3月上旬、一般社団法人 映像配信高度化機構(Nex CDi-F)の事業展開委員会による、関係者向けの試聴体験会が東京・大泉学園の東映デジタルセンターにて開催された。映像配信高度化機構とは、4K8Kや3D、多チャンネル立体音響などの送受信に関する規定、仕様の検討や実証・開発等を進め、大画面上映の普及推進を支援することを目的にした団体だ。今回の試聴会は、そんな4K8K映像を配信する場合に、マルチチャンネルサラウンドをどのように組み合わせたらよいのかをテーマにした実験だという。そこではどんな検証が行われていたのか、麻倉怜士さんによる現場潜入リポートをお届けする。(編集部)

画像: 実証実験が行われた、東映デジタルセンターの試写室。映画館と同等のドルビーアトモス再生環境を備えている

実証実験が行われた、東映デジタルセンターの試写室。映画館と同等のドルビーアトモス再生環境を備えている

麻倉 今日は映像配信高度化機構による実証実験が行われているということで、東京・大泉学園の東映デジタルセンターにおうかがいしました。すると、そこにはNHKの清藤 寧さんと、スカパーJSATの今井 豊さんという4K8Kのキーパーソンが揃っていたではないですか。なぜおふたりが一緒に実証実験に立ち会っているのですか?

今井 おいでいただきありがとうございます。今日の実証実験は、映像配信高度化機構の事業展開委員会が主催したものです。弊社とNHKさんはその事業展開委員会のメンバーで、コンテンツも2社が提供したものを使っています。つまり今日われわれふたりは、映像配信高度化機構のメンバーとして参加しているわけです(笑)。

清藤 映像配信高度化機構は、通信を使って4K8Kを全国に幅広く配信できないかという総務省の意向を受けて活動しています。事業展開委員会では、その実現のための様々なトライアルを進めてきました。

 当初は4Kコンテンツをサーバーに置いて、インターネットの公衆回線を使ってダウンロードしてPCで再生することから始めて、次に4Kのストリーミングになり、8Kのダウンロードに進み、今は8Kストリーミングのトライアルを行なっている段階です。

 もともと総務省の中には、高精細映像とサラウンド音場を使って高度臨場感、つまり、その場にいるかのような体験を実現しようという狙いがあり、今回は8Kストリーミングに合わせて音をどうするかの実証実験を企画したわけです。

麻倉 放送局を超えた絵と音の高度臨場感再現に対するトライアルだったのですね。それはとても素晴らしいことです。で、今回はどんな実験を?

清藤 マルチチャンネルで収録した素材を配信等でどのように活用したらいいかという検証で、今回はフォーマットにドルビーアトモスを使っています。まずNHKの4K8K放送の22.2chサラウンド音声からドルビーアトモスに変換して、それを映画館の環境で再生したらどうなるかを試しました。

麻倉 放送で使った22.2ch音声をドルビーアトモスに変換するというのは、昨年の技術研究所公開で同じような展示をされていたと思います。

清藤 あちらは家庭での再生を想定したもので、ドルビーさんが開発した変換用のソフトウェアを使っていました。今回はもっと大きな画面、映画館でのパブリックビューイングなどを考えています。

 コンテンツには、『大相撲』『サッカーのワールドカップ フランス対クロアチア』『ウィーン・フィルのニューイヤーコンサート』『8KライブSuperfly』、ドキュメンタリーから『北米イエローストーン 躍動する大地と命』『草間彌生 わが永遠の魂』からそれぞれ数分をピックアップしています。

画像: BS4K8K放送で22.2chでオンエアされたコンテンツをドルビーアトモスに変換した素材を視聴している

BS4K8K放送で22.2chでオンエアされたコンテンツをドルビーアトモスに変換した素材を視聴している

麻倉 今日はドルビーアトモスに変換した音を聴くわけですが、22.2chとの比較はできないのですか?

清藤 残念ですが、ここは劇場用ドルビーアトモスのスタジオなので、22.2chは再生できません。小さめの映画館を想定した空間で、36基のスピーカーがセットされているそうです。

麻倉 NHKさんとしては22.2chをドルビーアトモスの素材として使っていこうという考えなのでしょうか?

清藤 そういうことではありません。今回は、映像配信高度化機構という4K8Kを広く世の中に広めようとしている団体が音声フォーマットとしてドルビーアトモスを選んだというわけです。

麻倉 ちなみに、これまでのパブリックビューイングでは音の環境はどうなっていたのでしょう?

