6月13日〜14日、東京・大田区のアストロデザイン本社において、恒例の「アストロデザインプライベートショー」が開催された。8Kを始めとする超高精細映像技術がずらりと並ぶこの催しには、今年も多くの映像のプロが詰めかけていた。そんなアストロデザインの代表取締役社長 鈴木茂昭さんに、これからの高画質展開についてインタビューを実施した。常に“次”を見つめている鈴木社長の今年の展望とは。
麻倉 今年も「プライベートショー」にお招きいただき、ありがとうございます。アストロデザインさんは、これまでも8K技術の最先端を走っていました。先日開催されたNHK技研公開でも、アストロデザインとLGが技術協力した88インチのフルスペック8Kパネルが印象的でした。
まずは放送がスタートして半年が過ぎた8Kの現状を鈴木さんがどのようにご覧になっているでしょうか。
鈴木 8K放送は昨年12月1日に始まりましたが、半年を過ぎた今も市場にはシャープ製の8Kテレビしかなく、普及が進んでいるという感じはしません。ただ、今年の暮れにはシャープ以外のメーカーからも8Kテレビが発売されると聞いていますので、そのあたりで変化が起きるのではないかと期待しています。
ただ、肝心のコンテンツがNHKのBS8K放送1チャンネンルしかないのは厳しい。ここは、もっと増えていかなくてはならないでしょう。しかし正直なところ、それは放送ではないと思います。
間もなく通信の分野では5Gが急激に立ち上がっていくでしょう。そうなると、ネットでも8Kコンテンツが普通に使えるようになるはずです。そこが本当の意味での、8Kのスタートではないかと感じています。
麻倉 これまでの映像メディアは放送を主軸に動いてきており、4Kまではそういった傾向が強かったですね。しかし8KはNHKしか参加していない(笑)。この状態では、8Kの普及もままならないということですね。
鈴木 一方で世界に目を向けると、日本とは状況が違います。まず中国では8Kが注目を集めています。今回の弊社の展示会にも、CRTA(China Radio and Television Association)という、中国で8Kを立ち上げようとしている組織のメンバーが視察にきています。
麻倉 アストロデザインのような技術を持った会社は中国にはありませんから、彼らからすると興味津々でしょう。
鈴木 そうだと嬉しいのですが(笑)。さて、通信インフラとして5Gの普及が進んでいくと、8Kは放送から配信にフィールドを移していくことになるでしょう。そうなったときに問題になるのが、コンテンツです。
間違いなく配信するコンテンツが足りなくなるので、8Kを色々な人が作らなくてはならなくなります。しかしそのためには、8Kの機材がもっと安くないといけないのです。
実際に8K機器は少しずつ値下がりしており、弊社の製品も以前に比べると種類も増えて、価格も手頃になりつつあります。また8Kカメラの種類も増えてきました。8Kカメラ用のセンサーはまだ高価ですが、量産が進めば価格は下がっていきますから、時間の問題でしょう。
麻倉 そうなって欲しいですね。今回も、8K機材のレンタルについての展示がありました。
鈴木 弊社では慶応大学さん達と一緒に、「MADD.」(Movie for Art, Design and Data)という新しい映像表現にチャレンジする場所を提供しようという活動も始めています。そこで「potential of 8K」というテーマで、8Kを使ってまだ見ぬ世界を体感させてくれる作品を募集しているのです。そのための機材のサポートも行なっています。
麻倉 “8Kを使ってまだ見ぬ世界を体感させてくれる作品”という点には私も興味があります。ところで、今回は映画監督の岩井俊二さんが「8Kで人物を撮るということ」というセミナーを開催したのですね。
鈴木 はい。岩井さんの事務所で、エクスボーテという化粧品メーカーの「8Kビジョンファンデーション」という製品をテーマにした8K映像を制作されましたが、その際に弊社の機材を提供しました。その縁でセミナーをお願いしています。
麻倉 私もビデオでそのセミナーを拝聴しましたが、とても興味深い内容でした。(編集部注:岩井さんのセミナーについての麻倉さんの感想は、次回の連載で紹介します)。
鈴木 8Kの展開について、もうひとつ注目していることがあります。以前からお話していますが、8Kには放送以外の使い道があります。最近はそれが具体的になってきて、放送以外の8Kをビジネスにする会社も出てきました。
実際に医療用の8K機器を作っている会社もありますし、弊社の8Kカメラを使ってトンネル内の破損をチェックするといったシステムも登場しました。
麻倉 それは4Kでは駄目で、8Kだから実現できたのでしょうか?
鈴木 8Kだからうまくいったといえるでしょう。弊社のカメラは8K解像度だけではなく120pにも対応しています。ですから、8Kカメラを車に積んで、トンネルの壁の写真を移動しながら撮っても、クリアーに撮影できます。もちろん8K解像度なので、傷があればわかります。そういった実験結果もでてきています。
麻倉 話は戻りますが、先ほど8Kは配信での展開が期待されるとのお話がありました。その場合のコンテンツで重要な事は何だとお考えですか?
