ドルビーアトモス、DTS:X、AURO-3D、そしてNHKの22.2chと、昨今は様々な3Dサラウンドが登場している。いずれも没入感のある音場を再現することを目的としているが、そこには微妙な違いがある。第一がスピーカー位置で、個別のフォーマットで理想とする設置位置や試聴距離が異なっているのだ。ではそれぞれの方式が推奨しているスピーカー設置で同じ音源を再生したら、どのような違いがあるのだろうか? 今回は3Dサラウンドの研究を進めている株式会社WOWOWにお邪魔して、素朴な疑問を検証させてもらった。対応いただいたのは、株式会社WOWOW 技術局 技術企画部長の福田賢治さんと、技術局 エグゼクティブ・クリエイター/博士の入交英雄さんだ。(編集部)

※今回ご紹介した3Dオーディオの配信について、10月にWOWOW主催の伝送実験が開催されます。その実験にモニターとして参加してくれるStereoSound ONLINE読者50名を緊急募集! 詳細は本記事中のコラムでご確認下さい。たくさんのご応募お待ちしています。

麻倉 今日はWOWOWの辰巳放送センターにお邪魔して、3Dサラウンドについて、その原点を確認させていただきたいと思っています。

入交 わざわざおいでいただき、ありがとうございます。

麻倉 入交さんは立体音響の権威としてたいへん有名な方で、私は入交さんが前職のMBS毎日放送の頃から取材でお世話になっていました。今回はWOWOWさんの視聴室についてもお話をうかがえるとのことで、とても楽しみにしていました。

入交 こちらこそすっかりご無沙汰しておりました。

麻倉 それにしても、この設備は凄いです。あらゆるイマーシブオーディオ、3Dサラウンドについて、それぞれのフォーマットが求めている理想的なスピーカー配置に対応している、世界でも希な空間だと思います。

自宅でMQAやAURO-3Dの配信サウンドを体験してみませんか?
WOWOW高度音声配信実証実験のモニター参加者募集

 WOWOWでは、放送や配信の音声品質の向上を目指した実証実験を、10月6日(火)の17:00〜18:00に実施予定です。今回は、そのモニターに協力してくれる読者諸氏を募集します。

 モニターの内容は、富ヶ谷・ハクジュホールからの生中継配信を自宅でご覧いただき、試聴後にアンケートに答えてもらうというもの。会場では生演奏を192kHz/24ビットの3Dオーディオで収録し、それをリアルタイムでHPL→MQA→MPEG4-ALSの順番にエンコードして映像と一緒に配信します。

 配信の内容をご覧いただくには、再生アプリのVLC(無料)をインストールしたPC(Windows、MAC)を自宅のオーディオ機器につないでもらえればOK。その場合は48kHzのリニアPCMでお楽しみいただけます。さらにMQA対応DACをお持ちの方は、192kHzに復元したハイレゾで楽しむこともできます。こちらにトライしてくれる方は特に大歓迎です!

 生中継配信をモニターいただけるのは先着50名とさせていただきますが、翌日から1週間アーカイブによる試聴も準備されます。時間的に無理という方はぜひアーカイブでご体験下さい。

 世界初となる、今後の配信品質にも影響を与える重要な取り組みに、ぜひあなたの声を届けて下さい。また10月末にはAURO-3Dを使った伝送実験も予定されています。こちらも詳細が決まり次第お知らせしますので、お楽しみに!

<実証実験の詳細>
「ハクジュホールからのHPL-MQA 2chによる生配信(世界初)」
●日時:2020年10月6日17:00開演、18:00終了予定
●演奏:名倉誠人 マリンバ・ソロコンサート●
曲名:J.S.Bach 無伴奏組曲ハ短調 BWV995/1011、三つのコラール、前奏曲ホ長調、他
●内容:HPL-MQA音声によるハイレゾ・ヘッドホン3Dオーディオ生配信

世界初ハイレゾ伝送実験に参加したい方はこちら(10月3日20時締め切り) ↓ ↓ ↓
今回の受付は終了しました。沢山のご応募ありがとうございました。

※モニター当選者には編集部から配信前日までに試聴用URLをメールでお知らせします。当日はPCでそのURLにアクセスしてください。具体的な接続方法はURLと一緒にお知らせします。

※お申し込みいただいた情報については、株式会社ステレオサウンドで管理し、記事作成の参考にさせていただきます。個人情報の取り扱いについては以下のページでご確認下さい。
https://online.stereosound.co.jp/privacy_policy

入交 私は仕事柄、いろいろな場所で3Dオーディオの音を聴く機会があるのですが、あるスタジオで作って、別の場所で聞くと音がまったく違う印象になるといった経験を繰り返してきました。そこで、まずそれぞれの音声フォーマットのスピーカー推奨配置に沿った配置で鳴らしたらどうなのか、どんな違いがあるのか、きちんと聴き比べできる場所が必要だと考えたのです。

