呆気にとられるほど独創的で美しい佇まい。音楽の幻想が立ち昇る、類稀なる名匠最期の作品
フランコ・セルブリン Accordo ¥1,380,000(ペア・税抜)
● 型式:2ウェイ2スピーカー・バスレフ型
● 使用ユニット:ウーファー・15cmコーン型、トゥイーター・2.9cmドーム型
● クロスオーバー周波数:2kHz
● 感度:87dB/W/m
● インピーダンス:4Ω
●寸法/重量:W190×H1,100×D360mm/16kg(スタンド込み)
● 備考:写真の専用スタンド付属
● 問合せ先:(株)アーク・ジョイア ☎ 03(6902)0480
● 発売:2011年
● 試聴記掲載:181号
2010年、「普遍」(クテマ)と名乗るスピーカーシステムが登場した。イタリアの名高いブランド「ソナス・ファベール」の創立者であるフランコ・セルブリン氏が、自らの名前を冠したブランドを新たに設立し、その第一作目として発表したモデルである。
オーディオ界には古今東西、数多の優れた製品開発者が存在し、数々の素敵な機器が登場してきたわけだが、その中で「名匠」の称号がふさわしい人物となると、私はフランコ・セルブリン氏の名前を真っ先に挙げたくなる。技術的に優れ、頭脳明晰、そして感性も豊かな設計者ならば、他にもいよう。しかしその上で、類稀なる美的センス、精緻で優美な造形、再生音楽に対する確とした哲学を備えているとなると、フランコ氏の右に出る人はそうはいないのではないだろうか。私が名匠と呼ぶ所以である。
ソナス・ファベールの創業者であるフランコ・セルブリン氏(写真右)は、独立後に自身の名前を冠したブランド「フランコ・セルブリン」を立ち上げ、マッシミリアーノ・ファヴェッラ氏(写真左/セルブリン氏の娘婿でもある)とともにスピーカー作りに取り組んできた。セルブリン氏は、「Ktêma」「Accordo」という2つの作品を生み出したのち、2013年に逝去。現在はファヴェッラ氏が跡を継ぎ、前述の2つのモデルを作り続けるほか、「Lignea」「Accordo Essence」など新たなモデルを世に送り出している。
ソナス・ファベールがハイエンドブランドとしての地歩を固める大きな役割をはたした「エレクタ・アマトール」にせよ、ブランドの名声を確固たるものとした「ガルネリ・オマージュ」にせよ(どちらも小型2ウェイ機である)、それまで誰も考えつかなかったような美術工芸品のような趣と佇まいを備えていた。つまり、音質だけでなく、存在そのものが美しく映え、生活を、人生を、豊かにしてくれるスピーカーであることが、多くの他ブランドの製品とは一線を画するところだった。もちろんこれらはフランコ氏の設計(デザイン)だ。フランコ氏の作品は彼の哲学・美学を色濃く反映するものであったが、物理特性の面でも一級品で、知性と感性のバランスが素晴らしく取れていた。だから私は、彼が設計するスピーカーシステムにはいつも最大級の敬意を持って接してきたつもりである。
デビュー作、クテマが聴かせた音楽再生の奇跡。そして"調和"を冠したアッコルドの登場
そして「クテマ」の登場だ。まずその、「普遍」というネーミングにシビれた。実機に接すれば一目瞭然だが(写真でも一目瞭然だろう)、これまで見たことのないフォルム、美しい仕上げ、内部に後ろ向きにセットされたウーファーを持つ独創的な構造等々、フランコ氏でしか作れない、それはそれは見事なスピーカーシステムである。独創的ではあるけれど独善的ではなく、過去をよく知り未来を見つめる設計者の、優れた主観が客観に昇華した……すなわち普遍性を備えた作品であった。ソナス・ファベール時代よりも、いっそう個人的な立場で作られたにも関わらず、普遍性を感じさせるのは、フランコ氏の恐ろしいほどの才能の証だろう。
フランコ・セルブリン第一作
Ktêma ¥4,680,000(ペア・税抜)
“ktêma es aei”という古代ギリシャの言葉に由来し、「Ktêma(普遍なるもの)」と名付けられたブランド第一作(2010年発売)。緩やかな曲線を描いて後方に広がる独創的なデザインは、円形劇場の舞台配置から着想を得て生み出されたものという。前面には180Hz以上の帯域を受け持つ3基のユニットを搭載するいっぽう、180Hz以下の帯域を担う2基のメタルコーンウーファーは、リアバッフルに後ろ向きに取り付けられており、ウーファーからの音は、その対向面(最後部)に設けられた反響板に当たった後、両側面のスリットから放射される構造となっている。なお、発売から10年以上を経たいまでも、本誌ベストバイコンポーネントで入賞し続けている。
その最初の試聴は、菅野沖彦先生の自宅で、先生と一緒に行なわせていただいた。菅野先生の絶妙な選曲と音量調整が相まって、クテマは奇跡と言いたくなる隔絶した音楽再生をやってのけた。ディスクを替えるたびに、そこに実感を伴った音楽の幻影が現われた。あれは再生音楽のひとつの精髄(クインテッセンス)であった。そしてクテマの試聴記が、菅野先生の最期の製品レヴューとなったのだった。