清藤 NHKが実施する場合は22.2chを使うことが多かったですね。

今井 2017年3月にスカパーJSATが実施した『4Kバレエ』のパブリックビューイングは、2chで再生しました。あの時は映画館の再生環境でもちゃんと音楽として楽しんでいただけるように、細かく調整していました。(編集部註:月刊HiVi 2017年5月号に麻倉さんのリポートあり)

麻倉 よく覚えています。映画館でもとても音楽的なサウンドで感心しました。その意味では、今回の実験も4K8K映像にはいい音、イマーシブサウンドが必要であるという考えに基づいているわけで、とても画期的ですね。

清藤 誤解をしないでいただきたいのですが、NHKとしてドルビーアトモスを放送に使おうと考えているのではありません。ただ、放送・配信を問わず22.2ch音声を楽しんでいただく手段として、ドルビーアトモスに変換するというやり方は、今の時点で現実的なのではないかと思っています。

今井 22.2chの臨場感を劇場で体験できるのかという疑問はあるでしょう。どちらかというと今回は、22.2chソースを既存の劇場システムで、どこまでオリジナルに近づけて再現できるかを技術面から検討したわけです。

清藤 NHKでも映画館でパブリックビューイングを開催したことがあります。しかし現状では22.2chのシステムをすべて持ち込んで、再生環境をつくらなくてはいけないので、結構たいへんです。

 将来的に映画館のドルビーアトモス用設備を使えるようになれば、もうちょっと手軽に8K/22.2chのパブリックビューイングができるようになるのではないかという可能性を見据えて検証を進めています。

麻倉 今回の、22.2chからドルビーアトモスへの変換の流れはどうなっているのでしょう?

清藤 それぞれの音のチャンネル数や配置などを考慮した上で、22.2chの音源をドルビーアトモス対応のスタジオでダウンミックスしました。その音を、関連団体のNHKテクノロジーズのエンジニアと一緒に聴いて、気になった部分を修正しました。具体的には前の上側が強すぎるとかいった部分を修正しています。

麻倉 全体のバランスを取り直したイメージですね。

清藤 おっしゃる通りです。劇場のドルビーアトモスでは22.2chと違いボトム(下側)のスピーカーがないので、音場が上側に寄りがちでした。今日はそこを修正してはいますが、まだ完成形ではありません。

麻倉 NHKさんの狙いとしては、ドルビーアトモスというフォーマットを使って、22.2chの効果を来場者に体験してもらおうということがあるのですね。

清藤 その通りです。また将来的には家庭での再生にも活用できればと考えています。現時点では22.2chを家庭で扱うのはハードルが高い。しかしこの変換がうまくいけば、ホームシアターユーザーでドルビーアトモス環境をお持ちの方であれば、22.2chの効果を楽しんでいただけるのではないかと考えています。

画像: スカパーJSATのテスト素材収録時の様子。ステージ中央だけでなく、ブラスアンサンブルのメンバーそれぞれの前に多くのマイクが並んでいる

スカパーJSATのテスト素材収録時の様子。ステージ中央だけでなく、ブラスアンサンブルのメンバーそれぞれの前に多くのマイクが並んでいる

麻倉 さて一方の、スカパーJSATさんのコンテンツはどんな素材なのでしょう?

今井 ブラスアンサンブルの演奏です。オーケストラに所属している若いプロプレイヤーが集まって結成した「ブラスアンサンブル・ゼロ」という楽団に協力してもらって、マルチチャンネル録音での音楽検証用の素材として収録しました。

 マルチチャンネル音源を考えた場合、ブラスアンサンブルだったらトランペット、トロンボーン、ホルン、テューバといった具合にそれぞれの音がありますから位置や音の高さ感もわかりやすいし、マイクをひとりひとりに向けられますので、収録もやりやすいだろうと考えました。

麻倉 今回は何人編成なのでしょう?

