アナログオーディオの楽しみかたは色々あるが、愛聴盤をいい音で聴きたいというのは愛好家全員の願いだ。例えばカートリッジをグレードアップするのもそのためだし、僕もプラグイン式のトーンアームを採用したプレーヤーのユーザーには、こうした方法を薦めてきた。
だが、この後の経路に関してついついおまかせになってはいないだろうか。最近はAVセンターもフォノ入力を装備しているので、わざわざ単体のフォノアンプを用意するファンは少ない。しかもフォノアンプは高価なモデルが多いから、グレードアップするにしても二の足を踏みがちだ。今回紹介するSOtM(ソム)のフォノアンプ「sPQ-100PS」は比較的リーズナブルなプライスでそのニーズを叶えてくれる数少ない製品として紹介してみたい。
フォノイコライザー:SOtM sPQ-100PS ¥275,000(税込)
<設定できる主な項目>
●MM/MCカ−トリッジの選択
●入力インピーダンス・容量選択
●ベースブーストレベル選択
●ベースターンオーバー周波数選択
●高周波ロールオフ周波数選択
●トータルゲイン選択
●接続端子:アース端子付きアナログ入力(RCA)、アナログ出力(RCA)
●信号レベル/インピーダンス
MM入力
信号レベル:3mVac〜10mVac@ 1kHz
推奨インピーダンス:47kΩ
推奨静電容量:100pF〜330pF
周波数応答:20Hz〜20kHz
MC入力
信号レベル:0.1mVac〜1mVac@ 1kHz
推奨インピーダンス:15Ω〜500Ω
周波数応答:20Hz〜20kHz
●寸法/質量:W106×H48×D245mm(両ユニットとも)/合計3kg未満
ソムは韓国・ソウルに拠点を構え、デジタル機器で成長してきた、15年の歴史を持つオーディオメーカーである。現在のラインナップを見るとネットワークプレーヤーを始め、ネットワークスイッチやUSBリジェネレーターなどが並ぶが、いずれもコンパクトにまとめた物づくりが目に付く。
そのソムが手掛けた初のアナログ製品が、sPQ-100PSである。開発の背景には、開発者が幼少期から聴いていたアナログレコードへの憧れが昂じたとあるが、いきなりフォノイコライザーにチャレンジしたところに思いの深さがあるようだ。
入力は1系統だが、天板に設けられたスライドスイッチで、MM型とMC型の切り換えに加え、MM型では負荷容量、MC型では負荷インピーダンスの切り換えが行なえる。
さらにこのモデルの特徴として「RIAA」カーブ以前のレコードについてもイコライジングが可能。「ターンオーバー」(低音部の補正)と「ロールオフ」(高域のフィルター特性)機能を設けており、モノーラルのLPレコードまで対象にした幅広いEQ(イコライジング)ができるよう作りこまれているのだ。
ターンオーバーは250/354/500/800Hz、ロールオフは1592/2122/2500/3183Hzから選択できる。詳細はコラムを参照いただきたいが、その他の設定値の組み合わせで、「AES」「NAB」「TELDEC」「CCIR 78」「IECN 78」「ColumbiaLP」「RCA Old Orthophonic」「LONDOLP」のイコライジングカーブに適応可能というわけだ。
アナログレコード入門層の中にはイコライジングカーブは「RIAA」だけと思っている人も多いだろう。しかし「RIAA」が1954年に制定される以前、レコード会社は各社各様のイコライジング特性を用いてレコードをカッティングしていた。そのため、それらのレコードを「RIAA」で再生するとハイ上がりになったり、逆に低域がだぶついたりしていた。
ソムがsPQ-100PSにイコライジングカーブの切り替え機能を設けたのは、こうした問題を解消したかったからに他ならない。もちろん基本性能も優れているので、フォノアンプのグレードアップ用としても充分にその役を果たしてくれるはずだ。
試聴はsPQ-100PSの基本特性を確かめるべく、ぼくが手掛けた情家みえ「エトレーヌ」のアナログレコードから始めた(『RIAA』カーブでカッティング)。
最初に感じたのは、ストレスなく聴ける音を再現するフォノアンプだということ。コンパクトな筐体だし、機能を重視した作りなので、窮屈な音がするのではないかと予想していたが、そんなことはまったくなく、S/Nの高いスムーズでていねいな音を描き出す。
今回は自宅での試聴なので、カートリッジにはミューテック「RM-KANDA」を使い、sPQ-100PSの出力をマークレビンソン「No.32L」につないでいるが、ヴォーカルには情感が籠っているし、サイズのわりに堂々とした鳴りっぷりで、レコードの美味しさをそのまま引き出している感じである。
