ポーランドのFerrum Audio(フェルム・オーディオ)の名前を知ったのは、昨秋体験したオーディオ用DC電源パワーサプライHYPSOS(ヒプソス)だった。小型DACが、付属ACアダプターからの給電に比べ、圧倒的に音質向上したのに驚いた。フェルム・オーディオはさらにHYPSOSとほぼ同じ横幅217mmのヘッドホンアンプ内蔵USB DAC/プリアンプERCO(エルツォ)、ヘッドホンアンプOOR(オア)と、矢継ぎ早に注目すべき新製品をリリース、旺盛な製品開発力を見せつけた。本稿ではこの3つを縦横に試聴する。
2020年ワルシャワに設立。確かな技術と製造能力を備えている
フェルム・オーディオは2020年、ワルシャワで設立された若いブランドだ。Ferrumは元素記号「Fe」の語源となった「鉄」を表すラテン語。創業者のMarcin Hamerla氏によると、ヨーロッパの伝統に乗っ取って名付けたという。ワルシャワ近郊はもともと鉄の産地で、ゲルマン民族がローマ帝国と戦った剣は、この地に産出した鉄からつくられた。フェルム・オーディオの母体となるHEM Electronicsはマイテック・デジタルのDACの開発/製造を担い、ここでDAC技術、MQA技術を磨き、オリジナルブランドとして興したという経緯だ。
ユニークな製品名はヨーロッパの様々な言語から発想している。スイッチング電源とリニア電源のハイブリッド構成による音響機器用DCパワーサプライ、HYPSOSは「崇高」を表すギリシャの哲学的概念だ。HY(brid) P(ower) S(upply) OSとも掛けている。出力は連続最大6A(瞬間最大9A)。対応機器はプリセットされたデバイスのリストから選ぶ。リストにない機種に対してはマニュアルにて5V DC〜30V DC間で設定可能だ。
ERCOはエスペラント語で「鉄鉱石」の意を持つヘッドホンアンプ内蔵USB DAC/プリアンプ。DACチップはESSテクノロジー製ES9028PRO。PCM 384kHz/32ビット、DSD 11.2MHzに対応。ACアダプターが付属し、HYPSOSと連携できる専用端子も備えている。
オランダ語で「耳」の意味のOORは、まさにその意の通り、ヘッドホンアンプだ。クラスAとクラスABの利点を持つ独自のディスクリート構成のアンプ回路、入力から出力までの一貫したフルバランス構成、XLR/RCAライン入力を持つプリアンプ機能……が特徴だ。
Headphone Amplifier
OOR
オープン価格(実勢価格35万2,000円前後)
●型式:ヘッドホンアンプ
●接続端子:アナログ音声入力2系統(XLR、RCA)、ヘッドホン出力2系統(6.3mm標準フォーン、4ピンXLR)、アナログ音声出力2系統(XLR、RCA)、ほか
●寸法/質量:W217×H50×D206mm/1.8kg
「OOR(オア)」は、フルバランス仕様のディスクリート回路で組まれたアナログタイプのヘッドホンアンプ。クラスAとクラスABの両者の利点を兼ね備えたアンプ回路により、極めてフラットな周波数特性と低歪みを実現しつつ、高いヘッドホン出力を実現している。電源部はHYPSOSのノウハウを盛り込んだこだわりの回路を搭載しているが、HYPSOS専用4ピン・コネクターを搭載し、HYPSOSから給電を行ない、電源品質を大幅に強化することもできる
D/A Convertor
ERCO
オープン価格(実勢価格42万3,500円前後)
●型式:D/Aコンバーター
●接続端子:デジタル音声入力3系統(同軸、光、USBTypeC)、アナログ音声入力1系統(RCA)、アナログ音声出力2系統(XLR、RCA)、ヘッドホン出力2系統(6.3mm標準フォーン、4.4mmバランス)ほか
●対応ビットレート/量子化ビット数:PCM・384kHz/32ビット、DSD・11.2MHz(ASIONative)、5.6MHz(DoP)
●寸法/質量:W217×H50×D206mm/1.8kg
「ERCO(エルツォ)」は、いわゆるハーフサイズの小型D/Aコンバーターで、4.4mmバランスおよび標準フォーン端子によるヘッドホン出力も内蔵している多機能モデル。ESSテクノロジー製ES9028PROを搭載し、そのDACの出力段から出力端子にまでフルバランス設計として、アナログ音声入力時130dB、デジタル音声入力時120dBという優れたダイナミックレンジを実現。音量調整はアナログ方式で可変出力時にも高い性能を発揮するという。MQAレンダリング/デコードにもARM製チップで対応している
