先日、ソニーの業務用大型ディスプレイ「Crystal LED」の新シリーズが発表された。Crystal LEDは8Kなどの展示会で主に使われているビデオウォールの一種で、小型のキャビネットを複数組み合わせることで解像度やアスペクト比を自由に変更できる。今回は用途やLEDのピッチ違いで2シリーズ、4モデルをラインナップし、幅広い用途に対応する構え。そこでCrystal LEDの開発を担当したソニー ホームエンタテインメント&サウンドプロダクツ株式会社HES商品戦略室部門長の長尾和芳さんに、麻倉さんがインタビューした。(編集部)

麻倉 ご無沙汰しております。長尾さんというと、例年のCESでもブラビアについてインタビューさせていただくなど、ソニーの家庭用テレビの人というイメージだったのですが、現在はCrystal LEDを担当されていると聞いてびっくりしました。

長尾 まずは今の私の役割と、なぜCrystal LEDを担当しているかからご説明します。私は今、ホームエンタテインメント&サウンドプロダクツ株式会社で商品戦略室を担当しています。

 ここでの業務としては、これまであちこちの部署で開発していた要素技術を統合して新しい付加価値を作っていきましょうという狙いと、B to C、B to Bを含めて新規事業領域を探索して育てていきたいというテーマがあります。

 その中で、厚木でやっていたプロジェクターやLEDなどのB to B事業とブラビアで展開していたB to C事業を、ディスプレイ総合戦略として展開して市場を広げていく、付加価値を生んでいくことに着手しています。さらに、技術をもっと流通させて、開発を加速させることも考えています。

麻倉 技術の流通というのは、これまで分かれていた開発部隊をまとめていこうという狙いなのですか。

長尾 そうですね。それにより開発速度を上げていこうという狙いもあります。コンスーマー向けのリッチな映像体験を届けることは続けていきますが、一方でリアリティを追求するという切り口の映像も展開し、それをB to Bビジネスの拡大、コンテンツクリエーションへの参入につなげていきたいと考えています。

画像: 新製品の「C」シリーズのCrystal LED。こちらはコントラスト再現に優れる

新製品の「C」シリーズのCrystal LED。こちらはコントラスト再現に優れる

麻倉 そのひとつがCrystal LEDの新製品ということですね。従来からの進化点はどういった点になるのでしょう。

長尾 現行モデルは2017年に発売しましたが、今回はそこに新ラインナップが加わった形になります。今回はBシリーズとCシリーズを準備しました。

 Cシリーズはハイコントラストモデルで、ディープ・ブラック・コーティングを採用した製品になります。これまでのCrystal LEDで実現していた引き締まった黒と、豊かな階調表現を備えているのが特長です。基本的には、従来のCrystal LEDと同じ方向の絵づくりをしたシリーズになります。

 もうひとつのBシリーズは少し方向性が違い、輝度を追究しています。Crystal LEDは画質の評価は高いのですが、もう少し明るさが欲しいとか、外光反射を抑えて欲しいというご意見もいただいていました。Bシリーズは今までCrystal LEDでカバーできなかった領域をサポートしようということで、高輝度で低反射のコーティングを加えたモデルになります。

麻倉 「C」「B」というシリーズ名には意味があるのですか?

長尾 「C」はコントラスト、「B」はブライトネスと考えてもらうと覚えやすいかと(笑)。

 今回は両シリーズとも1.26mmと1.58mmのピッチサイズを準備していますので、合計4モデルのラインナップになります。これまでは1.26mmピッチでしたので、もう少し大きなサイズを揃えたことになります。

 また今回の特徴として、マイクロLEDに特化した「X1 for Crystal LED」というチップを搭載しました。これは従来のCrystal LEDで行っていたLED制御技術と、ブラビアの信号処理技術のいいところ取りをした映像エンジンです。

麻倉 ブラビアの「X1」にはいくつか世代がありますが、今回のチップはどれに相当するのでしょう?

画像: 1800cd/m2の明るさを持つ「B」シリーズ。こちらはバーチャルプロダクション用途も意識している

1800cd/m2の明るさを持つ「B」シリーズ。こちらはバーチャルプロダクション用途も意識している

長尾 ベーシックな「X1」を使い、Crystal LEDに最適化したアルゴリズムを入れているとお考え下さい。大きな画面になると、超解像や動きボケが気になりますので、リアリティクリエーションやモーションフローでそれを補完しようという狙いです。また22ビットのスーパービットマッピグも入っていますが、これも大画面で階調をしっかり表現するのに有効です。

 入力信号はHDR10とHLGに対応しており、ハイフレームレートは120pまで再現できます。また3D信号にも対応しています。広色域、広視野角というCrystal LEDの特長はそのまま継承しています。

 他にも設置性、メインテナンス性を高めています。従来のCrystal LEDはバックヤードが必要で、壁掛け設置はできませんでしたが、今回は軽量化してバックヤードなしで、壁掛けや湾曲配置もできるようになっています。

 また、要望の高かったファンレス設計も実現しました。メインテナンス時にバックヤードに回らなくてもいいように、フロントアクセスを可能にし、前側からパネルやモジュールの交換ができるようになっています。

麻倉 設置性や操作性はかなり改善されたようですね。ひとつひとつのモジュールサイズはこれまでと同じなのでしょうか?