クテマのデビュー、つまり「フランコ・セルブリン」ブランドの誕生からしばらくして、輸入元であるアーク(現アーク・ジョイア)の創業者であり、フランコ氏のよき友人である野田頴克さんから、同ブランドの第二弾の製品の情報を教えていただいた。ポイントは小型スピーカーであること。すぐさま私は、前述した「ガルネリ・オマージュ」や「エレクタ・アマトール」を思い出した。フランコ氏の小型システムは特別なのだ。つぎに、その名前は「アッコルド」であると聞かされたとき、私は思わず息を呑み、すぐさま「アッコルドって『調和』ですよね。それは凄い!」と興奮気味に応えた。調和は西洋音楽におけるもっとも重要な価値観であり、音楽を音楽足らしめる基本的な概念でもあるからだ。普遍の次は調和なのか……、フランコ氏のセンスに脱帽した。
日本に上陸したアッコルドを目の前にして、私はクテマのときと同様に、呆気に取られた。なんと美しく独創的なことよ。勝手にガルネリのような雰囲気なのではと思っていた、私の想像力の乏しさが情けなかった。
フランコ氏とイタリアでお会いした際、小型システムを作る理由をうかがった。答えは「私は木製のエンクロージュアが好きで、できることなら無垢材を使いたいのだけど、無垢材は長期安定性を保つのが難しく、中型以上のシステムの躯体には使うことができない。しかし、小型スピーカーならば、無垢材の優れた特質を最大限に活かしたシステム作りができる」という明解なものだった。
小型スピーカーであるがゆえにクテマの上を行く幻想性。いまでもなお、アッコルドが特別であることに変りはない
ところで、本誌前号(230号)のスピーカー特集の中で私は、「(個人的に)オーディオ再生には幻想性やファンタジーが欲しい」といった趣旨の発言をしている。また、心を完全に持っていかれるような奇跡的な再生音楽体験を得るためには、どこかに魔法のようなものが必要だと(真面目に)思っている。その魔法は主には聴き手側の心理が握っているのだと思うけれど、フランコ・セルブリンのスピーカーシステムにも魔法が込められていると思うことがある。
クテマやアッコルドから幻想が立ち昇るさまを、私は何度か目撃した。そのようなとき私は「これは魔法のスピーカーだ……」と呟くのだ。そして、幻想性という意味では、小型であるがゆえに制限があるアッコルドが上を行く。そういえば、アッコルドのカタログには、Quality of Illusion(上質な幻想)との文言がある。加えて、小型スピーカーにはマジックがある、との記述もある。オーディオの本質を見抜いている人の言葉である。木質の温かさをベースにした、質感豊かで先鋭的なサウンドはたいそう魅力的だ。
だが、正直なことを言えば、フランコ氏の理想とするサウンドのバランスと、私の理想とするそれとでは、わずかではあるけれども相違があるように感じることがある。にも関わらず、アッコルドもクテマも、そのサウンドに接すると私は音楽の幻想に思う存分に浸ることができる。おそらくそれは、自然とその再生音に敬意を抱いて聴いているからではないか。これは好みの問題ではなくレベルの問題であり、それが私が長年、アッコルドとクテマを高く評価している理由なのだろう。
アッコルドはフランコ・セルブリン氏の最期の作品となった。ブランドは娘婿のマッシミリアーノ・ファヴェッラ氏が引き継ぎ、創業者の遺志を現代に伝えてくれている。最新作の「アッコルド・ゴルトベルク」は優れた出来栄えで、音響的ポテンシャルはオリジナル機を凌ぐものがあるかもしれない。それでもなお、アッコルドとクテマが特別なモデルであることに、変りはないのだけれども。
トゥイーターはセルブリン氏と親交が深かったドライバーユニットデザイナー、ラグナー・リアン氏の設計による、2.9 cm口径のシルクドーム型を搭載。その下に配置された、15 cm口径のスライスド・ペーパーコーン・ウーファーは、中心部に金属製のフェイズプラグを備えている。
ウォルナットの無垢材を用いた「Accordo」のエンクロージュアは、左右非対称形のスペキュラー(反射鏡面)デザインと呼ばれる形状で、天面と底面以外に平行面を持たない。バスレフポートは内側に向けて1基設けられ、クロスオーバーネットワーク回路は付属スタンドの内部に搭載。小型ながらもエンクロージュアの内容積を十分に確保するための工夫がなされている。下はセルブリン氏によるスケッチ。
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本記事は『ステレオサウンド No.231』
特集「ベストバイコンポーネント注目の製品 選ばれるその理由」より転載