6月20日(木)〜21日(金)に開催されたアストロデザインの技術展示会「アストロデザインプライベートショー2024」。本連載では毎年この展示会にお邪魔し、8Kを中心とした最新映像技術についてリポートしている。今回は麻倉怜士さんによる同社代表取締役社長 鈴木茂昭さんへのインタビュー・後編をお届けしたい。(StereoSound ONLINE編集部)
麻倉 話をプロジェクターに戻しますが、今回の展示では8K/240p(プログレッシブ)のデバイスを使って3D映像を上映していました。昨年は8K/240pで動きの自然さをアピールしていましたが、今回はそこに3Dが加わったと。
鈴木 両眼視差を使った3Dメガネ方式の再生で、その仕組はこれまでと同じです。しかし解像度とフレームレートがここまで上がってきたら、まったく違う立体映像を体験いただけるのではないでしょうか。
麻倉 3Dは今まで何回かブームがあって、10年くらい前にも家庭用として流行ったことがありました。この時は4K解像度でしたが、私は画質的に物足りなかったので普及しなかったと分析しています。
鈴木 やはりコンテンツが問題だと思います。3Dメガネを使う以上は、片目で映像を見ている時間があるわけで、そこでの解像度とフレームレートを確保しないといけません。そこで8K/240pというスペックが活きてくるわけです。
麻倉 今回の展示では、プロジェクターの3D表示だけではなく、他でもハイフレームレートを活用しようという姿勢がうかがえました。このあたりにひとつの方向性があるように感じたのですが、いかがでしょう。
鈴木 フレームレートをどう使うかは、映像の見え方に直結します。日本のテレビは地デジまでは60i(インターレース)が基準だったので、動きボケは避けられませんでした。でも、もとのコンテンツが120pになったらかなり綺麗になりますし、240pならみんな仰天するはずです。
麻倉 確かに、240pの映像は解像感が上がったように見えます。
鈴木 動き方向の解像度が上るから、緻密に見えるんです。いくら画素の解像度を上げても、フレームレートが30pや60pでは動いたらボケてしまう。でも240pになると、動画であってもほとんど静止画と変わらない印象で楽しめます。
麻倉 8K放送も8K/60pなのにパンニングするとボケますからね。静止画は問題ないんですが。
鈴木 フレームレートについては弊社も以前から着目していて、技術本部 技師長の塚本(拓)を東京電機大学の大学院 博士課程に通わせて研究を行いました。その研究の一部を彼が映像情報メディア学会誌に論文としてまとめて発表したところ、特に優秀な論文に贈られる「2023年度 丹羽高柳賞 論文賞」に選ばれました。テーマは「2/3型プリズム分光4板方式による4K 240 fps放送番組制作用カメラの開発」というものです。
麻倉 先を見据えた取り組みですね。展示会場にも試作機や賞状が飾ってありましたが、あのカメラは製品化するんですか?
鈴木 あれはプロトタイプで、論文を書いた時に使ったものです。現在は、もっとコンパクトな形で製品化しています。
麻倉 16Kテレビが一般化するのは正直考えにくいので、これから目指すべきはハイフレームレートですね。いくら高解像度でも、今のフレームレートでは8Kの実力は発揮できないわけですから。昔はNHKも8K/120pがスーパーハイビジョンの完成形だと言っていたのですが、いつの間にか8Kにも120pにも触れなくなってしまった。これも困ったものです。
鈴木 おっしゃる通りです。
麻倉 ところで解像度が8Kの場合、鈴木さんとしては、フレームレートはどれくらいが理想だとお考えでしょうか?
鈴木 そこでの問題は、表示ディスプレイが追いついていないことです。カメラのスペック的には、既に8K/120pの撮影はできますし、240pくらいまでは遠からず実現できるでしょう。でも、その信号をそのまま再生できるディスプレイはありません。
現行のディスプレイで一番表示速度が速いのはDLPプロジェクターです。ハイフレームレートを活かすためにも、DLPプロジェクターを使った表示が増えていって欲しいと思います。
麻倉 さて今回の展示では、その他にも新しいアプリケーションというか、放送以外の業種との提携が加速しているように感じました。
鈴木 エンタテインメント映像については、様々な広がりがあると考えています。例えば車の自動運転です。運転しなくていいなら映像作品も楽しみたいだろうし、平面のパネルに映すんじゃなくて、車内全部がスクリーンになっているとか、色々なことができるんじゃないでしょうか。
麻倉 今年の展示では、22.2chチェアスピーカー「TamaToon」の前に湾曲ディスプレイを置いて没入空間を提案していましたが、あのようなメガネがないバーチャル体験も楽しいですよね。
鈴木 私もそう思います。いくら没入感があっても、自宅でくつろぐ時にVRメガネやゴーグルはつけたくありません。
麻倉 ところで、ここ数年鈴木さんは監視カメラやスポーツ中継などでの8Kの応用についても熱心に取り組まれていました。そちらの進展はあったのでしょうか?
