CES2025のソニーブースは、3DCG制作ソリューションのXYN(ジン)や、車や船、飛行体の新たな移動体撮影システムといったクリエイター向けのテクノロジーが新たに提案された。そんな中で麻倉さんが注目したのが、「LBE」(ロケーション・ベース・エンタテインメント)だ。麻倉さん曰く、“インタラクティブ版お化け屋敷”で、センシング、匂い、映像、音響に関連する技術を投入し、来場者が作品世界に没入できる提案だ。今回はLBEを含めたコンテンツ制作環境の進化についてソニー・ピクチャーズ エンタテインメント テクノロジー・デベロップメント シニア・バイス・プレジデントの高島芳和さんにお話をうかがった。
麻倉 今回のソニーブースは面白いですね。他がAI真っ盛りなのに対し、ソニーは独自のコンテンツ制作提案に踏み込んでいます。中でも作品世界へのさらなる没入体験を可能にするLBEは注目です。まさに “インタラクティブ版お化け屋敷” と呼ぶにふさわしい。この発想はどこから出てきたのでしょう?
高島 ソニーには、コンテンツ技術戦略コミッティという組織横断型のコミュニティがあります。映像制作に関しては、エンジニア達が開発した技術があっても、すぐに映画やゲームで試すことはできません。そこで、みんなで一緒に新しい技術を試して、うまくいったら次々と実際の制作に提案していこうというものでした。2021年4月に立ち上げて、ソニー・ピクチャーズだけではなく、ゲームや音楽の事業に携わる社員が参加している活動です。
麻倉 なるほど、新しい技術を試す場が欲しい、と考えたんですね。
高島 もともとはLBEのためにというわけではありませんでした。ゲームエンジンでハイクォリティな体験を作っておけば、映画作りのプリビジュアライゼーションにも使えるし、バーチャルプロダクションのステージの背景にも使えます。それからLBE用にも使えると言った具合に、出口は無限にあります。
ただゲームを作った後に、次は映画といった具合で、コンテンツ制作をバラバラにやっていると、IP(知的財産)は同じなのに作業の共通化ができないのです。『アンチャーテッド』の映画化では内容がオリジナルストーリーであったこともあり、映画は従来の手法で独立して作られたと聞いています。でも、もしゲームエンジンで最初にある程度のコンテンツデータを作っておけば、様々なフォーマットでスムーズに多面展開できることになります。
麻倉 『アンチャーテッド』の場合は、まずゲームを作りました、次に映画を作って、という流れだったわけですね。これに対して、LBEを意識した物作りでは、共通の基盤を作るわけですね。
高島 そうです。当初はトランスメディアと呼んでいましたが、これはどんなメディアにも使えるものを作っておこうという発想です。そのひとつの解が、ゲームエンジン上でインタラクティブに操作できる素材を実現しておくというものでした。
2023年にL.A.で開催されたSIGGRAPH(シーグラフ)というCGイベントで、ゲームエンジンを使って制作した『ゴーストバスターズ』シリーズのアセットを使った短編の試作映像のデモを行ったんです。これが、外部に向けてこの活動の一部をお見せした初めての機会でした。
麻倉 その時は、ゲームエンジンで映画を作りました、という発表だったわけですね。
高島 その後、2024年のCESで映画の中に入り込む体験をLBEという形でお届けできたのです。以前はVRヘッドセットを被ってやる体験がLBEと呼ばれていました。でも、お客さんの周りを大型画面で囲めばVRヘッドセットもいらないし、複数人で同時に体験していただけます。最近のLBEは、そっちを指していると思います。
麻倉 その時のLBEデモは、どんな内容だったんですか?
