オーディオを始めたころ、スピーカーが最終的に音を出すものであることはすぐに理解できたけれど、アンプの役割が何であるのか、実はあんまりよくわかっていなかった。当時はアナログレコードの時代だから、フォノイコライザーアンプが必須で、その他にフラットアンプやら、トーンコントロールやら、パワーアンプやらと、調べていくと何やら様々なアンプがあるみたいで、ぼくのアタマにはハテナマークがしばしば浮かんだ。

 ぼくのそのころのぼんやりとした理解では、前記したそれらの役割を全部統合したのがプリメインアンプ、フォノイコライザーとフラットアンプ等を搭載し音量調節をするのがプリアンプ(コントロールアンプとも呼んだ)、スピーカーを駆動するのがパワーアンプということになっていたのだが、ナニユエそれらの役割が一箇所で一気にできないのかとやっぱり少し疑問であった。

 それぞれには異なる役割があって他では替え難いという、人間社会のような都合がアンプにもあることを理解するには年月が必要だったが、それとは別に、1982年にCDが登場すると、旧来のアンプの在り方にギモンを呈する風潮が生まれてきた。

ハイブリッド・パッシブ・プリアンプ
フェーズメーション CM-1500 ¥990,000(税込)

画像1: フェーズメーションの “パッシブ・プリアンプ” 「CM-1500」を徹底検証。独得のS/Nのよさと、ナチュラルでストレートなサウンドこそ、この方式の大きな魅力だ

●入力インピーダンス:47kΩ以上
●チャンネルセパレーション:100dB以上(20〜20kHz)
●周波数特性:10〜100kHz(+0、-3dB)
●出力インピーダンス:250Ω以下
●接続端子:アナログ入力5系統(RCA×3、XLR×2)、アナログ出力2系統(RCA×2、XLR×2)
●寸法/質量:W430×H93×D362mm/8.0kg

画像: CM-1500は電気回路を搭載していないパッシブ・プリアンプで、電源コネクターも必要ない。接続端子はすべてアナログで、入力が5系統(RCA×3、XLR×2)、出力は2系統(RCAとXLRがそれぞれ2端子)搭載する

CM-1500は電気回路を搭載していないパッシブ・プリアンプで、電源コネクターも必要ない。接続端子はすべてアナログで、入力が5系統(RCA×3、XLR×2)、出力は2系統(RCAとXLRがそれぞれ2端子)搭載する

 アンプというのは「amplifier」の略で、つまりは増幅器のことである。フォノイコライザーはカートリッジの出力が微弱であるから、これはもう増幅しまくらないと話にならない。パワーアンプはスピーカーを動かさなければならないのでここでも増幅は必要だ。では、先に述べたフラットアンプはどうか?(注:フラットアンプとは周波数特性が平坦であることの意味で、入力と出力は相似形になる。フォノイコライザーアンプは等価アンプであり、入力された信号をフラットにすることが目的で、周波数特性は入力信号生成時の逆特性となり、入力と出力は相似形ではない)

 CDプレーヤーで規定された出力電圧は2ボルトであった(これはもちろん音楽の強弱によって変化する)。そしてこの2ボルトという値は、パワーアンプの入力電圧としては通常は充分なものだ。となると、両者の途中に「増幅器」(フラットアンプ)が本当に必要なのかと考える人がいても当然と言えば当然だ。CDを聴くだけだったら、音量調節機構(とセレクター)だけがあればよい。プリアンプ不要論の誕生である。

 現実に、そのころ、ボリュウムとセレクターだけを備えた、いわゆるパッシブアッテネーターがいくつも製品化され、それなりの支持を得た。何せ、信号経路的にはアンプを通らないから究極的にシンプルであり、このシンプルさが音質に有利になると考える人が多かったのだ。当然パッシブアッテネーターは信号増幅はいっさいしない。

 今日の(フォノイコライザーを搭載していない)プリアンプも実は、アンプ回路はあるけれども、言葉の意味でいう増幅はほとんどしていない。電圧の大小で言えば、極端な大音量を除き、入力信号をボリュウムで絞っているだけで、増幅どころか減衰器として機能しているのである。であるならばパッシブアッテネーターで充分ではないかと思われるかもしれないが、オーディオはそう単純なものではないみたいで、その証拠にCD登場から40年以上たったいまも、プリアンプはバリバリと健在ではないか。

