テクニクスは伝統あるブランドである。誕生は1965年。日本を代表する企業、松下電器産業(現パナソニック)に勤める有志が、英知を集めて他社にはできない高級スピーカーを開発しようとしたのがそのスタートだという。それ以前にも同社はナショナルブランドで、当時のオーディオマニアをうならせるスピーカーユニットを開発・販売していたのだが、さらなる飛躍を図る精鋭集団としてテクニクスは誕生したのだった。

 第一作はもちろんスピーカーシステムで、その名も「テクニクス1」。以後テクニクスはエレクトロニクス製品の開発はもちろんのこと、世界で初めてダイレクトドライブ型ターンテーブルの製品化にも成功、さらには時代が下り、デジタル機器の分野でも、独自の1ビット方式DACをNTTと共同開発するなど、大企業ならではのリソースの豊富さを存分に活かした製品づくりで、世界的な高級オーディオブランドとしてファンを獲得していった。

 ところで、1980年代に入り、社会情勢の変化にともなって、日本の大電機メーカーの多くがオーディオコンポーネントの分野から手を引いていった。そんななか、テクニクスは21世紀に入っても活動を続ける。これは私の想像だが、経営的判断でオーディオ事業を始めたメーカーのブランドと、現場の熱い想いでスタートしたブランドの違いがそこに現われていたのではないかと思う。しかし残念なことに、テクニクス・ブランドの活動も、ついに徐々にフェードアウトしてしまう。

 しかし……、2014年、パナソニックはテクニクス復活を高らかに宣言。それから5年半の歳月が経ち、この間、アナログプレーヤーのSL1000Rが2018年度の「ステレオサウンドグランプリ」を受賞するなど、高級オーディオブランドとしての地歩をふたたび固めてきた。

 ここまでテクニクスの概略に触れてきたのは、このブランドは数多くの人の思いによってつくられ、続いてきたことをご説明したかったからである。

 本記事のタイトルは「つくりては語る」という。テクニクスの「つくりて」は先人がたくさんいらっしゃり、現在も多くの方が活躍しておられる。ではどうやってテクニクスの「つくりて」に語っていただけば、同ブランドの魅力をお伝えすることができるのか。そう考えたとき、昨年末に発売された最新機種にして、テクニクス初のSACDプレーヤー、SL-G700にフォーカスするのが絶好のように思われた。

 したがって今回は、SL-G700の開発に関わった人々の中から、テクニクス製品全体を監修するお立場にあるチーフエンジニアの井谷哲也さん、商品企画の田口恵介さん、そしてこのプレーヤー開発の中心人物であり電気設計を担当した、水俣直裕さんの三人にお話をうかがうことにした。取材は2020年1月28日、ステレオサウンド社応接室で行なっている。

画像1: つくりては語る『Technics』。SL-G700はディスクの情報をきちんと出すことで、静寂感と音の広がりに優れ、スピード感と音の厚みの再現を両立しています

Brand New Product 最新モデル

SACD/CDプレーヤー SL-G700
2019年8月に発売されたテクニクス初のSACD/CDプレーヤー(¥280,000)。同社がデジタルプレーヤー分野で培った技術を惜しみなく投入した本機は、SACD/CD再生専用の「ピュア・ディスク・プレイバック」モードを搭載。ディスク再生に必要な回路以外の電源を遮断することで、SACD/CD再生時のクォリティを高めているのが特徴となる。本機はディスクプレーヤーのみならず、ネットワークプレーヤーとしての機能も兼ね備えている。また、MQAデコーダーの搭載により、近年注目の集まるMQA-CDやMQAを採用した各種ストリーミング・サービス、ハイレゾファイルなどの再生にもフル対応。

画像2: つくりては語る『Technics』。SL-G700はディスクの情報をきちんと出すことで、静寂感と音の広がりに優れ、スピード感と音の厚みの再現を両立しています

SL-G700の背面。左にアンバランス(RCA)1系統、バランス(XLR)1系統のアナログ出力、中央に同軸1系統/光1系統のデジタル出力、同軸1系統/光1系統のデジタル入力、イーサネット1系統(RJ45)、USB 2系統(Aタイプ・〜384kHz、DSD、フロントパネル含む)が搭載される。

 

2014年9月、 新生「テクニクス」が誕生。 生き残ったものには理由があると信じ、SACDプレーヤー 開発に着手する

 井谷さんは、テクニクス復活の中心人物の一人。せっかくなので、そのことも混じえてお話しいただいた。

画像3: つくりては語る『Technics』。SL-G700はディスクの情報をきちんと出すことで、静寂感と音の広がりに優れ、スピード感と音の厚みの再現を両立しています

