「原爆の父」と呼ばれたオッペンハイマー博士が、苦悩しながらも原爆を完成するまでと、その後の葛藤を描いた人間ドラマである。
クリストファー・ノーランが監督し、米国では昨年の7月に公開され、歴史作品として過去最高の興行収入をもたらした。前評判通り、第96回アカデミー賞では、作品賞を始め、監督賞、撮影賞、作曲賞など7部門で授賞を果たしている。様々な理由から日本での公開は見送られてきたが、ようやく3月29日に封切られることになった。
太平洋戦争末期を扱った物語だが、戦争の場面はなく、オッペンハイマーの脳内で起こる核融合のイメージを描いたシーンや、原爆の完成に至るまでの数々の実験の部分が音響的にも派手な作りになっている。ノーラン作品らしくフラッシュバックが多用された難解な構成なので、一瞬を逃すと迷路に入り込む。そうした意味では見る側にも緊張感を強いるし、それが物語への没入感を高めていると言ってもいいだろう。
今回はIMAXシアターの試写会で視聴したが、500席ほどの劇場がほぼ満員という盛況ぶり。いかに本作の注目度が高いかがうかがえた。この作品については様々な視点からの意見が語られているが、そこについては観た人自身が判断するべきことなので、ここでは語らない。
映像面ではカラーからモノクロへの変化に加え、画角が細かく切り替わる。縦長画面いっぱいに人物がアップになったり、引きの風景が挿入されるカットなど、いささかせわしない印象もあったが、ノーランがここにどんな演出意図を込めたのか、推測しながら見てみるのも面白かった。また、65mmフィルムを使った撮影はたいへん丁寧で、全体的にS/Nがよく、男性も女性もフェイストーンがとても綺麗に捉えられている。
音楽は「テネット」と同じくルドヴィク・ゴランソンが担当しているが、スコアの扱い方が独得で、同じ音の連続や下降旋律を多用し、不安定さや恐怖感を演出する。トリニティ計画の実験シーンは音楽のバックアップも加わり、最高潮に達する山場である。IMAXシアターの12.0chサウンドは、迫力重視といった印象で、豪快なサウンドが押し寄せてきた。この大音量は劇場ならではの体験だろう。
さて本作は、昨年12月に米国盤UHDブルーレイも発売されている。IMAXでの視聴後にパッケージソフトもわがホームシアターで追体験してみた。映像面での画角の切り変わりは少なく、そうした意味では落ち着いて観ることが出来るし、解像感も劇場以上に緻密に思えたのが面白かった。
音声はDTS-HDマスターオーディオ5.1ch収録で、明瞭度の高いダイアローグとともに、要所要所でLFEが全開になるノーランらしい演出が施されている。
また「テネット」でもサウンドデザインを担当したリチャード・キングの大胆な音響演出はこの作品にも受け継がれ、オッペンハイマーの脳内を描いたシーンや核実験の場面では、静から動へと音のダイナミクスが突然変化するため、ホームシアターにとって、スピーカーが耐え得るかどうかの試金石にもなるだろう。
史実に基づいた作品だが、オッペンハイマーとアインシュタインの間にあんな会話があったのか、と思わせるシーンなど不思議と印象に残る。さらに戦後の公聴会での出来事や共産主義者の摘発、そして政治的な駆け引きに翻弄されるさまがリアルに描かれているので、字幕付きでも理解が難しいくらいだ。
3時間という長編ながら、映像、サウンド、ドラマの深さに引き込まれてその長さをまったく感じなかった。StereoSound ONLINE読者もまずは劇場で “体験” し、その後はパッケージメディアで繰り返し吟味していただきたい。
『オッペンハイマー』
●3月29日(金)、全国ロードショー IMAX®劇場 全国50館 同時公開
●配給:ビターズ・エンド ユニバーサル映画
<作品情報>●監督・脚本・製作:クリストファー・ノーラン●製作:エマ・トーマス、チャールズ・ローヴェン●原作:カイ・バード、マーティン・J・シャーウィン 「オッペンハイマー」(2006年ピュリッツァー賞受賞/ハヤカワ文庫)/アメリカ●2023年/アメリカ
<出演>キリアン・マーフィー、エミリー・ブラント、マット・デイモン、ロバート・ダウニー・Jr.、フローレンス・ピュー、ジョシュ・ハートネット、ケイシー・アフレック、ラミ・マレック、ケネス・ブラナー
●配給:ビターズ・エンド ユニバーサル映画 R15
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