昨年12月15日にステレオサウンドSTOREで発売した弊社の企画・製作によるオフコースBEST『ever EMI Years』の初SACDがご好評をいただいている。2018年に発売したアナログレコード同様、オリジナル・マスターテープからていねいに製作した、オーディオファンのためのディスクです。今回は、俳優の角野卓造さんとオーディオビジュアルライターの酒井俊之さんをステレオサウンド試聴室にお招きし、この2枚をオーディオ愛好家の観点から楽しんでいただきました。実はおふたりとも、以前からのオフコースファンなのです。(編集部)
『オフコースBEST“ever”(Single Layer SACD)』 ¥4,950(税込)
今回おふたりには、昨年12月15日に弊社から発売したシングルレイヤーのSACD(ステレオ層のみ収録)をお聴きいただいている。このディスクは、ユニバーサル ミュージックが厳重に保管している貴重なオリジナル・マスターテープからダイレクトにDSD変換して作られているのが最大のポイント。そのサウンドをオフコースファンのおふたりがどう感じたのか、ぜひ本文でご確認を。
なお弊社では、同じくオリジナル・マスターテープから作成した『ever』のアナログレコードも発売中です。レコードファンはぜひ巻末の関連リンクからチェックを。
――今日は角野さんと酒井さんに、ステレオサウンド試聴室においでいただきました。これからオフコース『ever』初のSACDとアナログレコードを試聴してもらい、感想を語り合っていただきたいと思っています。ちなみにおふたりはいつ頃からオフコースの曲を聴いていたのでしょう?
酒井 オフコースを知ったのは1979年、中学3年生の時ですね。音楽好きの知り合いの車に乗せてもらったら、たまたまカーステレオのカセットから知らない音楽が流れていて、それがオフコースだったんです。
当時はニューミュージックの全盛期。学校ではサザンオールスターズやアリス、松山千春あたりが人気がありましたが、そういう流行りのニューミュージックやフォークとはちょっと違うな、という印象を持ちました。そしたらその直後に「さよなら」が大ヒット。あぁ、あのオフコースか、と驚いたんですね。
その時に聴いたのが『SELECTION 1973-78』です。オフコースを聴き始めたきっかけです。何かを強く訴えるというわけでなく、すっと染み入るような優しい楽曲ばかりでそんなところに惹かれました。今でも毎年秋になるとこのレコードを聴いています。オフコースといえばイコールこのアルバム。この曲順で聴かないと駄目なくらいですね(笑)。
角野 ぼくは残念ながら、デビュー当時のオフコースとは縁がありませんでした。もちろんオフコースの曲はラジオなどでよく流れていたので耳にはしていましたが、ちゃんと聴いていなかったのです。
というのも、70年代は背伸びをしていて、聴いている音楽はほとんどジャズだったのです。ジャズ喫茶にも行っていましたし、その後、お酒を飲める年齢になってからは、当時の言葉で言うクロスオーバーを聴いていました。まだフュージョンという言葉もない時代です。
ウェス・モンゴメリーのギターにドン・セベスキーがストリングスを付けているところから始まって、CTIレコードでクリード・テイラーがプロデュースしていた1970年代半ばの、アダルトコンテンポラリーの時代とでもいえばいいのでしょうか。
だから、オフコースが流行っているのは知ってはいたのですが、自分でのめり込むと言うことはありませんでした。その後カラオケがはやり始めても、サザンなどを歌っていることが多かったですね。そもそも小田さんの高音が出せる人は普通いませんからね(笑)。
酒井 リアルタイムで出会う機会がない音楽というのもありますよね。どういうきっかけがあってオフコースを?
