杉井 鈴木さんのおっしゃる「ロック的な音」というのは、具体的などんな音なのでしょうか。
鈴木 僕の考えるロック的な音というのは、周波数で言えば400Hzあたりの鳴り方。うまく言えないんだけど、400Hzというのはバスドラムがいちばん「ボン」と前にくる帯域です。だから僕は400Hzをブーストするのが好きなんですね。でも70年代は逆に400Hzあたりを抑えるエンジニアも多かった。モチッとしたサウンドを作るためにね。ユーミンは後者のサウンドでした。反対にボブ・クリアマウンテンがエンジニアを担当したブライアン・アダムスなどはブーストしていました。僕が言うロック的というのはそっちのタイプですね。
高橋 日本の音楽は総じて中低域が薄めな印象があります。レコーディングエンジニアは、音がダンゴになる300Hzや500Hzあたりの帯域を切るところから始めることが多いですから。
鈴木 僕が『バンド・ワゴン』でクローヴァー・スタジオを選んだ理由も、音がロック的だったからです。はっぴいえんどの最後のアルバム『HAPPY END』のレコーディングでロサンゼルスに行ったとき、僕らはサンセット・サウンド・スタジオを使ったんだけど、リトル・フィートのローウェル・ジョージとビル・ペインがセッションに参加してくれた縁で、彼らが『ディキシー・チキン』のレコーディングをしているクローヴァー・スタジオまで見学に出かけました。で、僕はサンセットよりもクローヴァーの方がロック的なサウンドだと感じた。「いつかここでレコーディングしてみたい」と思って、2年後に『バンド・ワゴン』でその夢が叶ったわけです。
高橋 クローヴァー・スタジオのオーナーは、ギタリストのスティーヴ・クロッパーですよね。
鈴木 え、そうなの?
高橋 ええ。チャック・プロトキンが作って、そこにスティーヴ・クロッパーが加わった。ジェイムス・テイラー『ワン・マン・ドッグ』でも使われたスタジオで、音良いですよね。ネッド・ドヒニーの『ハード・キャンディ』は、ミックスとプロデュースもスティーヴ・クロッパーです。
鈴木 それは知らなかった。いろいろあって、『バンド・ワゴン』のレコーディングはサンフランシスコのディファレント・ファー・スタジオから始まりました。9曲中7曲までこのスタジオで録って、クローヴァー・スタジオで録ったのは「スノー・エキスプレス」と「夕焼け波止場」の2曲だけ。正直なところ、このディファレント・ファー・スタジオの音は、クローヴァー・スタジオに比べると少しランクが落ちるんです。スタジオ代もずっと安くてね。クローヴァーのエンジニアのマイク(・ボシアーズ)は『ディキシー・チキン』のサブエンジニアだったから、僕が「リトル・フィートみたいなサウンドにしてほしい」と言ったら「大丈夫だから任せとけ!」みたいな感じでサウンドをうまく調整してくれました。
高橋 クローヴァー・スタジオでのレコーディングやトラックダウンの進め方で、日本のスタジオと大きく違う点はありましたか?
鈴木 そんなに大きく違うところはなかったと思うけれども、クローヴァーのサウンドの特徴はEMTのコンプレッサーです。
杉井 鉄板エコーで有名なEMTですね。
鈴木 そう。266と156だったかな。266のほうはカッティングでも使われるステレオコンプレッサーで、156はあんまり自由な音作りはできない不思議なコンプレッサーなんだけど、『バンド・ワゴン』の音はこの2台のコンプレッサーによるところが大きいですね。
高橋 トータルでコンプがかかっているんですか?
鈴木 うん、266はトータルで使っていて、156はピンポイントで使っていたと思います。
杉井 鈴木さんはマスタリングにも立ち会われたのですか?
鈴木 立ち会いました。あれも貴重な経験でしたね。A&Mスタジオにバーニー・グランドマン専用のカッティング・ルームがあって、彼にお願いしました。でも、スピーカーで鳴っている音がとても貧弱で、最初は驚いたんです。でもそれはAMラジオを主体とした音作りのためだと後で知って納得しました。実際に出来上がりはすごく良い音だったし。ソロ・キャリアの最初に海外の制作工程をひと通り体験できたことは本当に幸運だったと思っています。