Power Supply
HYPSOS
オープン価格(実勢価格19万8,000円前後)
●型式:電圧可変型DCパワーサプライ
●出力電圧範囲:5〜30V
●備考:別売りで給電用専用ケーブル各種あり
●寸法/質量:W217.5×H50×D206.5mm/2.89kg
「HYPSOS(ヒプソス)」は、外部電源アダプターを使ったオーディオ機器に向けた高品位パワーサプライ。ポイントは、出力電圧を5〜30Vの範囲で可変設定できることで、様々な機器への給電を実現している。内部的には、アナログリニア電源と、高効率なスイッチング電源を適材適所で用いたハイブリッド設計が施され、低リップルかつ低ノイズの理想的な電源共有を実現するという。給電用ケーブルは種類が多岐に渡るため、必要なケーブルは別売りになっている
●問合せ先:(株)エミライ
接続①② PC+ERCOを付属電源とHYPSOS経由給電を比較
では試聴に入ろう。アンプはデノンPMA-SX1 LIMITED、スピーカーはモニターオーディオPL300Ⅱだ。
まずはHYPSOSの実力を試した。音源は私の愛機、VAIO Zパソコンからのハイレゾ再生。ノラ・ジョーンズのデビュー作から最新マスタリングの「ドント・ノー・ホワイ」(以下、「ノラ・ジョーンズ」)、ドゥダメル指揮L.A.フィルの「くるみ割り人形」。PL300Ⅱによるスピーカー再生だ。
結論から述べると、やっぱり圧倒的に違った。付属電源ケーブルでの再生(接続①)では、「ノラ・ジョーンズ」の声のかすれ、強部でのメタリック感覚、ピアノの細身……などが気になった。ところがHYPSOS経由での給電(接続②)では、そんな問題点がほとんど解消したばかりか、音楽的な情報量が格段に増えたのである。低音のリジッドさ、ピアノの輪郭の立ち、透明感がまるで違う。天井が格段に高くなり、ベールを数枚矧がしたようなクリアーさと力感が得られた。「くるみ割り人形」も同様な変化だ。メタリックだった弦が実にしなやかに、豊潤になり、暖かな空気感まで現出した。音場の奥行感も深い。
接続① ERCO付属電源ケーブルでの給電と、接続②HYPSOS経由での給電時の比較
まずD/AコンバーターERCOとVAIO ZをUSBケーブルでつなぎ、HiVi視聴室のリファレンスアンプ/スピーカーと組み合わせて再生した(接続①)。次にHYPSOSを用いて、ERCOの電源を強化してみた(接続②/写真参照)
接続③④ PC+ERCO+ヘッドホンとヘッドホンアンプOOR追加時との比較
ERCOとOORはどちらの機器もヘッドホンアンプ機能を持つ。となると、ヘッドホン鑑賞用には、どちらに接続すればよいだろうか。信号はDACのERCOからヘッドホンアンプのOORに流れるわけで、DACそのもので聴くのか、ヘッドホンアンプが加わった音を聴くのかという違いだ。ハイエンドヘッドホン・ファイナルのD8000で再生した。まずDACのERCOのみ(接続③)から。電源は機器付属のACアダプター。「くるみ割り人形」は前と同じだが、そもそも素晴らしい音だ。力感があり、ハイコントラストで鮮明。奥行方向の音場情報も多く、これはこれで満足できる音調だ。
ではここからERCOとRCAケーブルで結んだヘッドホンアンプOORで聴く(接続④)。実に興味深い結果だ、ダイレクトさに徹したDACダイレクト再生と、さらに音楽的なフレーバーをまぶし、雰囲気を絶妙に高めたヘッドホンアンプ経由の再生という違いだ。ERCOが出力する優秀なオーディオ信号に、OORが音楽性という付加価値を与えたのであった。
接続③④ ERCOとOORのヘッドホン出力の比較(付属電源アダプターを使用)
次にERCOのヘッドホン出力(接続③)と、ERCOにOORを加えたときの音質(接続④)を比べてみた。ヘッドホンは麻倉さん愛用のファイナルD8000 Editionを用いた(標準フォーン端子を使用)。なお接続③と④ではそれぞれの製品の付属電源アダプターを使っている
接続⑤⑥ HYPSOS給電時でPC+ERCO+ヘッドホンとヘッドホンアンプOOR追加時を比較