角野 ある時、旅公演先で女の子がウォークマンでオフコースを聴かせてくれたのですが、それを聴いておいおい、と驚きました。当時旅公演の移動で、列車の窓から風景を見ながらヘッドホンで音楽を聴くことも多く、この経験が一番ぐっときたかもしれません。
そこから小田さんのソロアルバムを聴き始めた覚えがあります。というのも、オフコース時代の楽曲はちょっと甘い感じがして、女の子が好きそうな曲だよねという感じがしていたのです。
だから、むしろ小田さんがソロになってセルフカバーを始めてからの方が夢中になったかな。アルバムの『LOOKING BACK』で自身のオフコース時代の曲をアレンジしなおしていますが、その中には「Oh! Yeah!」とか「ラブ・ストーリーは突然に」も入っていたのです。
オフコースについては、過ぎたものを後からたどっていったという感じですね。後から遡ってオフコースのCDもすべて買いました(笑)。紙ジャケットのCDも持っています。アナログレコードは持っていませんが……。
酒井 ぼくとオフコースの原体験が逆って感じですね。逆にぼくはCDではこれまでオフコースを聴いていないんですよ。
角野 本当ですね(笑)。そこからオフコースを聴いていたわけですが、いろいろ調べていくと、小田さんは学生時代に建築家を目指していて、音楽は趣味としてやっていたことを知ったのです。しかもその音楽が、ピーター・ポール&マリーだったんです。
この、ピーター・ポール&マリーを聴いていたという点で、もの凄く親近感が沸いてきました。ぼくは高校生の頃、スピーカーに耳をつけてピーター・ポール&マリーをコピーしていたくらい、彼らの音楽が好きでした。そこで小田さんとは音楽の根っこが一緒だなと思ったのです。
ちなみに小田さんたちが1969年の「第三回全日本ヤマハ・ライト・ミュージック・コンテスト・グランプリ」に出演したのは有名な話ですが、その時に演奏したのがピーター・ポール&マリーの「ジェーン・ジェーン」という曲と、ジョニー・ソマーズの「ワン・ボーイ」でした。
酒井 角野さんと小田さんは同じ世代になりますか?
角野 小田さんがひとつ年上ですが、世代としては同じですね。ぼくが文学座に入ったのは1970年で、小田さんは前年の1969年に大学を卒業して建築家になろうと考えていたのに、ヤマハ・ライト・ミュージック・コンテストで2位だったから、悔しくて音楽を続けたと何かに書かれていました。その時の1位は山本潤子さんがいた赤い鳥です。
後にiPodが登場してからは、息子に頼んで『LOOKING BACK』をCDから録音してもらって、旅に行く時にはそれを聴いていました。それもあって、ぼくの中で小田さんのアルバムで一番繰り返し聴いたのは『LOOKING BACK』の1枚目と2枚目かもしれません。
酒井 角野さんと小田さんはともにアメリカのフォーク、ピーター・ポール&マリーなどの音楽の原点が共通だったということなんですね。60〜70年代のアメリカのフォークやロックが原点にあって、それが今に続いている。自分がリアルタイムで体験できなかっただけに羨ましいです。
角野 ぼくの世代の音楽好きは、そのあたりに原点がある人が多いと思います。もちろんビートルズもいましたが、ビートルズは凄すぎてコピーしようなんてことは考えませんでした。
――そろそろSACDを聴いていただきたいと思います。今日はステレオサウンド試聴室常設の機器を準備しました。普段ステレオサウンド誌の新製品テストを行なっている環境になります。
角野 ありがとうございます。この素晴らしい環境だとどんなオーディオが聴けるのか、楽しみにしていました。
酒井 ぼくもここで音を聴かせてもらうのは初めてです。楽しみです。
角野 今日の取材に先駆けて、自宅で『ever』のSACDを聴いてきました。音楽的な小田さんの構成力というか、コーラスの付け方、アレンジの仕方など、バンドとしての魅力が凄くでているなぁということを再認識しました。同じ曲なのに、CDより音があったかい。
小田さんのソロだと、肌触りが冷たく、クールな印象なのです。一人だからと言うわけじゃないけれど、孤独感が漂っている。でもSACDを聴くと、バンドとしての熱さが伝わってくる。「さよなら」「Yes-No」「時に愛は」では、バンドってなんだかんだ言っても、みんなで集まっている熱量が音に出るんだなということを感じたのです。
酒井 ぼくもオフコースは緻密で整然と構築された音楽だと思うことが多いんですが、そこに熱さを感じたというのが面白いですね。
角野 一方で、音の完成度の高さも感じました。以前NHKのEテレで、若い頃のオフコースのドキュメンタリー番組を観たことがありますが、小田さんの完全主義ぶりが徹底していて、凄かったですね。妥協しないで、本当に完成するまで何回もやり直すのです。
年末の『クリスマスの約束』も、凄い練習量、編曲の緻密さも感じられます。気分やノリでやってみようというものではないですよね。ある種の理想主義というか、建築家を目指すという資質ともあながち無縁ではないなということを感じます。