鈴木 昨年もお話しましたが、アメリカンフットボール、サンフランシスコ49ersのリーバイス・スタジアムに弊社の8Kカメラが5台設置されました。試合中のリプレイと判定にこのカメラを使ってくれているのですが、それを知った他のチームからも2件ほど相談が来ています。
麻倉 それはいい。そういうアプローチであれば、玉突き的に導入例が増えていきそうで、期待できます。
鈴木 もうひとつは、8Kカメラでサッカーなどのフィールド全体を捉え、各選手を切り出して配信するという使い方です。こうすることで、ファンは自分のお気に入りの選手の動きをずっと追いかけることができます。
こういった動きはコロナ禍とその後遺症で期待していたほど加速していませんが、最近は回復傾向にありますので、これから本格化していくでしょう。
麻倉 アメリカでは8Kの次世代応用が進み始めているのですね。日本は相変わらずですが……。
鈴木 日本は “8K放送” というキーワードが強すぎて、そこから抜け出せていない気がします。NHKは8K放送に力が入っていませんが、逆に最近は民放各局から8Kカメラについて相談をいただくことが増えています。
というのも、最近はテレビ局も予算が厳しいようで、省力・省人化がトレンドになっています。その中で一番お金がかかるのがカメラマンなので、カメラの台数を減らしてコスト削減を図ろうという狙いのようです。
具体的には、今まで複数台のカメラで撮影していたものを、8Kカメラで固定で撮って、その中からある部分を切り出して編集・加工すれば番組が作れるということです。
麻倉 なるほど、今日のプライベートショーでも8Kからの切り出しシステムが展示されていました。
鈴木 これによって、番組制作コストが大幅に削減できます。このシステムが現場に入り始めたら、どこのテレビ局でも使うようになると思うんです。
麻倉 確かに、出来上がりの番組内容が同じでコストが下がるなら、みんな採用するでしょう。
ただしカメラが固定だとどうしてもアングルが単調になるので、せめて2台設置して、そこからスイッチングして欲しいですね。その方がアクティブな番組が作れると思います。また今回の展示は8Kから2Kを切り出すというものでしたが、4Kでの切り出しもできるようになれば応用範囲も増えるのではないでしょうか。
鈴木 切り出しのソフトウェアも4種類ほどありますので、柔軟に対応できるはずです。ワークステーションの処理速度によって制限はありますが、今後改善されていくでしょう。
麻倉 先日のNHK技研公開でも同様の展示がありましたし、8Kカメラの資産を放送にどう活かしていくかは大きなテーマになりそうですね。
鈴木 省力化のニーズは全世界共通だと思います。
麻倉 8K放送はまったく寂しい状態になってしまいましたが、他のジャンルに目を向ければまだまだ8Kの技術的応用範囲は広がっていきますね。
今回の展示でも、新業態との協業として遠赤外線カメラの「フクロウビジョン」とか、8K カメラで歯のスキャンを行う(近赤外線撮影)といった提案もありました。そちらの活動についてどんな展望をお持ちですか?
鈴木 ポイントになるのは、超高速カメラです。弊社では以前から超高速撮影ができるカメラも開発していますが、もうちょっと使い勝手のいい、毎秒1万フレーム程度のカメラも作ろうと考えています。
また、赤外線を使った暗視カメラや、紫外線を使った200nmまで撮影できるカメラも作りたいですね。そのためには赤外と紫外の両方がカバーできるようなセンサーが必要なので、そういったデバイスの登場を楽しみにしているところです。
麻倉 先進的というか先端的というか、鈴木さんはフロンティアスピリッツの塊ですね。
鈴木 カメラに限らず、人間には今まで見えなかったもの見たいという基本的な欲求があると考えています。そういった不可視画像の可視化は、映像技術に関わる者にとってはきわめて大事なテーマです。
麻倉 解像度だって昔は2Kしかなかったのに、次第に4K、8Kとどんどん細かくなっていきました。それに連れて、見えなかったものも見えるようになってきたわけです。さらに30pが240pになると、動きボケまで解消される。これも不可視映像の可視化といえるでしょう。
鈴木 方向の違いはありますが、映像屋としてはみんな同じ思いで開発を進めていると思います。
麻倉 人間の夢を叶える、そのために常に現行技術の先を行くというのが、アストロデザインの社是ですね。
鈴木 8Kについても、当時はどこの会社も8Kを手掛けていない最先端技術だったので、弊社のやるべき仕事だと思って取り組みました。残念ながら放送用としてはまだ普及が進んでいませんが、技術としてはやったことは無駄じゃなく、まだまだ活用していけると思っています。
麻倉 技術の可能性は無限で、アストロデザインはそれを拓いていっているんですね。そこが本当に素晴らしいと思いました。今回も面白いお話を聞かせていただき、ありがとうございました。
鈴木 こちらこそ、いつもありがとうございます。とても楽しい時間でした。
8Kを見据えたアストロデザインの製品群に映像世界の明日を見た …… 潮 晴男
毎年6月に入るとアストロデザインでは、一年分の開発の成果をお披露目するプライベート・ショーを開く。
今回も魚眼レンズを用いた8K映像に22.2chの音声収録をおこなったデモコンテンツを始め、LG製の透過型有機ELディスプレイを用いた立体表示システム、8K、240fpsのハイフレームレートの3D映像など様々な新しい提案がなされていた。
まだ試作段階だったが、静音設計がなされたヘッド分離型の8Kプロジェクターは、業務用としての発表ではあったが、将来的にはホームシアターへの転用も可能な製品だけに、たいへん興味深かった。
8K放送は、近年今ひとつ盛り上がりに欠ける印象があるが、ブロードバンドを介せば8Kの映像が視聴できる環境も整うはずだ。そうした中で自社開発の小型8Kカメラによる高解像度の映像も眼を引いた。収録機材の開発はこれからということだったが、完成すればロケでの活用が大いに期待される。
8Kの展開を心待ちにしている映像ファンには、注目すべき製品が目白押しの展示会だった。