トロント国際映画祭で大賞を受賞!
毎年9月にカナダで開催されるトロント国際映画祭。特徴は大賞のピープルズ・チョイス・アワードが来場者の投票によって選ばれる観客賞であることだ。
この10年間の受賞作には『英国王のスピーチ』『それでも夜は明ける』『ルーム』『ラ・ラ・ランド』『スリー・ビルボード』『グリーンブック』と、翌年のアカデミー賞を席巻した話題作がズラリ。そのためオスカーに最も近い映画祭といわれている。
ノア・バームバック監督のNetflix配信作品『マリッジ・ストーリー』やポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』と競い、2019年の同賞に輝いたのが、タイカ・ワイティティ監督による本作、『ジョジョ・ラビット』だった。
第二次大戦終わりのドイツを舞台にした、ひとりの少年の成長記。ヒトラーユーゲント(1936年に加入が義務づけられたナチス党内の青少年教育組織。10歳から18歳の少年で構成され、これとは別に女子団も設けられた。大戦末期には戦場にも駆り出され多くの命が散った)に入隊した10歳の少年ジョジョ(これがデビュー作のローマン・グリフィン・デイヴィスくん)。
今日からぼくは男になる! 国に忠誠を尽くすんだ! と胸を張るが、ひとりでは靴紐も結べず、参加した野外キャンプでさっそくいじめられてしまう。ウサギみたいに弱く意気地のないジョジョ。ついたあだ名がジョジョ・ラビットだった。近づく軍靴の響き。町の広場には反政府運動に参加した男女が首を吊られてぶら下がっている――。
シリアスに進んでいい設定だけれど、お話はファニーなコメディ・タッチ、いじめられっ子ジョジョの夢想を伴って語られる。合宿所を率いるドイツ軍大尉(『スリー・ビルボード』のサム・ロックウェル)は、表向きは順調だが、いまのドイツは防戦一方だと、口にしてはならぬことを言い、ヘンテコな拳銃の撃ち方をする。訓練がつらくて愚痴をこぼすと、ヒトラーそっくりの友だち、アドルフが出てくる。
このへんのヒネったユーモアは、往年のモンティ・パイソンや、そこから派生したジョン・クリーズ主演の傑作ギャグ・スケッチ『フォルティ・タワーズ』に似ている。その軽妙さと裏側を貫くメッセージ(ひとことで言えば、“生きるんだ、ジョジョ!”だ)が映画祭の観客から熱い支持を集めたのだろう。
アドルフを演じるのは、ユダヤ人の血を引くワイティティ監督自身
ジョジョの友だちであるアドルフを演じているのは、脚本、演出を務めたタイカ・ワイティティ監督。ディズニーに招かれた『マイティ・ソー バトルロイヤル』を大ヒットさせて、2021年11月公開予定のマーベル映画『マイティ・ソー/ラブ&サンダー』の演出も決定している。そのあとが(予定通りに進めば)大友克洋原作の『AKIRA』実写版だ。
(国がふたつの島でできている)ニュージーランドの北島出身のワイティティ監督はもともとコメディアンとして活動しており、『バトルロイヤル』では闘技場で会う岩男のコーグや、冒頭の炎の巨人をモーションキャプチャーで演じていた。共同生活する吸血鬼たちを描いた『シェアハウス・ウィズ・ヴァンパイア』(2014年)は、演出、脚本、主演を兼任したオフビート・コメディ。造り手と演じ手を兼ねるキャラクターもモンティ・パイソン一派と似ているのかもしれない。
現在44歳。父親はマウイ族の出身で、母方はロシア系ユダヤ人の血を引いている。自身をポリネシアのユダヤ人と呼ぶワイティティは、同地でもマイノリティの存在だろう。だからいろいろ悩んで考えて、結果おもしろい映画を作る才能が身についた。奥さんは『ジョジョ・ラビット』のプロデューサーを努めているチェルシー・ウィンスタンリーだ。
俳優兼任の作家は役者の扱いが上手いもの。ジョジョの母親を演じるスカーレット・ヨハンソンは、『ゴーストワールド』(2001年)のころののほほんとしたチャームさが戻ってきて出色。ジョジョが出会う少女(トーマシン・マッケンジー)や女教官(『ピッチ・パーフェクト』のレベル・ウィルソン)、ゲシュタポの大男(『ファイティング・ファミリー』監督のスティーヴン・マーチャントだ!)など助演者もそれぞれ漫画的にデフォルメされていていい。
ワイティティ監督演じるアドルフ・ヒトラーは、跳ねたり驚いたり子どものよう。なぜか。少年ジョジョの分身だからだ。だから彼アドルフは、まっすぐに愛を告白し、子ども時代にピリオドを打たんとするジョジョの前から悲鳴を逃げてゆく。
選曲のセンスにも注目!
オープニングの戦闘シーンに延々とレッド・ツェッペリンの「移民の歌」が流れ、腹を抱えて笑った『マイティ・ソー バトルロイヤル』だったけれど、ワイティティはロック・ポップス好きだったんだなー。ビートルズの「抱きしめたい」やロイ・オービソンの「ママ」のドイツ語(!)ヴァージョンが流れ、ほかにもラヴ(アーサー・リー)の「エヴリバディズ・ガッタ・トゥ・リヴ」がたいへん上手く使われている『ジョジョ・ラビット』。
もう一曲、ファンなら感涙の、名曲中の名曲(のドイツ語版)が使用されている。ロバート・フリップのエナジーボウを使用した驚異的なファズ・ギター! カルロス・アロマーのリズム・ギター! ブライアン・イーノのキーボード! マジ、うなじの毛が逆立つよ!
この曲は1987年、ベルリンの壁崩壊の2年前にその壁の前で歌われ、東西統一のあと押しをしたとも言われるヒット曲だ。レディ・ガガやキング・クリムゾン、北欧メタルのセルティック・フロストなどさまざまなミュージシャンによってカヴァーされ、最近ではジョニー・デップ&ハリウッド・ヴァンパイアーズも歌っていた(これがなかなかイイ。YouTubeにPVがあるよ)。
時代はゆっくりと巡ってゆく。いろいろなものが現われ、消えてゆく。少年はやがておとなになってゆく。
『ジョジョ・ラビット』はそのつかのまの揺らぎをそうっと見上げた小品だ。最初に観たときより、2度目がさらに良かった。聴いているうちに好きが増してゆくレコードに似ている。そういう作りの映画なのかもしれない。
『ジョジョ・ラビット』
監督・脚本・製作・出演:タイカ・ワイティティ
出演:ローマン・グリフィン・デイヴィス/トーマシン・マッケンジー/レベル・ウィルソン/スティーヴン・マーチャント/サム・ロックウェル/スカーレット・ヨハンソン
原題:JOJO RABBIT
2019年/ドイツ=アメリカ/1時間48分
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
1月17日(金)公開
(c) 2019 Twentieth Century Fox Film Corporation and TSG Entertainment Finance LLC