次はERCOとOORのヘッドホン出力の比較をHYPSOSから給電して確認する。HYPSOSからの電源出力を2系統に分岐する「Ferrum Power Splitter」で、両者に給電した状態での比較だ。当然、接続③、④よりHYPSOS効果の分はクォリティは上がるはずだ。「ノラ・ジョーンズ」を、HYPSOS+ERCOで聴く(接続⑤)。非常にクリアーで、透明感が格段に高い。粒状もたいへん細かい。
HYPSOS+ERCO+OOR(接続⑥)はどうか。圧倒的に素晴らしい。情報量と情緒量がこれほど高い次元で両立する音が聴けるとは……。ひとつは音のボディ感。ヴォーカルはもちろんギター、ピアノ、ドラムスなどの音像が豊かさを増し、総体として音場が豊潤になった。ERCOが得た音情報をそのままストレートに出すのではなく、生体的に心地好い、ヒューマンな味わいを加えることで、音像の肌触りがより快感的になり、彩度感が格段に上がった。ヴォーカルの細やかなニュアンスもよりこまやかに。別の言い方をすると、DACのみでは筋肉質のシェイプアップした姿であり、それにヘッドホンアンプを加えると、ふくよかで艶めかしい、均整が取れた美女に変身するのである。
接続⑤⑥ ERCOとOORのヘッドホン出力の比較(HYPSOSからの給電時)
さらにERCOとOORのヘッドホン出力をHYPSOSからの給電に変えて比較してみた(接続⑤/接続⑥)。給電方法以外は、接続③/接続④と同じ状態だ
接続⑦ プレーヤーからのアナログ出力とヘッドホンとヘッドホンアンプOOR追加時を比較
接続⑦はUHDブルーレイの再生。パナソニックDP-UB9000からアナログ出力とデジタル同軸接続のERCOのアナログ出力を比較する。シアター用途としてのテストだ。ERCOは、HYPSOSから給電し、デノンとモニターオーディオによるスピーカー再生だ。作品はUHDブルーレイ『アリー/スター誕生』からチャプター7、レディー・ガガの絶唱「シャロー」だ。
まずUB9000のアナログ出力は十分以上のクォリティだ。明瞭でキレがシャープ。だが音色はややクールだ。ERCOでアナログ変換すると、おお、ドラマティックに向上したではないか。格段に上質になり、鮮明度が上がり、音の粒子も細やかになった。安定した低音の上にヴィヴッドなギター、濃密なハイトーンのヴォーカルがまさに得手に帆を上げて、飛翔する。高剛性の音は、映像とジャストマッチする。
接続⑦ UB9000のアナログ出力とデジタル同軸でERCO経由のUHDブルーレイの比較
ERCO+HYPSOSの高品位DACシステムをAV再生に用いたときのパフォーマンスを接続⑦で行なった。DP-UB9000からのアナログ2ch出力と(著作権保護技術の関係でフルスペックでは出力されないが)PCMの同軸デジタル2chの2系統の出力方法で、ERCOにつないでいる
接続⑧ ERCO+OOR+D8000でUHDブルーレイをヘッドホン再生
接続⑧は『アリー/スター誕生』をERCO+OORにてヘッドホンを用いて再生する。どちらもHYPSOSからの給電だ。圧倒的に素晴らしい。ヴォーカルに品格が与えられ、ギターはさらに生々しく、デュエットの粒立ちも細やかだ。まさに生命力が迸る。HYPSOSの高品位電源+ERCOの高情報性+OORの高情緒性に加え、ベリリウム振動板のファイナルD8000連合の、緻密再現の総合的な合わせ技の成果だ。
通常はスクリーンの脇、もしくは背後にスピーカーが置かれ、スクリーンから音が出てくるように感じるわけだが、ヘッドホンではスクリーンとの距離があり、しかも頭内定位だから、画音は一致せず、音場・音像的には不自然なものにはなる。でも、これほどの高品質の音が聴けるなら、ヘッドホンリスニング+大画面というコンビも面白いかもしれない。
Ferrum Audioの3つの機器は、目のつけどころがたいへんシャープな力作だ。ぜひ縦横に使いこなしたい。
接続⑧ ERCO+OORでヘッドホン再生
ERCO+OOR+HYPSOS(接続⑥の状態)で、UB9000から同軸デジタル接続、ファイナルのヘッドホンを駆動してみた。今回は120インチワイドのスクリーン表示での大画面再生と超高品位ヘッドホン再生とのコンビネーションだ
本記事の掲載は『HiVi 2023年冬号』