パナソニック株式会社 アプライアンス社
テクニクス事業推進室 CTO/チーフエンジニア
井谷哲也(いたに てつや)氏
1958年、京都市生まれ。中学2年のとき、父親が買ってきたコンソール型ステレオでオーディオに目覚める。1980年、松下電器に入社後、CDプレーヤーの初代機「SL-P10」の開発に携わる。1986年以降、LD、DVD、さらにBDプレーヤーの開発などに従事する。2014年に復活を遂げた新生「テクニクス」のキー・パーソンの一人。

井谷 「テクニクス・ブランドはご存じのように一時休業状態になってしまいましたが、会社にはそれでも、いつかまた高級オーディオ製品を発表したいという思いを持った人間が何人もいました。最初は数人から始まったと思いますが、だんだんとその思いは強くなり、ふたたびオーディオ機器を開発しようという機運が社内で高まってきたんです。そのころには仲間は20人ほど集まっていたでしょうか。

 そこで私たちはテクニクスというブランドをちゃんとした形で復活させるために、事業目論見を立案し会社に提案したんですね。ちょうどプロジェクトのトップに小川理子が就任し、テクニクス復活の意義を共有し、強力なバックアップを得ることができたのは幸運でした。こうして正式にテクニクス・ブランド復活のプロジェクトがスタートし、社内公募や部門長の推薦によってスタッフを集め、製品開発を行ない始めたのです。そして2014年9月、新しいテクニクスが誕生したというわけです」

 1958年京都市に生まれた井谷さんは、岡山大学工学部電気工学科を卒業後、1980年に松下電器に入社。

井谷 「高校時代から興味のあったオーディオの仕事がやりたくて会社を選んだのですが、幸いなことにすぐにステレオ事業部、つまりテクニクスの部門に配属されました。当時オーディオ関係の部署は人気がありましたから競争率は高かったんですよ」

 井谷さんが入社されたころは、ちょうどCDの誕生(1982年)前夜にあたる時期である。

井谷 「すぐにCDプレーヤー開発のプロジェクト担当になりました。CDプレーヤー第一号機のSL-P10は テクニクスが独自に開発したものです」

 それまでこの世の中に存在しなかったCDプレーヤーを、独自で開発できたというのは、同社の高い技術力を示すものである。

井谷 「CDのオリジネーターであるフィリップスと松下電器は提携関係がありましたから、フィリップスの人間からいろいろと教えてもらったことはあるんです。それでもゼロからひとつの製品をつくりあげるのは大変だったし面白かったですね。その後も私はデジタルプレーヤーの設計開発に携わりましたが、そこで学んだことは、結局、デジタル機器といえども、アナログ回路が必須なわけですから、アナログオーディオ的な細かな配慮が音質に大きな影響を与えるということでした。1986年からは映像機器の部門に異動し、LD(レーザーディスク)、DVD、そしてBD(ブルーレイディスク)プレーヤーの開発に関わりました」

 ここでちょっと意地悪な質問をしてみた。SACDが誕生したとき、その対抗フォーマットとしてDVDオーディオ(A)も登場、テクニクスはDVD-A陣営であり、井谷さんも当時はSACDをライバル視していたはず。

井谷 「たしかに当時はそうでしたが、現在生き残っているのはSACDです。その事実はちゃんと見ないといけない。アナログディスクもそうですが、生き残ったものには生き残っただけの理由があるはずなんです。

 今回SL-G700の開発にあたり、SACDをあらためてじっくり聴いてみると、誕生当時では考えられないほど素晴らしい音がしています。もちろんフォーマット競争は音質だけの問題ではありませんが、私はテクニクスがSACDプレーヤーを開発発売できたことはすごくよかったと思っています」

 

憧れの存在だったテクニクス製品の商品開発に携わる。
音に特化したSACDプレーヤー+ネットワークプレーヤー仕様に

 テクニクス・ブランド復活にあたり、スタッフを社内公募したということだったが、田口さんは公募組の一人だ。

画像4: つくりては語る『Technics』。SL-G700はディスクの情報をきちんと出すことで、静寂感と音の広がりに優れ、スピード感と音の厚みの再現を両立しています

テクニクス商品企画課 主幹
田口恵介(たぐち けいすけ)氏
1977年、宮崎市生まれ。小学校低学年のころ、母親が購入したCDシステムコンポでオーディオに親しむ。松下電器に入社後、ホールなどの音響システムにエンジニアとして携わる。2013年から「テクニクス」に関わり始め、2017年にSACD/CDプレーヤー「SL-G700」の商品企画に着手。