酒井 小田さんは『クリスマスの約束』を見ているといつも兄貴肌風ですが、サウンドプロダクション的にはバンドのリーダーというよりはクラシックの指揮者に近い印象もありますよね。
――今回のSACDは当時のマスターテープを使って制作しており、余計なマスタリングは加えていません。マスターテープに入っている音をどこまで忠実に引き出せるかを、スタジオエンジニアの協力をもらいながら徹底的に追求しました。
市販のCDは、誰がどんな装置で聴いてもそれなりによく聞こえるようにマスタリングされています。それは汎用性の高い商品として出すからには当然のことです。
しかし今回のSACDは、ハイエンドなオーディオファンに聴いてもらうことを一番に考えています。スタジオで作られたままの音、レコーディングスタジオで鳴っている音をディスクにしましょうと、思いを統一したのです。
角野 素晴らしい取り組みですね。
酒井 「秋の気配」から聴かせてもらっていいでしょうか。これまで聴いてきた『SELECTION~』と今回のSACDとではイントロのストリングスの印象が違ったんです。『SELECTION~』版とは別マスターのようなので、そこがどう聴こえるのか気になっています。
――「秋の気配」をSACDと、酒井さんにお持ちいただいた『SELECTION~』のアナログレコードの順番で再生しましょう。
酒井 うちで聴くとSACDではストリングがもっと奥まって鳴っているように感じましたが、このシステムではそこまでの違いはないんですね。なるほど。
この曲はしっとりした曲調で、文字通り秋に聴きたくなる楽曲です。自宅ではずっとそんなイメージで聴いていたのですが、SACDの音はダイナミックだし、男っぽい音だなぁと思いました。角野さんがおっしゃったバンドっぽい音作りをしているというニュアンスも伝わりやすい。
SACDでは解像度が上がり、パーカッションやギター、ドラムなどの要素が混濁なく配置されていることが明瞭に感じ取れます。正確なサウンドデザインになっているんだけど、全体としてはバンドサウンド。これまでうちで聴いていたサウンドよりも力強いですね。
角野 オフコースのアナログレコードは初めて聴きましたが、大きなインパクトがありました。SACDは音楽を建物のように構築している、そんな構成が凄くよく見える。指揮者の目線から、こんな音楽を作りたかったんだという構造までわかりました。
また、SACDではギターの弦をはりかえたような感じがします。弦を張り替えたばかりの音ってありますよね。それが一番いい音かはわかりませんが、明らかに響きはいいんです。
――続いて『ever』のアナログレコードから「秋の気配」をお聴きいただきました。このレコードは、SACDの製作と同じくすべていちからマスターテープを使用して、アナログレコード用に製作したカッティング・マスターを使っています。
酒井 小田さんのヴォーカルの奥行感、空気感はSACDよりも好みかな。SACDだと音の緻密さや構築感が先に立って、曲の設計図が見えちゃうような印象になるんです。アナログレコードではそれを踏まえた上で音楽をどう聴かせるか、より考えられているような気がしました。
ディテイルの再現力はSACDの方が上なのでしょうが、渾然一体となる感じや音のイメージ全体としては、ぼくの原体験に近い印象です。音の質感、情報量はもちろんSACDもアナログレコードも共通で、マスターテープの音がきちんと反映されているのは間違いないですよね。
角野 アナログレコードもいいですねぇ。もの凄く精密に撮った写真がSACDだとすると、ベールはかかっているかもしれないけれど、一体感のようなものはアナログレコードの方が感じます。声の質感、空気感が違うんです。SACDの細かいところが全部見えるというところも魅力ではありますが(笑)。
酒井 収録の新しい曲はどうなのかも気になります。「クリスマスの約束」では定番の「YES-YES-YES」がどんな風になっているのか聴かせて下さい。
――では、SACDから再生します。
角野 凄い。この情報は圧倒的です。
酒井 「秋の気配」が1977年で、「YES-YES-YES」が1982年。この5年の違いは大きいですね。「YES-YES-YES」は80年代の音、という感じがします。サウンドプロダクション、音の造り込みもまったく違いました。
この間に「さよなら」の大ヒットもあり、レコーディングにかけられる制作費もまったく変わったでしょうし、それが音にも反映されているのかもしれませんね。
角野 なるほど、それは考えられます。「YES-YES-YES」も、オラトリオというかゴスペルというか、そんな要素がありそうなくらいで、ただのポピュラーソングという感じではないですね。曲の構成、音の作り方も素晴らしいし、確かに予算もかかっているかもしれないけれど、それだけでできるものではありません。
――ちなみに今回のSACDは、曲ごとにいちばんいいバランスで聴いていただきたいのでアルバム全体としてのレベル調整は最小限にとどめています。