画像: フロントパネルには入力切替と入力ゲイン選択、ボリュウム、出力選択の4つのノブを搭載。入力ゲインは−10/0/+6dBの3段階から選択する

フロントパネルには入力切替と入力ゲイン選択、ボリュウム、出力選択の4つのノブを搭載。入力ゲインは−10/0/+6dBの3段階から選択する

 パッシブアッテネーターは連続可変にせよステップ式にせよ、そのほとんどすべては、抵抗によって電圧を減衰させるものである(本当は『分圧』ということをするのだが、それをぼくは上手に説明することができないので、イメージしやすい『減衰』とさせてください)。入力された音声信号は、アッテネーターによって小さくなる。そのときどうしたってエネルギーのロスが生じる。ちょっともったいない感じがしませんか。

 まあそもそも現実のエネルギー伝達はロスの塊なので(スピーカーの音響変換効率などせいぜい数パーセント止まりである)、あんまりそういうことに神経質になっても仕方がないのだけれど、パッシブアッテネーターが普通のプリアンプに比べて力強さに欠けたりすることが多いのは、このエネルギーロスを音から感じられやすいからだろう。

 プリアンプでも、音量調整には抵抗を活用するのがほとんどなのだが、アッテネーター(ボリュウム)の後段もしくは前後、あるいは前段にアンプを設けることにより、それがバッファー(緩衝)となって、エネルギーロスを(聴感上)補っているものと考えられなくもない。また、バッファーアンプはプリアンプにつながれる他のオーディオ機器との仲をうまく取り持つ役割を果たしてくれることもあり、その点でもパッシブアッテネーターよりも、音質的に有利になる場合があるのだ。ただし、信号経路のシンプルさという点においてはパッシブアッテネーターには敵わないのだが。

 では、パッシブアッテネーター並のシンプルな信号経路で、エネルギーロスが生じない機器がこの世にはないのかと問われれば、実はある。それは、フェーズメーションが推進している(同社の呼称をお借りすると)「パッシブ・プリアンプ」である。

画像: 試聴はステレオサウンド誌の試聴室で、常設リファレンス機と組み合わせて行っている。今回はミュージックサーバーに保存したハイレゾファイルを再生した

試聴はステレオサウンド誌の試聴室で、常設リファレンス機と組み合わせて行っている。今回はミュージックサーバーに保存したハイレゾファイルを再生した

 トランスはさまざまな意味があるが、オーディオの世界でトランスと言えば第一に、変圧器のことだろう。つまり、電圧を変えるものとしてトランスが使われる。で、ここからが肝心なところになるのだが、トランスの電圧変換は、理論上はエネルギーロスがないのである。

 電気の世界でエネルギーは電力と呼ばれ、それは電圧×電流の値になる。電圧が2ボルトで電流が1アンペアなら、2×1で電力は2ワットだ。そして、電圧が1ボルトになっても、電流が2アンペアなら、1×2で電力は同じく2ワットになる。すなわちこの場合、電圧が下がっても電力=エネルギーにロスはないことになる。

 トランスの変圧は、この電圧と電流の比を変更するもので、両者を掛け算した値は変化しないという特徴を持っている。だから電圧を上げようが下げようが、つまり音量を上げようか下げようが、次段に送られるエネルギーは変らない。どうしてかとぼくに尋ねないで欲しいけれど、ともかくそういう性質なのだ。もちろん、厳密にはロスはゼロではないし、トランス自体の個性や特性もあるのだけれど、少なくともエネルギー伝達の意味においては、抵抗式よりもトランス式の音量調整が優っていると言えるのだ。

 このトランスの性質を活用して、エネルギーロスのない音量調整を実現したのが、フェーズメーションのパッシブ・プリアンプである。同社は以前は真空管を使ったプリアンプも製造していたが、パッシブ・プリアンプの開発に成功してからは、この方式のメリットを確信したのだろう、増幅回路を持たない(すなわちパッシブ式)トランスとセレクターで構成される製品に専念している。

 これをパッシブ・プリアンプと呼称するのは、前記したパッシブアッテネーターと峻別するためだと想像され、また、名だたる(増幅回路を持ったアクティブ型の)プリアンプに比肩する存在であるという矜持の現われとも思える。事実、フェーズメーションのパッシブ・プリアンプは+6dBの増幅機能を備えている。トランスはそして、先ほど記したバッファーの役割も期待できるわけで、同社がこの方式に踏み切ったもうひとつの理由はそれかもしれない(なお、パッシブ・プリアンプという呼称は他社製品にも例がある)。

画像: フロントパネルは上位モデルのデザインを踏襲し、厚さ10mmのアルミ・スラントタイプを採用。写真は音量調整をしているところで、CM-1500は+6dBまでの増幅が可能

