マスターテープのサウンドにもっとも近い音で甦る<真実>のアリス
昨年ステレオサウンド社から発売された谷村新司の初めてのSACD/CDハイブリッド盤の音のよさには心底驚かされた。これは2017年に発売されてすでに完売となっているLP『ステレオサウンド アナログレコードコレクション 谷村新司』の全8曲に新たにソロの楽曲を3曲、アリスの楽曲を5曲追加した全16曲のオールタイムベスト的な編集盤で、マスタリングはアリス時代から谷村の録音制作に携わってきたミキサーズ・ラボの三浦瑞生氏が担当。
オリジナルマスターからSACD層用とCD層用それぞれに個別のマスタリングを行ない、「昴」「いい日旅立ち」「サライ」といった誰もが知る名曲を考えられる最高の状態でパッケージングしたものだ。谷村新司という歌手/ソングライターの魅力はもちろんのこと、これまであまり注目されることがなかったプロダクションの質の高さをも浮き彫りにしたという点で、他に類を見ない画期的な一枚だった。
ステレオサウンド オリジナルセレクション SACD/CDハイブリッド
『谷村新司』
(ユニバーサル/ステレオサウンドSSMS-029)¥4,500+税
●仕様:SACD/CDハイブリッド盤
●アーティスト:谷村新司(ソロ/Track1〜4、7〜11)、アリス(Track5、6、12〜16)
●マスタリング・エンジニア:三浦瑞生(ミキサーズラボ)
1. 昴
2. 群青
3. いい日旅立ち
4. サライ(ソロヴァージョン)
5. 秋止符(アリス)
6. 帰らざる日々(アリス)
7. 蜩
8. 風姿花伝
9. 浪漫鉄道<蹉跌編>
10. 三都物語
11. 陽はまた昇る
12. ジョニーの子守唄(アリス)
13. チャンピオン(アリス)
14. 冬の稲妻(アリス)
15. 今はもうだれも(アリス)
16. 遠くで汽笛を聞きながら(アリス)
●ご購入はこちら→https://www.stereosound-store.jp/fs/ssstore/rs_sacd/3184
こうなると当然のように「アリスの単体ベストも聴きたい」という声が聞こえてくるわけで、その少なからぬリクエストに応えたのがここで紹介するLP『ステレオサウンド アナログレコードコレクション アリス』だ。2009年に再始動して以降、パーマネントなグループとして現在も精力的に活動を続けるアリスだが、ここに収められた10曲は1981年に活動休止するまでのいわば〈第一期〉に残された楽曲群。マスタリングはSACD/CD『谷村新司』に引き続き、三浦瑞生氏が担当している。
録音年がもっとも古いのは1975年録音のB①「今はもうだれも」で、もっとも新しいのは1980年録音のA④「狂った果実」。マスターテープは、Uマチック・デジタルを使用した「狂った果実」以外はすべてアナログである。アナログマスターはスチューダーA80マスターレコーダーで再生され、Uマチック・デジタルマスターはソニーPCM1630+DMR40000で再生後、プリズムサウンドADA8XRでアナログ変換されている。これらを三浦氏が自身のチョイスによるヴィンテージ機器を通して1曲ごとに調整。マージングテクノロジーズのHapiでデジタル化したのち、同社ピラミックスのDAW(デジタル編集機)に取り込んでいる。
カッティングマスターにはPCM384kHz/32bitというフォーマットが採用された。DSDを含むあらゆるフォーマットを比較試聴し、三浦氏が「アリスのマスターテープが持つサウンドの表現にもっとも近い」と判断したものだとか。このマスターが東京・南青山のワーナーミュージック・マスタリング内カッティングルームに持ち込まれ、カッティング・エンジニアの北村勝敏氏がバランスを最終調整。その音源がノイマンのカッティングマシンVMS80+カッターヘッドSX74によってラッカー盤に刻み込まれたというわけだ。
アナログレコードコレクション LPレコード
『アリス』
(ユニバーサル/ステレオサウンドSSAR-046)¥8,000+税
●仕様:アナログレコード:33 1/3回転 180g重量盤
●マスタリング・エンジニア:三浦瑞生(ミキサーズラボ)
●カッティング・エンジニア:北村勝敏(ミキサーズラボ)
[Side A]
1. チャンピオン
2. ジョニーの子守唄
3. 冬の稲妻
4. 狂った果実
5. さらば青春の時
[Side B]
1. 今はもうだれも
2. 帰らざる日々
3. 遠くで汽笛を聞きながら
4. 秋止符
5. 涙の誓い
●ご購入はこちら→https://www.stereosound-store.jp/fs/ssstore/3282
こうした過程を経て完成した『ステレオサウンド アナログレコードコレクション アリス』が、いま手もとにある。自宅のアナログプレーヤー、トーレンスTD147ジュビリー・エディションに盤をのせ、ゴールドリングのMMカートリッジ1006でトレースを始めると、A①「チャンピオン」の第一音でいきなり鳥肌。アコースティックギターの低音弦の力強く振幅する様子がくっきりと、視覚的なイメージを伴なって聴こえてくる。サイモン&ガーファンクル「ボクサー」の翻案と思しき楽曲の世界観を歌う、谷村新司の淀みない発音のよさが際立つ。谷村に比べるとより湿り気のある堀内孝雄のヴォーカルは、現行のベスト盤CDなどで聴くとくぐもった感じに聴こえることが少なくないのだが、ここでは谷村との個性の違いがしっかり描き分けられ、2人のシンガー・ソングライターがイーブンな関係で共存するこのトリオの成り立ちを改めて思い出させてくれる。
B①「今はもうだれも」は、フォークグループのウッディ・ウーが1969年にリリースしたシングルのカヴァー。編曲としてドラムの矢沢透の名前が単独クレジットされているだけあって、この曲はドラム、とりわけタムのヒットが強い印象を残す。そして歌い出し直前のカラッと乾燥したタムの響きが、このLPではよりいっそう気持ちよく感じられる。谷村&堀内によるハーモニーの美しさと、リズム楽器としてのアコースティックギターの小気味よさも聴きものだ。
堀内孝雄の作曲によるB③「遠くで汽笛を聞きながら」は、矢島賢によるリードギターやゴスペル風のコーラスが重なる、アリス版「レット・イット・ビー」的な名曲。腰の据わったドラミングとチェンバロのような軽やかさを持つピアノ、随所で弾力のあるフレーズを聴かせるベースなどが分離感よく配置され、その前にいつになくエモーショナルな堀内のヴォーカルが立体的に張り出してくる。個人的には本盤で一番に推したい楽曲だ。
ここに収録された楽曲のうち、先のSACD/CDハイブリッド盤『谷村新司』にも収録されている5曲を自宅のSACD/CDプレーヤー、ソニーSCD1で再生して改めてLPと聴き比べてみた。やはりSACD層は最初の印象通り、静まり返った水面に波紋がひとつふたつと落ちる瞬間を目にしているような、神秘的と言っても大袈裟ではないほどのクリアネスを感じる。LPでは音像により陰影感が加わり、谷村&堀内のヴォーカリストとしての個性が際立つとともに、演奏の鮮度と熱量が数段上がったように聴こえるのだ。
このLPは、しみじみと青春時代を懐かしむような聴きかたをするだけではもったいない。誰も聴いたことがなかった真実のアリスを伝える〈新譜〉として、谷村新司のSACD/CD同様、ファンのみならず幅広く聴いてほしい。
●問合せ先:㈱ステレオサウンド 通販専用ダイヤル03(5716)3239(受付時間:9:30-18:00 土日祝日を除く)