この日、筆者が向かったのは東京・用賀にあるStereoSoundONLINE視聴室である。目的は、日本市場初となるライカのホームシネマプロジェクター「ライカCine Compact 1」の視聴だった。"ライカがプロジェクターを発売する" カメラファンであれ、ホームシアターファンであれ、このニュースを聞いた時、多くの人は驚いたのではないだろうか。
実は筆者は、カメラ好きでもある。祖父は日本のカメラメーカーの創業者で、幼い頃からカメラに囲まれて育った。大人になり、オーディオ機器同様、自分でカメラを選ぶようになって気がついたことがある。音を再生する装置も、光を記録する装置も本質は近い、のだ。
DLPプロジェクター:ライカCine Compact 1

●投写デバイス:DLP(0.47 インチ Pico DMD)
●スクリーン上の解像度:水平3840✕垂直2160画素
●投影サイズ:60〜220インチ
●光源:RGB 3色ダイレクトレーザー
●リフレッシュレート:4K@60Hz、2K@240Hz、2K@120Hz
●明るさ:最大1700ルーメン(ウルトラモード)
●コントラスト比:最大1500対1
●対応HDR信号:Dolby Vision、HDR10、HDR10+、HLG
●接続端子:HDMI(eARC対応)、USB
●スピーカー出力:10W✕2
●ワイヤレス接続:Wi‑Fi 6(IEEE 802.11a/b/g/n/ac/ax、2.4/5GHz)
●消費電力:120W(スタンバイ時0.5W)
●寸法/質量:W209✕H193✕D226mm/約4.4kg(本体)

「ライカCine Compact 1」はGoogle TV機能を内蔵しているので、WiFiでインターネットにつなげば動画配信サービスを本機だけで再生できる。本体背面にHDMI eARC端子やUSB-Aも装備し、ここからの映像再生も可能
現在、筆者はライカのミラーレスカメラ、ライカSLとライカSL2を愛用し、Lマウントレンズはもちろん、Mレンズ、さらに90年近く前に製造されたオールドのライカレンズまで所有している。だから今回の視聴は、普段とは少し意味が違っていた。ライカが作る映像とは何だろう? 写真を知り尽くしたメーカーは、映画をどのように表現するのだろう?
日本ではライカをカメラメーカーとして認識している人がほとんどだろう。しかし実際のライカは、双眼鏡、高級腕時計、スマートフォン向けイメージングなど、"光学"と"精密機械工学"を核とした事業を展開している。そして現在はホームシネマ専業会社「Leica Smart Projection GmbH」を設立し(ドイツのライカ本社内にオフィスがある)、本格的にホームシネマ市場へ参入している。
といっても、ライカとプロジェクターの関係は最近始まったものではない。ライカは1926年、35mmプロジェクターによって映像投影機器市場へ参入した。その後発売されたPradovitシリーズは、精密なメカニズムやColorplanレンズによって世界的な評価を獲得する。つまりライカにとってプロジェクターは、約100年続く光学技術の延長線上にある製品なのである。
近年では、2022年に超短焦点レーザープロジェクター「ライカCine 1」を、2024年にスマートプロジェクター「ライカCine Play 1」を投入した。しかしそれらは日本市場向けに最適化する必要があったため、国内導入は見送られた。その経験を踏まえて誕生した最初の日本向けホームシネマモデルが、「ライカCine Compact 1」なのである。

取材にはライカのスタッフもお招きし、製品の特長について解説していただいた。写真左から、ライカカメラジャパン株式会社 営業統括部 シニア・アドバイザー 岩佐 浩さん、同マーケティング部 部長 岸本典子さん
視聴室で実機を前にして最初に感じたのは、「ライカらしい」プレミアムな存在感だった。通称"レッドドット"と呼ばれる赤いロゴが付いているからだけではない。アルミニウムを主体とした質感の高いボディ、ブラックガラスを組み合わせたフロントパネル、必要以上の装飾を排したミニマルな造形。その佇まいは、ライカSLシリーズやライカQシリーズに通じるライカらしいプロダクトデザインそのものである。
もっとも、本機の真価はその内部にある。アウトラインをお伝えすると、「ライカCine Compact 1」はDLP方式のレーザー光源4Kプロジェクターだ。筐体はコンパクトで、最大1700ルーメンの明るさと最大220インチ相当の大画面投写に対応する。天井に投写できる回転機能を備えている他、Wi-FiやBluetoothなどの、ワイヤレス接続機能も搭載する。
映像素子は0.47インチPico DMD(Digital Micromirror Device)を採用。このデバイスにはいくつもの利点があり、まず応答速度がきわめて速い。スポーツ映像やアクション映画でも輪郭が崩れにくく、残像感が少ない。さらに反射型デバイスで開口率が高く、画素構造が見えにくい。映画館でDLPプロジェクターが広く採用されてきた理由も、まさにここにある。
もうひとつ見逃せないのがANSIコントラストである。一般的に「コントラスト」というと、真っ黒な画面と真っ白な画面を比較した数値で語られることが多い。しかし実際の映像では、暗部と明部は同一画面内に存在している。夜景の中に浮かぶ街灯や逆光の人物、そうした映像表現を左右するのがANSIコントラストであり、DLPはこの性能に優れるのだ。
自動台形補正など、設置時に便利な機能も搭載。映像調整用の機能も豊富に準備している