フロントパネルは上位モデルのデザインを踏襲し、厚さ10mmのアルミ・スラントタイプを採用。写真は音量調整をしているところで、CM-1500は+6dBまでの増幅が可能

 フェーズメーションでは現在、パッシブ・プリアンプを2モデル、ラインナップしている。フラッグシップの「CM-2200」と、今回あらためて試聴した新製品の「CM-1500」である。いずれも独自のバランス対応ハイブリッド式トランスアッテネーターとゲイン切替を搭載したモデル。

 トランス式アッテネーターで難しい点は、音量調整のステップ数に限りがあることだ。トランスは入力の1次側と出力の2次側の巻線比を変えることで電圧を変化させるので、2次側のタップの数が音量調整ステップ数となる。しかし、ただでさえコストがかかるトランスで、ステップをどんどん増やしていくのはいろいろと難しいし、また操作用スイッチのコストもステップ数と関係する。

 最高級のCM-2200は、コスト度外視でタップ数を増やし、かつ、さらにきめ細かな音量調整を行なえるよう固定抵抗を適宜組み合せるハイブリッド式とすることで、トランス式のメリットを最大限に発揮させた製品。その結果、価格も高価になってしまったのだが、CM-2200の特徴を継承しながら、より多くの人にパッシブ・プリアンプのよさを知らしめたいという思いで開発されたのが、CM-1500なのである。

 CM-1500の音量調整ステップ数は23(こちらもトランスと固定抵抗と組み合せたハイブリッド式)。上級機のステップ数は46だから、ここでまずコストダウンが実現できている。念のため言っておくが、ステップ数の多い少ないと音質の優劣に関係はないはず。また、入力段にあるトランスによるゲイン切替を、−10/0/+6デシベルの3段階とすることで(CM-2200は、0/+6デシベルの2段階)、実質的な音量調整ステップ数は3倍となり、少ないタップ数でもキメ細かな音量調整に対応できている。ここがCM-1500の機能面での最大の特徴である。さらにCM-1500ではプリント基板を活用するなどで、製作工程の合理化も図られた。

 とはいえ、心臓部にあたるトランスに、0.1mmという極薄のスーパーマロイ材を積層した大型コアを奢り、巻線には専用のポリウレタン被覆PC-TripleC材を採用するなど、音質の肝の部分のグレードは、上級機とまったく同じだ。なおCM-2200同様、CM-1500も+6dBの増幅機能を備えていることも付け加えておく。

今回の主な試聴システム

●パッシブプリアンプ:フェーズメーション CM-1500
●パワーアンプ:アキュフェーズ A300
●スピーカーシステム:B&W 801D4 Signature
●ミュージックサーバー:デラ N1
●D/Aコンバーター:アキュフェーズ DC1000

画像2: フェーズメーションの “パッシブ・プリアンプ” 「CM-1500」を徹底検証。独得のS/Nのよさと、ナチュラルでストレートなサウンドこそ、この方式の大きな魅力だ

 CM-1500のサウンドで印象付けられるのはまず、独得のS/Nのよさだ。本機の音を聴くと、アクティブプリアンプではどうしても電子回路が発するノイズ感や歪み感からは逃れられないのだな、と実感する。また、従来のパッシブアッテネーターで時に感じられた、音がやせる感じや力感の損失という面は、音量に関わらず感じられない。まさにトランスを活用した「パッシブ・プリアンプ」の面目躍如と言ったところ。

 肌触りは有機的で、艶っぽい音色と実体感もサウンドの特徴であり、これもトランスの魅力と言えるのではないだろうか。その意味では個性豊かな製品でもあるのだが、信号経路のシンプルさによるものだろう、ナチュラルでストレートな印象を同時に受けるのが面白い。

 3段階のゲイン切替でも、アンバランス/バランスでも、音質は微妙に変る。今回の試聴で言えば、−10dBではスッキリと広がりのある音に、0 dB(この場合トランスはスルーとなる)ではもっとも素直に、+6 dBでは力感が加わるように、私には聴こえた。また入出力のバランスとアンバランスとでもゲインが変り、音質傾向も若干異なる。厚みのあるバランス、シャープなアンバランス、というように。

 いずれにしても、群雄割拠の(アクティブ)プリアンプと比しても、本機の存在感は際立つものがあり、信号経路のシンプルさの他にも、電源の影響を根本的に受けないというメリットもあるわけで、「パッシブ・プリアンプ」という存在を、さらにもっと多くのオーディオファイルに知っていただきたいと思った次第である。

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