麻倉怜士さんのシアタールームで、潮 晴男さんとの対談が実現! そのテーマは「ジョン・ウィリアムズ」! 昨年の来日時にプラチナチケットが話題となったサントリーホールでの公演を収めた『JOHNWILLIAMS IN TOKYO』に加え、同じくジョン・ウィリアムズ自身が指揮を行ったウィーン・フィル、ベルリン・フィルのコンサートブルーレイを見比べようという企画だ。ジョン・ウィリアムズが、異なるホール・オーケストラを指揮したら、コンサートの印象はどう変化するのか、ホームシアターならではの楽しみに迫る。(取材・まとめ:泉 哲也)
●対談メンバー:麻倉怜士 ✕ 潮 晴男
ーー今日は麻倉さんのシアタールームにお邪魔して、ユニバーサルミュージックから発売されている、ジョン・ウィリアムズがタクトを振ったコンサートのブルーレイを再生してみたいと思います。
『ライヴ・イン・ウィーン』『ライヴ・イン・ベルリン』『JOHNWILLIAMS IN TOKYO』の3枚で、それぞれ表題の通り異なる会場、異なるオーケストラでの演奏を収めたものですが、いずれもドルビーアトモス音声が収録されています。
この3枚について、それぞれどのような音作りや絵作りがされているのか、ドルビーアトモスの音場再現に違いはあるのかといった点について、麻倉さんと潮 晴男さんのおふたりにじっくりご体験いただきたいと思っています。
麻倉 面白いテーマですね。以前音楽プロデューサーの渋谷ゆう子さんをお招きして、ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートを指揮者別で聴き比べたことがありますが( https://online.stereosound.co.jp/_ct/17644971 )、今回は指揮者が同じでホールとオケが違うと音がどう変化するか、しかもドルビーアトモスのイマーシブオーディオで確認できるわけですから、ホームシアターファンにも興味深いでしょう。
潮 こういったタイトルがリリースされているのは読者もみんな知っているかもしれないけど、実際に音を聴き比べる機会はなかなかありませんよね。僕自身も、この3枚の違いをじっくりチェックする機会はなかったので、楽しみにしています。
ーーこの3枚で演奏された楽曲はそれぞれ違っていますが、一部同じタイトルも含まれていますので、今回はそれらを再生してみたいと思います。『ハリー・ポッターと賢者の石』より「ヘドウィグのテーマ」、『レイダース/失われた《聖櫃》』から「レイダース・マーチ」、『スター・ウォーズ/帝国の逆襲』の「帝国のマーチ」です。
麻倉 マーチがふたつですね。もうちょっとゆったりとした曲も聴きたかったけど、まぁどれも超有名ですからこれでいきましょう。まずは2chでも違いがあるのか気になります。今回のパッケージにはSACDやCDも同梱されていますので、これらのステレオ音声も確認してみましょう。
ーー『ライブ・イン・ウィーン』と『ライブ・イン・ベルリン』はCD、『JOHN WILLIAMS IN TOKYO』にはSACDが同梱されていますので、そこから「レイダース・マーチ」を再生します。
麻倉 カラヤンが同じ曲でウィーン・フィルとベルリン・フィルを振ったことがあって、前にそのCDを聴き比べたことがあります。でも、CDのマスタリングがまったく違うので、そもそも比較にならなかった。しかし、今聴いたステレオ音源は3枚とも素直に音を捉えているので、違いがよくわかりました。
『ライブ・イン・ウィーン』はウィーン・フィルの音というよりは、かなりジョン・ウィリアムズ的な音楽になっていて、凄くくっきりとして鮮明ですね。ウィーン・フィルも映画音楽だと、こういうはっきり、くっきりのハリウッドサウンドで演奏するんだなぁと感じました。
それが、『ライブ・イン・ベルリン』ではまた違って、迫力と切れ味と機動力が凄くて、ドイツらしい規律のしっかりした、質実剛健な演奏に変化しました。
潮 普通は指揮者が同じだったら、オーケストラが違っていても似たような音にしようとするものですが、この2枚ではそんなこともないですね。
麻倉 『JOHN WILLIAMS IN TOKYO』のサイトウ・キネン・オーケストラの演奏は、しっとりとして、大人しい。和食と肉食じゃないけど、そういうニュアンスがありますね。とても繊細な感じがしました。