酒井 そうだったんですね。初めてSACDを聴いた時はトータルで音圧感が高いようには感じましたが、ばらつきはさほど気になりませんでした。
角野 とてもナチュラルだなと感じました。昔のCDは、やはり音を作っていたんだなぁという気がします。
酒井 せっかくなので「眠れぬ夜」も聴かせて下さい。
――最初にアナログレコード、次にSACDの順番で再生します。
酒井 この曲はSACDで聴いた方がメリハリのある感じかもしれませんね。
角野 確かに、緻密な音作りについてはSACDの方がしっかり感じられます。
酒井 ギターのカッティングの気持ちよさとか、エレキとアコースティック、ハーモニーの重なりなどもしっかり再現できていて、音の勢いはSACDの方がよく出ていました。
角野 意外にソリッドなんですよね。オフコースはなんとなくやわなイメージがついているかもしれませんが、こうやって聴いてみると凄くカチッとしている。歌詞などで堅い言葉はほとんど使われていないけれど、音楽的な構築性はソリッドだなと思いました。レコードもSACDも再生できる環境がある人は、この曲はこっちで、という風に聴いてみるのも楽しそうですね。
ところで今日の趣旨とは違いますが、先程お話したヤマハ・ライトミュージック・コンテストを収録したCDを持ってきましたので、これを酒井さんにも聴いてもらいたいのですが。
酒井 ありがとうございます。ぜひお願いします。
――「ジェーン・ジェーン」を再生します。
酒井 やっぱりハーモニー、ハモり具合がその後のオフコースを感じさせるんですね。69年でこれだけの完成度をあったのはさすがだなぁ。
角野 このCDは記録用に録音していた音源でしょうから、ベースのレベルなどかなり過剰です。しかしなかなか心地いいでしょう。これで2位ですからね。1位の赤い鳥がいかに完璧だったかですね。
酒井 ぜひぜひ聴かせて下さい。ぼくは小学生の頃からハイ・ファイ・セットのファンなので(笑)。
――続いて「竹田の子守歌」を再生します。
酒井 場の支配力が凄い。さすが1位だけのことはありますねぇ。
角野 彼女の声の存在感は圧倒的ですからね。確か山本さんは大学在学中か卒業間近なくらいですが、それでこれだけの歌を聴かせるのだから、本当に凄い才能です。
酒井 ぜひハイ・ファイ・セットのアルバムもステレオサウンドからSACDで出して欲しいですね。今もファンは多いと思いますよ。
――最後に、今日の『ever』の感想と、オーディオファンへのお薦めの言葉があったらお願いいたします。
角野 ちょっとびっくりするくらい、ソリッドで男性的な音が聴けました。ふわっとしたオフコースというイメージを充分裏切る、そういう音を聴いたなという気がします。バンドの熱さと温度感というか。
ぼくと同年代のオフコースファンも多いと思いますが、SACDプレーヤーを手に入れてこのディスクを聴いてもらえると、きっと感動してもらえるんじゃないかと、私は思いました。
酒井 普段はアナログレコードでオフコースを聴いていますが、今回のSACDはマスターの鮮度の高さに驚かされました。また『ever』については、SACDとアナログレコードでも微妙にパッケージによる違いがあるんだということがわかったのが収穫でした。
この曲はSACD、この曲はレコードといった違いも明快でしたね。きょうのシステムだときわめてハイレベルな聴き比べ、感想になるのでしょうが、やはりパッケージの持ち味というものがあるんだと、はっきり分かったのがとても面白かったです。いい体験でした。
曲を聴くたびに角野さんもぼくも時に声を上げ時にのけぞりながら試聴していたことを付け加えておきたいと思います(笑)。
角野 困りました。さっきのヤマハ・ライトミュージック・コンテストのCDは、うちのシステムではベースがあんなに強烈には出てきませんでした。やっぱりこのシステムだからわかることもあるんですね。こういう音を体験してしまうと、家に帰って聴き比べてしまうんですよね、そして、あぁ駄目だぁと……(笑)。
しかしこのシステムはやばいね。また自宅のシステムをグレードアップしなきゃという気になる。最近はハードウェアについては落ち着いていたのですが、いい音を聴くとまたこの辺がうずいてしまいました(笑)。
角野さん・酒井さんがいい音を楽しんだ試聴システム
●SACD/CDトランスポート:アキュフェーズDP-950¥1,200,000(税別)
●D/Aコンバーター:アキュフェーズDC-950¥1,200,000(税別)
●ターンテーブル:テクニクスSL-1000R¥1,600,000(税別)
●フォノイコラーザー:アキュフェーズC-37¥550,000(税別)
●プリアンプ:アキュフェーズC-3850¥1,800,000(税別)
●パワーアンプ:アキュフェーズA-250×2¥2,500,000(ペア、税別)
●スピーカーシステム:B&W 800 D3¥4,500,000(ペア、税別)