 今日ではAURO-3Dやドルビーアトモス、22.2chなどのイマーシブフォーマットがありますが、それぞれ微妙にスピーカー位置が異なります。たとえばこの部屋の斜め上のコーナーには左右3基ずつのスピーカーがありますが、それぞれ別のフォーマットに対応しています。

 一番左がAURO-3Dのハイスピーカーです。AURO-3Dはフロントスピーカーの真上にスピーカーを置くことになっていて、開き角、仰角ともに30度です。その隣のスピーカーは開き角45度、仰角30度の22.2ch用になります。その外側にあるのが開き角45度、仰角45度のドルビーアトモス用です。

麻倉 わずかな差にも思えますが、やはり音は違うのですね?

入交 そうですね。近いと言えば近いのですが、音を聴いてみるとずいぶん印象が違います。

麻倉 ホームシアターやリビングシアターの場合は、フロアースピーカーであっても再生の度に動かすといったことはできません。つまり、あるフォーマットで正しい配置をしても、別のフォーマットを再生したらずれていることになる。厳密に言えば聴こえ方も違ってくる。

入交 おっしゃる通りです。だから作り手としてはどの配置で聴かれても違和感のないように互換性を取らないといけません。それを検証するために、この部屋ではそれぞれのスピーカーを切り替えてモニタリングしながらミキシングするといったことも行っています。

麻倉 あるひとつの方式に合致させてしまうと、他の方式で聴いている人には違和感がでてしまう。これは難しい問題ですね。しかし、それを検証するためにここまでの部屋を作るというのも凄い決断ですね。放送局であるWOWOWがこれほど本格的な空間を作られたのは、どんな考えだったのでしょう?

福田 WOWOWはプレミアムペイチャンネルですから、品質にはこだわっています。映像はもちろん、音質にも配慮しなくてはなりません。もともとテレビ局ですから映像に対する配慮はありましたが、音についてはもう少し何とかしなくてはいけないと考えていました。それもあり、最新の3Dサラウンドには注目していました。

麻倉 WOWOWはこれまでも映画作品などで5.1chでの放送に熱心に取り組んできていますが、その先に3Dサラウンドへの展開も考えているのですね。

福田 そうです。

様々な3Dサラウンドを理想通りに再生できる、WOWOWの試聴室

画像: 3Dサラウンドの原理原則を守ってスピーカーを設置したら、どんな違いがあるのか? WOWOWの“究極のイマーシブ空間”でその神髄に触れた(前篇):麻倉怜士のいいもの研究所 レポート35

 今回取材させていただいたWOWOWの3Dオーディオ試聴室には、フロアーに置かれた7.2chをベースに、ドルビーアトモス用のトップスピーカー4本、AURO-3D用のハイトスピーカー6本、さらに22.2ch用が15本(要確認)と、合計32本のスピーカー+2本のサブウーファーが設置されている。ここで様々なフォーマットを理想のスピーカー配置で再生し、その音の違いを検証、没入感の違いなどを研究しているそうだ。

麻倉 さてこの部屋では、どの3Dサラウンドが再生できるのでしょうか?

入交 NHKが推奨している22.2ch、ドルビーアトモスの9.2.6、AURO-3Dの13.1まで再生できます。DTS:Xも再生自体はできますが、まだ検証が終わっていません。DTS:Xの場合、スピーカーの推奨位置が厳密に決められていないので、なかなか難しいのです。

麻倉 これまでWOWOWのコンテンツ製作でこの部屋を使ったことはあるのでしょうか?

福田 8月28日から劇場公開された『UVERworld 男祭りFINAL at TOKYO DOME』はこの部屋で音を仕上げています。ライブ自体も弊社で放送したのですが、それとは別に劇場用のドルビーアトモスのミックスダウンを行いました。

麻倉 放送では3Dサラウンドというのは難しいでしょうから、完全にB to Bとしてのお仕事だったわけですね。

福田 収録をイマーシブオーディオで行ったものを放送することもあります。実際に入交さんがヨーロッパで収録してきた素材を使って、ヘッドホンで擬似的にサラウンドを楽しめるように、HPL(Head Phone Listening)音源を作ってオンエアしたこともあります。

麻倉 HPLによる放送は、有料放送のサービスとして期待されるコンテンツです。今後、WOWOWとして3Dサラウンドとどう取り組んでいこうとお考えなのですか?

