愛する者と別れる苦しみを独自の視点で切り取る

 仏教用語に「哀別離苦」という言葉がある。愛する者と別れる苦しみや悲しみのことだ。

 家族や友人、同僚、恩師。生活を共にしたペット。縁の多くはいつしか途絶え、命あるものは必ず息絶える。分かれ道はいくつかあったけれども、人生は一度きり。そこでひとは出会いと別れをくり返してきた。

 この秋、指折りの一本といえるんじゃないかな。『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』は、テキサスの空の下で哀別離苦を考えたたいへん面白く、風変わりで、切ない作品だ。

画像: ▲作中に登場するのは、シーツをかぶった“古典的なおばけ”。監督のデヴィッド・ロウリーは、「昔ながらのゴーストストーリーを作りたいと思っていた」と語る。これまで見たゴースト姿で最も印象に残っているのは、映画『ハロウィン』(1978年)で主人公がシーツをかぶって繰り広げる殺戮シーンだとか

▲作中に登場するのは、シーツをかぶった“古典的なおばけ”。監督のデヴィッド・ロウリーは、「昔ながらのゴーストストーリーを作りたいと思っていた」と語る。これまで見たゴースト姿で最も印象に残っているのは、映画『ハロウィン』(1978年)で主人公がシーツをかぶって繰り広げる殺戮シーンだとか

ケイシー・アフレック&ルーニー・マーラの演技が光る

 演出と脚本、編集は、米国で新作の『ザ・オールドマン・アンド・ザ・ガン』(原題。老逃亡犯を演じたロバート・レッドフォードの俳優引退作になるかも、といわれている)が公開されたばかりの新鋭デヴィッド・ロウリー。主演は『マンチェスター・バイ・ザ・シー』のケイシー・アフレックと、『キャロル』のルーニー・マーラ。演技派だけれど、重くはない。胃にもたれないふたり。魅惑のキャスティングだ。

画像: ▲夫婦役で共演するルーニー・マーラ(手前)とケイシー・アフレック(奥)。ふたりは『セインツ -約束の果て-』(2013年)でもロウリー監督と組んでいる

▲夫婦役で共演するルーニー・マーラ(手前)とケイシー・アフレック(奥)。ふたりは『セインツ -約束の果て-』(2013年)でもロウリー監督と組んでいる

 映画が始まって少し経つと、頭から白いシーツを被った幽霊がひとり登場する。ひとことも喋らず、仄暗い部屋の隅に立ち、自分が死んだあとの世界をじっと眺めている。

 誰にも見えない。触れることもできない。地縛霊のようにただそこにいるだけ。哀別離苦の苦しみは、生者も死者も愛情の行き場を突然奪われることで生じるのかと思えてくる。

 変わらぬ透明感をまとうルーニーと、この役柄はほかの男優にはできないと思わされるケイシーの好演。

 いまどき珍しいスタンダードサイズ(1.33:1)で上映される作品で、しかも画面の四隅がゆるく湾曲している。古いアルバムをめくっているような感触の幽霊物語がつづいてゆく。

画像: ▲ルーニーの持つ儚さが、感情を深い底にしまい込んだが故の無表情に奥行きを与える

▲ルーニーの持つ儚さが、感情を深い底にしまい込んだが故の無表情に奥行きを与える

画像: ▲ケイシーはご存知のとおり、監督としても手腕をふるう俳優ベン・アフレックの弟。本作ではたいへん難しい役に挑んでいる

▲ケイシーはご存知のとおり、監督としても手腕をふるう俳優ベン・アフレックの弟。本作ではたいへん難しい役に挑んでいる

“あなたのなかの答え”と出会うためのささやかなヒント

 米国の映画情報サイトIMDbに、製作時にロウリー監督の頭をよぎったという10本の作品が紹介されている。

 『千と千尋の神隠し』(のカオナシ)やスピルバーグ&トビー・フーパーの『ポルターガイスト』。ティルダ・スウィントン主演の両性具有の歴史ドラマ『オルランド』。

 ほかに、閉館する映画館を舞台にした幻想譚、ツァイ・ミンリャン監督の『楽日』や、メキシコのカルロス・レイガダス監督のマジック・リアリズム映画『闇のあとの光』。ティム・バートンもお気に入り。食卓を訪れる幽霊と彼らを生前同様に迎える家族を描いたアピチャッポン・ウィーラセタクン監督の傑作『ブンミおじさんの森』も入っている。

