厳格さを備えたリファレンススピーカー。サラウンドのシームレスさは極めて優秀だ

小原由夫

 スタジオモニタースピーカーとは、純粋な音楽鑑賞(ホーム)用とはやや性格が異なるものだ。どちらかというと“測定器”的な側面を求められる。いわば検聴用である。

 Bowers & Wilkinsの800 Series Diamond(通称、800 D4シリーズ)も、そうしたモニタースピーカーの流れを汲む製品群である。この度、本誌視聴室に新たに配備された同シリーズの7.1chサラウンドシステムを改めて聴いて、私はそれを強く感じたのだが、一方でこれはなかなか手強いスピーカー群だなと素直に思った。というのも、これまで本誌が使ってきたリファレンススピーカー群に比べ、より険しい厳格さを備えていると感じたからだ。

 視聴室に配備された800 D4シリーズ群のフロント3ch、802 D4とHTM81 D4は、コンティニュアム振動板やエアロフォイルのウーファーを含め、すべて同一素材、同一口径のドライバーユニットで統一されている。サラウンドおよびサラウンドバックの805 D4も、ウーファーにコンティニュアム振動板を採用している点から、音色の整合性に基づくシームレスな音のつながりが期待できる。

 今回の視聴を通じて私が期待したのは、この7本によるホリゾンタル(水平)方向のサウンドパフォーマンスがどう再現されるかというものだが、それは事前に思い描いていたレベル以上のものだったことを先に記しておきたい。

画像1: 【HiVi視聴室の新リファレンスシステム】スピーカーシステム編〜B&W800 D4シリーズを語る

Speaker System
Bowers & Wilkins
802 D4

英国のスピーカーブランドBowers & Wikinsの最高峰製品群が800シリーズダイヤモンドだ。そのセカンドモデル802 D4を新リファレンススピーカーのフロントL/Rに迎い入れた。シリーズ共通のダイヤモンドトゥイーターを備えた25cmダブルウーファーモデルだ

 

聴き慣れた作品から新たな発見

 ここ数年、初めて向き合うサラウンドシステムで必ず最初にかけているのが、UHDブルーレイの『フォードvsフェラーリ』だ。サーキットを練習走行するフォードGT40のエキゾーストノートがチャンネル間をどう移動するかをまずは確認するのだが、今回の印象は真に素晴らしいものだった。個々のスピーカーの能力が高いと、なおかつその能力が均衡していると、ここまで優れたパフォーマンスに至るのかという驚きである。

 単純に周回音が切れ目なくつながっているだけでなく、エンジンの回転数に呼応してエキゾーストノートの高低や強弱が実にリアルに表現されているのだ。アクセルを踏み込んだり戻したりする効果音がそれにリンクし、首脳陣の会話の背後でそのエキゾーストノートがどの方向を周回しているかもはっきりと認識できた。

 女性指揮者の苦悩を描いたサスペンス『TAR/ター』のBDで感心させられたのは、廃墟の地下を歩く主人公の背後で蠢く野良犬の足音だ。水溜まりを歩くその音にベチャベチャした濡れたニュアンスがしっかりと感じられたからである。これは新発見だ。サラウンドとサラウンドバックに設置した4本の805 D4の実力の高さ故であろう。

 坂本龍一の遺作となったピアノソロ作『Opus』では、ピアノの倍音がNHKスタジオ内に反響する様がドルビーアトモスによって極めて濃密に再現された。まるで坂本の横で演奏を聴いているようなリアリティで、気力を振り絞って演奏するその挙動が、時に苦しそうな息遣いとともに胸に迫る。リスナーにも体力と気力を要求する作品だが、B&Wはその辺りの按配がすこぶる上手い。透明で清らかで一切の穢れのない旋律で空間が満たされていく。

 802 D4の2ch CD再生では、女性ヴォーカルの質感にもう少し瑞々しさが備わればいうことなしだが、あと少しの熟成が必要だろうし、その過程が楽しみでもある。それにも増して驚かされたのは、バルトークの『管弦楽のための協奏曲』第5楽章を再生した時の、あたかも聳え立つ壁のようなアンサンブルの分厚い響きであった。音場が水平方向にもワイドに展開し、その中に各楽器の微細な旋律が映し出される。分解能が実に精巧なのだ。

 802 D4を軸とした新しいリファレンスシステムのエージングが今後どう進んでいくか、大いに楽しみであると同時に、本誌のレビュー記事はなお一層の客観性の徹底と高処を目指さねばならないと、肝に銘じた次第である。

 

試聴する製品の音と個性をそのまま表現する真っ白なキャンバスとしての800 D4シリーズ

鳥居一豊

 HiVi視聴室のリファレンスシステムの多くが一新された。一番の目玉はスピーカーシステムだろう。新スピーカーはBowers & Wilkins(以下、B&W)800シリーズダイヤモンド(以下800 D4シリーズ)となり、詳しく言えばフロントが802 D4、センターがHTM81 D4、サラウンド/サラウンドバックが805 D4、サブウーファーがDB1Dとなる。取材時点ではオーバーヘッドスピーカーはイクリプスTD508MK3のままで変更なしだ(編註:取材後にTD508MK4に更新された)。