福田 はっきりしたロードマップはまだありません。ただ弊社としてはインターネットを通じたサービスを強化していきたいという考えもあり、そこで3Dサラウンドを使う可能性はあります。

麻倉 配信なら放送と違って、新しいフォーマットにも取り組みやすいですからね。

福田 とはいえ弊社が何らかのアプリを持っているわけではありませんから、既存のプラットフォームをお借りするなどの準備は必要です。それらを踏まえて、何らかの形でご提供していきたいと考えています。

画像: フロント側のトップスピーカーの設置位置もAURO-3D、22.2ch、ドルビーアトモスでは異なっている。AURO-3Dは開き角/仰角とも30度、22,2chは開き角45度/仰角30度、ドルビーアトモスは開き角/仰角とも45度を推奨している。その通りに設置したのが写真の状態とのこと

フロント側のトップスピーカーの設置位置もAURO-3D、22.2ch、ドルビーアトモスでは異なっている。AURO-3Dは開き角/仰角とも30度、22,2chは開き角45度/仰角30度、ドルビーアトモスは開き角/仰角とも45度を推奨している。その通りに設置したのが写真の状態とのこと

麻倉 WOWOWが考えるネットの活用方法として、音だけなのか、映像との組み合わせになるのか、どちらでしょう?

福田 目指しているのは、映像と音の組み合わせです。技術サイドとしては、音楽ライブやスポーツなどで、映像も音も自分たちで収録して、3Dサラウンドで番組を制作するといったことを考えています。

麻倉 スポーツなどは、5.1chや3Dサラウンドになることで臨場感も違うし、コンテンツの価値がかなり上がるのではないでしょうか。

福田 視聴者の皆さんも、一度聴けばその素晴らしさを分かってくれると思います。本当に作品に引き込まれますから。

麻倉 NHKが推奨している22.2chを採用する可能性もあるのでしょうか?

福田 コンテンツ制作のツールという意味では既に採用していますが、現実には対応再生機器がほとんどありませんので、放送で使うのは難しいところです。

入交 22.2chでマスターを作っておけば、後から色々な方式に変換できます。その意味では22.2chで収録しておくことには大いに意味があると思います。ただ、その手間や物量がたいへんなのです(笑)。4K放送用として22.2chを検討したこともありましたが、放送設備としてコストがかなりかかってしまいます。それもあって、採用には至りませんでした。

麻倉 放送をドルビーアトモスで行う可能性はあるのでしょうか?

福田 放送は電波を使うので、規格が厳格に決まっています。そのため放送でドルビーアトモスを送ることはできないのです。

画像: スクリーンサイドのスピーカーたち。フロントL/C/Rの下に置いてあるのは22.2ch用のボトムスピーカーで、俯角15〜30度の範囲に置くように推奨されている

スクリーンサイドのスピーカーたち。フロントL/C/Rの下に置いてあるのは22.2ch用のボトムスピーカーで、俯角15〜30度の範囲に置くように推奨されている

麻倉 となるとやはり配信プラットフォームに乗るのが有力ですね。問題はユーザー側がどうやって再生するかですが。

入交 現状では3Dオーディオを再生できるプレーヤーアプリがありませんので、これをどうするか考えていきたいですね。ハードメーカーが協力してくれればいいのですが、現状では難しいかもしれませんので、PCやスマホのアプリで再生環境を整えていければと思っています。

麻倉 MQAはどのような扱いになるのでしょう?

入交 MQAは2chですが、192kHzなどのハイレゾ再生が可能ですので、音のいいステレオコンテンツ用として使いたいと思います。MQAではエンコードした音声が48kHzのWAVになりますから、現在の局内インフラがそのまま使える点もメリットです。

麻倉 以前入交さんから、2chでは豊かなホールトーンと、クリアーな再現を同時に実現するのが難しい。でもイマーシブオーディオなら会場の雰囲気を出しながら、明瞭な音楽を表現できます、とうかがってとても感動しました。2ch、5.1ch、イマーシブオーディオそれぞれの違いはありますが、雰囲気を出しながら、明快な音が聴けるのは、3Dサラウンドの一番の魅力ではないでしょうか。

入交 もともと私はクラシック音楽の録音に興味があったのですが、ホールの臨場感と楽器の生々しさを両立するのはとても難しかったのです。これは、ホールの残響成分と楽器の直接音が同じスピーカーから出ている点に問題があるのです。

 そこで、4chサラウンドが登場した時(1980年頃)に残響音と直接音を分けたらどうなるかを試したところ、明瞭度とホールトーンが両立できそうなことが分かりました。デジタル放送が始まって5.1ch制作を行っておいたのですが、2007年頃ふとしたアイデアから高さ方向にスピーカーを増やす実験をし、8chあればそれなりにいけるんじゃないかという結論に達しました。フロアーが4ch、その上に4chです。センターを加えて9.1chが良いと思っていたところ、Dolby Atmosが日本に紹介され時代が動くと直感しました。

※9月23日公開の後篇に続く

画像: 取材に協力いただいた、株式会社WOWOW 技術局 技術企画部長 福田賢治さん(左)と、技術局 エグゼクティブ・クリエイター/博士 入交英雄さん(右)

取材に協力いただいた、株式会社WOWOW 技術局 技術企画部長 福田賢治さん(左)と、技術局 エグゼクティブ・クリエイター/博士 入交英雄さん(右)

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