 世界で当たり前のように不思議なことが起きている土着的な作品が多い。これらに心動かされたファンは『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』も気に入ることだろう。

 さまざまに解釈のできる作品だけれど、画面に映るのが一瞬なので、もうひとつ参考になるかもしれぬことを。

 冒頭に出る「目覚めた時にいつも扉が閉まる気配がする」(Whatever hour you woke there was a door shutting.)という言葉は、20世紀最高の女流作家と評されるヴァージニア・ウルフ(前述の『オルランド』の原作者でもある)の短篇小説「A HAUNTED HOUSE」(1921年)の出だしの文章で、劇中、ルーニーが目を留めるポルターガイスト現象で本棚から落ちて来た本もそうだ。

 開いたページには「大丈夫。大丈夫よ。家がうれしそうに鼓動を打つ。宝物はあなたたちのもの」(“Safe, safe, safe,” the pulse of the house beat gladly. “The Treasure yours.”)という言葉が。これをきっかけに映画に折り目がつけられることになる。ルーニーが作るメモもおそらくこれを受けて記されたものだ。

 小説「A HAUNTED HOUSE」は、この世をさまよう幽霊のカップルが暮らしていた屋敷で共通の思い出を探す物語で、最後は歓喜に包まれて終わる。

 これを頭に留めていても、映画のお化けが救われたのか、絶望したのか、諦めたのかは微妙なところ。答えはひとそれぞれだろう。そのどれもがきっと正解だ。

とんがった作品を送り続ける配給&製作会社“A24”に注目!

 この『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』は、アメリカの配給&製作会社A24が送り出した作品。『エクス・マキナ』や『ルーム』、ドキュメンタリーの『デ・パルマ』。そしてオスカー受賞作の『ムーンライト』、ほか『20センチュリー・ウーマン』、『レディ・バード』、『フロリダ・プロジェクト』などエッジの効いた快作を連発して大注目されている新興プロダクションだ。

 この秋日本公開の『アンダー・ザ・シルバーレイク』や『ヘレディタリー/継承』もA24作品。

 作ったら長くなってしまったけれど、2012年設立のA24の全作品リストをオマケで付けておく。青春映画、コメディからホラー、不条理劇までジャンル問わず、どこかヘンテコ。お宝がいっぱい埋まっている。

《A24配給&製作全作品》(2018年10月末日現在)

 英文字は日本未公開作。タイトルの後ろの★印は自社製作作品。それ以外は北米配給作品。今秋~冬日本公開作にのみ公開日を付けてある。

 ポール・シュレイダー(『タクシー・ドライバー』脚本)+イーサン・ホークの信教暗黒物語『First Reformed』(2017年)、『怪盗グルー』シリーズのアグネス役の声優、エルシー・フィッシャーが友だちゼロのもうすぐ女子高校生に扮し、奇跡の青春映画! と賞賛されている『Eighth Grade』(2018年)、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』のジョナ・ヒルの初監督作、90年代L.A.のスケートボード・カルチャーを背景に少年の成長を描く『Mid 90s』(2018年)などは日本でもぜひ観たいもの。配給会社さん、よろしくお願いします!