鈴木 配信でも放送でも、まずはいいコンテンツを作る人がいないと駄目です。特に、2Kとも4Kとも違うんだという点を理解して8K映像を作らないといけないでしょう。
現状では、8Kテレビを買って8K放送と4K放送を切り替えても、そこまでの大きな違いが感じられないこともあります。それは、本当はコンテンツが悪いせいだと私は考えています。8Kとして、きちんと他と差別化できる内容になっていないのでしょう。
麻倉 確かにおっしゃる通りですが、8Kらしいコンテンツとはどんなものなのかは、難しいテーマですね。
鈴木 8K放送も、カメラマンの送りたい映像を撮影しているだけでは、本当の価値は分かりにくいでしょう。映画やテレビの撮影技法は既に確立されていますが、そういったまずはフレームありきの方法のまま解像度を8Kに上げると、俳優の肌の荒れ具合まで分かるといった具合に、逆効果になってしまいます。
また、8Kの情報量を活かそうとして、すべてのデータを決まった画角の中に詰め込んでしまうと、視聴者もいっぱいいっぱいになってしまいます。そうではなくて、8Kでは情報をできるだけ加工しないで送って、視聴者が見たい所を選ぶというやり方もできるはずです。この方向をもっと強調した方がいいと思うのです。
麻倉 先日カンヌのMIP TVを取材したのですが、今年は3日間の会期中、丸1日をかけて8Kをフィーチャーしていました。
さらにそこには、NHKは当然として、アメリカ、フランス、イタリアのプロダクションもたくさん来ていて、それぞれが8K作品を出展していたのです。しかも彼らは、放送以外で8Kを幅広く使おうと考えているのです。
そういった8Kのアウトレットを既に持っているプロダクションは、熱心に8K作品を作り始めています。さらにそれらが、見たことがないような感動的な8K映像だったのです。それを見て、いろいろな作り手が入ってくると、8Kの世界はもっと面白くなりそうだと感じました。そのためには、色々な人に8Kにトライしてもらわなくてはなりませんね。
鈴木 それが、先ほどお話しした「MADD.」だと考えています。さらにもうひとつ、以前から弊社でサポートをしている愛媛の坊ちゃん劇場では、『誓いのコイン』という舞台の8K収録が終わっています。次はそれを8Kで上映する事業化への取り組みを始めています。
実は近々、この『誓いのコイン』をロシアで8K上映する予定になっています。この舞台を以前ロシアで上演したときに大好評で、もう一度上演して欲しいと頼まれたそうですが、さすがに予算的に難しいので8Kで上映できないかということになったのです。
上映機器は、台湾のデルタ電子が8Kプロジェクターを貸し出してくれることになり、弊社からは8Kレコーダーなどを持って行く予定です。現時点ではビジネスにはなっていませんが、今後の展開が期待できると考えています。
麻倉 去年までは“将来のビジョン”だった事が、だんだん“現実”になりつつあるのですね。素晴らしいと思います。
鈴木 坊ちゃん劇場では、2.5次元作品の舞台を上映し、それを8Kで撮影して、全国で上映したいという考えも持っているようで、その実現に向けて動き始めています。
麻倉 そうなってくるとアストロデザインの技術は、ますます活用されますね。
鈴木 8Kプロジェクターの活躍の場が広がっていくと期待しています。せっかくの8Kコンテンツですから、大画面で多くの方に見てもらいたいですね。
麻倉 4Kは日本の家庭でも認知されてきた観があります。これは放送だけでなく、Netflixやアマゾンなどの配信サービスが増えて普及が進んできたという一面もあります。8Kもそんな環境になっていくといいですね。
鈴木 8KテレビにはHEVCデコーダーが搭載されているのですから、配信サービスのHEVCコンテンツのデコードも可能です。8Kテレビにネット受信機能を内蔵しておけば、放送と配信のどちらで8Kを楽しんでもいいわけです。
麻倉 ネットは無限大ですから、5Gの時代になったら放送よりビットレートも潤沢に使えるかもしれません。今の8K放送は80〜100Mbpsといわれていますが、それよりも増えていくことが期待できます。
鈴木 NHK技研公開ではVVC(Versatile Video Coding)などの次世代圧縮技術も発表されていました。それらが登場したら、配信のクォリティはさらに向上することでしょう。
麻倉 今回のプライベートショーは、8K関連がメインですが、それ以外にも色々な展示がされています。特に映像を使った新しい技術が目につきました。
鈴木 弊社は8K専門の会社ではありませんから、他の技術も多数開発しております(笑)。ただ、長年8Kを研究してきましたので、超高速・大容量のデータを扱える技術を蓄積できました。今後はそれを活かした展開も考えていきたいと思っています。
麻倉 今回は8Kの3D上映とか、監視用8Kシステムの展示もありましたが、それを見ていると、8Kが本当に広い意味でのインフラになってきているということがわかります。
鈴木 8Kの3D上映は、技術的にはこれまでのメガネ式の両眼視差を使ったやり方ですが、解像度が8Kになったことと、プロジェクター大画面で上映したことで、驚くほど自然で、立体感のある映像になりました。
麻倉 確かに、あの立体感には驚きました。
鈴木 あれで解像感を落としてしまうと、まったく驚きがないんです。また弊社のプロジェクターは8K/120p対応ですから、片方の眼でも8K/60pの情報があります。なので、3Dの効果がとてもわかりやすいのです。
麻倉 8K映像の中から2Kや4K映像を切り出すというシステムも展示されていました。
鈴木 あの技術も色々な展開が期待できます。例えば野球場を4方向から8Kカメラで捉えた番組を放送し、その中からどのアングルを選ぶかは視聴者に委ねてもいいと思うのです。そうすれば、自分の見たい選手を試合と関係なく追いかけることもできます。5Gの時代になったらそういった使い方も可能です。
麻倉 ぜひそういった使い方をアストロデザインさんが率先して提案して欲しいと思います。2020年の東京オリンピックを、そんな環境で見たいと思う人は多いはずです。
鈴木 東京オリンピックはぜひ8Kで見てみたいですね。
麻倉 8Kの使い方はまだまだ開拓されていません。従来の延長の8Kの使い方はあるけれど、新しい魅力を加えた8Kをどう開発するかは、これからのテーマになりますね。
フォーマットが変わるというのは、文化が変わることだと思います。その意味では8KをNHKだけがやっているのでは寂しい。先ほどお話ししたMIP TVのような動きがどんどん広がっていくことを期待したいですね。