田口 「私は宮崎市出身で1977年の生まれです。音楽を聴き始めたときにすでにCDがあった世代です。子供のころから音楽が好きで、10代のときはシンセサイザーやシーケンサーを使って演奏を楽しむこともありました。テクニクスという名前はもちろん知っていましたし、高級オーディオのブランドというイメージで、ある種の憧れがありましたね。

 情報工学に興味を持ち、佐賀大学理工学部情報システム科に進学し、大学院を修了しました。入社後はホールなどの音響システムのエンジニアとして仕事をしていました。テクニクスの仕事をするようになったのは2013年からで、子供のころから知っているブランドの仕事をしたいと思って参加したんです」

 田口さんはSL-G700という製品を企画した主要人物である。はたして、どうしてSACDプレーヤーを開発しようと思われたのか。

田口 「テクニクスが再スタートしたときには、デジタルディスク再生をおろそかにしていたわけではありませんが、いわゆるデジタルファイル再生、ネットワークオーディオを音楽ソースの軸と考えていました。しかしもちろん、CDのような音楽ディスクメディアは大切なものですし、お客様からの高級デジタルディスクプレーヤーの要望にも大きなものがありました。そこで2017年、新しいデジタルプレーヤーをつくろうということになったのです。その際、どのような仕様にするのかについての議論がありました。まずCDは必須です。では映像系はどうするか、SACDは、ネットワークは……日本市場はもちろんヨーロッパなどを含め、世界的にリサーチをして、映像はなし、SACD+ネットワークプレーヤーというSL-G700の仕様が決定しました。そして、実際に音質にかかわる部分を誰に設計を頼もうかと考えたとき、みんなで彼がいいだろうとなったのが、水俣でした」

 

DSDの特質をあらためて検証し、製品づくりと音質を見極める。アナログフィルター/出力回路はディスクリート構成に

 水俣さんは1985年鹿児島市生まれ。学生時代にはバンド活動を行ない(ギター)、演奏の録音などを通じてオーディオの面白さに目覚めたという。九州工業大学工学部電気工学科を卒業後、2009年に就職した。もともと映像と音に興味があり、テレビの音質向上に努めていたところ、上司の推薦がありテクニクスに参画することになった。

画像5: つくりては語る『Technics』。SL-G700はディスクの情報をきちんと出すことで、静寂感と音の広がりに優れ、スピード感と音の厚みの再現を両立しています

技術センター オーディオ技術部
電気設計課 主任技師
水俣直裕(みずまた なおひろ)氏
1985年、鹿児島市生まれ。学生時代のバンド活動のなかで、カセットテープやVHS、HDDなどさまざまな媒体/方式での録音による音質の違いに面白さを感じ、オーディオに開眼する。2009年入社。テクニクス・ブランドで最初に設計に携わったのはネットワーク対応のプリメインアンプ「SU-G30」。

水俣 「テクニクスで初めて設計したのはSU-G30というアンプで、新しいSACDプレーヤーを設計せよとなったときには、プリメインアンプのSU-G700をつくっていました。

 SL-G700は、機構やソフトウェアの設計を行なう人間を含め7〜8人で開発したのですが、皆SACDプレーヤーの設計は初めてのことでしたから、まずはSACDのフォーマットであるDSDの特質をあらためて検証し、その情報量の多さ、音の厚み、そして一種のアナログらしいなめらかさといった魅力を再確認していきました。

 電気設計はまずDAC部分からスタートし、原理的にジッターの影響の少ないDAC素子を選択しました。ジッターを根絶することはデジタル機器にとって、もっとも大切なことだからです。それから電源部には効率がよく応答性にすぐれたスイッチング方式を採用しているのですが、ノイズ対策に万全を期し、通常の擬似共振方式ではなく、電流共振方式で設計を行ないシールドも厳重にすることで、いわゆるリニア電源よりも圧倒的にS/Nのよい電源に仕上げることができました」

 水俣さんが音質のまとめの段階でもっとも苦労したのはどこなのだろうか。

水俣 「ご存じの通り、どこをどういじってもオーディオ機器は音が変りますからさまざまな部分で苦労はあったのですが、一例を挙げるならDACの後段にあたるアナログフィルター/出力回路でしょうか。ここは一般的にはオペアンプを活用すると思うのですが、コストと手間のかかるディスクリート構成にして音質を追求しています。抵抗ひとつで音が変りますから、そういったパーツの選別も重要ですし、またパーツの向きによっても音が違うので、この部分は抵抗の向きまで指定して手ハンダで組み立ててもらっています。