潮 僕の印象としては、『ライブ・イン・ウィーン』は剛毅な演奏だなぁという気がしました。でありながら、スムーズさの中に繊細感がちゃんと残っている情緒的な音でした。対して『ライブ・イン・ベルリン』は、理路整然とした、張りのある、パワー感に溢れたサウンドでしたね。サイトウ・キネンは、全体にていねいで優しい。もっと押し出し感があってもよかった気もします。
麻倉 『ライブ・イン・ウィーン』は、CDの2chでもホールの響きがよく出ています。すごく豊潤というか、芳しい香りがあって、なおかつ細かいところまでくっきりしてるなぁという感じがしました。中間部でホルンとチェロが合奏するんですが、その合奏感、融合感がひじょうに壮大でした。
潮 クラシックがベースにあるんだけど、映画音楽らしく音が華やかという部分はよく出ていると思います。
麻倉 『JOHN WILLIAMS IN TOKYO』の特典映像で、指揮者のステファン・ドゥネーヴが、“普通の人が映画音楽を作ると、描写音楽になりがちなんだけど、ジョン・ウィリアムズの場合は、コンサートでもちゃんと成り立つ音楽であるし、音楽を聴いても映像が出てくるんだ”と話していました。まさにそれを感じる2ch再生でしたね。
潮 ジョン・ウィリアムズの面白いところは、映画音楽なんだけど、同時に映画音楽らしくないっていうところですよね。絵がなくても音楽として成り立っている。
麻倉 『ライブ・イン・ベルリン』は凄くクリアーで、トランペットとティンパニーが合奏しているパートでも、そのサウンドが前に出てくるというか、本当に軍隊のマーチのように感じられました。
もうひとつ違うのは、『ライブ・イン・ウィーン』はムジークフェラインザールの、ちょっと厚みのある響きの中で演奏しているんだけど、ベルリン・フィルの『ライブ・イン・ベルリン』はワインヤード型ホールらしい抜けのよさもあり、クリアーで響きの解像度が強い。サントリーホールの『JOHN WILLIAMS IN TOKYO』は、凄く繊細でしっとりとして、細やかで、他とはまったく違いました。
潮 『ライブ・イン・ベルリン』が音を全面に押し出してくるような印象なのに対し、『JOHN WILLIAMS IN TOKYO』は演奏者の一人一人がていねいな演奏を心がけていて、それが集まって緩やかに“面”を形作っているという感じです。
麻倉 『JOHN WILLIAMS IN TOKYO』にはSACDが同梱されていますが、この音も素晴らしいですね。サントリーホールらしい、抜けのいいソノリティと、繊細な目配りも感じられます。
潮 ステージから客席までの距離感もしっかり再現できていたのも、聴き所かもしれませんね。
ーーではここからはブルーレイを使い、それぞれのドルビーアトモス音声を確認します。「ヘドウィグのテーマ」を、『ライブ・イン・ウィーン』『ライブ・イン・ベルリン』『JOHN WILLIAMS IN TOKYO』の順番で再生します。プレーヤーにパナソニック「DMR-ZR1」を、AVアンプにマランツ「AV10」を使い、5.1.10の環境で再生しています。
麻倉 『ライブ・イン・ウィーン』は、たいへん豪華な演奏でした。アンネ・ゾフィ・ムターまで登場して、彼女の演奏がオンマイクで録ってあって、ピチカートなども鮮明でした。
潮 音もくっきりしていて、ほぼムターの独演会でしたね(笑)。ドルビーアトモスで空間を作っているんだけど、メインはバイオリンにフォーカスしているというか、後方の音場は抑えめで、どちらかというとフロントサイドを重視したサウンドデザインですね。個人的にはこういった音場の作り方も好きですが、ドルビーアトモスらしさを楽しみたいという人には物足りないかもしれませんね。
麻倉 『ライブ・イン・ベルリン』は音作りの狙いが他の2枚とは違いますね。『ライブ・イン・ウィーン』と『JOHN WILLIAMS INTOKYO』ではドルビーアトモスらしい音作りを狙っていて、リアやトップスピーカーには主に反射音や残響音が割り当てられています。これに対し『ライブ・イン・ベルリン』は、直接的な音をリアスピーカーで再生している印象が強い。
