シャープは今年5月に、子会社である堺ディスプレイプロダクト株式会社 堺工場でのディスプレイパネル生産を終了すると発表した。近年、薄型テレビ用パネルの製造は海外移管が進み、堺工場は国内で製造を続けている貴重な場所だったこともあって、このニュースは多くのメディアで取り上げられた。今回は、その堺工場がオーディオ・ビジュアル的にどんな役割を果たしてきたのか、また堺工場での液晶パネル生産終了を受けてどんな変化が考えられるかについて、麻倉さんに総括してもらった。(StereoSound ONLINE編集部)

 今回の堺工場での液晶パネル生産終了のニュースは、日本国内の大型製造拠点のターニングポイントという側面もあり、経済紙などでも大きく報道されました。特に堺工場は第10世代マザーガラスを使って、60インチパネル8枚を製造できるラインを装備するなど、完成当時は世界最先端の製造拠点でした。それが役割を終えたということは、日本のもの作り、テレビ作りについてもショッキングな出来事でした。

 巨視的に言うと、技術は東から西に向かっていきます。これまでも、ヨーロッパで発明された技術がアメリカで商品化され、それが太平洋を渡って日本で製造技術が磨かれるという流れで来ていました。それが現在では日本からさらに西に向かい、韓国、中国、インド、中近東というようなエリアまで進んでいます。

 ディスプレイパネルについては、基本的にはアメリカで発明されています。ブラウン管はブラウン博士がアメリカで提案しましたし、薄型デバイスの時代も、プラズマパネルがイリノイ大学で誕生し、液晶表示装置もアメリカで原理試作が行われています。

 このように技術自体はアメリカで発明・開発されましたが、その後の商品化や量産化は、日本の得意技でした。もちろん一番難しいのは発明ですが、それを製品にするというところと、均一に量産するのも、もの作りにとっては重要で、当時はそれを日本が担っていたのです。

 ブラウン管の時代には、日本メーカーは垂直統合型でもの作りを行い、全ブランドが自社工場を持っていました。その後もプラズマテレビではブラウン管と同じビジネスモデルを踏襲し、パネル製造から製品化まで自社でやるというスタイルが主流でした。

 しかし液晶テレビではそこが変わってきた。セットメーカーは、パネルメーカーが作った液晶パネルを外部調達して、それで製品に仕上げるのが一般的になってきました。ここがひとつの大きな分かれ道でした。

 そのなぜそういうことができたかというと、規格の標準化が進み、外部調達したパネルでも製品が作りやすくなったからです。さらに分業が可能になると、パネルメーカーもそれぞれの強みにフォーカスしていきました。その“強み”にはふたつの方向性があって、高付加価値モデル、つまり品質を上げたハイエンドテレビを目指すか、大衆化を進めて誰もが買いやすいアフォーダブルな製品にするかという選択肢が出てきます。

画像1: シャープ、堺工場のディスプレイ用パネル生産終了は、来るべきものが来た結果かもしれない。日本のテレビ作りという産業構造が変化している:麻倉怜士のいいもの研究所 レポート114

 StereoSound ONLINEやHiViの世界では、高付加価値化というのがポイントですが、テレビ産業全体としてはどうやって裾野を広げるかが重要で、いかに安く、いかに標準化を徹底させて使い勝手をよくするかに重きが置かれます。

 その方向については、2010年以降は台湾、韓国、中国といったアジア圏の頑張りが目立ちました。というのも、テレビは家庭の必需品であり、市場規模も生産規模も大きい。そんな大量生産に向いた分野であれば、パネルだけでも充分ビジネスとして成立します。

 そんな産業としての魅力もあり、売れ行きも見込めるから、参入メーカーも増えるし、競争が激しくなります。さらに韓国や中国では、国家戦略としてディスプレイパネル事業を育てようという狙いもあり、工場を作る場合などに減価償却期間を長くするといった措置が行われてきました。

 そうすると工場を作る際の投資額が巨大であっても、一年ごとの負担は減るわけで、負担軽減分をパネルの低価格化につなげることができる。そのように国家戦略としてディスプレイパネル事業を捉えている地域と、いち企業が戦っていかなければならないという構造的な違いは大きい。この差が日本メーカーと韓国、中国メーカーの間にあったわけです。

 もうひとつ、川上から川下まですべて社内でやるんだったら、自社パネルの強みを活かしたもの作りができます。つまり、わが社の製品はパネルの品質がいいから、画質がいい、絵作りがいいんだという具合に、一貫して高品質を頑張ってこられた。日本メーカーとしては、そこで差別化できていたんです。

 特にアナログ時代はデバイスに対する擦り合わせや、絵作りのノウハウが重要で、それが差別化要因につながっていたのですが、デジタル時代の薄型テレビでは規格が決まっているので、絵作りによる差別化の余地もアナログデバイスほどはありません。

 そうなると、大衆化のためには同じようなスペックの製品を大量に作って、安く販売したほうがいいんじゃないの、といった発想がでてきます。2000年以降はそういった流れが急激に進んで、大量生産で製品を安く作ることができるメーカーが有利になってきたわけです。

