずっと、スピーカーを底辺にした三角形の頂点に座って音楽を聴くように教育されてきましたが、今日の音場だとどこで聴いても楽しめるという感じがしています。
入交 サラウンドの初期には、真ん中に座らないと音場が成立しない作品もありましたが、イマーシブオーディオなら真ん中に座らなくても大丈夫ということも多いんです。
麻倉 ところで、今回のブルーレイにAURO-3Dを採用することは最初から決まっていたのでしょうか?
山崎 今回のディスクはとにかく “いい物” に仕上げて、イマーシブオーディオの市場を育てていきたいと考えていたので、イマーシブオーディオでどのフォーマットを採用するかについては、入交さんとARTSRIDGEの濱﨑さんにお任せしました。
入交 イマーシブオーディオは、まずベースバンドで作って、ディスク化や配信の際に各フォーマットに変換しながらエンコードすることになります。AURO-3Dの場合は全チャンネル96kHz/24ビットという、ほぼロスレスで保存できることもあり、音質的にも他の方式と大きな違いがあります。それもあって、AURO-3Dを提案しました。
山崎 その後香港側から、AVアンプの多くがドルビーアトモスまでの対応だから、イマーシブオーディオはドルビーアトモスだけでもいいんじゃないかという話もありました。
しかし今回は、企画当初から濱﨑さんやオーロテクノロジー会長のヴィルフリート・ヴァン・ベーレンさんに多大なサポートをいただきましたので、その善意に答えるためにもAURO-3Dを収録したいと思い、香港サイドと1年半交渉を続けました。AURO-3Dを入れないとこの企画に意味はないと言い続けたのです。色々話し合った結果、AURO-3Dとドルビーアトモスの両方を収録できることになりました(ブルーレイにはドルビーアトモスのみ収録)。
麻倉 これはとても重要なことです。イマーシブオーディオは3D感が凄いといわれますが、音質についてはあまり触れられていません。音がよく、かつ音場再現がきちんと整っているのがAURO-3Dなわけで、その意味では山崎さんの頑張りはオーディオファンにとって有益だったのは間違いありません。
濱﨑 先ほど香港での試聴会の話がありましたが、実はそのタイミングでは香港のEVOSOUND社内にはAURO-3Dの試聴環境がなかったのです。そこでオーロテクノロジーと付き合いのあるMBSスタジオを借りて、そこにヴィルフリート・ヴァン・ベーレン会長も単身で同席して、デモをしながらEVO SOUNDの担当者を説得してくれたようです。
麻倉 会長自らベルギーから香港まで足を運んでくれたんですね。それは現地のスタッフも嬉しかったでしょう。
さてイマーシブオーディオのミックスで苦労した点について教えていただけますか。
入交 今回は、マルチマイクのパンポットの調整と、ギャラクシーホールで録った3Dオーディオ残響を使ったことが特徴かもしれません。特に後者は空間の再現に効果的でした。
麻倉 ギャラクシーホールの残響を使ったというのはどういう意味でしょう。
入交 今回は、この部屋で基本的なミックスを済ませ、それをベルギーのギャラクシースタジオに持っていって、最終仕上げを行いました。
ギャラクシースタジオはAURO-3Dのリファレンススタジオですから、そこで日本で作った音を確認し、微調整を加えています。さらにその音源をスタジオのスピーカーで再生して生じる、ギャラクシースタジオの残響成分を、もともとの音に加えたのです。
濱﨑 イマーシブオーディオでは空間の響きが重要です。最初はデジタルリパーブを試したのですが、それではシャリシャリした感じが耳についてしまい、せっかくの綺麗なミックスなのに勿体ないと思ったのです。そこでミックスされた音をスタジオのスピーカーで再生して、スタジオの反射音や残響を録音してみましょうということになりました。
たまたま室内楽をイマーシブサウンドで録るためのマイクがセットしてあったので、それを使ってスタジオの響きだけを収録しました。すると、生々しさを感じるアンビエンスが録音できたのです。
こういった作業は単に響きがあるスタジオでは駄目で、素直な反射音を持った空間じゃないといいアンビエンスは収録できません。それもあって、最終ミックスの際に入交さんにギャラクシースタジオまで足を運んでもらったという経緯もあります。
入交 ベースバンドで仕上げた音源を、日本に戻ってからAURO-3Dやドルビーアトモスにエンコードしています。ドルビーアトモスについてはフォーマットに合わせてバランスを再調整しました。
三上 そこまでこだわっていたとは知りませんでした。
麻倉 三上さんはMQAの日本での普及活動に従事されているわけですが、今回はMQA-CDの製作以外でも色々活躍したそうですね。
三上 活躍というほどではありませんが、色々お手伝いをさせてもらいました(笑)。
そもそも僕は高校生の頃からボブ・ジェームスさんのファンで、縁あってフェイスブックで友達になっていました。ある時彼にMQAってご存知ですかとメッセンジャーで質問をしたら、知りませんという返事があったんです。ところがそれからしばらくして『エスプレッソ』というアルバムが出た時に、ジャケットにMQAのシールが貼ってあった。これにはびっくりしました。
その後、ボブ・ジェームスさんが来日した時にライブにうかがったら、マネージャーさんから「MQAを紹介してくれてありがとう」とお礼を言われたんです。