またカメラワークも注意していたんですが、基本的には『ライブ・イン・ウィーン』は固定カメラで、ステージの配置をしっかり見せてくれる。さらに演奏に合わせてバイオリイストの指をアップにするといった演出を心がけています。
潮 その恩恵もあって、『ライブ・イン・ウィーン』は凄く見やすいし、落ち着いて画面を鑑賞できます。カット割りも上手で、ムターが居て、その後ろにオーケストラが居てといった具合で、構図が安定している。スイッチングも少ないので安心して楽しめます。
麻倉 確かに、オケのライブ感を大事にしているスイッチングではないかと思いました。
潮 『ライブ・イン・ウィーン』は映像も繊細で細かい。ピークもよく出ているし、黒の沈みも安定しているから、ホールのきらびやかな感じもきちんと伝わってきます。バイオリンのアップで、飴色と言うかグロッシーな感じがいいですね。
麻倉 先程も言ったけど、『ライブ・イン・ベルリン』では、リアからの音が凄く直接的! まるで後ろにもオケがいるみたいでした。
潮 反響音じゃなく、リアスピーカーで音場を作っているような印象もありました。『ライブ・イン・ウィーン』が主にステージの演奏を捉えているのに対し、『ライブ・イン・ベルリン』は映画音楽風の音場を作っている感じですね。最近のサウンドトラックは、リアやトップチャンネルにも音楽をつっこむので、そういう雰囲気が感じ取れます。
麻倉 『ライブ・イン・ベルリン』は本当に機動的で、金管と木管、弦が戦っているかのような、隈取のはっきりした音像づくりしているなぁと感じます。映像は基本的にはフィックスですが、『ライブ・イン・ウィーン』に比べるとアップが多いですね。
潮 確かにアップは多いけど、ピークは抑え気味だし、黒もそんなに沈めていないので、ちょっと地味な印象にはなります。安定した絵の中に演奏があるという感じでしょうか。
麻倉 『ライブ・イン・ウィーン』が色彩的でしたからね。お祭り的な感じで、ムターの衣装も目を惹いた。
潮 あのブルーは映えますね(笑)。
麻倉 音質的には低音感が凄い。さすがベルリン・フィルの押し出し感は全然違うぜ、というのがよくわかります。
潮 特に打楽器系とかコントラバスが活躍しますね。
麻倉 『JOHN WILLIAMS IN TOKYO』は、もの凄く繊細で、演奏もていねいなんだけど、サウンドデザイン的にもひとつひとつの細かい音を重ねてサントリーホールの音を作っているというところがあって、解像度も高いですね。
潮 ドルビーアトモスでは音圧感というか、派手さが増して、2chの音とかなり違うなっていう印象だったんですが、いかがでしたか?
麻倉 本作は34本のマイクで収録しているようですが、全部の音要素を詰め込むことはできないから、どうしても整理された印象になりますよね。一方でドルビーアトモスは、もう全開(笑)。これだけチャンネルがあるんだから、細かい音まで出てくる。
潮 2chと比べても、それぞれの楽器の音が立っています。特に金管楽器が、こんなに鳴っていたっけと思うくらいです。全体的に音のスピード感があるなっていう感じもしますね。これは2chでは感じなかったことです。
麻倉 アンビエント主体なんだけど、包囲感がしっかりあって、クリアーな音場で包んでくれます。
潮 映像は、ちょっとほわっとした印象かな。
麻倉 『JOHN WILLIAMS IN TOKYO』の映像は、黒が浮き気味かもしれません。特にジョン・ウィリアムズを撮影したカットは、彼が白いスーツを着ていることも合って、表情とのバランスが難しかったようです。
ーー続いて同じ順番で、「レイダース・マーチ」「帝国のマーチ」をお聴きいただきます。
麻倉 3枚共通して、2chよりもドルビーアトモスの方が楽しかったですね。2chでは聴こえなかった音が出てくるし、ソースの情報がすべて開放されたようにも思いました。
潮 マスキングされないから、本当に色々な音が聴こえてきますね。これはちょっと驚きました。
麻倉 ドルビーアトモスというフォーマットは、こういったコンサートやライブ作品にぴったりですね。ライブの雰囲気と、オーケストラの直接的な演奏がきわめて自然に体感できます。
潮 音の違いがよりわかりやすくなっています。演奏者、作り手の意図や思いといったところが、再現できているんじゃないでしょうか。その意味ではこれらのディスクはドルビーアトモスで聴いたほうが面白い!
