1月末にソニーから発売された、ウォークマンの新ラインナップ「NW-ZX707」「NW-A307」「NW-A306」が、いずれも市場で好評だという。昨年登場したフラッグシップモデルの「NW-WM1ZM2」やその弟機「NW-WM1AM2」で使われた様々な技術を継承し、カジュアルモデルという位置づけながら、優れた音質を実現しているからだ。そこで今回は、ソニー社内の通称「ウォークマンルーム」にお邪魔し、製品開発を手がけたソニー株式会社 ホームエンタテインメント&サウンドプロダクツ事業本部パーソナルエンタテインメント事業部 商品企画担当 田中光謙さん、設計プロジェクトリーダー 佐藤朝明さん、音質設計担当 佐藤浩朗さんにお話をうかがっている。(StereoSound ONLINE編集部)

憧れのトップモデルから多くの高音質技術を継承。
より長時間のストリーミング体験も可能になった、ハイエンドウォークマン

画像: 新世代ウォークマン「NW-ZX707」「NW-A300」は、 “数値では語れない音” を表現できる次元に達した。僅かな妥協も許さない開発陣の思いを聞く(前):麻倉怜士のいいもの研究所 レポート91

ソニー NW-ZX707 市場想定価格¥105,000前後(税込)

●対応フォーマット:FLAV、WAV、Apple Lossless、AIFF、DSD、APE、MQA、MP3、AAC、HE-AAC
●対応サンプリング周波数/ビットレート:最大リニアPCM 384kHz/32ビット、DSD11.2MHz
●内蔵メモリー:64Gバイト(実使用可能領域約47Gバイト)
●OS:アンドロイド12
●ディスプレイ:5.0型(1280×720ドット)
●Bluetoothコーデック:SBC、AAC、LDAC、aptX、aptX HD
●特長:USB DAC機能、S-Master HX、DSEE Ultimate、ソースダイレクト、microSDカードスロット、他
●接続端子:3.5mmヘッドホン出力、4.4mmバランスヘッドホン出力、USB Type-C
●寸法/質量:W72.5×H132.3×H16.9mm/約227g

麻倉 皆さんご無沙汰いたしました。先々月末にウォークマン3モデルが発売され、市場の評判も上々と聞いています。今回はその新製品について詳しいお話をうかがいたいと思っています。

田中 お越しいただきありがとうございます。お陰様で昨年3月に発売した上位モデル「NW-WM1ZM2」「NW-WM1AM2」ともたいへん好評で、一時は品薄になるほどでした。それから1年、中堅モデルとして「NW-ZX700」「NW-A300」シリーズを発売することになりました。

 NW-ZX707はNW-ZX507の後継機で、ソニーストア価格で¥104,500、NW-A300シリーズは内蔵メモリーが64GバイトのNW-A307が¥57,200で、32GバイトのNW-A306が¥46,200です(いずれも税込)。

麻倉 NW-WM1AM2が市場想定価格18万円前後でしたから、NW-ZX707との価格差も小さくなってきた印象がありますね。

田中 おっしゃる通りで、店頭でもNW-ZX707とNW-WN1AM2でどれくらいの差があるのかが話題になっているようです。

 実際NW-ZX707やNW-A300シリーズは上位機と開発時期もオーバーラップしており、培ってきた厳選パーツをふんだんに投入しています。とはいえそれぞれの価格帯での違いはしっかりありますので、そのあたりは後ほど実際の音を聴き比べていただければと思っています。

麻倉 そうですね、しっかり聴かせてもらいましょう(笑)。ではまず、NW-ZX707がNW-ZX507から進化しているポイントを教えて下さい。

田中 まず、プラットフォームを刷新し、SoC(システム・オン・ア・チップ)も新しくしました。現行モデルに対するユーザーからの改善要望として、ストリーミングサービスアプリの使用時にバッテリーの減りが早いというご指摘をいただいていました。そこで、プラットフォームから見直して、バッテリーの持続時間を伸ばしています。

画像: NW-ZX707は、本体上側に3.5mmアンバランスと4.4mmバランスヘッドホン出力を、下側にはUSB Type-Cコネクターを装備する

NW-ZX707は、本体上側に3.5mmアンバランスと4.4mmバランスヘッドホン出力を、下側にはUSB Type-Cコネクターを装備する

麻倉 これまでは連続再生時間はどれくらいだったのでしょう?

