【麻倉怜士のCES2022レポート10】で、パナソニックのVRグラス「MeganeX」を紹介した。その際、この製品はパナソニックと関連会社のShiftall(シフトール)で共同開発されたもので、販売はShiftallが担当するという話があった。

 そのShiftallは、「未だ見ぬハードとソフトの両輪で、生活を1歩ミライへ」というコンセプトで、メタバース関連の製品を扱っている会社だという。そこでCES2022レポートの最後に、Shiftallが具体的にどんなことを手がけていて、これからどんな製品を送り出してくるのかをインタビューした。対応いただいたのは、同社代表取締役CEOの岩佐琢磨さんだ。(編集部)

画像: お洒落な工房をイメージさせるShiftall Inc.のオフィスにて。左が代表取締役CEOの岩佐琢磨さん

お洒落な工房をイメージさせるShiftall Inc.のオフィスにて。左が代表取締役CEOの岩佐琢磨さん

麻倉 今日はお時間をいただきありがとうございます。先日のパナソニックVRグラスに関するインタビューで、「MeganeX」を始めとしたメタバース関連製品がShiftallから発売されると聞き、どんな会社なのかとても興味を持ちました。今日はそのあたりをじっくりうかがいたいと思います。

岩佐 こちらこそ、おいでいただきありがとうございます。麻倉さんにはこれまで何回かお目にかかっていますが、Shiftallでお会いするのは初めてですね。

麻倉 そうでしたね。もともと岩佐さんはパナソニックにお勤めでしたが、今回は関連会社に移ったということなのでしょうか。

岩佐 そういうわけではありません。私は2003年にパナソニックに入社し、ディーガの商品企画やディモーラサービスの立ち上げ、ルミックスのインターネットサービスといった業務を担当していました。

 その後パナソニックを辞職し、2008年にCerevoという会社を立ち上げて、映像ライブ配信の関連製品やハイテク玩具を販売しました。最初はひとりで始めたのですが、10年くらいかけて社員96人の組織まで育てました。

 その後ShiftallをCerevoの子会社としてスタートし、私が代表に就任しました。Shiftallは2018年にパナソニックグループの100%子会社なりましたが、社員はパナソニックとはほとんど関係がなく、独立部隊のような感じになっています。

画像: CESで話題となったVRメタバース用ゴーグル「MeganeX」

CESで話題となったVRメタバース用ゴーグル「MeganeX」

麻倉 とても面白い経歴ですね。でもなぜ再度、パナソニックの傘下に入ったのでしょう?

岩佐 どこの会社に限らず、大企業になってしまうとなかなか面白い製品が作れなくなります。その理由は何だろうと考えた時に、すべてが水平分業されている点にあると思ったのです。販売は販売チームが、製造は製造部隊が手がけるといった具合なので、みんなリスクを取りたがらない。だから新しい企画が通りにくいのです。

 それを避けるためにも、Shiftallとしては全部自分たちでやっちゃいましょうと考えました。なので、弊社には電気設計、メカ設計、意匠設計、組み込み、スマホアプリ、サーバーが内製できるメンバーが揃っています。

麻倉 パナソニックの子会社といっても、独立した存在なんですね。

岩佐 今は、物作りでもリサーチをじっくり、ゆっくりやるという時代でもありません。Shiftallは製品を産む、最初に育てるところに注力し、スピード感を持って世の中に送り出していきましょうという発想です。

麻倉 パナソニック経営陣としても、変革のために新しい刺激が必要だという思いもあったのでしょう。

岩佐 メタバースについても、パナソニック本体では事業として取りかかるまでに2〜3年はかかるでしょう。でも、それではビジネスとしては間に合わない。とにかく参画して、小さくてもいいから商品を出して、新しい世界を開拓していくのは、僕らがやるべきことだと思っています。

麻倉 素晴らしい発想ですね。

岩佐 ランボルギーニに「Si?n」という車種がありますよね。ランボルギーニはフォルクスワーゲン・グループの関連会社ですが、Si?nのようなとんがった車はフォルクスワーゲンからは生まれにくい。ランボルギーニというコンパクトな組織だからできることです。

 われわれも同じで、パナソニックのランボルギーニみたいな立ち位置でいようといつも話しています。目茶苦茶とんがったものを作っていかないと、グループとしても技術開発を進めていけません。

麻倉 なるほど。大きな組織の傘下に入っても、物作りの姿勢ややることは変わらないと。

岩佐 弊社の社員はみんなこういうマインドを持っています。考えるより作ろう、悩んでいるんだったら前に進もうという感じです。

画像: Shiftallの製品のひとつ「WEAR SPACE」

Shiftallの製品のひとつ「WEAR SPACE」

麻倉 さてShiftallが創業して間もなく4年になるわけですが、これまではどんな製品を発売していたのでしょう。

岩佐 色々な製品を発表してはいるのですが、実際に販売した物は限られます。ひとつは「WEAR SPACE」です。こちらは集中するためのヘッドホンという位置づけの製品です。

 これもパナソニックの若手デザイナーチームと協業したものです。彼らは、結構とがったアイデアを出してくれるのですが、パナソニックでは製品化が難しいものもあります。なので、うちでやりましょうということで、パナソニックとして初の製品のクラウドファンディングを企画しました。

麻倉 ヘッドホンで耳を覆うのと同時に、視界も制限しようというアイテムですね。

岩佐 目と耳の情報を限定することで、作業に集中できるようになります。2018年にクラウドファンディングを実施し、500人ぐらいの方から支援をいただきました。海外のサイトでも取り得上げられて「HUMANHORSE BLINDERS」などと書かれてしまったんです(笑)。

麻倉 確かにこの製品は、パナソニックからは販売できそうにありません(笑)。

岩佐 他にも「RGB_Light」という、影が3原色になる特殊な照明を作っています。赤緑青のライトを搭載していて、それぞれ焦点を合わせてあるので光としては白色になります。でもライトの位置はずらしてあるので、影だけは特殊な色にできるのです。スマホアプリから色の設定も変えられます。

麻倉 これもパナソニックとの協業ですか?

