オーディオクエストは、オーディオ用ケーブルの分野で世界的にも成功している企業の代表格だ。アメリカ合衆国カリフォルニア州アーヴァインにヘッドクオーターを置くオーディオクエストは、創設者で現在もCEOとチーフデザイナーを務めるウィリアム・ロウ氏が1980年に興している。
ハイエンドオーディオ向けに超高級オーディオケーブルを発売しているケーブルメーカーはいくつもあるけれども、オーディオクエストはエントリーレベルから超高級ハイエンドまで各種の製品を網羅しているという点で、その立ち位置が大きく異なる。ケーブルのデザインコンセプトは一貫しており、金属導体やケーブルの構造、そして特許技術であるDBS(ダイエレクトリック・バイアス・システム)の有無がグレードによって異なるなど、合理的なシリーズ構築をしているのも特徴といえよう。
私は長年にわたってオーディオクエストのオーディオケーブルを愛用している。その他にも国内外のケーブルを使ってきているが、オーディオクエストが好きなのはほとんどがソリッド単線の導体(ソリッド・コア)であること。たとえば裸の銅線を何本も撚った構造の一般的な撚り線ではなく金属導体を1本ずつ絶縁した構造になっているのは、オーディオケーブルとして理にかなっていると私は思っている。例外的に屋内配線用が多いスプールスピーカーケーブルには撚り線の製品もあるけれど、それらも中心線を配したコンセントリック(同軸)構造になっていたりする。
2024年の11月、私は神奈川県川崎市のD&Mホールディングスで来日中のウィリアム・ロウ氏にインタビューすることができた。彼とは毎年のようにドイツのミュンヘンで開催されるオーディオショウで言葉を交わしているが、インタビューするのは久しぶりである。
三浦 ビル(ウィリアムの愛称)さんと出会ったのは、ずいぶんと昔ですね。英国人のケリー氏がオーディオの輸入会社に勤めていた頃で、当時はその会社がオーディオクエストの代理店だったことから、彼が紹介してくれたのです。いま英国に戻っていて、彼はドイツのスピーカーメーカーであるジャーマンフィジクスに関わっています。
ビル・ロウ よく覚えています。三浦さんと会ったのは1988年でしたから、もう36年も経っています。確かそのころはコンパクトディスク(CD)に使う新素材の話題で盛りあがった懐かしい思い出です。ちょうどオーディオクエストが最初のライブワイアー(LiveWire)という名称を使わなくなり商標を手放した頃でもありました。会社名がオーディオクエストで商品名がライブワイアーだったので、混乱するケースがあったんです。
オーディオケーブルの設計と製作に加えて、私たちはオーディオクエストのブランドでMC型フォノカートリッジも手掛けていたんです。MC型は日本の専業メーカーに製造してもらっていたので、その打ち合わせで日本にくることがあったのです。その後に日本でライラ(Lyra)を主宰するスティーグ・ビヨルゲ氏とジョナサン・カー氏を紹介されて、「AQ-7000」「AQ-NSX」、そして最後に「AQ-Fe5」というハイグレードなMCカートリッジをリリースしましたね。
D&Mのサイトから「audioquestについて」
三浦 確か初めの頃からオーディオクエストは、いわゆる単線のソリッド・コア導体を使っていたと記憶しています。スピーカーケーブルは被覆した少し太い単線導体を何本か使っていて、ハイパーリッツと名付けた構造だった。
ビル・ロウ 最初期は違いましたが……。たとえば一般的な銅の撚り線は1本1本の金属導体の表面が酸化しやすく、それが撚り構造で接触することによって半導体のような効果が発生して、電気信号が流れるとその信号が乱れてしまいます。それは磁界にも相互に作用するのです。結果としてオーディオ帯域の信号が汚れていきます。それらの問題を解決するのが、1本ずつに被覆を与えたオーディオクエストのソリッド・コア導体なのです。私はそれらを理解して理想的なケーブルの構造を見出すまでに何年も費やしました。
導体金属のクォリティや種類にこだわっているのも、オーディオクエストの特徴である。現在使われているケーブル用の導体をエントリークラスから順に挙げておこう。
オーディオクエスト製ケーブルの導体
●アナログオーディオ用ケーブル
無酸素高伝導銅 LGC(ロング・グレイン・カッパー)
高純度な銅 PSC(パーフェクト・サーフェス・カッパー)
高純度な銅 PSC+(パーフェクト・サーフェス・カッパー・プラス)
高純度な銀PSS(パーフェクト・サーフェス・シルバー)
●デジタルオーディオ用ケーブル(HDMIなどの映像用ケーブルを含む)
銀プレートの無酸素高伝導銅 SP-LGC(シルバー・プレイテッド・ロング・グレイン・カッパー)
