監督最新作は“インディペンデント映画の申し子”だと改めて感じる出来栄え

 ショーン・ペンが、久しぶりに才能を余すところなく発揮した『フラッグ・デイ 父を想う日』。原作は、ジャーナリストのジェニファー・ヴォーゲルが、アメリカ最大級の偽札事件の犯人であった父親ジョン・ヴォーゲルとの“関係”を見つめ直した回顧録。ショーンにとっては7作目の監督作であり、初めて出演も兼ねている。この初挑戦については「プロデューサーの強い説得に根負けして、仕方なく引き受けた。予想通り、ずっとエネルギーを吸い取られる感じがしていた」と、あるインタビューで語っている。

 なるほど、原作と出会ってから構想15年。娘ジェニファー役に実の娘ディラン・ペンをキャスティングしようとして、何度も彼女に「ノー!」と言われ続けて15年。それだけに、15年間熟成した想い=エネルギーが隅々まで感じられて、魅入るばかり。やっぱりショーン・ペンは“インディペンデント映画の申し子”だと、勝手に納得して嬉しくなってしまう。

 たとえば、“平凡な日々を見違えるほど驚きの瞬間に変えてくれる”父との思い出をたどる映像の数々だ。フラック・デイ(国旗制定日)のパレードで「この日に生まれた俺は特別な存在だ」とはしゃぐ父ジョンの輝き。黄金の小麦畑で肩車をしてもらって、くすぐったそうに笑うジェニファー。幼い弟と遊んだ日々……。1970、80、90年代を忠実に再現するために、ARRIのカメラとヴィンテージのレンズを使い、16ミリのフィルムで撮影。そのこだわりは効果抜群で、ベトナム戦争以後の不安定な時代の気分をたっぷりはらんでいる。

画像: 幼い娘ジェニファー(左)にとって、父ジョン(右、演じるのはショーン・ペン)はヒーローそのものだったが……

幼い娘ジェニファー(左)にとって、父ジョン(右、演じるのはショーン・ペン)はヒーローそのものだったが……

画像: 成長し、父の弱さや実像を知ってしまったジェニファー(右)は、反抗心を強めていく。昔のように父を受け入れられる日は来るのか?

成長し、父の弱さや実像を知ってしまったジェニファー(右)は、反抗心を強めていく。昔のように父を受け入れられる日は来るのか?

 物語も、実在するジェニファー・ヴォーゲルが主人公ではあるけれど、そこにはショーンとディラン父娘の素の関係が垣間見られる。知っての通り、ディランが15歳の時に、父ショーンは母で女優のロビン・ライトと離婚。その後もショーンは、女優のシャーリーズ・セロンやレイラ・ジョージと交際や結婚&破局を繰り返し、決して穏やかとはいえない私生活だった。娘としては、「脚本を読んだ時は、まるで自分の日記を読んでいるかのようだった」と後にコメントしているくらい。しかも、ジェニファーの弟役で、ディランの実の弟でもあるホッパー・ジャックも出演しているのだから、なんだかペン一家のファミリー映画とも言える濃厚さだ。

画像: ショーンの息子、ディランの弟でもあるホッパー・ジャック(左)が、ジェニファーの弟役で出演している

ショーンの息子、ディランの弟でもあるホッパー・ジャック(左)が、ジェニファーの弟役で出演している

画像: メイキングより、ショーンとディランの父娘ショット。ふたりの穏やかな表情は、現在の関係がうまくいっていることを窺わせる

メイキングより、ショーンとディランの父娘ショット。ふたりの穏やかな表情は、現在の関係がうまくいっていることを窺わせる

灰皿が飛んでくる!? 取材直前に聞いた“機嫌が悪い”情報に震えるが……

 じつは、“インディペンデント映画の申し子”への私のこだわりは、ショーンの私的な思いを織り込むストーリーテリングにあり、それを彼の口から聞いたことにある。

 1991年9月27日。初監督作『インディアン・ランナー』のプロモーションで、ショーン・ペンが初来日した。もともと気性の激しさで有名なショーンだが、取材待機中に「あまり機嫌が良くないです。今朝、ちょっと暴れたんですよ」などと映画会社のスタッフに耳打ちされれば、余計にビビる。しかし『インディアン・ランナー』は、当時私がハマっていたブルース・スプリングスティーンの名曲『Highway Patrolman』の歌詞の世界をそのまま膨らませた号泣作。ここで引き返すわけにはいかない。「灰皿投げられたら、避ければぁ」などとノーテンキなことを言っている編集者を無視して、いざご対面!