長尾 そこも変わっています。キャビネットと呼んでいる最小単位のユニットは、4モデルとも27.5インチの16:9アスペクトです。ただし、ユニットに内蔵しているLEDの数は1.26mmピッチは水平480×垂直270画素、1.58mmピッチでは水平384×垂直216画素になります。1.26mmピッチで8K映像を組むと画面サイズは440インチ、1.58mmピッチでは550インチになります。

 また今回コントローラーもリニューアルしました。1台で制御できるのは従来通り、4K映像までですので、8Kの場合は4台のコントローラーで操作できることになります。

画像: 新型のコントローラー。1台で4K映像を制御可能

新型のコントローラー。1台で4K映像を制御可能

麻倉 どれくらいの明るさや画面サイズが必要かによって、選び分けられるのはユーザーにとっては嬉しいでしょうね。具体的にはどんな使われ方を想定しているのでしょう?

長尾 Cシリーズに関しては、企業のロビーや会議室、ショウルーム、博物館といった用途を想定しています。Bシリーズは外光反射を嫌う用途で輝度が重要なところということで、明るいエントランスやバーチャルセットを想定しました。

 Bシリーズに関してはソニー・ピクチャーズのイノベーションスタジオと協業しながら仕上げています。実際にイノベーションスタジオでは従来のCrystal LEDをお使いいただいていますので、そこで得た知見を参考にBシリーズのスペックを決めていきました。

麻倉 ソニー・ピクチャーズ側からはどんな要望があったのですか?

長尾 バーチャルプロダクション用途では、Crystal LEDに再現した映像をカメラで再撮することになります。そのため当然ながら、昼間のシーンなどは輝度が高くないといけないとか、HDRで表現できないとリアリティがでてこないといった声がありました。また色域が狭いとリアルに感じられませんので、広い色域を確保したままで、高輝度で正確にHDRを再現出来るディスプレイという要望が高かったですね。

 バーチャルプロダクションが注目されたひとつのきっかけは、昨年Disney+で配信された『マンダロリアン』の撮影で巨大なバーチャルセットが使われたことが広く報道されたのと、現在のコロナ禍で撮影が出来ないという物理的な問題が出てきていることが挙げられます。

 そんな事情もあって、バーチャルプロダクションに関してはこの1年でもの凄く盛り上がりました。そこで、バーチャルプロダクションを最初から意識したLEDディスプレイをソニーが出したということは、業界にとっても大きなインパクトになるのではないかと思っています。

麻倉 Crystal LEDはもともとの画質がいいわけですから、ライバルにとっては脅威でしょうね。ちなみにバーチャルプロダクション用として絵づくりで気をつけたことは何でしょう。

長尾 これまでのLEDディスプレイはサイネージ用途が多く、遠くでも明るく見えることが重要だったのですが、バーチャルプロダクション用は、近距離で綺麗に撮影できないといけません。そういった意味では、今までとは違う絵づくりが求められるでしょう。

画像: Crystal LEDキャビネットの背面。今回からファンレス設計が採用され、ひじょうにすっきりしている

Crystal LEDキャビネットの背面。今回からファンレス設計が採用され、ひじょうにすっきりしている

麻倉 なるほど。ではそのために製品開発で技術的にこだわった点を教えて下さい。

長尾 今回のシリーズは、従来のCrystal LEDで使用しているソニー開発のマイクロLEDではなく、外部調達したマイクロLEDを使っています。

麻倉 それは大きなニュースです。なせ外部調達に切り替えたのでしょうか?

長尾 マイクロLEDについては、色々な展示会で新製品が多く展示されており、技術についてもどんどん新しい提案がなされています。それもあり、自社の技術と組み合わせることで、しっかりとした画質を実現しながら、より多様なニーズにお応えできる商品展開をしていこうということで、決断しました。

麻倉 これまでのソニー製マイクロLEDと比べて、大きさや性能は同じなのでしょうか?