今井 10人で、各プレイヤーの目の前にマイクを複数配置しています。放送で収録を行う場合の標準的なマイク本数よりも多く、サラウンドを意識して32本を使っています。

清藤 放送コンテンツではないので、見える所に背の高いスタンドマイクが何本も並んでいますよ。

今井 今回は、ライブなどの中継車でサラウンド音声を作るときに、どういうことができるかを検証しようという狙いもあります。最初に32chで収録して、中継車と同じ作業を経た音声素材として仕上げています。その素材をこのスタジオに持ってきて、ドルビーアトモスに変換したのです。

麻倉 ここでの作業は、ドルビーアトモスに変換した時にどうやって最適化するかだったわけですね。

今井 弊社が実際にそのようなイベントを実施するかどうかは現時点では未定ですが、既にシネコンへの衛星によるコンテンツ配信の実績はありますので、ドルビーアトモスが使えるようになれば、可能性は広がります。

麻倉 NHKさんがドルビーアトモスを使って22.2chに近い体験をしてもらうことを狙っているのに対し、スカパーJSATさんは会場の音をどれだけ再現できるかがポイントなのですね。

今井 それがリアルタイムに実現できるか、ホームシアターと劇場の違いはどうなのかといった点も今後のテーマになります。スタジオで時間をかけてサラウンドに仕上げた素材をさらにドルビーアトモスに変換するのなら問題ないでしょうが、ライブとなるとハードルが上がりますから。

清藤 ドルビーアトモスは映画館やUHDブルーレイでは使われていますが、それらはあくまでも作り込まれた素材です。われわれとしては、ライブ性が求められる放送側にドルビーアトモスを引き寄せられるかを実験していきます。

今井 放送制作のノウハウの延長線上でドルビーアトモスのコンテンツに対応できればいいですね。放送で実用化できれば配信でも実現可能ですから。

麻倉 現時点での、22.2chからドルビーアトモス変換の完成度、クォリティ面での満足度はどれくらいだとお考えですか?

清藤 今回はあくまで検証実験ですので、100%満足できたとは思っていませんし、まだ修正していくべきところは残っています。何しろこれが第一弾ですから。

今井 私は22.2chのオリジナルの音はあまり聴いたことがありませんが、放送コンテンツでここまでのサラウンドが楽しめるというのは驚きだと思います。

清藤 4K8K放送の視聴者の皆さんにも22.2chを聴いていただくチャンスはほとんどないのが現状です。それが、ドルビーアトモスを通じて間口を広げられるのであれば、ぜひ実現したいと思います。

今井 日本にある高臨場感コンテンツをもっと活用していきたいとも考えています。ドルビーアトモスのコンテンツはパッケージソフトが中心ですが、放送コンテンツで同じような体験が出来れば、ホームシアターも活性化していくでしょう。

麻倉 その意味では、AVセンターにもこの機能を搭載しなくてはいけません。実際のところ、今8Kテレビから22.2ch音声を取り出す方法はシャープのサウンドバーくらいしかありませんし、今年の8Kテレビの新製品では22.2ch音声をデコード不可能とも聞いています。

 かろうじてパナソニックの4Kレコーダーは22.2ch信号を受信できますので、このあたりの“真面目な”製品を使って、ドルビーアトモス変換した22.2chサラウンドを楽しめる環境を実現してほしいものです。4K8Kになれば音も高臨場感は必須ですから、AVセンターメーカーにはぜひ頑張って欲しい!

清藤 最近は、パブリックビューイングに来ていただくお客様から、映像がよかったのはもちろんだけど、音も素晴らしくて感動したと言っていただくことが増えています。やはりいい絵といい音のバランスは大切なのです。

麻倉 せっかくの放送資産をユーザーが再生できないという今の状況は間違っています。22.2chをみんなが楽しめるエコシステムを、ぜひ整えてほしいものです。

画像: 取材に協力いただいたおふたり。左が日本放送協会 編成局 編成センター(4K・8K普及推進) 専任部長 清藤 寧(せいとう やすし)さんで、右はスカパーJSAT株式会社 メディア事業部門 メディア事業本部 LIFE事業部 サービス開発主幹 今井 豊さん

取材に協力いただいたおふたり。左が日本放送協会 編成局 編成センター(4K・8K普及推進) 専任部長 清藤 寧(せいとう やすし)さんで、右はスカパーJSAT株式会社 メディア事業部門 メディア事業本部 LIFE事業部 サービス開発主幹 今井 豊さん

8K放送の22.2chにここまでの演出が入っていたことに、改めて驚いた。
この音を聴かないと損だ! ……麻倉怜士

 今回、22.2chからドルビーアトモスに変換した音を、東映デジタルセンターの試写室で聴かせてもらいました。

 まず何より、これを聴かないと損だ! と感じました。私は自宅で8K放送を見ていますが、音は2chで聴いており、22.2chはパブリックビューイングでしか体験したことがありません。これはほとんどの読者諸氏も同様でしょう。