 確かに登場したショーンは、両切りタバコをスパスパ吸いながら、苦虫を噛み潰したような顔だった。それでも、質問にはちゃんと答えてくれた。

 たとえば、本作に出演しなかったのは「監督だけで手一杯。それにデヴィッド・モースとヴィゴ・モーテンセンという最高のキャスティングができたから、僕に出番はないよ。とくにヴィゴとの仕事は最高だった。ちょっと社会に適合できない気質のところに、ベトナム戦争の経験が追い打ちをかけて心が壊れてしまう。でも本質は気さくで素直で、兄貴にとっては切っても切れない、愛すべき弟。そんな男をリアルに、エモーショナルに演じてくれた。僕は、満足している」

 ショーンには、2006年に心臓肥大と薬物使用で亡くなった俳優の弟クリス・ペンがいた。彼は長年にわたり薬物とアルコールのトラブルを抱えていて、当時も兄のショーンは心を痛めていただろう。もちろん、インタビューの場で弟クリスの名前を出すことは憚れたのだけど、それでも本作の脚本はショーンが自ら書いているのだから、個人的な思い入れや体験が込められているのでは?

 「個人的な体験を糸口にしなければ、人間の内面を深く掘り下げられないと思っているから。どうしても、自分の体験や思い出と照らし合わせながら書いたし、演出もした。真実味がないところは、すべて切り取ってね。きっと、ジョン・カサヴェテスも僕の監督デビューを誇りに思ってくれるだろう」。

 ラストのクレジットには、“インディペント映画の父”と呼ばれるジョン・カサヴェテスと、『さらば冬のかもめ』(73年)などで敬愛される監督ハル・アシュビーに捧ぐ、とある。じつは、若い頃からカサヴェテスの朗読会などに参加して、大きな影響を受けていたショーン。彼は『インディアン・ランナー』の前に、カサヴェテスが脚本を書き下ろした『シーズ・ソー・ラヴリー』に主演する予定だった。しかし、肝硬変を病んでいたカサヴェテスの病状が悪化して実現せず。その後、ショーンがハル・アシュビーに映画化を持ちかけたのだが、またしてもアシュビーが病気に倒れて亡くなるという不幸が続いた。

 それでも『シーズ・ソー・ラブリー』は、ジョンの息子ニック・カサヴェテス監督により、ショーン・ペンと当時の妻だったロビン・ライトの共演で、1997年にやっと日の目を見た。

 そんなショーン・ペンを知れば、監督デビュー作や『クロッシング・ガード』(95年)、『イントゥ・ザ・ワイルド』(07年)、さらに新作『フラッグ・デイ 父を想う日』と、“インディペンデント映画の志”が脈々と流れていると感じる。ま、前作『ラスト・フェイス』(16年・日本未公開)はちょっと例外だけど、新作でバッチリ軌道修正したから良し、としよう(笑)。

1985年に行なわれたショーンとマドンナの結婚式では、執拗なマスコミの取材攻撃にふたりとも激怒。ショーンはなんと、会場の上空を飛ぶヘリコプターに向かってショットガンを発砲したという。そんな暴れん坊な彼も、上記のインタビューではサインを書いてくれたのだから驚きだ

『フラッグ・デイ 父を想う日』

12月23日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国公開

監督:ショーン・ペン
出演:ディラン・ペン/ショーン・ペン
原題:FLAG DAY
2021年/アメリカ/112分
配給:ショウゲート
(c) 2021 VOCO Products, LLC

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