ユニバーサル ミュージックは、去る5月3日に『John Williams in Tokyo』のパッケージソフトを発売した。映画音楽界のレジェンド、ジョン・ウィリアムズが30年ぶりに来日、サイトウ・キネン・オーケストラと初共演を果たした奇跡のコンサートを収めた、ファン待望の一枚だ。今回は通常盤CD、LP、ブルーレイ、SACD&ブルーレイ・スペシャル・デラックス盤の4形態で発売されている。

画像1: ジョン・ウィリアムズの奇跡のコンサートは、ホームシアターでもやっぱり高品質だった。SACDとドルビーアトモスで、プラチナチケットの感動を追体験する

通常盤(UHQCD仕様) ¥3,080(税込、UCCG-45092)
LP(2枚組、180g重量盤) ¥6,050、UCJG-90006/7)
ブルーレイ ¥5,500(税込、UCXG-1008)
スペシャル・デラックス盤(SACDハイブリッド&ブルーレイ) ¥12,000(税込、UCGG-9233)
●発売・販売元:ユニバーサル ミュージック合同会社

 通常盤CDとLPはジョン・ウィリアムズが指揮した11曲と、世界初リリースとなるステファン・ドゥネーヴが指揮した「Tributes! (for Seiji)」を収録。ブルーレイにはステファン・ドゥネーヴが指揮した前半とジョン・ウィリアムズが指揮した後半のすべてが収められている。

 最後のスペシャル・デラックス盤はSACD/CDハイブリッド盤2枚とブルーレイのセットで、SACD/CDには前半、後半の17曲(MCは除く)を収録、こちらのブルーレイにはコンサート全編に加え、今作のために収録されたジョン・ウィリアムズ、ステファン・ドゥネーヴのインタビュー映像も含められている。

 そして昨日、この『John Williams in Tokyo』の試聴会が東京・青山のKEF Music Gallery Tokyoで開催された。解説にStereoSound ONLINEでもお馴染みの麻倉怜士さんを迎え、スペシャル・デラックス盤のSACDとブルーレイのクォリティをじっくり体験できるという内容だ。

 まず麻倉さんから、今回の試聴会の狙いが説明された。麻倉さんは『John Williams in Tokyo』のSACDとブルーレイを自宅で体験し、その完成度に感動したそうだ。

画像2: ジョン・ウィリアムズの奇跡のコンサートは、ホームシアターでもやっぱり高品質だった。SACDとドルビーアトモスで、プラチナチケットの感動を追体験する

 「最初に聴いた時、これ絶対みんなに聞いてもらおう、イベントをしないわけにはいかない、と思ったんです。ユニバーサルさんとは去年、有楽町のKEF MUSIC GALLERYで、『《ニーベルングの指環》2022年版』の試聴会を開催したことがありました。

 そういう縁もあり、またKEF Music Gallery Tokyoが新しくオープンしたこともありましたので、プレスの皆さんにここで体験してもらうのが最適ではないかと考えたのです。ここでなら、SACDの2chも、ブルーレイのドルビーアトモスも高品質に再生できますから」

 ということで、KEF Music Gallery TokyoのB1Fにある「The Ultimate Experience Room」でスペシャル・デラックス盤に収録されているSACDの再生がスタートした。なお、The Ultimate Experience Roomの再生システムは、SACD/CDプレーヤーがマッキントッシュ「MCD550」で、プリアンプがブルメスター「088」、パワーアンプがソウリューション「511 mono2」、そしてスピーカーがKEFの「MUON」という構成。

 SACDのDisc1から「『E.T.』交響組曲」を、さらにDisc2から「スーパーマンマーチ」を再生する。なお「『E.T.』交響組曲」はステファン・ドゥネーヴが、「スーパーマンマーチ」はジョン・ウィリアムズが指揮した楽曲となる。

 MUONのような大型スピーカーの場合、大音量で押し出してくるようなサウンドで鳴らすといったイメージをする方も多いだろう。もちろんこのシステムでもそういった再生は可能だ。今回はそこまでボリュウムを上げていないが、それでも会場となったサントリーホールの雰囲気をしっかり再現しつつ、DSD音源らしい自然さで楽器ひとつひとつの情報まで聴き取ることができた。

画像: The Ultimate Experience RoomではSACDを体験した

The Ultimate Experience RoomではSACDを体験した

 ここで麻倉さんから、本作の音声について解説があった。「SACD、ブルーレイともに音質が素晴らしかったので、ライナーノートを読んでみたら、なんと深田 晃さんが録音とミックスを担当しているじゃないですか。だったら今日の試聴会にも来てもらおうと思って相談したんですが、スケジュールが埋まっていて難しいとのことでした。そこで深田さんから今回の録音についてメッセージをいただきました。素晴らしいことをおっしゃっていますので、ぜひ皆さん、もお読みください」とのことだった(文末のコラムを参照)。