麻倉 2chでは平均的な音場に収まっているという感じがしますが、ドルビーアトモスでは、ディテイル再現と同時に包囲感も向上しています。
潮 L/C/Rのメインチャンネルと、他のリアチャンネルが、上手にバランスしているということでしょう。
麻倉 さて、まず『ライブ・イン・ウィーン』ですが、演奏ももちろん一流だし、前方の音の塊感というか、凝縮感も素晴らしい。あとリアやトップスピーカーのアンビエント再現もひじょうにいい感じですね。
潮 繊細さと華麗さがちゃんと出てくるし、それらの統一がすごく取れている。また絵の解像度も3枚の中で一番高い。引きの映像ではちょっとエンハンスがかかっているような気もしますが、それでもぼけるよりはいいかもしれない。ムジークフェラインザールのホールとしての華麗さ、そこでの演奏の素晴らしさも加わって、僕はこのコンサートが好きですね。
麻倉 ウィーン・フィルは誇り高い楽団で、変な指揮者だと、指揮を全然見ないんですよ。でもこの場合は、彼らも乗っていて、演奏を楽しんでいるというのが伝わってきます。
潮 ジョン・ウィリアムズも一番楽しそうな表情をしていますよ。
麻倉 全員が喜んでいるよね。演奏者も、聴いている人も。
潮 映像付きの作品ならそういったことも確認できるし、あれだけみんながニコニコしていると、見ているだけで楽しくなります。
麻倉 映像も、グランカッサとかティンパニが大活躍する曲なので、そこをうまく撮影していますね。『JOHN WILLIAMS IN TOKYO』のラストで、ティンパニが4つあって、それを端から端まで動いて演奏しているんです。その様子をしっかり捉えているのは、さすがだと思います。
潮 そうですね。音を聴いただけでは絶対わからないような、ある種の音楽の面白さみたいなところが、うまく映像化されているという感じもします。
実際にコンサートに行っても、なかなか細かい部分までは見えませんよね。そういう人にとっても、ブルーレイで見るとあの時の演奏ではこういうことをやっていたということがわかるから、面白いんじゃないかな。
麻倉 『ライブ・イン・ベルリン』は、オーケストラのひとりひとりの技量が凄いので、その人たちが集まった合奏力が桁違いですね。オケの微視的、巨視的で言うと、『ライブ・イン・ベルリン』は巨視的というか、全体像を捉えている感じなんだけど、『JOHN WILLIAMS IN TOKYO』は、微細な音まで入っているのが印象に残りました。
潮 本当ですね。日本人的といういい方が正しいかはわからないけど、演奏現場でのお互いの目配せが凄くよくできている。
麻倉 『JOHN WILLIAMS IN TOKYO』は、音の諧調感がよく再現できているんですよね。低音から高音までのグラデーションが出てくるので、その部分の繊細さというか、気持ちよさがしっかり伝わってきました。
潮 音の遠近感と、演奏の力の全体的なまとまりが素晴らしいですね。
麻倉 ウィーン・フィルもベルリン・フィルも、常に同じようなメンバーで演奏をしているオケならではのアンサンブルが感じられます。でも、サイトウ・キネンは夏だけのオーケストラなんです。演奏にもその違いがでていて、巨視的な所はウィーン・フィルやベルリン・フィルは凄いと思うんですが、微視的なところ、力を合わせたまとまり感はサイトウ・キネンの持ち味のようにも思いました。
ーーではそろそろ、今回の総括をお願いいたします。
麻倉 今回3枚のブルーレイをまとめて見てみたわけですが、同じ指揮者、同じ曲であってもこれだけ味わいが違うというのは、音楽の面白さですね。音楽っていうのは、ひとつだけではありませんよ、と。
潮 こうやって3つのコンサートを聴き比べると、面白いですね。
麻倉 しかもドルビーアトモスだからいいんだよね。これが2chだけだど、ここまでの感動性は出てこないでしょう。
潮 ドルビーアトモスであっても、ここまでのミキシングの違いがあるんだというのも興味深いね。3つのコンサートによってリアやトップスピーカーの使い方も違うし、個性があって面白かったですよ。ぜひ読者の皆さんにも、この3枚の絵と音の違いを追体験して欲しいですね。イマーシブオーディオの楽しさが実感できます!
麻倉 とても面白い視聴でしたね。お疲れ様でした。