■『Mid 90s』(2018)★
└監督:ジョナ・ヒル、出演:サニー・スリッチ、ルーカス・ヘッジズ
■『High Life』
└監督:クレーヌ・ドニ、出演:ロバート・パティンソン、ジュリエット・ビノシュ
■『In Fabric』
└監督:ピーター・ストリックランド、出演:グェンドリン・クリスティ-
■『アンダー・ザ・シルバーレイク』(10/13公開)
■『Climax』
└監督:ギャスパー・ノエ、出演:ソフィア・ブテラ
■『Gloria Bell』
└監督:セバスティアン・レリオ、出演:ジュリアン・ムーア、アラナ・ユーバック
■『The Children Act』
└監督:リチャード・エアー、出演:エマ・トンプソン、スタンリー・トゥッチ
■『Slice』
└監督:オースティン・ヴェセリー、出演:ザジー・ビーツ
■『暁に祈れ』(12/8公開)
■『Never Go In Back』
└監督:オーガスティン・フリッツェル、出演:マイア・ミッチェル、カミラ・モローネ
■『Hot Summer Night』
└監督:イライジャ・バイナム、出演:ティモシー・シャラメ、マイカ・モンロー
■『Eighth Grade』★
└監督:ボー・バーナム、出演:エルシー・フィッシャー、ジョシュ・ハミルトン
■『Woman Walks Ahead』
└監督:スザンナ・ホワイト、出演:ジェシカ・チャスティン、サム・ロックウェル
■『パーティーで女の子に話しかけるには』
■『ヘレディタリー/継承』(11/30)
■『First Reformed』
└監督:ポール・シュレイダー、出演:イーサン・ホーク、アマンダ・セイフリッド
■『バクダッド・スキャンダル』(11/3公開)
└監督:ペール・フリー、出演:テオ・ジェームズ、ベン・キングズレー
■『リーン・オン・ピート』(2019年春公開)
■『The Last Movie Star』
└監督:アダム・リフキン、出演:バート・レイノルズ、アリエル・ウィンター、チェビー・チェイス
■『シドニー・ホールの失踪』
■『The Ballad of Lefty Brown』
└監督:ジャレッド・モーシェ、出演:ビル・プルマン、ピーター・フォンダ
■『The Disaster Artist』
└監督:ジェームズ・フランコ、出演:ジェームズ・フランコ、セス・ローゲン
■『レディ・バード』
■『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリド・ディア』★
■『フロリダ・プロジェクト』
■『Wood shock』
└監督:ケイト&ローラ・マレヴィ、出演:キルスティン・ダンスト
■『Menashe』
└監督:ジョシュア・Z・ワインスタイン、出演:メナシェ・ルスティグ
■『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』(11/17公開)
■『イット・カムズ・アット・ナイト』(11/23公開)★
■『偽りの忠誠 ナチスが愛した女』
■『ラバーズ・アゲイン』
■『フリー・ファイアー』
■『フェブラリィ~悪霊館~』
■『アウトサイダーズ』
■『20センチュリー・ウーマン』★
■『ザ・モンスター』
■『オアシス:スーパーソニック』
■『ムーンライト』★
■『アメリカン・ハニー』
■『Morris From America』
└監督:チャド・ハーティガン、出演:クレイグ・ロビンソン、マーキーズ・クリスマス
■『スイス・アーミー・マン』
■『追憶の森』
■『スイッチ・オフ』
■『ロスト・エモーション』
■『デ・パルマ』
■『ロブスター』
■『サスペクツ・ダイアリー すり替えられた記憶』
■『グリーンルーム』
■『Krisha』
└監督:トレイ・エドワード・シュルツ、出演:クリシャ・フェアチャイルド
■『手紙は憶えている』
■『ウィッチ』
■『極悪の流儀』
■『ルーム』
■『ワイルド・ギャンブル』
■『ダーク・プレイス』
■『人生はローリング・ストーン』
■『AMY エイミー』
■『ベアリー・リーサル』
■『スロウ・ウエスト』
■『エクス・マキナ』
■『カットバンク』
■『ヤング・アダルト・ニューヨーク』
■『ガンズ&ゴールド』
■『アメリカン・ドリーマー 理想の代償』
■『白い沈黙』
■『リベンジ・オブ・グリーン・ドラゴン』
■『アラサー女子の恋愛事情』
■『Mr.タスク』
■『ライフ・アフター・ベス』
■『奪還者』
■『Obvious Child』
└監督:ギリアン・ロブスピアー、出演:ジェニー・スレイト、ギャビー・ホフマン
■『オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分』
■『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』
■『複製された男』
■『いま、輝くときに』
■『ブリングリング』
■『スプリング・ブレイカーズ』
■『ジンジャーの朝~さよなら、わたしが愛した世界』
■『チャールズ・スワン三世の頭ン中』

『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』

監督:デヴィッド・ロウリー
出演:ケイシー・アフレック/ルーニー・マーラ
原題:A GHOST STORY
配給:パルコ
2017年/アメリカ/1時間32分
11月17日(土)全国ロードショー
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