田中 音楽ストリーミングサービスアプリ使用時では、NW-ZX507で最大10時間前後でしたが、NW-ZX707では最大約22時間になりました。

佐藤(浩) 市場に出ている製品としては10時間でも決して短くはないと思いますが、音楽専用再生機のウォークマンということで、ユーザーからバッテリー持続時間向上のご要望をいただきました。

佐藤(朝) 弊社の音楽再生アプリ「W.ミュージック」アプリを使っていただければ、NW-ZX507も最大約20時間の連続再生ができるのですが、音楽ストリーミングサービスのアプリを使うと半分くらいになっていました。

田中 今回はそこを大幅に伸ばして、どのアプリを使っても同じくらいバッテリーが持続するようようと考えました。この点と音質進化の2点を同じくらいのプライオリティに位置づけて開発を進めています。

佐藤(朝) 以前のモデルでは、W.ミュージックが動いている時には、SoC側の電力もスーパーローパワーモードになるようにカスタマイズしていました。しかし音楽ストリーミングサービスのアプリになると我々が制御できない動作をするので、SoCの電力消費量はアプリに依存してしまいます。をするので、SoCの電力消費量は増えてしまいます。そのためどのアプリを使うかでバッテリー消費量に大きな違いができていたのです。

 これを解決するには、SoCを根本的に省電力にしないと駄目でした。前モデルのプラットフォームでは社内共通のオーディオ用SoCを使っていたのですが、今回はウォークマン用として新しいSoCを選定しています。その結果、W.ミュージックなら最大約25時間、音楽ストリーミングサービスのアプリでも最大約22時間のバッテリー持続時間を実現できました。

 省電力化を達成したことによって、実は音質にもいい影響が出てきました。というのも、デジタル段の電力が減るということは、電源ノイズの影響が減ることになるからです。ノイズが減ったことが、音の透明感やクリアーさに貢献していることが試作機の段階でもわかりました。SoCを刷新したことは、電力と音質の両方でいい影響が出ています。

画像: NW-ZX707の内部構造。本体はアルミ削り出しのシャーシで、リアパネルにも一体型アルミが使われている

NW-ZX707の内部構造。本体はアルミ削り出しのシャーシで、リアパネルにも一体型アルミが使われている

田中 NW-ZX707に搭載しているバッテリーパックはNW-ZX507とまったく同じ部品で、容量も変わっていません。SoC の低消費電力化だけでここまでの長時間化が実現できているのです。

麻倉 今回採用したSoCはどこの製品ですか?

佐藤(朝) 公表はしておりませんが、半導体の表面のマーキングを見れば分かってしまうと思いますので申し上げますと、今回はクアルコムさんの製品を使っています。

麻倉 クアルコムというと本当にメジャーな製品ですが、それでもSoCの使いこなしでそこまでの省電力化ができるということなのですね。

佐藤(朝) SoCの選択についても、省電力という点がポイントになりました。処理速度が速くなるとどうしても消費電力も大きくなります。しかしオーディプレーヤーとしてのウォークマンではそこまでのハイスペックが必要というわけではありませんので、音楽を聴くために必要なスペックとのバランスを見て選んでいます。

田中 もうひとつのNW-ZX707の進化点として、ディスプレイがNW-ZX507の3.6インチから5インチに大型化しました。ZXシリーズのユーザーは、歩きながらというよりは、自宅やカフェなどで座って音楽を楽しむという方が以前よりも多いと言う調査結果があった為、その際にゆったりと操作していただけるように配慮しています。

 また今回はZXシリーズとして初めて「DSDリマスタリングエンジン」(注:W.ミュージックアプリで有線イヤホンのみ有効)を搭載していますが、これはWM1M2シリーズと同じ回路になります。またNW-ZX707ではUSB DACとして使った場合にも、DSDリマスタリング機能が使えるようになりました。

画像: NW-ZX707のシャーシは片側から削り出す新しい方法で作られている。上の写真のようにひじょうに細かい段階を踏んでていねいに作業されている

NW-ZX707のシャーシは片側から削り出す新しい方法で作られている。上の写真のようにひじょうに細かい段階を踏んでていねいに作業されている

佐藤(浩) ここからNW-ZX707で採用したパーツについてご説明いたします。ハイレゾ対応ウォークマンの「NW-ZX1」を発売してから、今年で10年が過ぎました。当時からアルミの切削シャーシは継続採用しています。

 切削したパーツは、アルマイト処理を加えています。ただしアルマイトは酸化膜なので、基板と電気的に導通させたい部分はレーザーで剥離してアルミを露出させて抵抗値を下げるという処理も加えています。

麻倉 そんな所まで気を配っていたとは、本当にマニアックですね。

佐藤(浩) またポータブル機器の為、強度を考えると背面にはステンレスを使うのが一般的なのですが、私はステンレスの音があまり好みではない為、アルミを採用しました。

 またCPUの周りを囲むプレートが、無酸素銅製になりました。WM1M2シリーズと同じノイズ対策術ですが、実はNW-ZX707の方がプレートのサイズとしては大きいのです。基板設計の関係から、NW-ZX707の方がCPU周りに少しゆとりがあり、それを覆う関係上、大型化しています。

