ペア100万円ゾーンのスピーカーといえば、スリムなトールボーイスタイルが主流になっている昨今。もっと小柄でシンプルなブックシェルフシステムもぼつぼつ現れはじめた。思えばちょうど、セパレートアンプ対プリメインアンプの「本気で力比べ」に似た構図だろうか。
それらの高額なコンパクトスピーカーシステムには、とうぜんながら相応の技術とコストとヒューマンパワーが投じられる。結果として、製作者の意図したビジョンやら無意識の嗜好やらが、再生音に色濃く、あるいは正直に反映されるものだ。小さいぶん、音づくりに対する方向性のちがいがギュッと端的に凝縮されて聞こえやすいというわけだ。
精巧なメタルエンクロージャーの豪華システムで知られる米マジコから、ひさびさにブックシェルフモデルA1が登場した。フロアスタンディングのA3に続くAシリーズのエントリー機という位置づけで、同社の現行システムとしてはいちばんロープライスなのだが、筆者などはそれでも目玉を押さえるこの価格。マルチチャンネルサラウンドを考えたら、やっぱりフロントL/Rのメインイベンターになりそうだ。
エンクロージャーは密閉型で、全面アルミ合金。分厚く頑丈な板材を組み合わせているように見えるけれど、そのために必要なはずのネジ類がひとつとして外部に出ていない。細かいスクラッチ仕上げの外装もきっちり美しい、マジコ製品ならではの手馴れた構造設計だ。
ハードドームトゥイーターは、A3のそれと同一。おそらくスキャンスピーク製(デンマーク)の別注品かと思う。公称径28㎜のベリリウムダイアフラムやネオジム系マグネットをつかって2kHz付近の低い周波数まで受持ち帯域を引っ張り、上は50kHzに届くワイドレンジ再生を実現した。こんな高性能ドームトゥイーターはざらになく、むろん価格もそれなりに、のはずである。
マジコ流儀の先端志向技術は、A1専用に開発された160mm径ウーファーにもおよぶ。ロハセル芯材を表裏合計3層のカーボンファイバー織布でサンドイッチしたマルチウォールコーンに、純チタンボビンの高強度ボイスコイルを接合。磁気回路はフェライト仕様だが、2枚重ねのダブルマグネットになっている。
硬さを解きほぐせば驚嘆。
AV再生でも豊かに鳴り響く
フルメタルジャケットにハイテク素材を結集したドライバーユニット。しかもマジコの最新作となれば、クールに研ぎ澄まされて雑味のない現代のモニター調サウンドが思い浮かぶかもしれない。その想像は半分当たっているが、そこで思考を止めてしまうと判断を誤ることになるだろう。このスピーカー、ちょっとおそるべき可能性をもっているからだ。
ただしポンと置けば素直に仕事をしてくれるタイプではなく、頑固なところがある。基本的に周到精緻な性格なので、なにを聴いてもあいまいさを許さない感じ。時折りそれが、聴き捨てならない奇音になって表れる。メカニカルなセッティングにはじまり、ケーブルの引き回しやアンプ類の電源の取りかたその他、システム全体のコンディションをていねいに整えておくことが肝腎というわけだ。
すべてのフォーカスが決まってくると、はじめは力不足かと思ったプリメインアンプで駆動してもスムーズに、元気よく歌いだした。そうなった時の音質はとびきり優美でしなやか。洗練されたデリカシーに富む。欲をいうなら低音域の坐りと質感表現にブックシェルフ型の限度が出るけれど、そこはやむを得ない。
びっくりしたのは2チャンネル構成で聴くAVソースへの対応力である。シンプルな小型2ウェイのご利益なのか、それとも左右一対の物理特性がよく揃っているのか、とにかく位相差情報の克明な描写力が立派、というより凄いのだ。
この場合、サラウンド情報をミックスダウンして2チャンネルへ押し込むことになり、デジタルドメインで信号の総量規制がかかるはずだ。一定の音質劣化は避けられない理屈なのだが、たとえばBDの映画『アド・アストラ』。冒頭シーンのけたたましいSEを聴くと、そんな懸念は吹き飛んでしまう。これでもかの炸裂音がなに喰わぬ顔で響き渡るし、単純マトリクスでは表現できないバックチャンネル左右方向の定位まで、きちんとそれらしく伝わる。
ステレオの醍醐味はスピーカーのないところから音が出て空間を満たすこと。A1は、その普遍原則を痛烈に再認識させる稀有な逸品だ。
MAGICO
A1
¥900,000(ペア)+税
●型式:2ウェイ2スピーカー・密閉型
●使用ユニット:25mmドーム型トゥイーター、160mmコーン型ウーファー
●出力音圧レベル:85dB/2.83V/m
●寸法・質量:W215.9×H94.8×D302.9mm/20.4kg
●問合せ先:(株)エレクトリ TEL.03(3530)6276
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