 そこには2008年のリーマンショックも関わっています。というのも、リーマンショックの前に日本メーカー各社が薄型テレビに大きな投資を行なったんです。シャープは亀山工場を、パナソニックやパイオニアもプラズマパネルの工場を持っていました。日立も日立プラズマディスプレイの宮崎工場でALISパネルを生産していた。

 それがリーマンショックで破綻する。パナソニックや日立の工場はもうありませんし、パイオニアもプラズマテレビ事業から撤退しました。国内メーカーのパネル工場は、そこで急激にダメになるんですよね。そんな中で唯一残ったのがシャープでした。

 シャープとしてはもともと亀山工場を持っていて、さらに堺工場が2009年に完成しました。そこからシャープも経営危機に陥り、鴻海グループと資本提携を行うことで存続したという経緯もあります。堺工場はもともとシャープディスプレイプロダクトという組織でしたが、後に鴻海グループの子会社になり、社名も堺ディスプレイプロダクトに変更されています。

 私は2016年の月刊HiVi(当時)で堺工場を取材していますが、その際に印象的だったのは、単にパネルの標準品を安価に作るというのではなく、付加価値のあるパネルを作ります、というこだわりが現場にあったことでした。

 例えばRGB+Yの4つのサブピクセル構造を持ったクアトロンパネルや、表面処理の「Nブラック・コーティング」や「光配向技術」の開発は堺工場で行われました。研究部隊を堺工場に移管して、製造部門でも付加価値を開発するということを目指したわけです。

画像2: シャープ、堺工場のディスプレイ用パネル生産終了は、来るべきものが来た結果かもしれない。日本のテレビ作りという産業構造が変化している:麻倉怜士のいいもの研究所 レポート114

 そういう意味では堺工場は、唯一残っていた国内のディスプレイパネル製造部門であると同時にシャープの画質を支える研究開発拠点でもあり、他にないユニークな技術をパネルに盛り込んでいたわけです。今回そこが終息してしまったのは、本当に残念なことではあります。

 とはいえシャープとしても、パネルを堺工場から調達する場合もあるし、外部から購入することもあるわけで、テレビ作りという産業構造自体が変わってきているのです。そういう意味では、今回の堺工場でのパネル製造終了も、来るべきものが来たという見方もできます。

 現在のテレビ作りはブラウン管時代とは決定的に違っていて、標準的な部品、パネルデバイスを使って、いかに映像エンジンで差別化するかという方向に向かっています。これはソニーやレグザが以前から言っていることで、これらのメーカーは既にパネル工場を持っていませんから、当然そういった発想になるわけです。

 つまりこの10年ほどのテレビは、いかに映像エンジン、絵作りで差別化するかという時代に入っていました。それもあって、テレビ用のパネルは韓国や中国メーカーに任せればいいという状態が続いてきたわけです。そういう意味でテレビ業界としては、堺工場のニュースもびっくりしたというよりも、時代の流れですねという理解だったと思います。水面下で静かに物事が進展していて、とうとうこういう事態になったという感じですね。

 実は近年堺工場で製造していた液晶パネルは、通常モデルやサイネージ向けが中心だったようです。その意味では堺工場のパネルとしての差別化要因が少なくなっていたのではないでしょうか。そう考えると、フラッグシップモデルについては、堺工場のパネル生産が終了したとしても、大きな影響はないのかもしれません。

 オーディオビジュアルファンの立場からすると、亀山工場の時代は、日本のパネル作り、もの作りが世界的にも素晴らしく、亀山パネルを搭載したテレビも当然画質が素晴らしいという定評がありました。

 その後に有機ELテレビが登場して画質競争が始まり、それぞれのパネルが進化してきます。そこで面白いのが、有機ELパネルはどのメーカーでも部品としてのスペックはほとんど同じなんです。でも液晶パネルは、バックライトが蛍光管なのかLEDなのか、さらにMini LEDでも分割駆動のエリア数はどれくらいかといった具合に、画質改善の余地がまだまだあります。そういう意味では、液晶テレビではパネルの技術革新が最終的な画質に反映される可能性が大きい。

 そう考えると、他社にない技術を持っていないと、ディスプレイパネルメーカーとしては生き残れないと思うんですよね。堺工場を含めて、日本メーカーのパネル工場は安く作るだけではなく、ちゃんと性能を向上させてきました。その技術が画質にどのような影響を与えるかに注目して、真面目にパネルを作ってきたんです。そこについては、パネル側から画質を改善していこうという取り組みができる場所が日本から消えるというのは、大きな損失になるでしょう。

 今回の堺工場終了のニュースでは、日本からパネル工場がなくなるということばかりが注目されていましたが、それは産業構造として考えると仕方のないことだったという気がしています。先程申し上げたように、2010年代前半には日本メーカーが揃ってパネル工場を閉じてしまった。その時から今日の状況は始まっていたというわけです。堺工場はそんな中でよく頑張ったと思います。

 今後はシャープとして、映像エンジン、絵作り力を磨いて、画質でいかに他社と差別化するかに注力してもらいたい。シャープは液晶テレビも有機ELテレビもラインナップしているし、その中には8KやMini LEDバックライト、QD(量子ドット)OLEDもあるという具合で、総合ディスプレイメーカーでもあります。それらの製品にシャープ独自のフレーバーを入れて、他社とは違う魅力を加えるということを期待します。

This article is a sponsored article by
''.