1970年代後半から日本メーカーを中心にスピーカー振動板のハイテク化が進んだ。それまでの紙(パルプ)や樹脂(ポリプロピレン)、布(シルク等)、アルミニウム、チタン等に加え、物性値に優れたダイヤモンドやベリリウム、カーボンなどがダイヤフラム素材として登場し、華々しくオーディオ・シーンを彩ったのである。今なおこれらの素材はそれぞれの持ち味を発揮し、様々なハイファイ用スピーカーに採用されている。
さて、ここにご紹介する振動板のニューマテリアルは「ガラス」である。「え? ガラスは響きが鈍くてクセっぽい音しかしないし、剛性も高くないから正確なピストニック・モーションも難しいだろうし、ダイヤフラムとしていちばんふさわしくない素材じゃないの」とお考えの方は多いのではないかと思う。じつはぼくもそう考えていた。
ところが、である。ウーファー、トゥイーターともにガラス振動板を用いた眼前の小型2ウェイ機が、目の覚めるようなすばらしい音を奏でているではないですか。透明度が高く、軽快で弾むような魅力的なサウンドを……。キツネにつままれた気分でぼくは様々な音楽を聴き続けたのだった。
従来のイメージを打ち破る超薄板ガラス振動板の可能性
このスピーカーに採用された超薄板ガラスを開発したのは、我が国を代表する特殊ガラスの専業メーカーである日本電気硝子株式会社。そして、このガラスを成形して振動板に仕立て上げ、スピーカーシステムとして完成させたのは、台湾のGlass Acoustic Innovations Co., Ltd.(略してGAIT[ゲイト])という会社だ。スピーカーのブランド名は「GlaXfi」、製品名は「Alala BSP-24」である。Alalaというのは「ハワイガラス」という絶滅危惧種の鳥の名前から採ったものだそうだ。この鳥の鳴き声は、音響的多様性に富み、表現豊かで深みがあるという。

Speaker System
GlaXfi
Alala BSP-24
¥390,000 (ペア)税/送料込
●型式:2ウェイ2スピーカー・バスレフ型
●使用ユニット:25mmドーム型トゥイーター、165mmコーン型ウーファー
●出力音圧レベル:87dB/W/m
●クロスオーバー周波数:2.4kHz
●インピーダンス:4Ω
●寸法/質量:W220×H390×D300mm/10.7kg
●カラリング:マットブラック、ウォールナット
●備考:Amazon Japanで近日販売予定
●問合せ先:GAIT
採用されたガラス振動板の厚みは、165mm口径のウーファーが0.2mm(200ミクロン)で、25mm口径トゥイーターは0.05mm(50ミクロン)という驚くべき薄さ。液晶ディスプレイ用ガラスが0.4mmから0.5mmというからその凄さがおわかりいただけるだろう。日本電気硝子によると、この超薄板ガラス振動板の最大サイズはこの165mmだが、現在200mm口径で使えるガラスを開発中という。
そしてこの薄いガラス板は内部損失が大きく、剛性が高い。それはなぜか。採用されたこのガラス素材は、一般的な石英ガラスではなく、多成分型のアルカリガラス。石英ガラスは原子が緊密に結合していて振動を熱に変換して消失させるのが難しい。ゆえに内部損失が小さいが、振動板に使ったアルカリガラスは内部構造の自由度が高く、振動を熱に変えて消失させる度合いが大きい。つまり内部損失が大きく、ガラス素材そのものの音が発生しにくいというわけである。損失係数は石英ガラスが0.004、超薄板ガラスが0.015と4倍近く大きい。ちなみにこの値はアルミとチタンの7.5倍、ベリリウムの2.5倍だという。
しかも、このアルカリガラスを硝酸カリウム溶液に浸すことで強化層が形成され、剛性を上げることが可能。剛性を示す値であるヤング率でいうと、超薄板ガラスは70〜90、ポリプロピレンが1.4、アルミが70。「剛性が高い=より正確なピストニック・モーションが可能」というわけだ。また、音速を測ったデータを見ると、超薄板ガラスは5,800m/秒、紙は3,200m/秒、チタンが5,200m/秒、アルミニウムが5,400m/秒である。
