草原や樹木の美しさ、自然光の暖かさ、ゆっくりした会話のテンポ、画面も展開も極めてアコースティックでオーガニックだ。なのにこれは確実に未来の話なのである。そうだなあ、今の社会の進み具合、荒れ具合から考えると、この映画のようなストーリーが実際のエピソードとして人々の間に登場するのは、あと100年ぐらい先になるのかもしれない。とにかく映画の舞台は未来世界なのだ。
この未来世界では、「テクノ」と呼ばれる人型ロボットが普及していた。見かけはまるで人間、言葉も見事にあやつる。知識も豊富だ。人柄(機械柄)も実に穏やか。このロボットを「所有」しているのは、茶葉の販売店を営むジェイクという男。彼と妻のカイラ、中国系の養女であるミカは、ヤンという名の「テクノ」と家族同様に接し、平和な毎日を送っていたのだが、ある日、ヤンは突然作動しなくなってしまう。ジェイクは、停止した「家電製品」の修理にかけずりまわるのだが、その過程で、ヤンの中に特殊な「動画撮影パーツ」があることに気づく。
この「パーツ」が物語の後半を加速させ、「えっ、次の展開はどうなるの?」と、外はすっかり寒くなっているというのに、ぼくは手に汗を握ってしまった。機械なのだから皮膚にシワが刻まれることもないし、声帯がゆるくなってくることも、腰が曲がってくることもない。だから見かけで年齢はわからない。だがヤンは時をかけていた。恋もしていた。ヒューマンドラマ、SF、過去、未来の境界線が溶けてゆく力作と声を大にしたい。
物語の中で、マルチレイショナルな人々が普通にとけあっているのもいい。とくに差別やヘイトに言及している箇所はないけれど、つまり、未来にはそういうものがない、あってはならないという作者の意思なのだと個人的には受け取った。
原作はアレクサンダー・ワインスタイン、監督・脚本・編集は韓国出身の異才、コゴナダ。坂本龍一がテーマ曲を手がけているのも話題だ。10月21日からTOHO シネマズ シャンテほかロードショー。
映画『アフター・ヤン』
10月21日(金)TOHOシネマズ シャンテほかロードショー
出演:コリン・ファレル、ジョディ・ターナー=スミス、ジャスティン・H・ミン、マレア・エマ・チャンドラウィジャヤ、ヘイリー・ルー・リチャードソン
監督・脚本・編集:コゴナダ
原作:アレクサンダー・ワインスタイン「Saying Goodbye to Yang」(短編小説集「Children of the New World」所収)
撮影監督:ベンジャミン・ローブ 美術デザイン:アレクサンドラ・シャラー 衣装デザイン:アージュン・バーシン 音楽:Aska Matsumiya オリジナル・テーマ:坂本龍一 フィーチャリング・ソング:「グライド」Performed by Mitski, Written by 小林武史 配給:キノフィルムズ 提供:木下グループ
2021年|アメリカ|英語|カラー|ビスタサイズ|5.1ch|96分|原題:After Yang|字幕翻訳:稲田嵯裕里|映倫:G一般
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【ストーリー】
“テクノ”と呼ばれる人型ロボットが、一般家庭にまで普及した未来世界。茶葉の販売店を営むジェイク、妻のカイラ、中国系の幼い養女ミカは、慎ましくも幸せな日々を送っていた。しかしロボットのヤンが突然の故障で動かなくなり、ヤンを本当の兄のように慕っていたミカはふさぎ込んでしまう。修理の手段を模索するジェイクは、ヤンの体内に一日ごとに数秒間の動画を撮影できる特殊なパーツが組み込まれていることを発見。そのメモリバンクに保存された映像には、ジェイクの家族に向けられたヤンの温かな眼差し、そしてヤンがめぐり合った素性不明の若い女性の姿が記録されていた……。