 「深田さんの音には、すごく愛情が感じられるんです。具体的には、オーケストラを収録する時には、普通は全体のまとまりで音を捕らえるのですけど、深田さんの録音では、微視と巨視が共存している。特にライブ作品の場合は、会場のアンビエントがありつつ、ディテイルまでちゃんと出るというのが特徴です。しかも細かいところまで音が温かいんですよね」と麻倉さんが、SACDの音の心地よさをわかりやすく紹介してくれた。

 続いて会場を3FのThe Extreme Theaterに移し、スペシャル・デラックス盤のブルーレイディスクの視聴がスタートした。なおブルーレイディスクには、リニアPCM 2ch(96kHz/24ビット)、DTS-HD MA5.1ch(48kHz/24ビット)、ドルビーアトモス(48kHz/24ビット)の3種類の音声が収録されている。今回はそこからドルビーアトモス音声を再生してもらった。なお本作のドルビーアトモスではサブウーファー信号は使っておらず、今回は7.0.4での再生となる。

画像1: © Michiharu Okubo

© Michiharu Okubo

 The ExtremeTheaterの再生機器は、UHDブルーレイレコーダーがパナソニック「DMR-ZR1」、AVプリアンプがヤマハ「CX-A5100」、パワーアンプはヘーゲル「C55」が2台と「C54」で、スピーカーはKEF「Ci-Reference」シリーズによる7.2.4というもの。プロジェクターはソニー「VPL-XW7000」で、イーストンのサウンドスクリーンが使われている。画面サイズは100インチほどだ。

 「もともとジョン・ウィリアムズがオーケストラを指揮した映像作品としては、これまでにもベルリン・フィルやウィーン・フィルムのバージョンもありました。じゃあ、今回のサイトウ・キネンでは何を録るかというところが重要です。ウィーン・フィルムのサウンドは王道のクラシック調でゆったり感がある、ベルリン・フィルはややオンになって広がり感もある。音的にそういった違いがあるので、深田さんとしてはサイトウ・キネンのサウンドをどの方向に持っていこうかということを考えたそうです。

 そこで彼が最初にやったのは、スコアを徹底的に見ることでした。ジョン・ウィリアムズのスコアで特徴的なのは、弱音楽器の音がアイデア豊かに入っているそうで、しかもすごく緻密だということでした。このスコアをオーケストラのサウンドとして収録するに際しては、緻密に綿密にとっていこうというところを考えたそうです」という概要紹介の後、ブルーレイが再生された。

画像: The Extreme Theaterでは、7.0.4でドルビーアトモス音声を再生

The Extreme Theaterでは、7.0.4でドルビーアトモス音声を再生

 先述したジョン・ウィリアムズ、ステファン・ドゥネーヴのインタビュー映像を数分ずつ再生した後、いよいよコンサート本編がドルビーアトモスで再生された。今回麻倉さんが選んだのは、「雅の鐘」「ヘドウィグのテーマ」「レイダース・マーチ」「帝国のマーチ」の4曲だ。

 そのいずれも、演奏される楽曲の情報をきちんと観客席まで届けよう、コンサートの雰囲気を忠実に再現しようという音作りと思われる。ドルビーアトモスとしてのサラウンド演出は控えめで、サラウンド/トップのスピーカーは主に残響や拍手といったアンビエントや臨場感再現に使われている印象だ。麻倉さんの解説にあった緻密さと、ホールでの演奏感が絶妙にバランスしたサラウンド音場ともいえそうだ。

 「私が感じたことを申し上げると、まずは演奏が素晴らしい。サイトウ・キネンらしく、アンサンブルが見事で、しかも緻密・精密で、同時にマッシブな迫力も備えています。弦楽器や木管楽器の演者はみんな世界の一流オーケストラのトップの人たちです。その個々の実力が充分感じられるまとまりだと思います。

 次に、やっぱり録音が素晴らしいですね。深田さんの録音は、ディテイルの繊細さと全体像というか、ホールトーンがすごくいい。そのバランスの素晴らしさが、ドルビーアトモスで聴くとよくわかります。

画像2: © Michiharu Okubo

© Michiharu Okubo

 フロントのL/C/Rスピーカーからはオーケストラの直接的な音が来る。これにより音楽の解像度が高くなるんです。サラウンドとトップからはアンビエントが来るわけで、その両者のバランスで、ちゃんと会場で聴いてる、座っているのと同じ体験が得られるでしょう。