岩佐 渋谷に100BANCHというガレージプログラムがあります。若者のプロジェクトを応援しようという施設ですが、ここに入居していた女性デザイナーがアイデアを出してくれたので、Shiftallで具体化しました。

 デザイナーズ商品なのでやや高価ですが、セレクトショップなどに展示していただいています。

画像: 「RGB_Light」はRGBに発光するライトを搭載した照明器具。光は白色だが、影は様々な色になるというユニークなアイテム

「RGB_Light」はRGBに発光するライトを搭載した照明器具。光は白色だが、影は様々な色になるというユニークなアイテム

麻倉 Shiftallはメタバース関連の専門会社だと思っていましたが、他にも色々な分野の製品を扱っているんですね。

岩佐 これ以外にも調理家電などを開発中ですし、「Croqy」という手書きメモも発売しました。

 Croqyを離れて暮らしているおじいちゃんの家と、自宅のリビングに置いておくと、孫がこれに書いたメモや絵がおじちゃんの家のCroqyに連動して表示されるというものです。あるいは外出先のスマホで書いたメモを自宅のデバイスに表示させることもできます。

麻倉 手書きというのがいいですよね。味がある。

岩佐 電子ペーパーですので、電源を切ってもメモは表示され続けます。メモデータはクラウドに保存されるので、消えることはありません。

麻倉 ペンの書き心地もいいですね。それにしても、何が出てくるかわからない玉手箱みたいな会社ですね。

岩佐 女性のアイデアの具体化として、ファッション情報を保存する「MiLOG」というサービスも提供しています。Googleカレンダーとリンクして、その日の服装と天気、気温、訪問先などのスケジュールを保存できます。後日同じ会社に行く時にMiLOGで検索すれば前回どんな服装だったか確認できるので、同じものを着て行くなんてことが避けられるわけです。

麻倉 面白い、まさに女性ならではの発想です。男には思いつかない。

岩佐 直近の主力商品は、フルボディトラッキング装置の「HaritoraX」です。メタバースの中では参加者はアバターになるわけですが、VRヘッドセットとコントローラーでは上半身の動きしかトラッキングしないので、全身を使ったポーズは再現できません。

 これに対しHaritoraXは、みぞおちとすねにデバイスを取り付けることで全身をトラッキングできます。HaritoraXはワイヤレスですので、寝転んだり、うつ伏せになることも可能です。メタバースに参加している人にとっては、こういった表現ができる意味はとても大きいのです。

 HaritoraXは税込¥27,900で発売していますが、オキュラスのVRヘッドセット「Quest2」を組み合わせても6万円程度で手に入るとのことで、たいへん好評です。

画像: 電子ペーパーを使った「Croqy」に、麻倉さんもメッセージを書いてもらった

電子ペーパーを使った「Croqy」に、麻倉さんもメッセージを書いてもらった

麻倉 こういったデバイスは、普通はもっと高いんですか?

岩佐 例えばアウトサイドイン方式では、室内に2個のレーザーユニットを設置しないといけません。さらにトラッカーデバイスを体に付けるので、それだけでも9〜10万円くらいになってしまいます。

 またレーザーを使っているので、障害物のない広い空間じゃないとフルボディトラッキングは難しいのです。メタバースを楽しんでいるのは20代くらいの若い世代が中心ですから、そんなに広い部屋に住んでいない。特に日本のワンルームマンションでは難しい。HaritoraXはそんな不満を解消しました。

麻倉 この技術もパナソニックと共同開発したのですか?

岩佐 いえ、これはizmさんという方が開発した、いわゆる同人ハードウェアと呼ばれているものです。それを弊社の量産・流通のノウハウを活かして共同事業にしませんかと提案しました。

麻倉 HaritoraXは、かなりヒットしたんじゃありませんか?

岩佐 日本では昨年7月に発売しましたが、既に数千台以上売れています。すべて弊社のネットの直販で売り切れてしまい、お店に並んだことはないです。

 またCES2022のタイミングでアメリカでも販売を始めましたが、こちらも速攻で売り切れてしまいました。今は半導体不足もあり生産が追いつかず困っています(笑)。

麻倉 この製品もメタバースが流行る前から開発を進めていたわけで、そのスピードがあってこその成果ですね。

岩佐 お陰様でHaritoraXを使っている人は増えていて、メタバースの中でのシェアを伸ばしている実感があります。これが現在の弊社の主力製品ですが、2021年からはVRメタバース関係を強化しようということで、開発リソースの7〜8割を投入しています。

※後篇に続く

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