長尾 サイズとしては少し大きくなりました。性能面では、Crystal LEDと呼べる品質を持ったものとして選んでいます。

麻倉 再生デバイスを外部調達して、それを独自の映像エンジンで制御して高画質を実現するというストーリーは、家庭用ブラビアの液晶や有機ELパネルと共通していますね。デバイスは外に任せて、最終的なアウトプットで勝負する。

長尾 開発スピードの速い分野では、自社開発にこだわらないでいいパーツを活用することも重要でしょう。実際に他社製のLEDを試してわかったのが、性能を充分に使いこなせばいい絵が実現できるということでした。今回は本腰をいれたらどこまでできるかにトライした結果だと思っています。

 できるだけ幅広く、色々なニーズにお応えする製品を作っていくことで、開発速度もアップできますし、供給体制も安定させられます。トータルでいい商品にまとめあげられるのではないかと考えた次第です。

画像: バーチャルプロダクションでの使用イメージ。湾曲設置も可能なので、カメラから等距離に背景を再現できる点もメリットだという。

バーチャルプロダクションでの使用イメージ。湾曲設置も可能なので、カメラから等距離に背景を再現できる点もメリットだという。

麻倉 先ほどのX1 for Crystal LEDですが、高画質化処理が入ることで映像はどれくらい良くなるのでしょうか?

長尾 その点については、現在鋭意追い込んでいるところです。もちろんよくなる部分もあり、特に入力信号に対する超解像処理とか動き補正などはかなり改善できます。

 実際には4Kなどのいい映像を再現するケースばかりではありません。そんな場合でもある程度のクォリティを信号処理で担保することによって大画面でも満足できる映像を提供できると考えています。

麻倉 私もこれまであちこちでCrystal LEDの絵を見てきましたが、ソースによってはボケていることがありました。その意味では超解像処理が加わるのはメリットが大きいでしょう。

長尾 信号の質が伴わないと、Crystal LEDのよさを充分発揮できないこともあります。そんな時には、入力ソースに対する高画質化処理は重要だと考えています。

麻倉 その意味ではB to BとB to Cが統合されるのはとてもいいことですね。個人的にはCrystal LEDもB to C展開して、家庭版を実現して欲しい。

長尾 将来的にやりたいとは思っています。日本は難しいかもしれませんが、アメリカなどはシアタールームやリビングでプロジェクターを使って大画面を楽しんでいる方は多くいますし、そこにテレビを持ち込みたいというニーズは増えています。

 液晶テレビでは100インチが限界で、それでは迫力が足りない。高輝度のプロジェクターもありますが、昼間に使うのは厳しいでしょう。そういった用途については、Crystal LEDなら搬入も容易だし、昼夜を問わず大画面・大迫力で楽しんでいただけます。ただ現時点ではコストがひじょうに高いので、家庭用として実現出来るタイミングを計っていきたいと思います。

麻倉 コスト面では、マイクロLEDの価格が下がらないと厳しいですよね。

長尾 確かに、それが一番の問題です。またマイクロLEDは実装技術も重要です。小さなモジュールの上に数百万個のLEDを取り付けていくのですが、ここで生産技術上のブレイクスルーがないと価格を下げるのは難しいかもしれません。

画像: 今回のインタビューもリモートで行っている。右がソニー ホームエンタテインメント&サウンドプロダクツ株式会社 HES商品戦略室部門長の長尾和芳さん

今回のインタビューもリモートで行っている。右がソニー ホームエンタテインメント&サウンドプロダクツ株式会社 HES商品戦略室部門長の長尾和芳さん

麻倉 Crystal LEDの応用として映画館という展開もあると思います。ソニーさんとして国内の劇場に採用を働きかけるといったことは考えていないのでしょうか?

長尾 現在はコロナの影響もあって、映画館の設備投資が厳しい状況なのです。アメリカDCIでも直視型デバイスを使った映画館のスペックをどうするかといった議論はされていたんですが、今それもストップしています。そういったこともあり、しばらくは劇場への展開は難しい気もしています。

 一方で、Netflixなどで始まっているように、新作映画の公開が劇場から配信にシフトしています。そうなるとこれまでのプロジェクターなどを使った映像制作から、しっかり輝度を出して、HDRも含めたテレビの画質を想定して絵づくりをするというNetflix流のやり方が今後の映画づくりのトレンドになっていくでしょう。そこでCrystal LEDが活躍できるのではないか、そんな気もしています。

麻倉 最後に、長尾さんとしてCrystal LEDをどんな風に発展させていくのか、その野望をお聞かせ下さい。

長尾 野望……(笑)。ひとつは先ほど申し上げた通り、Crystal LEDを家庭に入れたいということです。また大画面になれば、音もこれまで以上に重要になっていきます。サラウンドとの技術的な融合をした商品も作りたいですね。臨場感は絵と音が融合して初めてひとつの体験になりますから、音の提案もやっていきたいと思っています。

麻倉 とても希望が持てるお話でした。今後をたいへん期待しています。

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