 なおこのプレートの発想は、基板とシャーシの間に隙間があるので、そこを銅で充填するというアイデアをメカ設計者が提案してくれたことで生まれました。試してみたら、ノイズ対策以外にもグランドが増えたことで音がよくなりました。

麻倉 なるほどね。どんな隙間も無駄にしなたくいというこだわりが、音質改善につながったと。

佐藤(浩) また銅に直接金メッキをすることは通常はありえません。というのも、その状態では時間が経つと赤くなってしまうので、メッキメーカーにとっては非常識なオーダーなのだそうです。今回はメッキメーカーにその点をじっくり説明して、やっと実現してもらいしました。

画像: NW-ZX707の基板。左の金色の枠で囲まれた部分がDSPなどのデジタルパーツが並ぶエリアで、ここに金メッキされた無酸素銅のプレートが取り付けられる。右の上側に4つ並んでいるのがFTCAP3コンデンサー

NW-ZX707の基板。左の金色の枠で囲まれた部分がDSPなどのデジタルパーツが並ぶエリアで、ここに金メッキされた無酸素銅のプレートが取り付けられる。右の上側に4つ並んでいるのがFTCAP3コンデンサー

佐藤(朝) 色は変わってしまうのですが、今回は内部部品で、人の目に触れることはないので、良いと判断しました。

麻倉 メッキ業界にとっては非常識なことでも、いい音のためにやってもらったと。そこまで要求するクライアントもいないでしょうね。

佐藤(浩) FTCAP(新開発高分子コンデンサー)も今回で3代目になりました。内部構造は公表できないのですが、ずっと切磋琢磨して作り上げてきたパーツでもありますので、継続して採用することにしました。

 電源用の大容量固体高分子コンデンサーもWM1M2シリーズで採用したものと同じです。最初はひとまわり小さいサイズを予定していたのですが、試しに大きなコンデンサーに変えてみたところ、とても良い音になったのです。この大きなコンデンサーを採用する為にデザイナーが再度デザインを検討し、背面カバーに膨らみを設け、ラバーゴムの裏側を削って違和感のないように納めてもらっています。

麻倉 そんな手間をかけてもコンデンサーは大きくしたかったと。

佐藤(浩) 容量的には20%くらいの差なのですが、やはり大型の方が音は良いです。そして通常は型番などを印刷するために本体表面にコーティングをかけるのですが、それでは音に影響がある為、FTCAPはアルミに直接印刷しています。印刷の乗りが悪いため、量産するのがたいへんです(笑)。

麻倉 アルミに直接印刷するのは難しいでしょうからね。印刷をしないというわけにはいかないのですか?

佐藤(浩) それも試したのですが、かえって音がよくなかったのです。さらに今回、WM1M2シリーズで使っていたインクが手に入らなくなってしまいました。インクによっても音が変わるので相当悩んだのですが、コンデンサーの内部構造を変えることで、なんとか対応できました。

画像: 無酸素銅の切削ブロックに直接金メッキを施したプレート(左)。サイズはNW-WM1ZM2よりも大きくなっているとのこと

無酸素銅の切削ブロックに直接金メッキを施したプレート(左)。サイズはNW-WM1ZM2よりも大きくなっているとのこと

麻倉 コンデンサーの構造を変えるというと、具体的にどんなことをやったんですか?

佐藤(浩) コンデンサー内部の高分子素材は結構カリカリしていて、振動に弱いのです。そこで周囲に隙間を空けています。

佐藤(朝) ウォークマンはヘッドホンでの試聴がメインですから、本来は振動の影響はあまり関係ないはずなのですが、地磁気があって交流電流が流れていると、何らかの影響は出てくるのかもしれません。

佐藤(浩) バッテリーのセルも、保護回路まで弊社で手を入れたカスタム品です。

麻倉 これはNW-ZX507と同じパーツとのことでしたね。

田中 今回はA300シリーズにも同じセルを搭載しました。再生時間が延ばせるのと音質向上にもつながる為、なんとかして採用したいと考えたのです。

佐藤(朝) A100シリーズは背面にNFC用のアンテナが入っていたのですが、今回はそれを外して、空いた空間を使ってバッテリーを大きくしています。容量も増え、結果としてA300の音もよくなっています。

佐藤(浩) NW-ZX707は基板面積も大きくなっていますので、それを活かしてWM1M2シリーズと同じNCフィルターの大型コイルを使えるようになりました。NW-ZX507はひとまわり小さなコイルだったのですが、今回はまったく同じです。さすがにバランス出力側だけですが。

佐藤(朝) NW-ZX707はアンドロイドOS搭載機なので無線アンテナも内蔵していますが、このアンテナを基板の一番下に持っていき、オーディオブロックを上側にすることで、影響が出ないような設計を考えました。特に5G帯域ではノイズも強くなってしまいますので、そこのアイソレーションには気をつけています。