オーディオクエストはまた、金属導体の方向性=指向性を定めているケーブルメーカーである。金属導体の結晶構造を理解したうえで、高い周波数が金属導体の表層から伝わる表皮効果があることから、そこでの高周波インピーダンスの増加による誘導ノイズが低くなるよう、すべての金属導体をテストしてその方向性を定めている。
三浦 導体の品質にひじょうにこだわっているのも、オーディオクエストの良いところだと思います。超ハイグレードなケーブルの導体には純銀を採用していますし、表皮効果も充分に考えて導体の表面を滑らかに加工しているのも特徴ですね。銀は金属中でもっとも電気抵抗が低い優れた素材ですが、採用しているケーブルメーカーは多くありません。
ビル・ロウ 銀はコストがひじょうに高いのでグレードは限られてしまいますが、オーディオクエストは音質的な優位性から銀線を使っています。たとえば記念モデルに特別に奢るのではなく、通常の製品ラインナップに採用しているわけです。銀線について研究するきっかけは、1980年代後半に訪問した香港でした。奇妙なことに、午前と午後に受けた異なるオーディオ専門誌のインタビュアーから、なぜオーディオクエストは銀線を使わないのかと尋ねられたのです。
私は会社に戻ってから銀について調べて、いくつかサンプルを入手しました。そして幸運にも音質的に優れた純銀線を見出すことができました。銅線に銀をコーティングした線材も試してみましたが、高域が刺激的で私は音質が気に入りませんでしたね。そのころは6N純度の音の良い銅線を日本企業から供給してもらっていて、それを上回る音質の銀線がコネチカット州の企業から安定的に入手できることになり、採用に至ったというわけです。
音質的に優れていた当時の銅線を、私たちはFPC(ファンクショナリー・パーフェクト・カッパー)と呼んでいました。そこで、新採用の銀線はFPS(ファンクショナリ・パーフェクト・シルバー)と名付けました。当時のハイエンドクラスであるスピーカーケーブルの「ドラゴン」やラインケーブルの「ダイアモンド」は、FPS銀線を使ったものです。付け加えていいますと、オーディオクエストは銀線を初めて採用したケーブルメーカーではありません。オランダや米国、日本のケーブルメーカーが先駆けて使っていたはずです。
三浦 そういえば、オーディオクエストが現在使っているハイグレードな銅線は、ケーブルメーカーの同業であるジョージ・カルダス氏から紹介されたと聞きました。
ビル・ロウ そうなんです。私は常に音質的に優れた導体素材を探し求めています。FPC銅線のあとに日本企業が新たに造った優れた銅線を紹介されたのですが、それに触発されてカルダス氏が製造工程のアドバイスなどを行って時間をかけて入手した銅線がとても良い音質だったのです。いまはそこの銅線を採用しています。彼のケーブルデザインと私のケーブルデザインは異なりますが、彼は良い友人なのです。
DBS:ダイエレクトリック・バイアス・システムとは
オーディオケーブルでは、購入直後の状態とある程度使った場合ではパフォーマンスに違いがあるといわれる(いわゆるエージングが進んだ状態)。その要因のひとつに絶縁体の特性があるという。絶縁体は誘電体としての性能を併せ持っているので、ケーブル内を信号が流れることで不規則な放充電を繰り返し、音声や映像信号に悪影響を与えることになる。
この問題に対しオーディオクエストでは、誘電体に信号電圧を超えるDC電圧を加え続けることで放充電を抑えるDBSを開発、搭載した(普及クラスは除く)。ケーブルの中心に配置したDC電圧印加専用の導体に電池のプラス電極を、信号用導体のマイナス側またはシールド用導体に電池のマイナス側をつなぐことで、信号線にDC電圧を加えることなく、絶縁体を挟み込む形でDCバイアスをかけることに成功、最初から最高の状態を実現しているのだ。(StereoSound ONLINE編集部)
オーディオクエストには、DBSが使われているオーディオケーブルがある。DBSは簡単にいうとケーブルにDC(直流)電圧のバイアスを印加するもの。バッテリーケースには小型の12Vアルカリ乾電池が入っていて、製品によって最大で72VのDCを印加している。ラインケーブルを例にすると、具体的にはケーブルの中心部にDC電圧印加専用の導体を加えてそれに電池のプラス極を、信号導体のマイナス側あるいは外周のシールド用導体に電池のマイナス極を接続するもので、信号ラインにDC電圧をまったく加えることなく、安定した状態をケーブルに与えるというものだ。オーディオクエストのDBSは2006年に「米国特許7126055」を取得している。