 ぼくがリファレンススピーカーに求めるのは、優れた性能だけでなく「耳になじむ」ことだ。耳になじむというのは、スピーカーとしての不要な主張を感じさせないこととも言える。本来試聴するべき製品の持つ音や個性がそのまま表現される真っ白なキャンバスであってほしいと思うからだ。

 その点において、B&Wの800 D4シリーズの中庸で解像度の高い音はリファレンススピーカーとして最も適したもののひとつだと思うし、僕個人もB&Wの古いスピーカーであるマトリクス801S3を使っているので、そもそも耳になじみやすい。古いマトリクス801と現行の800 D4シリーズを並べて聴き比べればはまったくの別物だが、ニュートラルな音調をはじめとして共通する部分は多い。特にリファレンススピーカーとして、分解能や組み合わせる機器に対する反応の良さが際立って優れたものになっているのは信頼性という点でも頼もしい。

画像: 写真(左):HTM81 D4、写真(右):DB1D

写真(左):HTM81 D4、写真(右):DB1D

HTM81 D4

DB1D

センタースピーカーは802 D4とユニット構成を同一とするHTM81 D4をチョイス。エンクロージャーのフォルムやサイズが異なり、放射特性も802 D4とは同一とはいえないものの、802 D4とはベストマッチのセンタースピーカーと思われる。実使用時はスクリーン下端までウッドブロックを使って嵩上げしている。サブウーファーは30cmダブルウーファー+2kWアンプ搭載のDB1Dを導入した

 

画像2: 【HiVi視聴室の新リファレンスシステム】スピーカーシステム編〜B&W800 D4シリーズを語る

805 D4

サラウンド、サラウンドバックには、800 D4シリーズの最小モデル805 D4を2組4本起用した。シリーズの中では小型ではあるが、低音再生能力に優れ、しかも高域はフロント3本と同一、ウーファーはフロント3本の中域ユニットと同系統と、サラウンド再生時の音の繋がりを意識しての採用だ。なお、小型スピーカーを使うべきアンプなどのテストでは、当然本機の出番となる

 

 

透明とも言えるリアルサウンド

 さっそく新リファレンススピーカーを聴いてみよう。まずはステレオ再生。AVセンターはデノンのAVC-A1Hを使用している。ハイレゾ音源で小澤征爾指揮サイトウ・キネンオーケストラによる『ベルリオーズ:幻想交響曲』を聴く。残響の豊かな録音の特徴がよくわかる。各楽器の再現も粒立ちがよく、それぞれの音色を丁寧に描いている。音場の見晴らしというか、オーケストラの配置を立体的に把握することができるのは見事だ。そして、出音の勢いと反応の良さ、大太鼓がビリビリと振動しているのがわかるのが聴きどころでもあるが、それを瞬発力豊かに再現した。

 アニメ映画『ルックバック』の主題歌「Light song」も教会録音を思わせる高さ感と広さがよくわかる。それらの感触の違いまでわかり、実際には教会で録音したわけではないだろうことまでわかってしまう。自分の楽しみのためだけに使うスピーカーとしては辛口とも感じるが、その厳しさも魅力だと思うしリファレンススピーカーはこれくらいで良い。

 続いては映画でサラウンド再生を試してみる。定番の『トップガン マーヴェリック』を見てみたが、冒頭のシーンから空間の再現性が豊かでチャンネル間のつながりも良い。サラウンド/サラウンドバックの805 D4はフロントの802 D4と比べると非力かと思いがちだが、低音再生能力は十分にあり、大きな不満は感じない。サラウンド/サラウンドバックの統一感という点でも小型モデルを複数揃えるのはうまい選択だと感じた。

 そして、冒頭シーンの激しさが印象的な『クワイエット・プレイス:DAY1』を見た。90dBに達するというニューヨークの喧噪をおそらくリアル90dBと思うような大音量で鳴らしてもスピーカー自身はいたって平静。破綻も限界を思わせる不安な挙動もなく、しかし、記録された大音量をストレートに鳴らす。音を出した者を襲う怪物が姿を表してからは、衝突する車やの爆発炎上など、耳を覆いたくなる音響が続くが、それをリアルに鳴らす。

 こうして感じたのは、B&W 800 D4シリーズの音ではなく、組み合わせて鳴らしたデノンAVC-A1HやマグネターUDP900の音を聴いている印象を強く受けたこと。その意味では、スピーカーは透明と言える感覚がある。A1Hだとこういう鳴り方をするのか。UDP900は声の厚みや音像の芯の通り方が魅力なのか。こうした感覚が得られた点でもまさに耳なじみがよく、リファレンススピーカーとして信頼に足るものだと確信できた。

 

>【HiVi視聴室の新リファレンスシステム】序論 リファレンス機器の3条件とは

 

>本記事の掲載は『HiVi 2025年春号』

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