 それもあって、8K放送の22.2ch音声に、ここまで演出が入っているということに、今日初めて気がつきました。せっかく制作サイドが頑張って造ったものが、ユーザーにまったく届いていないなというところが問題だし、実にもったいない。

 たとえば『大相撲』。まさに国技館にいるような体験ができます。前方から出た音がふわっと広がる様子などは、まさに砂かぶりの席にいるかのようです。臨場感もあって、とてもよかった。土俵入りの柏手も綺麗に響いて広がっていきます。

 『ワールドカップ』は、観客の感情が歓声にちゃんと現れていました。フランス側のゴールキックシーンでは、応援しているフランス側の歓声と、クロアチア側のブーイングの声が混じり合っているのが分かります。

 喜びなのか、怒りの声なのかという感情がドルビーアトモスではきちんと再現されています。2chではそれが混ざってしまって単にうるさく感じられました。

 『第九』はたいへん素晴らしい。もちろんコンテンツ自体がコンサートの中でも一番いいシーンを選んでいるということもありますが、とにかくコーラスも演奏もいい。音場はやや高めに定位しているのですが、それがかえってムジークフェラインザールの1Fに座った時の音に近いと感じました。

 『Superfly』のライブは、ステージの音像感がきちんと再現できているのが凄いですね。お客さんの歓声が全方向に広がっている中で、センターに彼女のヴォーカルがしっかり定位しているのがよかったです。音場が持つエネルギーやパワーも見事に出ていました。サンプリング周波数は48kHz/24ビットとのことですが、こういったよいライブは96kHzのようなハイレゾで聴きたくなります。

 『イエローストーン国立公園』は、BGMの広がり感がよかった。自然の音よりも音楽に重点を置いた演出ですが、もう少し自然の音も聴きたかったですね。

画像: 4K8Kの高精細映像は、いいサウンドと一緒に楽しむべきだ。映像配信高度化機構の検証実験に参加して、そのことを痛感した:麻倉怜士のいいもの研究所 レポート30

 草間彌生さんのドキュメンタリーは、本人の存在感が圧巻。当然絵も凄いのだけれど、それに増して音楽も音場も凄かった。とても完成度が高いですね。彼女のポップな作風と色に負けないくらい印象的な音楽で(この番組のために作ったとか)、上方向からドラムが聞こえるなどの演出も面白い。ドキュメンタリーの音として、ひとつのあるべき姿です。

 『第九』のような番組は現場の臨場感を音でどうやって再現するかがテーマになりますが、ドキュメンタリーは違います。草間さんの凄いパワーに対抗するためには、ドラムが後ろから鳴るような派手な演出も必要でしょう。また林原めぐみさんのMCも、聴きやすくて耳に心地よいと聴きました。

 スカパーJSATが試験制作した『ブラスアンサンブル・ゼロ』もたいへん感心しました。こういった音の聴き方を現場で体験したいと思ったくらいです。臨場感が豊かで、音像感も方向感もしっかり再現できているし、何より演奏が上手い。広がりのある演出を加えたバージョンと、フロントサイドに集中したバージョンの2種類の音作りがされていましたが、音的にはフロント集中型の濃密さ、緻密さがよかったですね。

 聞いたところでは、トップスピーカーをどう使うかでもこの演出の違いがでてくるそうです。多くの人にきいてもらう劇場と、数名で楽しむホームシアターでもそれぞれ演出の向き、不向きがでてくるでしょうし、今後はそういった用途に応じたドルビーアトモス変換も模索して欲しいと思いました。

 今回の試聴を通して、改めて4K8Kの高品位映像は、きちんとした音と一緒に楽しんでこそ、トータルな感動性が得られるということを実感しました。ぜひこの体験を、8Kテレビを買おうという人みんなに届けてもらいたい。4K8Kの高精細感と音の高臨場感はホームシアターでこそ活きます。

 繰り返しますが、ここまで作り込んでいる音が、ユーザーに届けられていないのは問題です。8Kについては家庭用レコーダーも開発されているはずですから、近い将来それらがホームシアターのソース機器として活躍するでしょう。その時はぜひ22.2chまで楽しめる(ドルビーアトモス変換で)、AVセンターが登場することを切望します。

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