映画評論家 久保田明さんが注目する、きらりと光る名作を毎月、公開に合わせてタイムリーに紹介する映画コラム【コレミヨ映画館】の第66回をお送りします。今回取り上げるのは、ゆったりとした日常風景を切り取った『GUNDA/グンダ』。雄大な自然の中に身を委ねながら、とくとご賞味ください。(Stereo Sound ONLINE 編集部)
【PICK UP MOVIE】
『GUNDA/グンダ』
12月10日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ ほかにて全国順次ロードショー
母親(豚)のグンダと子豚たちが織りなす日々の生活。子豚たちは争って乳を吸い、グンダは大きな体躯を横にして寝そべっている。それがなにより彼らの日常なのだ。
一本足の鶏は力強く地面を踏み締め、朝もやのなか、何十頭もの牛の群れが大地を震わせ駆け抜けてゆく。
気づくと台詞や音楽、ナレーションは一切ない。モノクロ映像。そして小さな農場の気配を伝えるドルビー・アトモスの音響。
カメラはARRIのAlexa Mini。ズームレンズはアンジェニュー(Ange’nieux。フランスの光学機器メーカー)の24-190mm。墨絵のような濃淡をまとった映像が美しい。
動物たちはただ動物として生きていて、家畜としていつかは死んでゆく。画面には映らないけれど、この世界を支配しているのは人間なのだ。
観ているものと自分の間の距離。流れる時間。彼らの表情。93分間、さまざまなことを考え、目の前の光景と対峙するドキュメンタリーだ。
監督、脚本に加え、編集に撮影までを手がけたヴィクトル・コサコフスキー監督は、1978年にレニングラード・スタジオ・オブ・ドキュメンタリーのカメラアシスタント、助監督、編集者として映画キャリアをスタートさせた人物。
ロシア出身のドキュメンタリー作家としてこれまで、地球上に流れるさまざまな水の姿をハイスペックなカメラで捉えた『アクアレラ』など、多くの秀作を発表し、世界各地の映画祭で数々の賞を受賞してきた。
この作品を前に考えることは観客一人ひとりに任されており、答えは用意されていない。
最後の10分間ほど、ずいぶん大きくなった子豚たちを納屋に残して、グンダは狭い土地をさまよい、鳴き声を上げ、土を掘り、また自分の住処へ帰ってゆく。なんとも不思議なドキュメンタリーだが、この宇宙の広がりが胸に刺さるひとも多いだろう。
観て数日。ぼくもグンダと子豚たちのことをぼんやりと考えている。