画像: 電源の大元には大容量固体高分子コンデンサーを採用(写真右の横になっている部品)。このパーツを収めるために、リアパネルの一部にくぼみを設けている

電源の大元には大容量固体高分子コンデンサーを採用(写真右の横になっている部品)。このパーツを収めるために、リアパネルの一部にくぼみを設けている

田中 もうひとつ、NW-ZX507では基板レイアウトの制約もあってUSB Type-Cコネクターが側面に配置されていました。そのためレザーケースを開けないと充電できないという不便さがありました。しかしNW-ZX707ではちゃんと底面に持ってきましたので、使いやすくなっています。

麻倉 確かに、充電は簡単にできるにこしたことはありませんからね。こういった気配りはユーザーに喜ばれるはずです。

佐藤(浩) クロックは小型低位相ノイズ水晶発振器で、チップはWM1M2シリーズと同じものを搭載し、44.1kHz系と48kHz系の2個を準備しています。NW-ZX1の頃はクロックはひとつだったのですが、「NW-ZX2」からふたつに増やしています。

佐藤(朝) 今回SoCをクアルコム製に変更したのですが、クロックを切り替えるという発想がなかったのです。そのため従来からウォークマンで対応していたパスを通すためにアンドロイド12上でカスタマイズして対応しています。

麻倉 アンドロイドを使うとなると、色々な認証をとらなくてはいけないから、そこはたいへんですね(笑)。

佐藤(朝) USB DACの機能も、アンドロイドOSではハイレゾ対応のステレオ/ビットパーフェクトだったりDSDを受ける仕組みがなかったので、その機能を持たせながらGoogleの認証を取るのが本当にたいへんでした。

佐藤(浩) とはいえ、最近はストリーミング対応が必須ですから、その意味ではアンドロイドOSは最適な選択肢だったと思います。

佐藤(朝) ユーザーにとってはアプリが自由に使えるということも重要でしょうから、そこは押さえつつどこまで高音質化できるかを考えました。

画像: ヘッドホンジャック周りのカバーにアルミ削り出しパーツを採用。これだけでも本体の剛性が変わるとのこと

ヘッドホンジャック周りのカバーにアルミ削り出しパーツを採用。これだけでも本体の剛性が変わるとのこと

麻倉 ここまでお話をうかがって、NW-ZX707とNW-ZM1AM2ではどこに違いがあるのかますますわからなくなってきました(笑)。

佐藤(朝) 同じ事は社内の営業担当からも言われています(笑)。

佐藤(浩) 確かに基板もぱっと見る限りでは似ています。しかし裏側を見ていただくと部品の大きさなどが違います。一番の差はシングルエンド出力で、NW-ZX707は表面実装のコンデンサーを使うことでサイズを抑えていますし、ここのコイルも違いますので、音質差はあると考えています。

 電源もNW-WM1AM2はFTCAP(缶タイプ)を使っていますが、NW-ZX707は部品の高さが低い表面実装品になります。どちらもS-Master HXで電源の影響が大きいので、ここも音質差につながっています。

佐藤(朝) どちらも予算の範囲内でできることはすべて対応していますが、パーツの違い、サイズの違いに起因する差はあると考えていただければと思います。

田中 なお今回ヘッドホンジャック周りのカバーがアルミ削り出しになっています。デザイン的にも綺麗に仕上がりますし、できるだけ剛性感をもたせたいということで贅沢なパーツを使っています。

佐藤(浩) 細かい事ですが、内蔵メモリーとSDカードのどちらから再生しても音が変わらないように、SDカードスロットも音のいい部品を選んでいます。

佐藤(朝) ウォークマン側からSDカードに電源を供給していますが電源の安定度によっても音が変わるので、そこまでしっかり管理できるように考えました。

麻倉 ハイレゾ音源になると容量も大きいから、SDカードに保存した音源を聴く人も増えてくるでしょう。そこがきちんとケアされているのはいいことです。

画像: お話をうかがった皆さん。写真左から、ソニー株式会社 ホームエンタテインメント&サウンドプロダクツ事業本部パーソナルエンタテインメント事業部 商品企画担当 田中光謙さん、設計プロジェクトリーダー 佐藤朝明さん、麻倉さん、音質設計担当 佐藤浩朗さん

お話をうかがった皆さん。写真左から、ソニー株式会社 ホームエンタテインメント&サウンドプロダクツ事業本部パーソナルエンタテインメント事業部 商品企画担当 田中光謙さん、設計プロジェクトリーダー 佐藤朝明さん、麻倉さん、音質設計担当 佐藤浩朗さん

※次回に続く

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