ステレオサウンドオリジナルセレクション・シリーズに、テレサ・テンの稀少盤が加わった。1977(昭和52)年の春、東京・新橋のヤクルトホール(当時)で催されたファーストコンサート。アナログのテープ音源をデジタルコンバートして、SACD+CDの2枚組ディスクにまとめたアルバムだ。このシリーズのお約束どおり、SACDはシングルレイヤーの独立ディスクで、新たに起こしたDSDマスターによって全曲を1枚に収録。CDについては、別のA/Dコンバーターを通し、SACDと同一内容のPCM音源を直接制作した。
熱心なテレサ・ファンの読者諸氏だったら先刻ご承知かもしれないが、ひと月ほど前におなじタイトルのアナログレコードが発売されている。そちらはスチューダーA80テープデッキの再生出力からこれも新たにカッティングマスターをつくり、メタル原盤をスタンパーとしてダイレクトにプレスしたものだ。
1977年頃はアナログオーディオの絶頂期で、CDはまだ誕生していない。世界で唯一、日本コロムビアがPCM録音を実用化していたのだが、再生メディアはとうぜんながらのアナログ。オープンリールやコンパクトカセットのミュージックテープも存在したけれど、主体はやっぱりレコードである。世界にさきがけたPCMのデジタル録音も、商品としてはけっきょくアナログ化してレコードに収めざるを得ない時代だった。
アジアの歌姫テレサの日本初ライヴを
すこぶる高鮮度かつ魅力的に仕上げた
テレサのファーストコンサートは、もちろん通常のアナログ録音だ。LPレコードとしても発売されたが、 当時のそれは抜粋盤である。全曲が聴けたのはミュージックカセットのみ。したがって、半世紀近い年月が過ぎたこんにちになって、とにかくファーストコンサートで歌われた曲すべてをとっておきの高音質で聴くことができるのなら、それは滅多にない貴重なオーディオ体験をしたことになる。横目線で素通りする手はない、というわけだ。しかもSACD/CD/ADと、豪勢なメニューが3種類。
アジアの歌姫などと呼ばれた台湾出身のスーパースター、テレサ・テンが日本に歌手デビューしたのは、このファーストコンサートよりも3年ほど前、1974(昭和49)年の春である。生まれが1953年の1月だから、21歳だった。デビュー曲「今夜かしら明日かしら」(74年)はしかし売れなかった(このコンサートでも歌われていない)。そこで歌手としての路線を見直し、再度挑戦した2枚目のシングル盤が「空港」(74年)。今度はめでたくヒットして、テレサは日本レコード大賞の新人賞まで獲得。一躍脚光を浴びる。続いて3枚目の「雪化粧」(74年)、4枚目「女の生きがい」(75年)、5枚目「夜の乗客」(75年)、6枚目「アカシアの夢」(75年)、そして7枚目「夜のフェリーボート」(76年)、8枚目が「ふるさとはどこですか」(77年)と続く。すべてポリドールからの発売だ。
ここまで列挙した8曲のオリジナルソングのうち、不発に終ったデビュー曲を除く7曲はすべて、今回のファーストコンサートアルバムに入っている。B面にあったはずの曲を加えたら2倍数かもしれないが、とにかく1977年の4月以前にテレサが日本で出したシングル盤のタイトルナンバーはこれでオールだ。
シングルレイヤーSACD+CD
Stereo Sound ORIGINAL SELECTION Vol.11
『テレサ・テン ファーストコンサート』
(ユニバーサルミュージック/ステレオサウンドSSMS-050/51) ¥4,950(税込)
●マスタリング・エンジニア:武沢茂(日本コロムビア)
●問合せ先:㈱ステレオサウンド 通販専用ダイヤルTEL 03(5716)3239
●ご購入はこちら→https://www.stereosound-store.jp/fs/ssstore/recordshop/4571177052735
■収録曲
1. ふるさとはどこですか
2. 空港
3. 女の生きがい
4. 雪化粧
5. ふるさとの歌めぐり
長崎は今日も雨だった/五木の子守唄/
中国地方の子守唄/女ひとり/木曽節/
旅姿三人男/花笠音頭/襟裳岬
6. 阿里山的姑娘(高山青)
7. 懐しのロックン・ロール・メドレー
ダイアナ(インストゥルメンタル)/
スピーディー・ゴンザレス/
オー・キャロル/悲しき雨音/悲しき16才
/恋の売り込み/カラーに口紅
8. 港町ブルース
9. 何日君再來
10. 香港の夜
11. フォー・ワンス・イン・マイ・ライフ
12. フィーリング
13. 夜の乗客
14. アカシアの夢
15. 夜のフェリーボート
16. 雨に咲く花(B.G.M.)