電源部は別筐体で、外部から給電する方式。結構重いのでアナログ電源かと思っていたら、パルス電源だという。だが、パルス電源にありがちな薄口傾向ではなく、音に厚みがある。デジタル機器用の電源も多く手掛けてきたというソムだけに、納得の作りこみである。
続いて1978年に収録されたリッカルド・ムーティ指揮フィラデルフィア管弦楽団の『火の鳥』を「RIAA」の設定で聴いてみた。中高域にかけていくぶん優しい感じではあるが、音のダイナミクスを充分に引き出してくれる。
次に、サンタナが1970年にリリースしたセカンドアルバム『天の守護神』のステレオ仕様・米国盤を取り出した。なぜこのアルバムを選んだかと言うと、あるサイトでこのアルバムは「Columbia LP」でカットされていると書かれていたからだ。以前から高域の賑やかな音作りだと感じていたが、てっきり「RIAA」だと思って疑いもしなかった。
そこで「Columbia LP」で再生してみると、キラキラした感じがなくなって空間も広がるし、音の動きがはっきりわかる。このレコードはこっちのモードが正しいと断言したい。当時はモノーラル盤が流通していたことも影響していたのだろうか。
それならばと、同時期にコロムビアから発売されたジャニス・ジョップリンをフィーチャーしたビッグ・ブラザーとホールディング・カンパニーのレコードを聴いてみた。このレコードは当初からハイ上がりでジャニスの声も硬いなと感じていただけに「Columbia LP」を選択してみると、音に余裕が生まれスムーズな表現になった。レコード盤に針を降ろした時のノイズの出方が違うことからも、「RIAA」ではないことを確信した。
ここからはデノンのモノーラル型カートリッジ「DL-104」に交換してモノーラル盤を試聴した。プラターズの10インチ盤『スモーク・ゲッツ・イン・ユア・アイズ』(マーキュリー盤)は、EQカーブがわからないので、色々と試してみた。「RIAA」だとヌケがよくスムーズで、「Columbia LP」だと落ち着くものの、しっくりこない。「NAB」はヴォーカルの表情が前にでて来るように変化する。
フェスティバル・カルテットが演奏するシューベルトの『鱒』(ビクター盤)は「NAB」だと低域が盛り上がるし、「RCAOld」だと少しこもり気味になる。結果としてこのレコードは、「RIAA」が一番バランスがよかった。
エラ・フィッツジェラルド『エラとその仲間』(デッカ盤)でも色々なEQカーブをテストしたが、「RIAA」が音に優しさがあり、ヴォーカルのニュアンスも豊かに描き出した。
こうしてモノーラルLPを聴いてみると、実際にレコードを再生して違和感のないEQカーブを見つけることが、持ち味を引き出すことにもつながると感じた。「RIAA」しか対応していないフォノアンプの場合は、実際に音を聴いて、トーンコントロールで調整してもいいだろう。何が何でもフラットレスポンスで聴くことだけが、レコード再生の楽しみではないように思った。
それにしても60年代から70年代にかけてのジャズやロックのレコードの中には、ステレオ盤であっても「RIAA」でカッティングしてないものがあるなんて思いもよらなかった。
僕がずっと違和感を抱いてきた1969年にリリースされたキング・クリムゾン『クリムゾンキングの宮殿』をチェックしてみたら、最終的にターンオーバーは500Hz(RIAAで採用されている値)で、ロールオフを1592Hz(Columbia LPで採用されている値)にセットすることで音が落ち着き、それまで聴こえなかったドラムの細やかな動きまで現れた。
こうしてみると60年から70年代にかけてのロックのレコードは、「RIAA」で再生した場合、ある種の修行にも通じる体験のなるようにも思えてきた。EQカーブの違いでこれだけ音の表情が変わることを知ってしまうと、手持ちのレコードすべてを試してみたくなるはずだ。この年代の音楽をよく聴くレコードファンは、sPQ-100PSが生み出す“違い”を体験してほしい。
イコライザーカーブは、レコードに長時間記録するために欠かせない。
sPQ-100PSは9種類のカーブをスイッチ操作で設定可能だ
1954年、米国のレコード工業会(Recording Industry Association Of America)の定めたレコード製作上の規格を指す。それまでレコード会社ごとにまちまちだったレコードのカッティングと再生のためのイコライジングカーブを、RCAが開発した「New Orthophonic」を元に制定した。
レコードに音溝を刻む場合、フラットな周波数特性では溝の幅が広くなるため、収録時間が短くなる。そこで基準となる1kHzを境に低音域を弱く、逆に高音域を強く刻むことで音溝の平均化を行なって長時間記録を実現しているのだ。レコードを再生する時にはカッティング時のイコライザーカーブを元に戻すための“逆特性”を持ったイコライザーが必要になる。(潮 晴男)