“子役あがりは成功しない”なんて言われるけれど……

 俳優として長く活躍するのはむずかしい。出演作がヒットしなければ、どんなに演技がうまくてもいわゆる“経済価値”が認められず、次第に活躍の場が限られてしまう。そう、売れてナンボの商売だ。

 しかも、その売れ方によっては弊害も種々雑多にある。たとえば、大ヒットした後にヒットがなければ“一発屋”。人気シリーズになったはいいが、同じ役を演じ続ければ“タイプ・プレイヤー”とみなされて、似たような役柄しか回ってこなくなり、飽きられてしまうこともある。そうそう、“子役あがりは成功しない”なんていうジンクスもあるんだよなぁ。

 そこで、エマ・ワトソンだ。知っての通り、世界的に大ヒットした『ハリー・ポッター』シリーズのハーマイオニー・グレンジャー役。本作に10歳で抜擢されて一躍脚光を浴びた“子役あがり”であり、そのシリーズは10年間にわたり8作も作られている。つまり、エマは10年もの間ハリー・ポッターの親友ハーマイオニーとして愛されながら、人々の記憶に長~い間焼き付けられていたのだ。

 となれば、前述した“弊害”にやられて、28歳になった彼女のキャリアは下降線をたどっていても不思議はない。ところが、下がるどころか大人の女優としてのキャリアを着々と歩み確固たる評価を得ているのだから、 “日本のお母さん”を自称する私としては鼻高々なのだ。

地味な田舎娘役で幅の広さを見せつける

 現在公開中の『リグレッション』は、『海を飛ぶ夢』(04年)でアカデミー賞外国語映画賞を受賞したスペインの鬼才、アレハンドロ・アメナバール監督のサイコスリラー。エマの役どころは、イーサン・ホーク演じる刑事が捜索する、虐待事件の被害者アンジェラだ。

画像: イーサン・ホークと共演した『リグレッション』。アメリカで実際に起きた事件をベースにしている

イーサン・ホークと共演した『リグレッション』。アメリカで実際に起きた事件をベースにしている

画像: エマとアメーナバル監督(右)。彼は安楽死をめぐる人間ドラマ『海を飛ぶ夢』のほか、『オープン・ユア・アイズ』や『アザーズ』などのサスペンスも監督している

エマとアメーナバル監督(右)。彼は安楽死をめぐる人間ドラマ『海を飛ぶ夢』のほか、『オープン・ユア・アイズ』や『アザーズ』などのサスペンスも監督している

 容疑者である父は虐待の容疑を認めつつも記憶が曖昧であるために、真実はアンジェラの記憶の中に隠されているという展開。優等生でも美人でもない田舎の地味な17歳になりきって、禁断の記憶の扉を開けてしまう怯えや恐怖を好演している。

 実は、本作は2015年の製作。その2年後に公開されたミュージカル『美女と野獣』(17年)での華やかにして美しい姿とはまったく別人のようで、エマの演技の幅広さをうかがわせる。

画像: エマといえばその美しさが話題になることが多いが、本作では見事にそのオーラを消し去っている

エマといえばその美しさが話題になることが多いが、本作では見事にそのオーラを消し去っている

画像: 真剣な表情で監督やイーサン・ホークとディスカッションするエマ

真剣な表情で監督やイーサン・ホークとディスカッションするエマ

 思えば、いまの若い観客にとっては『ハリポタ』のハーマイオニーというより、世界的に大ヒットし、現在のミュージカル・ブームを牽引した『美女と野獣』のベルのほうがずっと馴染み深い。つまり、エマ=『ハリポタ』ではなく、エマ=『美女と野獣』にしっかりと更新されているのだ。

 もちろん、その2つの大ヒット作の間にも、傑作青春映画『ウォールフラワー』(12年)、現代のLAの若者の実態をリアルに描いたソフィア・コッポラ監督の『ブリングリング』(13年)などで“意外な顔”を披露し続け、多彩な才能を披露している。

画像: エマのキラキラしたイメージを存分に活かした『美女と野獣』/MovieNEX、¥4,000/ウォルト・ディズニー・ジャパン

エマのキラキラしたイメージを存分に活かした『美女と野獣』/MovieNEX、¥4,000/ウォルト・ディズニー・ジャパン

子供だった3人は本当に可愛かった!

 エマに初めて会ったのは、『ハリー・ポッターと秘密の部屋』(02年)が撮影されていたロンドンのスタジオ。ハリー役のダニエル・ラドクリフとロン役のルパート・グリントと3人仲良く並んでの会見だった。

 まだ本当に子供だった3人は、子犬のようにじゃれあって(可愛かった!)、何を聞いてもイマイチはっきりしない答えばかりだったけれど、それでもはにかみ屋の男の子2人を尻目に、エマは優等生のハーマイオニーよろしく、一所懸命に話をまとめて記者たちに伝えようとしていたのを思い出す。

 その後もシリーズの各章が完成するごとにダニエルやエマに会見できたのは、私の映画ライター人生の中でもとりわけ幸せな経験だったと思う。なにしろ10歳ぐらいから20歳過ぎまで、子供から大人へと成長する大事な過程を見続けられたのだから。だもの“日本のお母さん”と自称したくなる気持ちも、おわかりいただけるだろう。

20歳の宣言を実行に移せる聡明さと強さ

 何度かの会見のなかでいちばん印象的だったのは、『ハリー・ポッターと死の秘宝PART 1&2』の撮影がすべて終了した直後のこと。

 ロンドンのホテルに現れたエマは、ハーマイオニーのトレードマーク=くりくりのロングヘアをバッサリ切ってベリーショートに。「10年間、切るのを我慢していたのよ」と笑いながら、「シリーズの終了は寂しいけれど、これからやりたいことがいっぱい。本も読みたいし、観たい映画もお芝居もアート展もたくさん。大学でいろんなことも勉強したいしね。いまは、長~いやりたいことリストを作ってる最中よ」。

 大作シリーズを担った重責から解放された20歳のエマは、達成感と自信、エネルギーと好奇心、未来への希望で輝いていた。そして、最後にキッパリ。「たぶん、これからの私は、いままでと違った転換期を迎えるでしょ。それでも大人として葛藤し、決断し、前に進んでいくつもりだわ」……。その言葉をきっちりと実行して今がある。

 『レディ・バード』のグレタ・ガーウィグが監督する『若草物語』(19年12月アメリカ公開予定)に出演も決まり、トップ女優としての道を歩んでいる。あとは素敵な恋をして欲しいと……母は願っております。

http://www.stereosound.co.jp/column/behind_the_camera/article/2017/09/21/60820.html

『リグレッション』

監督・脚本:アレハンドロ・アメナーバル
出演:イーサン・ホーク、エマ・ワトソン、デヴィッド・シューリス
原題:REGRESSION
2018年/スペイン=カナダ/1時間46分
新宿武蔵野館ほか全国順次公開中
(c) 2015 Mod Entertainment Mod Producciones Himenoptero Regresion Canada Inc Telefonia Studios Regression A.I.E

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