片山右京さんのホームシアターをリニューアルしようという本連載も、いよいよ終盤に入った。150インチスクリーンに相応しいプロジェクターとスピーカーの候補も決まり、システムの全体像が見えてきたということで、第三回ではシステムの中核となるAVアンプを体験していただく。片山さんのホームシアターにデノン「AVC-A10H」を持ち込んで設置、候補スピーカーと組み合わせたパフォーマンスを体験してもらった。だがそこで意外な展開に……。(StereoSound ONLINE編集部)
片山右京さんのホームシアター・リニューアル計画も、プロジェクター、スピーカーの意中のモデルがほぼ決まり、最終的な形が見えてきた。あとは最新の3Dオーディオに対応し、なおかつ右京さんのご希望のスピーカーをドライブできるAVアンプを加えれば完成である。
ラストピースとなるAVアンプを何にするか、アドバイスする側としてはかなり悩んだ。もっとも現在は、ほぼデノンかマランツの二択。この中からお眼鏡にかなうモデルを選択することになる。組み合わせるスピーカーが手強いKEF「R」シリーズなので、デノンのフラッグシップ「AVC-A1H」も候補にあがったが、予算面等も考慮して、今回は10月末にリリースされたばかりの「AVC-A10H」を選んでみた。
価格的にも仕様的にもAVC-A10HはAVC-A1Hの姉妹機のように映る。確かにそうした側面がないとは言わないが、担当設計者の言葉を代弁するなら、AVC-A1Hをライバルとして作り上げたモデルである。15chのパワーアンプまでは必要ないが、最高ランクのイマーシブサラウンドを楽しみたい、そんなリクエストに応えたモデルがAVC-A10Hなのだ。
13.4chイマーシブサラウンドが楽しめる、デノンの “より身近なフラッグシップ”
●パワーアンプ数:13ch
●実用最大出力(JEITA: 6Ω、1kHz、THD 10%、1ch駆動):260W
●適合インピーダンス:4〜16Ω
●周波数特性:10Hz〜100kHz(+1,-3dB、ダイレクトモード時)
●接続端子:HDMI入力×7(8K/60p、4K/120p)、HDMI出力✕3(8K/60p、4K/120p、1系統eARC/ARC対応、ゾーン2出力は4K/60p対応)、コンポジット映像入力×2、コンポーネント映像入力、アナログ音声入力×7、フォノ入力(MM)、デジタル音声入力✕4(光×2、同軸×2)、15.4chプリアウト、ゾーンプリアウト×2、ヘッドフォン出力×1、USB Type-A×2(リアは5V/1.5A給電専用)、他
●消費電力:900W(待機時0.1W、ネットワークコントロール、HDMIパススルーオフ時)
●寸法/質量:W434×H195×D482mm(端子部含む、アンテナを寝かせた状態)/23.6kg
もう少し説明を加えておくと、パワー段は「AVC-X8500HA」「AVC-A110」と進化してきた回路をリファインしたモノリス・コンストラクションによる13ch仕様。電源部も基本的には同様のレイアウトだが、トランスの巻き線はOFC線を採用する。デノンのAVアンプでトランス巻線にOFCを使っているのは「A」シリーズのみだ。出力は歪率0.05%という低歪率で、チャンネルあたり150Wを保証している(8Ω、20Hz〜20kHz、2ch駆動時)。
その他に注目したいのが、電源トランスの背後に設置された磁束漏洩防止のためのセパレーターである。電源トランスから漏れ出る微細な磁束をも嫌った処置が、アナログオーディオ基板への影響を最小限に抑えてS/Nを高めている。
ここまではAVC-A110から大きく変わっていないように見えるが、プリ部についてはその面影はほぼない。逆に、AVC-A1Hの回路をそのまま移植したのではないかと言えるほど、よく似ている。プロセッシング部のDSPにはアナログ・デバイセズGriffin Lite XP(ADSP-21593)を、DACにはAVC-A1Hと同じESS製の2ch用プレミアム32ビット・チップを9基投入してS/Nと歪率の改善を行なっている。またデノンが推奨する4つのサブウーファー出力が用意されていることも特徴である。
