映画評論家 久保田明さんが注目する、きらりと光る名作を毎月、公開に合わせてタイムリーに紹介する映画コラム【コレミヨ映画館】の第53回をお送りします。今回取り上げるのは、30か国以上で翻訳された世界的ベストセラーを映画化した『僕が跳びはねる理由』。自閉症の子供の生きる世界を描いた感動作です。とくとご賞味ください。(Stereo Sound ONLINE 編集部)
【PICK UP MOVIE】
『僕が跳びはねる理由』
4月2日(金)驚きと感動の“体感”ロードショー
いろいろなことに気づかされるドキュメンタリー映画だ。新鮮で、たいへんに面白い。娘はもう大きくなってしまったけれど、中学生くらいだったら一緒に映画館へ行っただろう。視野を広げてもらいたいから。で、もう一本、『ゴジラvsコング』あたりを観て帰るかもね。
発達障がいのひとつであるASD(自閉症スペクトラム)の子どもたちは何を見て、何を考えているのかを考察するイメージ豊かな映像作品。インド、イギリス、アメリカ、西アフリカのシエラレオネ共和国。カメラは世界各地を回り、人種も性別も文化も関係なく発症するASDの子と親の成長を探ってゆく。
映画の原作になったのは重度のASDである東田直樹が、13歳のときに文字盤を介して書いた著書「自閉症の僕が跳びはねる理由」(角川文庫)。自身も自閉症の息子を持つイギリス人作家デヴィッド・ミッチェル(ウォシャウスキー兄妹のSF映画『クラウド・アトラス』の原作者として知られる)はその内容に驚かされて英語版を翻訳。現在では世界30言語以上で出版されているという。
他人とコミュニケーションを取るのが難しい自閉症児を抱えて途方に暮れていた家族たちを救ったのは、「自閉症の僕が跳びはねる理由」が学術書でも治療書でもなく、自閉症者の内面を解き明かした手引書だったからだった。
大きな声はなぜ出るのですか? すぐに返事をしないのはなぜですか? どうして上手く会話ができないのですか? など原著は58の質問と答えで構成されており、自身が考えてもよく分からない東田少年の悩みと成長が素直に吐露されている。
そもそも病気ではなく、治療薬もほとんどない発達障がい(多動症障がい、自閉症スペクトラム障がい、学習障がい)が、たまたまそれ以外で生まれた私たちと地つづきの存在であることがよく分かる書物なのだ。
見るものは同じだけれど、感じ方が違うのです。少しだけ僕らの世界を旅してください。そんな言葉に誘われて、映画は彼らが感知している世界に入ってゆく。超接写や超ロング撮影、流れる水やくるくると回る事物に興味をひかれること。音も遠近が混じった複雑な聞こえ方をする。それゆえ自分でも制御できない強い混乱やパニックが生じること。
彼らの心模様を見つめ寄り添うために、予算がある作品ではないが、音響はドルビーアトモスだ。美しく繊細なサウンド・デザイン。リ・レコーディングミキサーはドキュメンタリーを中心に英国アカデミー賞音響部門の常連であるベテランのベン・バードが務めている。
生きづらさを感じている多くのひとに救いと発見、空を飛ぶ自由を与えてくれるはず。得るものが多いドキュメンタリーだと思う。人間の不思議と可能性について考えさせられる。
『僕が跳びはねる理由』
4月2日(金)より、角川シネマ有楽町、新宿ピカデリー、アップリンク吉祥寺ほかにて全国ロードショー
監督;ジェリー・ロスウェル
出演;ジム・フジワラ、デヴィッド・ミッチェル、ジョーダン・オドネガン
原題:The Reason I Jump
配給:KADOKAWA
2020年/イギリス/シネマスコープ/82分/5.1ch