CES2022で注目を集めたパナソニックのVRグラス「MeganeX」。一昨年のCES2020で、4K(片目当たり2K)/HDR対応の有機ELパネルを搭載した高画質ヘッドセットとして発表されたが、そこから進化を続け、今回はメタバースという新しいジャンルに向けた製品として登場している。さらに販売はパナソニックの関連会社Shiftall(シフトール)が行うという。
本インタビューの前篇では、そのShiftall本社にお邪魔し、会社の成り立ちや物作りの姿勢、これまでの主な製品についてお話をうかがった。後篇では、CES2022で発表された新製品についてより詳しく紹介する。インタビューに対応いただいたのは、同社代表取締役CEOの岩佐琢磨さんだ。(編集部)
麻倉 Shiftallではこれからメタバースに注力した製品開発をしていくとのことですが、そこではどんな点にこだわっていくのでしょうか。
岩佐 まずはメタバースの中にいる人たちが「困っている事」を解決していきましょうというところから始めました。
先ほどの「HaritoraX」は、狭い部屋でもフルボディトラッキングを可能にしますし、他にも音漏れ防止機能の付いたBluetoothマイク「mutalk」を発売します。
麻倉 mutalkとは、どんなマイクなのでしょう。
岩佐 メタバースの中で大声を出したいシチュエーションも多々あります。実際に大声を出して、それをマイクで拾ってバーチャル空間に反映したい。でも、隣の部屋で両親や子供が寝ているといった場合はそうもいきません。
麻倉 なるほど、確かに深夜に大きな声を出すわけにはいかない。
岩佐 あるいは小学生のお子さんがいるから汚い言葉を使いたくないけど、メタバースの中でFPSゲームなどをしていると、つい口走ってしまう可能性もあります。また、恋愛シミュレーションでの恋人との会話を他の誰かに聞かれても困るでしょう。
今後はメタバースの中で、仕事も、ゲームも、恋愛もすることになるでしょうが、そこでの会話は家族には聞かせられない。そのためには、外に声が漏れないmutalkのようなアイテムが必要なのです。
麻倉 なるほど。これはメタバース体験者でないと発想しませんね。VRゴーグルをかけて、mutalkまで付けたら、かなり異様なフォルムになります(笑)。
岩佐 メタバースに関心のない人には異様に見えるでしょうが、メタバースの中の人からは、早く売ってくれと言われています。
実際に、現実空間で声が出せないので、メタバースの中で周囲が盛り上がっているのに、ひとりだけ黙っている人もいるんです。みんなで飲み屋に出かけたのに、麻倉さんだけひと言もしゃべれない、そんな状態ですね。
麻倉 それは確かに寂しい(笑)。でも、こんな具体的なニーズがわかるというのは、メタバースの中での不満をきちんとリサーチしているからですね。
岩佐 僕自身、メタバースには連日のように入っていますので、そこで他の参加者の話を聞いて、不満点やこんなものがあったらいいんじゃないかといったヒントを集めています。
麻倉 自分の体験が商品開発のヒントになる、最高のリサーチャーです。
岩佐 メタバースの中では、たくさん友達が色々な相談を持ちかけてくれます。例えばVRコントローラーを持っているとお酒が飲めないとか、楽器の演奏が難しいといったものです。
麻倉 それは実際に参加している人でないと思いつかないでしょう。まだまだ製品開発のヒントはありそうですね。
岩佐 中でも彼らが悩んでいるのはヘッドセットが重いことです。パナソニックでVRグラスを開発しているのは知っていたので、それをうちで引き取って、軽いヘッドセットを作りますと提案しました。
麻倉 それが「MeganeX」ということですね。
岩佐 開発メンバーの小塚さんとは以前から知り合いで、情報交換をしていました。でもなかなかまとまりそうにないので、このままではメタバースブームに乗り遅れてしまうと思ったんです。このタイミングでメタバースに進出するのであれば、弊社と一緒にやった方がいいということで、共同開発をスタートしました。
麻倉 私がパナソニックのVRグラスを最初に観たのは2020年のCESで、4K(片目当たり2K)の有機ELパネルを搭載したモデルでした。翌年には5.2K(同2.6K)に進化したわけですが、Shiftallが開発に参加してからどういうところが変わったのでしょう。
岩佐 いかに量産化するかという点に重きを置きました。それまでは本体の重さなども考えていなかったので、2時間以上かけていると疲れてしまいました。また身体を動かしたら外れるなど、VRゴーグルとしては成立しない部分もあったのです。
麻倉 メタバースでの使い方までは考えていなかったんですね。そこにShiftallから具体的な要望を盛り込んでいった。
岩佐 このVRグラスはメタバース用途が一番あっていると考え、それに合った仕様に仕上げました。パナソニックとしてはB to Bでの展開も考えているようですが、それは本体に任せて、われわれはB to Cに特化していきたいと思っています。
メタバースの面白いところは、誰かがHaritoraXやmutalkを買ったら、それがすぐに周りの人にわかる点です。買った人は自慢したいわけですから、周りに使い勝手や楽しさを宣伝してくれます。そうやって勝手に盛り上がってくれるのがメタバースというところなんです。
麻倉 実際に使った人の反応はいかがでしたか?