これまでのデノン製AVアンプの記事でも幾度となく紹介してきたが、AVC-A10Hに搭載されている映像回路も素晴らしい出来である。しかも7系統のHDMI入力すべてが8K対応という点も嬉しい。パススルーだからと言ってそのまま信号が出てくるわけではなく、設計が悪いと画質劣化は避けられないが、このモデルの映像回路は、劣化は皆無と言えるほどだ。
片山ホームシアターの候補モデルを持ち込んで、完成形をシミュレーション
先ほど紹介した通り、右京さんのホームシアターもようやくシステムがまとまってきている。そこで今回はこれまで選んできた “意中のモデル” を現場に持ち込んで、完成形をシミュレーションしてみた。
まず、ビクターのD-ILAプロジェクター「DLA-V800R」をラックに仮設置する。前回視聴した時には( https://online.stereosound.co.jp/_ct/17691319 )「DLA-V80R」を体験してもらったが、新世代機に入れ替わっての登場に、第一回からの時間経過の早さを実感する。
次にKEFのスピーカーをスクリーンに合わせてセットした。フロントL/Rは「R11 Meta」、センターに「R6 Meta」を設置し、サブウーファーにもKEFの「Kube 12MIE」を配置した。サラウンドとサラウンドバックは天吊設置されているJBL「4301」を流用する。完成時にはトップスピーカーを加えた3Dオーディオで楽しんでもらう予定だが、今回は7.1chで確認してもらっている。
AVC-A10Hの自動音場補正機能を使い、マイクによる測定を行なった。最初に音楽でスピーカーの有無をチェックするなど、Audysseyも進化していることを実感する。測定の結果は写真の通りである。この中からイコライザー補正の項目は外し、距離とチャンネルレベルだけを生かしている。
AVC-A10HのAudysseyでセットアップを実施。測定方法や精度も確実に進化している
セットアップも完了し、いよいよ視聴をスタート。右京さんが選んだシステムは、どんな絵と音を楽しませてくれるのか……。僕としても自信を持って薦めたAVC-A10Hが、どのようなコラボレーションを見せるのか、緊張のひと時が始まった。
まずはYouTube音源から、右京さんが最近よく聴いているという歌心りえさんのステージを再生する。右京さんのスマホとAVC-A10HをBluetoothでペアリングして音楽を2chで鳴らしてみる。
「彼女は歌唱力も凄いし、情感表現も素晴らしいんです。涙なくしては聴けない」と右京さん。「結構守備範囲が広いですね」という僕に、「いいから、一度聴いてみて」と絶賛だ。確かにとてもクリアーかつ美しい声で、さだまさしの「道化師のソネット」など本人の歌よりも哀愁を感じるほど。
「今日はBluetooth接続だけど、ストリーミングデバイスをAVC-A10HにつないでYouTubeを再生したら絵も大画面で楽しめるし、音ももっと良くなりますよ」と説明すると、「そうか、これからはスマホじゃなくて、プロジェクターとサラウンドシステムでYouTubeも視聴できるんですね」と、新たな楽しみ方への期待も広がる。
150インチ画面に相応しいサウンドを求めて、KEFの「R」シリーズをセット
続いてUHDブルーレイの再生に移る。最初に選んだソフトは、前回同様、映画『グレイテスト・ショーマン』である。オープニングに続いて、チャプター11〜のレベッカ・ファーガソン演じるジェニー・リンドがニューヨークの歌劇場で「ネヴァー・イナフ」を歌い上げるシーンを視聴した。
前回の取材で右京さんはこのタイトルを500回も観たと話していた。さすがにそれは盛っているでしょう? と聞いてみると、「『ネヴァー・イナフ』は、本当に500回以上聴いたと思います」との返事! それにしても「ネバー・イナフ」だけ、いくら好きとは言え500回も聴くなんて凄いです。ぼくの勘違いも晴れ、何事にものめり込む右京さんらしい姿勢がよく現れた一面だ。