三浦 DBSというアイデアは斬新でした。私はどんな効果があるのかと半信半疑でいて、まずは比較してみようと考えました。そこで、電池を結線していない状態にして慣れ親しんだ音楽を聴き、その後に電池を接続してDBSの状態を聴いてみたのです。そこで得られたのは、音楽の背景がクリアーになったという感触です。ノイズレベルが下がったような印象を受けたのも覚えています。現在はオーディオクエストのハイグレードなケーブルのほとんどにDBSが使われていますね。
ビル・ロウ デジタルのケーブルでもDBSはとても有効なんですよ。たとえばUSB接続のDACに使うとDBSの効果がよくわかるでしょう。しかしながら、三浦さんが試したDBSの有無による音質効果の検証には、実際には長い時間が必要です。短時間で行うDBSの有無で得られる効果は限定的といえるのです。そうですね、最低でも電池を結線していない状態は2週間ほど必要になるでしょう。
オーディオケーブルに電圧を印加する技術は以前にもあり、たとえばデミアン・マーチン氏がモンスターケーブルで取得した特許があります。それに対して、私たちのDBSはバイアスを印加する専用の導体が存在することに特徴があるのです。DBSによる恩恵は、音楽の背景が漆黒のような静けさに感じられることだと思います。それによって音楽の存在感が自然に高まってくるというのが、私はDBSの効果に抱いている印象です。ぜひとも音を聴いて感じとってほしいですね。
オーディオクエスト・インターコネクトケーブルの主なラインナップ
Dragon XLR(Dual 72V DBS) ¥1,980,000(ペア、税込、1m)
Dragon RCA(72V DBS) ¥1,584,000(ペア、税込、1m)
●導体:PSS●絶縁体:FEP Air-Tube
FireBird XLR(Dual 72V DBS) ¥1,155,000(ペア、税込、1m)
FireBird RCA(72V DBS) ¥913,000(ペア、税込、1m)
●導体:PSS●絶縁体:FEP Air-Tube
ThunderBird XLR(Dual 72V DBS) ¥649,000(ペア、税込、1m)
ThunderBird RCA(72V DBS) ¥484,000(ペア、税込、1m)
●導体:PSC+●絶縁体:FEP Air-Tube
Pegasus XLR(Dual 72V DBS) ¥367,400(ペア、税込、1m)
Pegasus RCA(72V DBS) ¥367,400(ペア、税込、1m)
●導体:PSC+●絶縁体:FEP Air-Tube
Black Beauty XLR ¥182,600(ペア、税込、1m)
Black Beauty RCA ¥182,600(ペア、税込、1m)
●導体:PSC+●絶縁体:フォームPE
日本ではオーディオクエストのAC電源コンディショナーと電源ケーブルは扱っていないけれども、オーディオクエストの本拠地である米国を筆頭に、取り扱っている各国では高い評判を得ているようだ。「NIAGARA7000」をトップエンドにするAC電源コンディショナーを開発したのは、2012年の12月から参画しているガース・パウエル氏。彼はプロオーディオの分野で有名なパワーコンディショナーのメーカーで経験を積んだ技術者で、オーディオケーブルに関しても詳しい人物である。2019年からはシニア・ディレクター・オブ・オーディオエンジニアリングの職責にあり、オーディオケーブルの開発にも携わるようになった。
三浦 オーディオクエストがAC電源コンディショナーを発表したのは何年も前のことですが、私は特に驚かなかったんです。AC電源の品質を高めることはオーディオシステムの音質を高めることに直接的につながるわけで、それをケーブルメーカーが手掛けるというのは自然な流れだと思いました。ただし、その分野に精通している技術者はそういなかったと思います。パウエル氏がオーディオクエストに来てAC電源コンディショナーが誕生しましたが、オーディオケーブルの分野でも活躍していると知り、大いに期待しています。
ビル・ロウ 彼がオーディオケーブルのデザインに関わることで、明らかな進歩がいくつかありました。DBSの原理についてもよく理解していて、私たちはそれを改善することができたんです。私たちの理解とは別の角度から理解しているところもあるので刺激になります。パウエル氏のオーディオケーブルにおける大きな功績のひとつに「ZERO技術=ゼロ・テック」が挙げられます。これはキャラクターのないインピーダンス特性を獲得した技術になります。
