今年の10月、イギリスの老舗情報誌「タイムアウト」が映画史上のホラー映画ベスト100本のリストを発表した(関連リンク参照)。
これはギレルモ・デル・トロやクライヴ・パーカー、ジョー・ダンテ、フランク・ダラボン、スティーヴン・キング、サイモン・ペッグら作り手、俳優のほか、評論家や編集者、映画祭ディレクターなど150人が提出したベストテンを集計した2016年の同リストの最新更新版だ。
92位に『IT/イット“それ”が見えたら、終わり。』。79位に『クワイエット・プレイス』、76位に『ゲット・アウト』、33位には『ヘレディタリー/継承』といった新作が加わっており、上位にも多少の変動はあるが、ベストテンの顔ぶれは変わらない。
2019年版のそれを眺めてみよう。
①エクソシスト②シャイニング③悪魔のいけにえ④エイリアン⑤サイコ⑥遊星からの物体X⑦ローズマリーの赤ちゃん⑧ハロウィン⑨ゾンビ⑩JAWS/ジョーズ
殿堂入りと呼ぶにふさわしい堂々たる10本。この秋公開の『ドクター・スリープ』は、スタンリー・キューブリック監督唯一のホラー映画『シャイニング』(心理スリラーとして捉えるなら、巨匠の作品はほとんどがそうだけれど。1980年)の39年ぶりの続編だ。
原作はスティーヴン・キングが「シャイニング」(1977年)の続編として2013年に発表した同名小説。
原作を換骨奪胎した映画版『シャイニング』にキングが長年不満を表明してきたのはよく知られている通り。小説「ドクター・スリープ」のあと書きでも、“わたしには理由がさっぱりわからないが、これをもっとも怖かった映画のひとつとして記憶されている向きも多いようだ”と、再びキューブリック版に触れている(文春文庫・下巻/白石朗・訳)。
ユアン・マクレガーを大人になったダニー少年役に起用した映画版『ドクター・スリープ』の脚本・演出を担当したマイク・フラナガン監督は、製作時に「ぼくのなかには、キングの原作小説を忠実な形で映画化すべきだという強い気持ちがある。同時に、キューブリックの『シャイニング』を崇拝する気持ちもあるんだ。両者に敬意を払いつつ、単独の作品として成り立つ作品を作ることが最大の目標だった」と語っている。
映画『ドクター・スリープ』は、この難関に挑み、成功させた作品といえる。トラウマを抱えたままおとなになったダン・トランス(マクレガー)。少年時代の彼をしのぐ予知能力シャイニング(かがやき)の持ち主である少女アブラ(カイリー・カラン)。ふたりを追う人外集団のリーダー、ローズ(レベッカ・ファーガソン)。物語はこの3人を軸にパワフルに進んでゆく。
全体の3分の2までは原作小説の、台詞なども引用したそうとうに忠実な映像化。終盤はそこから離れ、映画版『シャイニング』のオーバールック・ホテルの世界に突入する!
ダニーの三輪車! 幾何学模様のカーペット!237号室! そして…! と、あの魔界と音楽が帰ってくるのだ。
東京・丸の内ピカデリーのドルビーシネマ鑑賞では、最初はそれぞれ別の土地にいながら感応しあうダン、アブラ、ローズの存在が音響デザインで上手く表現されていた。この距離感とかがやきでの一瞬の重なり、狼狽は文字では体感できないものなあ。
237号室の暗がりにゆっくりとアイツが浮かび上がるショットも、2Kの通常上映に比べると絵画的な魅力が増している。加えて、風にそよぐ少年時代のダニーの髪やアブラの自宅の窓から見える深緑の森の奥行きなど、平穏なシーンにも美しさと味わいが。なにも起きていない場面にこそ——これからなにかが起きるのだから——ホラー映画の真髄があることをドルビーシネマは実感させてくれるのだ。
ぼうっ、ぼうっと明かりが灯ってゆく、雪のオーバールック・ホテル。キューブリック版『シャイニング』に思い入れのあるファンにとってはたまらない光景だろう。
前作をいま一度味わってから、できればドルビーシネマ・シアターに出かけることをお勧めしたい。
『ドクター・スリープ/DOCTOR SLEEP(原題)』
●原作:スティーヴン・キング「ドクター・スリープ」(文春文庫刊)
●監督&脚本:マイク・フラナガン(『ジェラルドのゲーム』スティーヴン・キング原作、『ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス』)
●キャスト:ユアン・マクレガー、レベッカ・ファーガソン、カイリー・カラン