「ライカCine Compact 1」は小型・軽量で、持ち運んで使うことも多いだろう。そのために、自動台形補正やオートフォーカスといった便利機能も搭載する。さらに正確な画角やフォーカスで楽しみたい場合のために、マニュアル調整も可能だ。上の写真は台形補正用で、下はズーム機能

映像調整機能は、「映像メニュー」の選択や「レーザー輝度」(画面全体の明るさ)、「色」(色温度調整など)、「精細感・ノイズ調整」(シャープネスやNRの調整)など必要充分な項目を備える
もちろん弱点もある。単板式DLPプロジェクターではRGBを時間分割表示するため、人によっては視線移動時に赤・緑・青の光が分離して見える、いわゆるカラーブレイキングノイズが気になる場合もある。
その点では、トリプルRGBレーザー光源の搭載も本機の特徴である。RGBそれぞれ独立したレーザー光を利用するため、色純度が高い。特に高彩度領域の再現性は優秀で、鮮やかな赤や深い緑も余裕を持って描き出すことができる。経年による輝度変化も少なく、長期間安定した画質を維持できることも大きなメリットだ。またRGBの発光を高速で切り替えられるので、カラーブレイキングノイズの抑制にも有効だ。
そしてライカ好きの筆者にとって衝撃的だったのは、ライカCine Compact 1では、プロジェクターとしてきわめて重要な光学系、つまりレンズに「Summicron」(ズミクロン)の名を与えたことだ。
ライカのレンズには、伝統的な命名規則がある。絞り開放値がF1前後ならNoctilux(ノクティルックス)。F1.4ならSummilux(ズミルックス)。F2ならSummicron。F2.8はElmarit(エルマリート)。中でもSummicronは、"もっともライカらしいレンズ" と評されることが多い。解像力やコントラストだけを追い求めたレンズではない。空気感、透明感、立体感まで含め、ライカというブランドの個性を体現しているレンズ群と言える。事実、本機に搭載されたレンズの明るさはF2.0。まさかSummicronという名を、プロジェクターレンズへ与えるとは。それだけでも、この製品に対するライカの本気度が伝わってくる。
では視聴を始めよう。今回は、映像ソースを見る前にどうしても試したいことがあった。それは、ライカカメラで撮影した写真を映すことである。「ライカが作ったプロジェクターなら、まずライカで撮影した写真を見てみたい」そんな気持ちが、ごく自然に湧いてきた。

土方さんが、愛用のライカカメラとレンズで撮影したバラの写真を120インチスクリーンに投写してみた。「この映像からは、撮影した現場の空気感さえ感じ取れます」と絶賛。ちなみに、正確な色を再現するためには、マット系スクリーンとの組み合わせがお薦めです
最近の休日は、VARIO-ELMARIT-SL 24-90mmレンズを装着したSLやSL2を肩に掛け、植物園やバラ園を歩き、四季折々の花を撮影している。今回持ち込んだ写真もその一枚。ライカと同じドイツで1981年に作出された、「ブルクント81」という品種名を持つ赤いバラだ。
スクリーンいっぱいに写真が現れた瞬間、思わず息をのんだ。最初に感じたのは、明るさだった。実際にスクリーンを見ると、1700ルーメンという数値以上に明るく感じる。もちろん、これは単純に光量が多いという意味ではない。
プロジェクターは、ルーメン値だけで画質を比較することはできない。レンズの透過率、迷光対策、光学効率、そしてコントラスト。それらすべてが組み合わさって初めて、“明るく見える映像” が完成する。ライカCine Compact 1は、スクリーンへ届く光に無駄がない。だからスペック以上の明るさを体感できるのだろう。
続いて目を奪われたのが色彩だった。本機はHDRコンテンツに対応し、「標準」「ダイナミック」「スポーツ」「映画」「FILMMAKER」モードに加え、Dolby Vision向けの映像モードも搭載する。まず「標準」で確認したが、ひと言で言うなら "撮影者の意図をストレートに表示している"。このバラは鮮やかだ。しかし、その鮮やかさは決して派手ではない。濃いクリムゾンレッドから、光を受けた花弁のわずかに明るい赤まで、ていねいに描き分けられている。
赤色についても、花弁一枚ごとの厚みや質感が自然なグラデーションとして立ち上がってくる。葉のグリーンも実に美しい。黄緑から深緑まで滑らかにつながり、不自然な彩度の誇張は一切感じられない。ハイライトからシャドウまで滑らかにつながり、白飛びも黒つぶれも感じない。RAWデータを高品位なモニターで確認しているような情報量である。
たまには気分を変えて寝室の天井に大画面を、なんて使い方はいかが?