高島 数ヵ月前に完成していた10分ぐらいの『ゴーストバスターズ』の試作短編映像は、全編がアンリアルエンジンの中でリアルタイムに動く映画です。映画の場合は、従来の映画的なカメラ配置を使っていますが、これをLBEに展開する場合は、カメラ位置をもっと内側にして、体験者の周りを囲むような空間を作ることでシーンの中に入り込んだ、そこに居合わせたような体験ができます。
例えば、ゴーストバスターズのECTO-1(キャデラック)が目の前を通り過ぎるような体験も簡単に作れます。ECTO-1が通り過ぎたり、マシュマロマンが動いたりといったシークエンスはゲームエンジンで作っているので、その世界を今度は周りが囲まれている前提で切り出せばいいわけです。
麻倉 それならCG制作の過程も効率化できるから、映画作りにもメリットは大きいですね。
高島 さらに去年の初めに、2024年のCESで展示をした『ゴーストバスターズ』のLBE試作デモをスタジオヘッドのニール・ドラックマンに見せたところ、面白い技術だと関心を持ってくれました。そして、『The Last of Us(ザ・ラスト・オブ・アス)』などのゲームをこの空間でやってみたいという希望をいただいたのです。それを受けて、ゲームをLBEにしようという話がスタートしました。
麻倉 『ゴーストバスターズ』の試作短編映像では、映画が先だったんですよね。
高島 映画が先ですが、もともとアンリアルエンジンで作られていた街の3Dデータの中にゴーストバスターズのキャラクターやECTO-1の車のデータを入れて動かしていましたので、LBE化する際にデータを作り直してはいません。それに対して、今度は最初にゲームの3DデータがあってそれをLBEにする、ゲームの中に入り込んだような体験にするというものでした。技術的にはどちらも近い内容にはなります。
麻倉 今回はゲームだから、まさに自分がゲームキャラクターになるわけですね。
高島 ゲームの中で生き残ろうと必死になる体験を、全身で感じて欲しいというのがコンセプトでした。
また、前回の『ゴーストバスターズ』のLBE試作を踏まえて試したかったことのひとつが、3DCGでできているキャラクターとか背景をいかに効率よくLBEに持ってこれるかということでした。これが簡単にできるようになれば、ゲームをLBE化するのが早くなりますので。
麻倉 それは、技術的に難しいんですか?
高島 今回はPixomondo(ピクソモンド)という、映画やテレビドラマ撮影を長く手掛けている、ソニー・ピクチャーズのグループ会社にお願いしました。彼らは色々なフォーマットのアセットをもらって、アンリアルエンジンで撮影に使うように変換することに慣れているので、短期間で実現できました。もちろん、将来的には誰もが簡単に自動変換できるようにしていくべきだと思っています。
また、将来的に色々なコンテンツでLBEを作りたいと思った時に、部屋に設置する高画質なLEDパネルと立体音響、さらには匂いの仕組みとか床の振動といったフォーマット的なものまで準備できれば、クリエイターが色々な体験を生み出してくれるのではないかと考えています。
麻倉 ソニーが持っている技術を集めて、コンテンツのクォリティを高めていく、そんな取り組みのように感じます。
高島 今回は、ニールがやりたいと考えている体験がまずあって、それに必要な技術としてどれを使うかという見極めも私がやりました。昨年の6月頃に東京に行き、ソニーの技術を20個ぐらい確認・体験して、そのうち6つぐらい選んだのです。その他は、既存の技術で定評のあるものを使うといった具合です。技術先行になってしまうと、まだ試作段階で完全でなかった場合に、LBEで得られる体験のレベルが下がってしまう可能性もありますから。
麻倉 LBEの空間を作る際に注意したことはありますか?
高島 今回は暗いシーンが多かったので、映像はプロジェクターではなくLEDを使いました。LEDで周囲を囲んで、次に立体音響を考えました。映像で囲まれている中で、右からモンスターの声がするといった体験は必要だと思ったからです。
麻倉 立体音響のフォーマットは?
高島 SIE傘下のAudiokinetic社のゲーム用立体音響制作環境を使い、360 Reality Audioの技術を通してLBE環境のスピーカー配置に合わせた音を出しています。
麻倉 そうでしたか。映像と音はソニーの技術でできちゃった感じですね。では、匂いの再現はどうしたのでしょう?
高島 ソニーのにおい提示技術を使っています。ゲームに出てくるクリッカーというモンスターは、キノコの胞子が人間に感染したという設定なので、キノコの匂いを何回かテストして、臭すぎない程度に出しています。
麻倉 キノコの匂いがしたら、そのモンスターが近くにいると。
高島 懐中電灯で照らさないと敵が見つからないという状態で、匂いだけ先に来るんですよ。ゲームの匂いというものは今まで存在しなかった機能なので、ぜひ体験していただきたいですね。
コントローラーは試作機でして、今回のデモではあまり頑張らなくても動くようにしていますが、本来はしっかり握って手を振るとショットガンに弾を装填できるとか、色々な持ち方をすることで多様な使い方ができるコントローラーを考えました。
麻倉 コントローラーはゲーム用ですよね。
高島 ソニー株式会社とソニー・インタラクティブエンタテインメントがユニバーサルコントローラーを共同研究していて、今回は完成度の高い社内実験用の試作品を活用しました。プレイステーション用とも違い、握りしめたら何かが起こるといったことも技術的には実現可能なのですが、今回はそこまでの機能は使っていません。
麻倉 LBEを含めたコンテンツ展開について、どういう普及活動をお考えなのでしょう?