どうやら僕の質問がきっかけで、関係者がMQAに興味を持ってくれたようです。そんな縁もあったので、今回もいいディスクに仕上げてもらいたいと思っていました。
麻倉 なるほど、好きなアーティストの作品に関わることができるとは、ファン冥利に尽きますね。
三上 そうですね。今日の音もとにかく素晴らしかった。ありきたりですが、ボブ・ジェームスさんがここにいるようでした。
麻倉 三上さんは、今日はもうひとりゲストを連れてきてくれたそうですね。
三上 阿部美智子さんは入交さんの紹介で知り合ったミュージシャンで、元々フォークグループ「ペニーレイン」のメインボーカルとして活躍されていました。レコードがCD化される前の時代にVICTORレーベルからアルバムも発売されていたそうです。
今は熱海でミュージック・カフェを経営されていて、そこにはAURO-3Dが再生できるシステムも組んであるんですよ。
AURO-3Dも楽しめる「LiveMusic Cafeペニーレイン」
阿部美智子さんは、大橋巨泉事務所に所属し1976年Victorよりメジャーデビュー。フォークグループ「ペニーレイン」のボーカルとして自身の楽曲「夏まつり」などを収録したアルバムやシングルレコード5枚をリリース。現在も楽曲の制作と、移住先の熱海で開いたLive Music Cafeペニーレインや都内のライブハウスなどで音楽活動を続けている。
写真はLive Music Cafeペニーレインでのライブの様子。ここにはAURO-3Dの再生環境も設置され、今年1月に行われたWOWOWによるAURO-3Dライブストリーミングのサテライト会場として実証実験に参加している。残念ながらコロナ禍の影響もあり、現在お店は休業中とのことだが、再開の際にはホームページで紹介されるそうなので、興味のある方はこちらをチェックしていただきたい。
麻倉 それは凄いですね。阿部さんは、今日のAURO-3Dの音を聴いてみて、いかがでしたか?
阿部 素晴らしかった、そのひと言です。ボブ・ジェームスさんが本当にここで演奏しているように聴こえました。大きな音のウェーブが肌に直に伝わってきて至福の時でした。彼のライブに出かけて行ったみたいで、至福の時を過ごさせてもらいました。
一番後ろで聴いた時にまさにライブハウスのドアを開けて入った感じがしたんです。それからスピーカーで囲まれたエリアの席に座ったら、まさに音に包まれて、ライブホールにいるようでした。最前列ではかぶりつきで、目の前でボブ・ジェームスさんが演奏しているという印象になったんです。その違いが本当によく分かりました。
演奏されたライブハウスの、まさにその席に座った印象で音が聴けるというのは、ステレオにはない、新しい楽しみ方だと感じました。今日みたいなイマーシブオーディオがもっと普及していけば嬉しいなと、いちユーザーとして思っています。
入交 私も色々な方にイマーシブオーディオの魅力を紹介していますが、マニアよりも普通の方の方が反応がいいですね。
阿部 イマーシブオーディオの仕組はともかく、実際の音を体験したら、その凄さはすぐにわかります。加工して作った音ではない、本物のライブの音をそのまま自宅に届けて貰えるようなAURO-3Dの技術の高さを、このアルバムを通して皆さんに知って貰いたいです。
三上 今回のアルバムは、その意味でも画期的だと思います。イマーシブオーディオとはこんな凄いと分かってもらえるし、自分の家でどうやって聴いたらいいか興味を持つ人も多いでしょう。
麻倉 これまでイマーシブオーディオ、特にAURO-3Dについてはキラーコンテンツと呼べる作品がほとんどありませんでしたが、今回のディスクはそう呼びたい一枚ですね。
まずAURO-3Dのチャンネルベースで収録できているからこその、緊密な響きのつながりがあります。演奏の途中でフェンダーローズとヤマハのピアノを一緒に演奏するシーンがありますが、この合奏の音が素晴らしい。ピアノだけではなく、ベースの音も凄くテクニックがあって、雄大なスケールを備えながらキレがいい。ドラムも繊細で、リズム感も素晴らしいのです。
また先ほど入交さんのお話を聞いて、ピアノの収録で2本のマイクを使っていたこと、下側が明るくて上側に暗い音を選んだという点も絶妙だと思いました。直接音の解像感の高さ、音の明瞭さやクリアネスみたいなところで、名人が弾いていると微妙なニュアンスまで感じられるのですが、それがよく伝わってきました。
阿部さんも話されていましたが、場所によって聴こえる音、体験が違うということにも驚きました。これまでのサラウンドでは、場所によってクォリティが変わっていたんですが、今日のイマーシブオーディオはそうではない。席を移動しても音質は同じで、でもちゃんと違う場所で聴いている感じがする。しかもこれだけの名演奏だから、たくさんの味読というか、味わい方が楽しめます。
このイマーシブオーディオには、音楽的な表現力と同時に、音場的な表現力もあります。もちろん入交さんのミックスの技術と、ギャラクシースタジオで録った残響成分が効いていると思いますが、その音楽性と音場再現が最高品質でバランスしているところにAURO-3Dの可能性を感じました。
山崎さんが本社に掛け合って、AURO-3Dを採用してもらったのは本当に達見でした。他のイマーシブオーディオフォーマットでは、ここまでの音楽的感動は得られなかったかもしれません。音がいいだけではなく、音場感にも優れていて、得られる体験も素晴らしい。このディスクをリファレンスとして、AURO-3Dを広げていってもらいたいですね。