「ライカCine Compact 1」はスタンド一体型で、下向きから真上まで幅広い方向に映像を投映できる。スタンドの裏面にはカメラの三脚用と同じサイズのネジ穴が準備され、三脚や別売スタンドを使った設置もできる。取り付け方法を工夫すれば、天吊設置も可能だろう
レンズ性能の高さも、この一枚で理解できた。フォーカスが合っている花はきわめてシャープだ。しかし、そのシャープさは輪郭強調によって作られたものではない。ピント面は細部まで解像しているにもかかわらず、決して硬くならない。そして、背景へ柔らかく溶けていくアウトフォーカス。もちろんプロジェクターがボケを作るわけではない。しかし、撮影時に使用していたレンズ(VARIO-ELMARIT-SL 24-90mm f/2.8-4 ASPH.)が描いたボケのニュアンスを、驚くほど忠実に再現している。
筆者はSummicronも、Summiluxも、90年前のエルマーも愛用してきた。だからこそ断言できる。間違いなく、この映像はライカのカメラの画作りを理解している人が作っている。そしてなにより、この映像は、入口から出口までライカで統一されている。ライカで撮影した写真を、ライカの光学思想でスクリーンいっぱいに映し出すことができるのは、これまで誰も体験したことがない世界だろう。
静止画だけでも、ライカCine Compact 1の完成度の高さが伝わってきた。しかし、本当の実力が分かるのは映像ソースだ。まず再生したのは、ビコム『8K空撮夜景 SKY WALK』。日本各地の街並みを8Kカメラで空撮した作品で、高精細なだけでなく、夜景というプロジェクターにとって難易度の高い映像が続く。
チャプター3「秋葉原・上野・月島」を再生した瞬間、このプロジェクターが目指したひとつの方向性を理解した。黒が実に美しい。しかも黒の中に情報が残っている。高架橋の影、ビルの壁面へ映り込む街灯、道路脇の植え込み。しっかりとした黒を表現しつつ、暗部の階調が豊かで、映像全体の奥行きを生み出している。これは、ライカの画作りと、優れたANSIコントラストを持つDLP方式、さらにSummicronレンズによる高いMTF(Modulation Transfer Function)が重なり合った結果だと断言できる。

プロジェクターの画質を大きく左右するレンズ部には、「SUMMICRON-P 1:2.0-2.3/10-13 ASPH.」と刻印されている。スペックの基準はカメラ用と同じで、プロジェクター用に最適化されたものとのこと
特に印象的だったのは、画面周辺部の描写である。スカイツリーの鉄骨、高層ビルの窓、道路標識のいずれも歪みがなく、フォーカスもあっている。ライカによると、ライカCine Compact 1はSummicronレンズを搭載することで、画面全域で解像感の均一性を求めた。さらに "ズーム、フォーカス全域で一貫したシャープネス" を実現したことは、この映像が雄弁に物語っている。
続いて、昨年公開されたSF映画『プレデター:バッドランド』をAmazon Prime Videoで再生する。本機はGoogle TVを搭載しているため、Prime VideoやNetflixを始めとする映像系のストリーミングサービスを本体だけで楽しめる。
作品冒頭、プレデター(異星人)の兄弟であるクウェイとデクが洞窟内で修行を行うシーンを視聴した。この作品は全編を通して暗い映像が続く、プロジェクターにとって難易度の高い一本である。
ここで感心したのは、「標準」モードの完成度だった。洞窟のシーンは、とにかく暗くコントラストも低い。しかし、その暗さの中で情報は失われない。岩肌の湿った表情、わずかに差し込む光。それらが黒の中から浮かび上がってくる。HDR(Dolby Vision)再生で重要なのは、ピーク輝度とともに、シャドウ部のディテイル表現である。黒を沈めながら、その中へ情報を残せるか。ライカCine Compact 1は、そのバランスが実に巧みだった。
次に、BDで『罪人たち』を再生した。1930年代のアメリカ南部を舞台にした本作は、陰影を生かしたライティングと、情緒豊かな色彩設計が印象的な作品である。この映画でもっとも心を動かされたのは色だった。マイケル・B・ジョーダンが演じる二人の主人公は、性格が真反対で、それぞれ赤と青を服装の象徴色として描かれている。ライカは、その色彩を決して誇張しない。赤は深く、青は静かに、物語を色で語る。映像モードについては、「FILMMAKER」「映画」モードも試した、確かにそれぞれ趣のある映像になるのだが、個人的には「標準」モードの画質があまりにも素晴らしく感じた。