高島 今回の展示は、こういう技術を組み合わせれば、こういったLBEコンテンツが制作できますということをご覧いただこうというものでした。今後は皆さんからのフィードバックをいただいて、一緒に何かやりたいIPなどがあれば、具体的なお話を進めて行きたいと思います。
麻倉 今後は、他社のIPでコンテンツを作って展示するといったことも考えられますね。
高島 将来的にはそういった展開もあるでしょう。こういうフォーマットで、こういう環境でLBEをやろうといった風潮が広がっていくように活動していきます。
麻倉 LBEのためにも、色々な業種、世代の人を巻き込んでいくべきでしょうね。
高島 これが標準になってくれれば、昼間は子供向けのコンテンツを上映して、夜はちょっと怖い、大人向けの体験といった具合に、同じシステムを色々な用途で使えるかもしれません。あるいはお客さんがボタンを押すと、自分がやりたい体験を選べるようにもできるでしょう。
麻倉 将来的には、テーマパークだったり、ショッピングモールのアトラクションだったりといった感じで、LBEが社会のあちこちに散らばっていくようなイメージをお考えなのでしょうか。
高島 体験スペースがもうちょっと小型にできれば、ショッピングモールの集客のひとつの要素にできるかもしれません。ソニー・ピクチャーズはIPをショッピングモールにライセンスすることもありますので、いかに人をそこに呼ぶか、そのためのツールとしてLBEを考えられます。
本当に強いIPだったら、映画やゲームにバラバラに取り組んだとしてもビジネスになるかもしれません。しかしこれからファン層を広げなければいけないIPの場合は、映画、ゲーム、LBEといった順番で一年おきにやっていたのでは、旬を過ぎてしまいます。今後はいかにIPが盛り上がっているタイミングで複数の楽しみ方を提供できるかが重要になります。
麻倉 確かに流行が終わってからでは意味がありませんからね。
高島 IPを複数のコンテンツとして提供することで、それぞれがビジネスとして成り立っていったらいいと思います。そのためにゲームエンジンでまとめて素材を作っておけば、3つ、4つの出口にも運用できるし、クリエイティブな視点も全分野で反映できるというメリットもあります。
麻倉 ベースとなる部分をすべてゲームエンジンで制作できる点がすごく大きいんですね。
高島 そうですね。LBEにかかわる技術をゲームエンジンに集約したことで、一括した運用の実現可能性が高くなったと思います。
麻倉 十時裕樹社長は、IP360という言い方をされていますが、これはそのひとつになるのでしょうか?
高島 IP360に対する技術側からの成果になります。3DとかVRが登場した時にも、クリエイティブ業界がそれを取り込むまでに数年かかりました。このメディアは何なんだろうとか、どういうコンテンツの見せ方が必要なのかといった具合に。今回もかなり大きな変化なので、LBEがクリエイターに広く受け入れられるまでには時間がかかると思います。
といっても、LBEそのものは業界内で話題になっています。数年後にこういう表現になりますとか、こういう環境で楽しめますといった具合にLBEの裾野が広がると、ビジネスの可能性も高まると思います。
麻倉 これまでのブルーレイなどのメディアは、体験するというよりは、見る・聴くためのものでした。LBEが普及していけば、体験というものがひとつのメディアというか、フィールドになりそうな感じがしますね。
高島 今回もできるだけ自然な体験ができるようチューニングをしています。
体全体を使って、リアルとバーチャルの融合を感じるという意味でも、LBEは面白い提案になるのではないでしょうか。
麻倉 従来はHMD(ヘッドマウントディスプレイ)を使ったイマーシブ体験が中心でしたが、LBEはHMDがいらないのが最大の魅力ですね。イマーシブ体験そのものが、LBEの登場で革命的に変わるでしょう。
高島 今回はあくまで実証段階の発表ですが、今後どんな形に発展していくか楽しみにお待ち下さい。
麻倉 たいへん面白いお話でした。ありがとうございました。