 もうひとつ、映像のカメラワークもなかなかいいと思います。例えば国内製作のクラシックライブ作品はその多くが静的ですし、海外製作の作品はカメラの動きが早すぎたり、横に行くといった具合で、音楽を過剰に映像化した作品もあります。今回のブルーレイは、両者のちょうど真ん中ぐらいで、ちゃんとカメラが行くべきところ、この曲で一番ポイントとなる部分を捉えています。

 そういう意味では映像のカメラワークも含めて、ライブクラシックコンサートとして本当に素晴らしい作品が出てきた、それがパッケージメディアで登場したということは、配信の時代にあっても素晴らしいことです。これくらい価値のあるものは、家宝としてずっと持っておくべきでしょう」、麻倉さんはそう語って、お気に入りのパッケージメディアを所有することの意義を力説してくれた。

 なお今回のパッケージソフトはCD、SACD、LP、ブルーレイのすべてについて、関係者の確認を取っているとのことだ。つまり画質や音質、サラウンド演出についてはジョン・ウィリアムズ本人も確認しているはずで、その意味でも本作のサウンドと映像を体験してみる価値が充分あるだろう。(取材・文:泉 哲也)

レコーディングエンジニア 深田 晃さん(dream window inc.)のコメント

●今回の制作におけるこだわり

 ジョン・ウィリアムズとシンフォニー・オーケストラの組み合わせによるドイツ・グラモフォンでのリリースは、ウィーン・フィル、ベルリン・フィルにつづいてサイトウ・キネン・オーケストラは3作目になります。ウィーン・フィルはプロデューサーにベルンハルト・ギュトラーさん、ベルリン・フィルはクリストフ・フランケさん、Balance Engineerはテルデック・スタジオのレネ・ミューラーさんが担当していますが、3名とも面識があります。

 ウィーン・フィルのサウンドは、いわゆるクラシック音楽の王道のサウンド、ゆったりと響くサウンドです。ベルリン・フィルはそれよりややオンで広がりを持たせたサウンドになっています。日本でのサイトウ・キネンのサウンドをどのようにするのか、どの方向に持っていくのかを考えました。

 ジョン・ウィリアムズのスコアをよく見ると、弱音楽器による様々なアイデアが散りばめられています。一見分かりやすいスコアですが、実はかなり緻密に組み立ててあるのがわかります。そこで、オーケストラサウンドではあるけれど全体を朗々というよりも緻密な音色を落とさないようにジョンの作曲の中身がより見えるようなサウンドを目指そうと考えました。

画像3: ジョン・ウィリアムズの奇跡のコンサートは、ホームシアターでもやっぱり高品質だった。SACDとドルビーアトモスで、プラチナチケットの感動を追体験する

●マイキング・ミックスについて

 マイキングに関しては、オーケストラ全体を捉えるメインマイクはドルビーアトモス7.0.4の11chを表現できるように11本を用いています。ステレオミックスに関してはその中の5本をメインとしています。その他のマイクは34本使用しています。

 録音をどのように考えるのかというのは、録音というものの哲学だと思いますが、私はそこにあるものをありのままに捉えるという考え方はしません。コンサートホールで聴く生の音と録音は同じにはなりません。コンサートは目の前に演奏者が見え、周りの人と同じ時間を共有しているという高揚感があり、大きな感動が生まれます。

 しかし一番いい位置にマイクを置いたとしても、後で聞くと何かつまらない音になってしまいます。それは心理的な側面もありますが、マイクが捕らえる音は本当に物理的なその場の音にすぎないのです。それをそうでないものにするのが録音という技術だと思います。ですから録音は、事実を捕らえるドキュメンタリーではなく、心動くように冷静に構築していく小説だといえるでしょう。

 11本+34本=45本のマイクをどのように処理するのかは、すべてスコアが基準にあります。いつもすべてのマイクを使っているわけではなく必要だと思えるところに使用します。

 もちろんすべてのマイクはタイムアライメント(メインマイクとの時間差を考慮したディレイ処理)を行っています。そうでないと楽器に近接したマイクの音と、離れたメインマイクで極端にいえばふたつの音が聞こえてしまいます。近接したマイクの音を遅らせることで音のタイミングを合わせるわけです。しかし多くのクローズマイクはトゥーマッチにならないように相当控えめに使用しています。

 また、ライブレコーディングであるために、不要なノイズが多く入ってきます。これらのノイズをマイクそれぞれに対してひとつずつ処理し、クリアーにしていきます。おそらくアルバム全体では数百のノイズを消す処理を行っています。もちろん消しきれないものもあります。

 ミキシングは以上のような細かな処理を行いながら、スコアが何を目指しているのか、音楽としてこのバランスが正しいのか、そして何より楽しめるものになっているのかを考えながら行っていきます。ですから何週間もかかっています。そして最終的にジョン・ウィリアムズのアプルーブをとり完成になります。

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