付属のリモコンはアルミ製で手に持った時の質感もいい(なお、リモコンのデザイン、カラーは仕様が変わる可能性があります)。NetflixやPrime Videoなどもダイレクトに呼び出せる
3本の映像作品を見て重要なポイントと判断したのは、ライカ独自の映像処理技術「Leica Image Optimization(LIO)」の搭載だ。ライカのカメラを使っている方なら、Maestro(マエストロ)という名前をご存じだろう。Maestroは、デジタルライカの画像処理エンジンであり、センサーから得られた膨大な情報を解析し、ライカらしい色や階調へ仕上げる役割を担っている。
では、LIOはMaestroの動画版なのだろうか。メーカーへ確認したところ、その答えは「少し違う」だった。Maestroは静止画を対象にした画像処理であり、写真をいかに美しく描くかが目的である。一方LIOは、動画をできる限り忠実に再現することを第一の目的としている。つまり、“制作者が意図した映像を、そのままスクリーンへ届ける” のだ。LIOが掲げる「Natural Color」という言葉は、決して技術資料の中だけの表現ではなかった。
最後に、本機のサウンドについて触れておきたい。ライカCine Compact 1は、Dolby AudioとDTS Virtual:Xに対応したステレオスピーカーを内蔵している。さらにHDMI eARCにも対応するため、AVアンプやサウンドバーとの接続も容易。本体一台で完結するシンプルなホームシアターから、本格的なマルチチャンネルシステムまで柔軟に発展させられる設計になっている。
今回はUHDブルーレイの『F1』でサウンドをチェックした。この作品はエンジン音だけでも数え切れないほどの情報量を持つ。高回転まで一気に吹け上がるエグゾーストノートが観客席を包み込む歓声と絶えず入り混じるため、内蔵スピーカーには決して簡単な作品ではない。

静止画から動画配信、パッケージソフトまで様々なコンテンツをチェックしていただいた。ライカファンの土方さんも、「ライカCine Compact 1」にすっかり魅せられた様子
まず感心したのは、ダイアローグだった。登場人物の声はひじょうに明瞭で、BGMや環境音に埋もれることがない。映画を長時間視聴してもセリフを追いやすく、人の声がもっとも聴き取りやすい帯域をていねいに整えていることが伝わってくる。低域も予想以上。もちろん大型サブウーファーのような量感ではないが、F1マシンがストレートを駆け抜ける瞬間の重量感や、シフトアップ時の力強さは充分感じられる。
視聴を終えた頃には、最初に抱いていた「ライカがプロジェクターを作る理由」という興味は、完全に消えていた。むしろ、ライカだからこそ作れたプロジェクターなのだと感じていた。
ライカによれば、写真用レンズとプロジェクター用レンズでは設計思想は異なる。写真用ではボケ味や被写界深度も重要だが、プロジェクター用では画面中心から周辺まで均一なMTFを維持し、ズーム、フォーカス全域で収差変動を抑えることが求められる。ライカCine Compact 1では歪曲収差、色収差、迷光を徹底的に抑え、ズーム位置やフォーカス位置が変わっても画面全域で一貫した高いシャープネスを維持することを目標に設計したという。これはまさに、同社が長年培ってきた光学技術の延長線上にある考え方である。
優れた光学系と、高品位な映画館さながらの映像チューニング。ライカCine Compact 1は、単なる "ライカのロゴが付いたプロジェクター" ではない。100年以上積み重ねてきたライカの光学思想が、新たなキャンバスの上で結実した、もうひとつのライカである。最後にズバリ書こう。今まで筆者が見てきた30万円前後のプロジェクターの中でも、ライカCine Compact 1の画質はNo.1だ。