いかがだろうか、日本電気硝子が開発したダイヤフラム用超薄板ガラス素材の可能性の高さがこれらのデータから十分に読み取れるのではないかと思う。ちなみにこの超薄板ガラス振動板は、超高級ダイヤモンドトゥイーターの開発でオーディオマニアの注目を集めているユニットサプライヤーの某社がすでに採用を決めたという。
UTG(超薄板ガラス)振動板をドーム形状に加工した25mm口径トゥイーターユニット。ガラス厚みは驚異の0.05mm(50ミクロン)。45kHzに達する超高域性能を有するユニットで、中央のウェイブガイドとユニット周辺のわずかなホーン的形状で指向性をコントロール。人の可聴帯域は20kHz程度と言われているが、超高域性能を確保することで、可聴帯域内での分割振動の影響を抑える効果があり、可聴帯域内での再生品位向上が見込まれる。磁気回路はネオジウムを使用しているようだ


165mmコーン型ユニット。振動板は超薄板ガラスを用いているが、エッジやマグネット、バスケット(フレーム)、ダンパーなどは比較的コンベンショナルな作り。ウーファーユニットに使うということは、振動板には必然的に激しい振幅を行なうことになるが、実際の再生環境では全く不安な素振りはなかった。オーディオビジュアルコンテンツの重低音再生も軽々こなし、AV再生の高い適応能力を感じさせた。振動板の厚みは、0.2mm(200ミクロン)で、高域ユニットと比較すると4倍厚く、振動板が割れるなどの恐れはほとんどないとのことだ
コンデンサー型スピーカーに共通するナチュラルで軽やかなサウンド
Alala BSP-24は先述したガラスユニットを搭載したフロントポートのバスレフ型2ウェイ機。幅22×高さ39×奥行30cmのコンパクトなブックシェルフ・スピーカーである。仕上げはマットブラックとウォールナット。ここではマットブラック3本とウォールナット2本用意してもらったので、ステレオ再生と5.1ch再生をともに試してみることにしよう。
まずAlala BSP-24をHiVi視聴室に常備されている鉄製スタンドに載せ、CDで2chの音を聴いてみた(SACD/CDプレーヤーはデノンDCD-SX1 LIMITED、プリメインアンプは同じくデノンのPMA-SX1 LIMITED)。
最初にウィリアム浩子が歌う「Just in time」を再生してみたが、眼前に浩子さんが降臨したかのような生々しいイリュージョンにドギモを抜かれた。
音にクセっぽさは一切なく、まさに彼女の歌声そのものがリアルにファントム定位し、アゼンとした次第。ぼくは以前マイクロフォンなしで歌う彼女の歌を目の前で聴いて、声のすばらしさにノックアウトされたことがある。そのときの感動がありありと甦ってきたのである。また、ウッドベースはタイトに引き締まって軽快に鳴り響き、質感がきわめて良い。ハコ鳴りを抑え、無駄な音を出さないことに留意したシステム設計なのだろう。サウンドステージの広がりも途方もない。
超薄板ガラス振動板の可能性の高さとともにスピーカービルダーとしてのGAITの腕の確かさにも大きな感銘を受け、この10年くらいの間に聴いたスピーカーの中でもっとも衝撃を受けたのは本機Alala BSP-24かもしれないと思った。正直言って10月に開催された「2025東京インターナショナルオーディオショウ」で聴いた数千万円、数億円のスピーカーよりも、本機の音に大きな感銘を受けたことを告白しておきます。
で、このすばらしい音を聴いているうちに「この軽やかでナチュラルなサウンドは以前どこかで聴いたスピーカーと共通する魅力があるな、あれ? なんだっけな……」という気分に。ポール・ルイスが弾く『ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番<皇帝>』の第2楽章を聴いているときにふと思い出した。1970年代から80年代にかけて一世を風靡したクォードESLやマグネパン、アコースタットなどのコンデンサー型スピーカーだ!
