●4Kデジタル修復版 新マスター完成までの道のり〜ポストプロダクション編②〜
『犬神家の一族』<4Kデジタル修復版>のマスターが完成するまでのプロセスを追った「『犬神家の一族』<4Kデジタル修復>の軌跡」。本編の劇場公開に先駆けて日本映画専門チャンネルでオンエアされ、現在ではYouTubeのKADOKAWA映画公式サイトにもアップされている。もうご覧になっただろうか?
4Kデジタル修復された本編映像も動画で見てみると説得力がある。10分間の短縮版であるにもかかわらず、複雑な工程が簡潔に分かり易く纏められている。それもそのはず、番組を担当したのは本連載にも協力して頂いているIMAGICAエンタテインメントメディアサービス(以下、Imagica EMS)だ。
制作・構成は同社の土方崇弘。事の顛末を見届けたかのように金田一耕助が走り去って行く遊び心もファンならではのこだわりだ。音の修復のプロセスについても取り上げたバージョンはUHDブルーレイの特典映像に収録されるが、番組では割愛されている「レストア」作業について今回はリポートしようと思う。
KADOKAWAの倉庫に保管されていたオリジナルネガをImagica EMSの大阪プロダクションセンターで4Kスキャニング。主にパラ消しなどの作業が行われたのちに東京・五反田の東京映像センターにデジタルデータを移送。ここで本格的にレストアが進められることになる。
この作業を主に担うのはImagica EMSメディア制作部 アーカイブグループのレストレーションスーパーバイザーである新井陽子、中村謙介のふたり。両名はフィルムのデジタル修復が始まった最初期からレストア作業に従事。これまでも市川崑監督作品をはじめ、数々の名作を手掛けているベテランのスタッフである。
レストア作業の前段階として、同社カラリストの阿部悦明によってプレグレーディングが行われる。おおよその完成形に近い状態からレストアを進める方が効率もよく、修復の精度も上がるという。レストアのプロセスでフィルム(オリジナルネガ)の揺れ止めに始まり、1コマずつフリッカー(明滅)やゴミ、傷などを消していく。映画ファンにはもうすっかりお馴染みの作業だ。
PC上で複数の専用ソフトを併用して自動処理も同時に行う。とはいえ、最終的には人間の“眼”で判断しなくてはならないのはいまさら言うまでもないだろう。レストア作業の終了まで何度も目視によるチェックが繰り返される。「フィルムに何が起きているか? どういう処理をするか?」。その判断をするのがなにより重要だと新井と中村は口を揃える。
どこまでフィルムのグレインを出すのか、リマスター感を出すのかを判断するのもこの工程だ。特にグレインは上映・放送・パッケージで印象が異なることが往々にしてある。本作の場合は劇場でのDCP上映にターゲットを絞って調整しているとのことだ。
本作では、ノーマルで仕上げられたシークェンスのほかにも、さまざまなオプチカル処理が施されたカット、ハイコンフィルムやフィルターを使ったシーンなど市川崑監督ならではのフィルム処理が全編に渡って駆使されている。たとえばフィルムに揺れが生じているのか? 撮影時にカメラが揺れているのか? 監督の演出意図を想像、判断しながらの作業が続き、修復作業にはおよそ1ヵ月半が費やされたという。
本作のレストア作業では新井が長らく悩んだシーンがある。佐清が博多に復員、犬神松子が迎える場面だ。ここでは終戦直後に撮影された当時の記録フィルムが流用されている。ざらつきやゴミ、フィルムのムラなどをなくして本編のフィルムと同じようにレストアすることは技術的には可能。しかしどこまで記録映像らしさを残すべきなのか。トーンを馴染ませるべきなのか……。
脚本上では記録映像を使用する云々の記載は残されていない。ただ当時の劇場用パンフレットに寄せられたコラムのなかで市川崑監督は“時代設定を原作のままの昭和二十二年にしたのも、戦争の刻印というものが登場人物の運命にかかせないからである。”(原文ママ)と述べている。
戦争の刻印。なぜ当該のシークェンスでは他のカットと同様に新たに撮影するのではなく、記録フィルムを使ったのか。監督の演出意図はここにヒントがあるように思えてならないのだ。さて、最終的に新井はどういうトーンでこの復員場面をレストアしたのか。これはぜひ本編で確かめていただきたい。