岩佐 MeganeXはヘビーユーザーに向けて作った製品ですが、彼らからはとにかく本体が軽い点がいいと言われました。
麻倉 画質についてはいかがでしょう?
岩佐 正直に言いますと、メタバースのユーザーからは画質は今売っているものよりスペックが上ならいいという方が多いですね。それよりも軽くして欲しいという声がはるかに強かったです。
麻倉 今のVRグラスと比べるとMeganeXはどれくらい軽いのでしょう?
岩佐 Quest2が約500gでMeganeXは約250gですから、ほぼ半分です。もちろん、Quest2はスタンドアローンでバッテリーも内蔵していますから、ケーブルがいらないといった違いはあります。
ただメタバースユーザーはほとんどがPCとつないで使うので、MeganeXでも問題はありませんし、PCの情報を描画するという意味では5.2K(片目当たり2.6K)有機ELパネルがメリットになると思います。
麻倉 MeganeXは、日本、アメリカの両方でヒットしそうですね。
岩佐 今のメタバースユーザーのほとんどはアメリカ人で、日本のマーケットはまだまだ小さいですね。
麻倉 となるとShiftallのビジネスはこれからアメリカでどんどん大きくなる可能性もありますね。
岩佐 はい、今後のビジネスはアメリカが中心になっていくと思います。製品としてはHaritoraXをアメリカで売り出したばかりですし、MeganeXも評判がいいですから。
麻倉 今回のCESではどれくらいの規模で展示をしたのでしょう?
岩佐 ブース出展ではなく、CESアンヴェールド・ラスベガス(開催前日に、メディア向けに電化製品やソリューションが発表、展示されるイベント)のみの参加でした。
麻倉 そうだったんですか! アンヴェールドだけでここまで話題になるとは、凄い。
岩佐 3時間ほどの展示で、ここまで注目されるとは予想外でした。有り難かったですね。
麻倉 これからの出展予定は決まっていますか?
岩佐 個人的には3月にアメリカで開催予定のSXSW(サウス・バイ・サウスウエスト=世界最大級の複合フェスティバル)に期待しています。SXSWは一昨年からメタバースに力を入れていて、CESとは違う、メタバース×展示会を模索していますので。日本の展示会では、東京ゲームショウあたりは相性がいいかもしれません。
麻倉 最後に、岩佐さんとして今後のメタバースの展開をどう考えているか、Shiftallとしてどんな活躍をしていくかをお聞かせください。
岩佐 今はメタバースという言葉が濫用されている状態で、オンラインで人がつながればメタバースだと言われています。しかしわれわれとしてはVR メタバース、VRゴーグルをかぶって没入する空間、その空間の中で人と人が関わり合っていくものにフォーカスしたいと思っています。
VRデバイスは弊社の製品を含めて、どんどん進化していきます。現実世界とは違うけれど、現実世界のような没入感を得ることができるようになるので、まずは製品としてそこにフォーカスしようということです。
VRメタバースという空間はここ1〜2年で劇的に伸びる、ユーザーが増えるだろうと予測しています。そうなる前に、今の参加者が困っている事、あるいは次に困るであろう事に対して、自分達もその中に入って、しっかりリサーチして解決していきます。
麻倉 ユーザーが「困っている事」は、これからも出てきそうですか?
岩佐 メタバース空間で過ごす人が増えれば増えるほど、いい意味で不平不満が可視化されていくでしょうし、色々な要望が出てくるんじゃないでしょうか。
麻倉 こんなに面白いインタビューは最近なかなかありませんでした。お話を聞いていて、ワクワクしました。
岩佐 伸びていくマーケットは面白いですよね。またメタバースは、若い人がどんどん入ってくる点にも価値があると思います。これから生まれてくるものに対して仕掛けていくというところは、やり甲斐があります。
麻倉 今の日本で、Shiftallのような会社が生まれたというのは、素晴らしいことだと思います。今日はありがとうございました。