ティッシュペーパーよりも薄くて軽い振動膜を静電気を発生させて駆動するコンデンサー型スピーカーは、反応がよく繊細で質感に優れる。またダイポール(双指向)特性を持つゆえに立体的な音場再現を得意とするといわれたが、低域でインピーダンスが下がりすぎてアンプの負荷が大きすぎるとか大音量が出しにくいなどの理由で現行機種はすっかり少なくなった。しかし、その魅力はワン&オンリー。ぼくはむかしからもう一部屋あったらコンデンサー型スピーカーを使いたいとずっと思い続けているのだ。
ダイナミック型スピーカーながら、軽量で剛性が高く、内部損失の大きい超薄板ガラス振動板採用機には、コンデンサー型スピーカーに共通する音の魅力がある、まずそこに気づけたことがぼくにとって今回の取材の大きな収穫だった。

HiVi視聴室にGlaXfi Alala BSP-24を5本持ち込み、同一スピーカー5本を使ったサラウンド再生を試した。センタースピーカーを含めて高さ60cmのスタンドに載せて、等距離、等高配置の理想的な配置だ
映画、音楽のサラウンドも抜群。スピーカーが消え、音だけが現れる
それでは本機を5本使用した5.1ch再生を試してみよう(UHDブルーレイ/ブルーレイ再生はパナソニックDMR-ZR1、AVセンターはデノンAVC-A1H、サブウーファーはイクリプスTD725SWMK2)。
1961年から1965年にかけてセンセーションを巻き起こしたボブ・ディランの青春時代を活写した『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』の冒頭をUHDブルーレイで再生してみる。ニューヨークの雑踏、コーヒーハウス、病院などを若きディランが訪ね歩くのだが、それぞれの場所の響きを立体的に描写することで、観る者をその場所、その時代に誘う見事な音響デザインが施されていることがわかる。この面白さ、臨場感はサラウンド再生してこそ、だ。
全チャンネルを超薄板ガラス振動板を用いた同一スピーカーで統一することで、音場がスムーズに繋がり、まさにその場所、その時代に自分がいるというリアルな実感が得られるのである。最初センター用を横に倒して使用したが、スクリーンチャンネルの音の繋がりに違和感を覚えたので、L/R用と同じように立てて使ってみたところ、よりしっくりと心に馴染むサウンドが得られた。
死の数ヵ月前にNHKの509スタジオで撮影されたピアニスト坂本龍一を捉えたブルーレイ『Opus』を5.1ch再生してみたが、そのソニック・パフォーマンスのすばらしさに心が震えた。体力の衰えた坂本が鍵盤に真摯に立ち向かい、音を紡いでいく姿が白黒映像で捉えられているわけだが、視聴室からスピーカーが消え、坂本が弾くヤマハのコンサートグランドから放射されるピアノの一音一音が心に沁み通り、509スタジオの無観客ライヴに立ち会っているかのような臨場感。Alala BSP-24のポテンシャルの高さに改めて大きな感銘を受けた体験だった。

サラウンドに使った2本のAlala BSP-24も高さ60cmのスタンドに載せている。フロントの3本はマットブラック、サラウンドはウォールナットのカラリングの個体を使った。Alala BSP-24以外の使用機器は以下の通り。4Kレコーダー・パナソニックDMR-ZR1、AVセンター・デノンAVC-A1H、8Kプロジェクター・ビクターDLA-V90R、サブウーファー・イクリプスTD725SWMK2。いずれもHiVi視聴室の常設リファレンス機器だ
>本記事の掲載は『HiVi 2026年冬号』