 こうして、ディスクの情報をきちんと出すことにより、静寂感と音の広がりに優れ、スピード感と厚みを両立させた音質が、SL-G700では実現できたと思っています。またネットワークプレーヤーとディスクプレーヤーの音質を両立させているのもSL-G700の魅力ポイントだと思いますね」

画像6: つくりては語る『Technics』。SL-G700はディスクの情報をきちんと出すことで、静寂感と音の広がりに優れ、スピード感と音の厚みの再現を両立しています

SL-G700の4分割構造
本体左に電源部、中央後方にデジタルインターフェイス回路、前方にディスク・ドライブ部、右にアナログ回路をそれぞれ分割し、シールドケースで囲むことで相互干渉による影響を軽減している。電源部は実際はボックス構造のため、内部は見えない。

画像7: つくりては語る『Technics』。SL-G700はディスクの情報をきちんと出すことで、静寂感と音の広がりに優れ、スピード感と音の厚みの再現を両立しています

アナログ音声出力において音質を大きく左右するD/A変換後のフィルター回路には、既存のオペアンプICではなく、独自のディスクリート構成のアンプモジュールを開発し搭載している。

 完成したSL-G700を聴いて井谷さんはどう思ったのだろうか。

井谷 「SACDのよさがよく出ていると思います。音の厚みや情報量の多さなど、アナログプレーヤーのSL-1000Rのサウンドにも通じるところもあるように感じます」

 田口さんは市場の手応えをつかんでいるという。

田口 「ディスクメディアを大切にしている方が世界中にいらっしゃって、SL-G700の登場を喜んでくださいました。これからのテクニクスにとって大切な製品が誕生したように思いますね」

 SL-G700はテクニクスのグランドクラスに位置づけられる。今後、私としては、最上級ラインであるリファレンスクラスのデジタルディスクプレーヤーの開発も是非とも望みたいところ。そのときは水俣さんたちの今回の経験が活かされ、さらなる飛躍が期待できるのではないだろうか。

聞き手・構成 小野寺弘滋

画像: DSDの特質をあらためて検証し、製品づくりと音質を見極める。アナログフィルター/出力回路はディスクリート構成に

 

井谷哲也氏が音決めに使う愛聴盤5選

画像8: つくりては語る『Technics』。SL-G700はディスクの情報をきちんと出すことで、静寂感と音の広がりに優れ、スピード感と音の厚みの再現を両立しています

マーラー:交響曲第6番「悲劇的」
クラウディオ・アバド指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ドイツ・グラモフォン)

ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」
アンドレア・バッティストーニ指揮東京フィルハーモニー交響楽団
(DENON)

アヴェ・マリア〈プレミアム・ライン〉 森麻季
(エイベックス・クラシックス)

ベスト・オブ・25イヤーズ スティング(A&M)

ホワッツ・ニュー
リンダ・ロンシュタット&ザ・ネルソン・リドル・オーケストラ(アサイラム)

田口恵介氏の愛聴盤5選

画像9: つくりては語る『Technics』。SL-G700はディスクの情報をきちんと出すことで、静寂感と音の広がりに優れ、スピード感と音の厚みの再現を両立しています

ロイヤル・バレエ・ガラ
エルネスト・アンセルメ指揮コヴェントガーデン王立歌劇場管弦楽団
(RCA/デッカ)

ライヴ・イン・トーキョー
マリーナ・ショウ
(エイティ・エイツ)

フォー・センチメンタル・リーズンズ
リンダ・ロンシュタット
(アサイラム)

ファイアー
トヌー・ナイソー・トリオ
(澤野工房)

画像10: つくりては語る『Technics』。SL-G700はディスクの情報をきちんと出すことで、静寂感と音の広がりに優れ、スピード感と音の厚みの再現を両立しています

ハイレゾファイル
プッチーニ:歌劇「ラ・ボエーム」
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、他
(デッカ)

水俣直裕氏が音決めに使う愛聴盤5選

画像11: つくりては語る『Technics』。SL-G700はディスクの情報をきちんと出すことで、静寂感と音の広がりに優れ、スピード感と音の厚みの再現を両立しています

ランダム・アクセス・メモリーズ
ダフト・パンク
(ソニー)

ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」
アンドレア・バッティストーニ指揮東京フィルハーモニー交響楽団
(DENON)

エスプレッソ
ボブ・ジェームス・トリオ
(エヴォリューション・ミュージック)

ブルー・マイナー
ザ・グレイト・ジャズ・トリオ
(ヴィレッジ・レコーズ)

ワルツ・フォー・デビイ
ビル・エヴァンス・トリオ
(リヴァーサイド/アナログ・プロダクションズ)

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