ではいざ、再生スタート。音が出たとたんに笑みがこぼれるかと思いきや、右京さんはちょっと困惑したような表情を浮かべている。「何か気になることがあるの?」と尋ねると、「とっても綺麗な音なんですが、僕のイメージとちょっと違うな〜」という感想。KEFのショールームではあんなに気に入ってたじゃないの〜、と思わず突っ込みそうになった。
じゃあ音楽作品もチェックしましょうと、EX MACHINAや右京さんリクエストのZedd「Beautiful Now」を再生する。「『ネヴァー・イナフ』と同じ印象で、凄く綺麗なサウンドですね。僕の好みでは、『Beautiful Now』ももうひと声パンチが欲しいというか……。もう少しドンシャリな傾向で聴きたいんですよね」と右京さん。
ということは、原因はAVアンプか? いやいやそんなことはない。僕自身はAVC-A10Hを色々な場所で、様々なブランドのスピーカーとの組み合わせで視聴しているが、そのいずれでも厚みのある元気印のサウンドを奏でていた。ということは、部屋の環境とのミスマッチなのか? 自問自答を繰り返す僕の横で右京さんは、「おぉ凄い。150インチで視聴すると、オケピットのメンバーの顔もよく見えるなぁ」とはしゃいでいる。いやいや今日は映像じゃなく音でしょ!
現状でもジェニー・リンドの歌声を情感豊かに再現しているし、150インチのスクリーンとの組み合わせなら、まさしく劇場の指定席で鑑賞しているようなインパクトがある。画面サイズに対して視聴位置が近いこともあり、台詞がセンタースピーカー側(やや下寄り)になる傾向はあるが、ここは設置を追い込めば問題ないだろう。絵と音の一体感も完璧で、これでようやく150インチのスクリーンが生きる音になったと思う。
その点については右京さんも同じ意見だった。さらに、「500回以上聴いてきた曲なんですが、それでも環境が変わると新しい発見があるんですね。さっきも、こんな細かい音が入っていたんだと気がついたりして、驚きました。今日のサラウンドは、情報をとても綺麗に、正確に届けてくれていると思います。現代の映画サウンドってここまで進んでいるんですね。ただ一方で、僕自身は育ちが悪いせいか(笑)、ホームシアターではもっと下品な音が聴きたいんですよ」と厄介なリクエスト!
では、と重低音が収められたUHDブルーレイから『シビル・ウォー アメリカ最後の日』と『オッペンハイマー』を続けて再生した。『シビル・ウォー』ではリアルな戦場の迫力、緊迫感をしっかり再現してくれるし、『オッペンハイマー』ではトリニティ計画での轟音、風圧感まで体感できたのだが、右京さんの心を揺り動かすまでには至らなかったようだ。
右京さんの言う “下品な音” というのは、おそらくもっとアグレッシブで、低域の押し出しの強いサウンドなのだろう。片山シアターでそういう傾向の音を描き出すにはどうすればいいのか?
きわめて難しい宿題を与えられた感じだが、ここで引き下がるわけにはいかない。
AVアンプをAVC-A1Hにグレードアップしてドライブ力を向上させるか、それともスピーカーから見直して音の傾向をがらっと変えるか……。今回は時間がなかったので、AVC-A10Hの設定を追い込めなかったことも悔やまれる。いずれにしてもこのままというわけにはいかないので、後日再挑戦することにして取材はお開きになった。
今回で視聴も3回目になり、経験を重ねることで右京さん自身の目や耳も進化しているし、要求レベルも上がっている。音質に対する自我の目覚めというか、自身の好みの傾向をこのようにはっきり主張してくれるようになったのは、ある意味嬉しい誤算でもあった。
僕がプランニングしたシステムを導入してもらってハッピーエンド! のはずが、大どんでん返し。これにはさすがの僕もめげました。よおっっし、こうなったら片山シアター構築計画・第二章スタートだ! AVC-A1Hでリベンジするか、それとも振り出しに戻るのか。次回を楽しみに待たれよ。