17. ふるさとはどこですか
18. 空港(アンコール)
90分ほどのソロコンサートをオリジナルの持ち歌だけでまとめるには、おそらく曲数がまだじゅうぶんでなかったこともあって、曲選びの幅はちょっと驚くほど広い。日本の流行歌はもとより、中国語や英語の歌も自在に織り交ぜて、バラエティに富む芸達者なステージを盛り上げようという趣向である。これからが花の才能あふれる若いアーティストを一気に売り出すには、ずばりうってつけの好演出ということもできるだろう。
いずれにせよオープニングの「ふるさとはどこですか」は、この時テレサがいちばんにアピールすべき最新曲だった。幕開けに歌われるのもとうぜんとして、見かたを変えればやや意味深な選曲といえなくもないだろう。どこかの町で出会った男女がお互いに「あなたの故郷はどこ?」と尋ねあう。すくなくともここ日本列島に生まれ育った僕らに、その問いかけが国家という巨大な概念を含んでいるとは考えにくいからだ。
風変りなその問いかけを、テレサはささやくように優しいあの口調で、そっとていねいな耳もとの子守歌にして聴かせる。それは完璧な日本語ではないにもかかわらず、ぜんぜんおかしくない。そのうえ裏声をつかわず、胸の底から情念を絞り上げるようにパワフルな地声のサビにつなぐので、抑揚の落差がとてもおおきい。結果は、楽譜をいくら読み込んだところで声にはならない、強靭な説得力の創成である。演歌は自分のふるさとではないけれど日本人のみなさん、ふるさとのように歌うことは私にもできますよ、とアジアの歌姫は胸を張っているのだ。
テレサは1995年の初夏、タイのチェンマイで急な病のため客死した。42歳だった。日本演歌の人気歌手にとどまらず台湾に帰れば台湾の、香港に行けば香港の、といったボーダーレスなアジアの歌姫だったから、遺された音源も多数。今でもさまざまな作品が入手可能だ。今回の日本盤『ファーストコンサート』は若き日のライヴ記録の稀少性にくわえてアナログテープの保存状態がすこぶる良好。そのためデジタル化の利点である鮮度の高さを存分に活かして細部まで見通しのよい、魅力的な仕上がりになっている。SACDとCDの音質に案外おおきな相違があるところも注目ポイントだ。とはいえライヴ音源の制約も確かにあって、トータルな音のバランスとしていささか低音域がさびしい、と筆者は感じる。その辺りも考慮しながら、遥かな心のふるさとテレサ・テンをもういちど。
※ステレオサウンドでは以下のテレサ・テン作品もリリース中
LPレコード『ファーストコンサート 前編』(SSAR-057/¥8,800税込)
LPレコード『ファーストコンサート 後編』(SSAR-058/¥8,800税込)
『ラストコンサート 前編』(SSAR-052/¥8,800税込)
『ラストコンサート 後編』(SSAR-053/¥8,800税込)
『ベスト』(SSAR-001/¥8,800税込)
本記事の掲載は「HiVi」12月号に掲載↓