たとえばオーディオ機器〜オーディオケーブル〜オーディオ機器の接続ではインピーダンス整合について語られますが、この「ZERO技術」による無特性インピーダンスにより、ミスマッチングの発生がなくなります。そのため、スピーカーケーブルではカレント・コンプレッション(電流の圧縮)から避けることができて、ダイナミックな音の表現ができるのです。ラインケーブルは基本的に電圧信号の伝送ですからカレント・コンプレッションはないのですが、「ZERO技術」によるデザインでノイズ・ディシペーションという雑音成分の消散が格段に向上しました。音の直線性=リニアリティが高まったのです。
三浦 オーディオクエストはエントリーレベルからハイエンドまで幅広い製品群がありますが、彼はすべてに関わっているのでしょうか。
ビル・ロウ いいえ、そうではありません。私はエントリーレベルからハイエンドまですべてのケーブルデザインを主導していますが、いまのところ彼は「ZERO技術」が導入されている製品にのみ関わっています。
オーディオクエストはエントリーレベルの製品開発にも、ハイグレードな製品と同じように力を入れている。ハイグレードなシリーズは、スピーカーケーブルでは「ミシカル・クリーチャー・シリーズ」と「フォーク・ヒーロー・シリーズ」であり、ラインケーブル(インターコネクト)は「ミシカル・クリーチャー・シリーズ」である。
いっぽう、エントリークラス〜中堅クラスのスピーカーケーブルでは「ロケット・シリーズ」と「タイプ・シリーズ」があり、ラインケーブル(インターコネクト)は「リヴァー・シリーズ」に属する『ユーコン(Yukon)』と『マッケンジー(Mackenzie)』『レッド・リバー(Red River)』、そしてアシンメトリカル・ダブル・バランスの『ゴールデン・ゲート(GoldenGate)』と『エバー・グリーン(Ever Green)』がラインナップされている。
三浦 多くのオーディオファイルやオーディオに興味を抱き始めた人々にとって、特にエントリークラスからミドルクラスのオーディオケーブルは重要な存在だと思います。将来を含めてオーディオクエストはどのような構想を持っているのでしょうか。
ビル・ロウ オーディオクエストは常にバリューの高いエントリークラスやミドルクラスのオーディオケーブルで得られる音質をひじょうに重視しています。もちろん金属導体の方向性=ディレクションは重要ですし、金属導体そのものの品質も高められるよう努力しています。銅素材はLGC(ロング・グレイン・カッパー)を採用していますが、これは結晶構造が長いという特徴が音の良さをもたらしています。
オーディオクエストは常に音質水準のボトムアップを目指して研究開発を続けています。また、アナログディスク再生の高まりからトーンアーム用ケーブル(5ピン〜RCA)やターンテーブル用ケーブル(RCA〜RCA)も充実させていきます。さきほど述べた「ZERO技術」を採用するケーブルも考えているところです。来年の夏ごろにはハイグレードな新製品を紹介できるでしょう。
バランスのXLR端子やシングルエンドのRCA端子など、オーディオ機器との信号接点となる端子を自社で開発しているのも、近年のオーディオクエストの特徴といえる。たとえばXLR端子はノイトリック製を使うところが大半なのだが、あえて自社開発としている理由などを、私はインタビューの締め括りとして伺った。
ビル・ロウ オーディオクエストは端子を自社開発しています。ただし、イーサネットのLAN端子(RJ45)と特殊なBNC端子は信頼性の高いメーカー製を使っています。
三浦 オーディオ用のLANケーブルにドイツのテレガートナーによる堅牢な金属製端子を採用したのは、オーディオクエストが世界で初めてでした。
ビル・ロウ そうですね。テレガートナーの端子は特許取得の構造なんです。私たちが端子を自社設計している理由はシンプルで、より優れた音を得るためです。そのための知識やノウハウがあり開発や素材のコストはかかってしまいますが、信号が流れる金属導体だけでなく端子まで自社設計で完結させることは大事なことです。たとえば信号が流れない端子の外装部分に亜鉛ダイキャストを採用している場合がありますが、これもシールド効果や振動の遮断など、音質を優先した結果の選択です。そして、オーディオクエストのトスリンク光ケーブルは昔から音の良さで知られていますが、これは光信号が流れる導体にハイグレードな日本製の光ファイバーを特別に採用しているからです。
オーディオクエストのCEO兼チーフデザイナーであるウィリアム・ロウ氏とのインタビューは、何度か話が脱線しながらも実に有意義な内容だった。個人的にはケーブルの特徴であるノイズ・ディシペーション・システムという、ノイズ消散効果を獲得している複層のシールド構造についてもっと知りたかったが、それは来年5月にドイツのミュンヘンで開催されるオーディオショウの会場で伺うことにしよう。オーディオクエストのオーディオケーブルを常用している私も、これまで以上に理解が深まったインタビューであった。
(撮影:土屋 宏)