本作のレストア、音についても特筆すべきことがある。画ネガがImagicaEMSの大阪プロダクションセンターで4Kスキャニングされるのと同時に、今回は音ネガから新たに音のデジタイズのためだけにプリントが作成されている。音の情報を限りなく引き出すためだ。このプリントを使用して同じく大阪にあるフィルムプロセスグループにおいてMagna-Tech Electronic社のReproducerで音のデジタイズが行われた。
ワイドレンジで音の伸びもいい。いったんフィルムを経ることでより当時の劇場で聴いたトーンに近く、聴き馴染みのある音色が得られるメリットもあるという。サンプリングレートは48kHz。ビットレートは24ビット。いわゆる48kHz/24ビット収録である。このクォリティのままレストアされてマスターが完成する。劇場でのDCP上映も48kHz/24ビット。パッケージに収録される際も48kHz/24ビット。つまりスタジオで作成されたマスターのままの音が映画館でも家庭でも味わえるというわけだ。
レストアを担当するのはImagica EMS映像制作部 五反田制作グループのミキサー、望月資泰。学生の頃から何度も観ていた作品で、もちろん2000年版のプリント試写もチェックしている。フィルムならではの音の立体感や力感が印象に残ったという。「当時の印象を再現したい」。そう考えて望月はレストア作業に臨んだ。
レストアは各ロールにわけられたシークエンスを聴き比べながらベースノイズの塩梅を決めることから始まる。ところどころに入っているノイズや “サー” と聴こえるノイズ感を抑え、セリフのサ行が強く出て耳障りに感じる、音のサチリを丸める。これだけでフィルムに入っていた音の要素がありのままに掘り起こされてくる。埋もれていたSE(サウンドエフェクト)が自然に耳に入ってくるようになるのだ。「セリフの音質もオリジナルに極めて近いトーンになった」と望月は語る。
金田一耕助が那須神社の神官から犬神佐兵衛の隠された秘密を聞き出すシーン。今回のレストア作業で、実は従来のマスターにはここにノイズが入っていることが判明した。原因は不明なのだがMAスタジオで確認してみたところ、確かにデジタイズした素材や旧パッケージのマスターでもノイズが聞こえている。しかも一部はセリフにも被っている(筆者はてっきり唐櫃を開けるSEだと思っていた)。このノイズの除去に望月は特に時間をかけた。聴いて判断できる箇所はもちろんのこと、最後は波形モニター上でノイズの存在をチェックしながら消し込んでいったというのだから恐れ入る。
この工程でも監修として仕上がりをチェックしたのは同作の編集を担当した長田千鶴子だ。「これまでのプリントでは聴こえなかったSEがしっかり聴きとれるようになった」「音楽が綺麗」と、驚きを隠さない。長田からの指摘で、音がまったく聴こえていなかった “ノンモン”(無音)のカットについては違和感がないようにベースノイズを足しこむ作業も行われ、よりベストな状態に近づくように細かな修正が施されている。
仕上がったレストア版のマスターは旧マスターと聴き比べてみると明らかにクォリティに大きな違いがある。確実に音の情報量は増えている。SEやセリフもはっきりと明瞭だ。タイトルバックに流れるメインテーマなど、聴きなれた同作のファンの方であればあるほどメリハリの効いたトーンに魅かれることと思う。
今回のプロジェクトをまとめるメディア営業部の水戸遼平からは「『犬神家の一族』の決定版にする」とプレッシャーをかけられていたという望月。「いつもよりはかなり気合いを入れた」と満足げに笑った顔が印象に残った。(本文敬称略)
「角川映画祭」いよいよ本日開催。『犬神家の一族』<4Kデジタル修復版>をその目でぜひ!
いよいよ「角川映画祭」が19日(金)より開幕。お待ちかねの『犬神家の一族』<4Kデジタル修復版>も初のお披露目となる。これまでのレストア作業や試写会での印象はたびたび本文でも触れてきたが、この“偉業”ともいえる4Kデジタル修復版は目にするたびに新たな発見と驚きを与えてくれる。
劇場での上映もさることながら、わが家のシアターでパッケージ盤を楽しむのが待ち遠しくて仕方がないのだ。と、いまさら筆者が大騒ぎするまでもなく、既に解禁となっている映像と音に、もう居ても立ってもいられなくなっている方ばかりではないだろうか。
「角川映画祭」はこれから順次全国を廻ると聞いている。やはり4K上映が可能な映画館まで足を運ぶのがお薦めだ。1976年のあの頃のように、ぜひスクリーンで新たに甦った『犬神家の一族』を心ゆくまで堪能していただきたい。(酒井俊之)