粋と伊達、そして華を感じる音に感激! シナトラの傑作中の傑作ライヴを臨場感たっぷりに復刻レコード化

20世紀のアメリカを代表するヴォーカリストは誰かと尋ねれば、多くの人が「フランク・シナトラ」と答えるのではないだろうか。ショービジネス界におけるシナトラの存在はそれほど絶大で、それは私たち日本人の想像を遥かに超えるものだったに違いない。何しろ愛称が“ザ・ヴォイス”なのだから。

俳優としても活躍したシナトラは、半世紀以上の芸歴の中で実に多くのアルバムを輩出した。デビュー当初のハリー・ジェームス楽団やトミー・ドーシー楽団等の専属期以降は、シナトラの伴奏サポートといえば、ほぼお抱えといっていい編曲家ネルソン・リドルのオーケストラがあり、50年代以降の共演アルバムは枚挙に暇がない。

しかし、中には特例がある。スモールコンボとの共演であったり、他のビッグバンド/オーケストラとの吹き込みだ。その数少ない中のひとつが、ここでご紹介する『シナトラ・ライヴ・アット・サンズ』である。バックがカウント・ベイシー・オーケストラで、アレンジャーと指揮者としてクインシー・ジョーンズが参画したアルバムだ。ちなみに「サンズ」はラスベガスにあるカジノホテルで、当時の所有者はシナトラ本人である。

アナログレコード2枚組
『シナトラ・ライヴ・アット・ザ・サンズ/フランク・シナトラ』

(ユニバーサルミュージック/ステレオサウンドSSAR-065〜66)¥11,000 税込
●仕様:アナログレコード2枚組 33 1/3回転
●収録曲
[Side A]
1. Come Fly With Me
2. I've Got A Crush On You
3. I've Got You Under My Skin
4. The Shadow Of Your Smile
5. Street Of Dreams
6. One For My Baby (And One More For The Road)
[Side B]
1. Fly Me To The Moon (In Other Words)
2. One O'Clock Jump (Basie Instrumental)
3. “The Tea Break”
4. You Make Me Feel So Young

LP2
[Side A]
1. All Of Me (Basie Instrumental)
2. The September Of My Years
3. Get Me To The Church On Time
4. It Was A Very Good Year
5. Don't Worry ‘Bout Me
6. Makin' Whoopee ! (Basie Instrumental)
[Side B]
1. Where Or When
2. Angel Eyes
3. My Kind Of Town
4. “A Few Last Words” (Monologue)
5. My Kind Of Town (Reprise)
●演奏:カウント・ベイシー・オーケストラ、クインシー・ジョーンズ(アレンジ、指揮)
●録音:1966年1月26~29日、2月1日 ラスベガス、サンズ・ホテル(ライヴ)
●カッティングエンジニア:松下真也(Piccolo Audio Works)
●ライナーノート:ジャズ喫茶「ベイシー」店主・菅原正二、三具保夫
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公式な共演アルバムは2枚のみだが、シナトラとベイシーはどちらも当時人気絶頂だったわけで、発売時は大いに話題になったことだろう。ちなみにもう1枚の共演作『スウィング! シナトラ=ベイシー=クインシー』も実にゴキゲンなスタジオアルバムで、ステレオサウンドからSACDハイブリッド盤が発売されている。

『ライヴ・アット・サンズ』についても既にステレオサウンドからシングルレイヤーSACD+CDの2枚組がリリースされているのだが、今回のLPは制作プロセスがまったく異なる。SACDは米国保管のオリジナルアナログマスターから起こされた192kHz/24ビットのPCMデータを、東京・乃木坂のソニー・ミュージックスタジオに持ち込んで編集作業が行なわれた。

今回の2枚組アナログレコードのマスターは、日本国内で厳重に管理・保管されていたアナログテープだ。具体的には、1973年12月に日本盤LP制作用にと米国でダビングされた1/4インチ幅(38cm/s)オープンリールテープだ。ドルビー等のノイズリダクションが施されていない良好なコンディションを保っていたものを、何と驚くことに所有権を持つユニバーサルミュージックから特別に許可がおり、ダビング用コピーを作らず、アナログマスターを直接ラッカー盤制作に借り受けることができたのだ。

こうして望むべくもない好条件が整った制作の実務を、果たしてどこに委ねるかが肝心要である。今回はステレオサウンドの一連の高音質LPを手掛けてきた東京・湯島「ピッコロ・オーディオ・ワークス」主宰の松下真也氏に預けられた。しかも本盤での作業は、途中の工程にデジタル処理を一切組み込まない、フル・アナログ・プロセスによって実施されたことが画期的だ。具体的な使用機材は、アンペックス製管球式ヘッドアンプを組み合わせたテレフンケン製テープデッキ、ウェストレックス製ステレオカッターヘッドを組み込んだスカーリー製カッティグレースなど、松下氏が自らの手でフルレストアしたものだ。プレスはソニー・ミュージック静岡工場である。

私は同作のオリジナル盤LPを所持しており、長年愛聴してきた。古い2枚組の常套で、1枚目A面の裏がB面ではなく、D面になっているのは、オートチェンジャープレーヤー対応の名残だ(A面からB面への移行をスムーズにするため)。シナトラは決して声を張り上げるのでなく、抑揚をつけて滔々と歌う姿は、ダンディズムそのもの。ミュート・トランペットやワウワウ・トロンボーンなど、アンサンブルが実に力強くて分厚く、パワフルだ。

そのオリジナル盤と比較しても、今回の復刻盤の音質は上出来だ。全体にダイナミズムに満ちて、オリジナル盤に対してよりワイドレンジに感じる。もっとも顕著な違いは、ステージの隅々や客席の奥の奥まで見通せるような広大な立体感が感じられるところだ。ヴォーカルの克明な定位感とベイシー楽団のゴージャスな響きではオリジナル盤に軍配が上がるが、ステレオイメージの立体感では今回の復刻盤がより好ましい。

シナトラの歌にいつも感じるのは、「粋」や「伊達」なのだが、この復刻盤にはさらに「華」がある。オリジナル初版とはいえ、時間の経過でコンディションが落ちている手持ちの盤と違い、生き生きとした表情とフレッシュな声の色艶で、節回しが実に堂々としているのだ。

既発SACDも充分にいい音で、シナトラの話術にドッと沸く聴衆の反応、フワッと広がる会場のアンビエントが素晴らしい。しかし、ベイシー楽団のグイグイ迫るドライブ感は、今回の復刻盤に軍配が上がる。まさしくゴキゲンな臨場感なのである。さすがは松下氏の仕事だ。

歌と伴奏、音質だけでなく、本作をさらに優れたライヴ盤足らしめているのは、歌の途中のMCがたっぷり併録されていることだ。聴衆がシナトラに魅了され、大いに楽しんでいる様子が、英語に堪能でなかったとしても明瞭に伝わってくるはずだ。このあたりからもシナトラの第一級のエンターテイナーぶりが実感できるだろう。その場に居合わせなくてもその空気を感じ取ることができるのが再生芸術の醍醐味であり、ライヴ盤固有の愉しみに相違ない。

生まれつき鼓膜に障害があり、マイクスタンドからマイクを外して手持ちで歌うことで、あの独特のクルーナー唱法(小さな声で歌う)を生み出した希代のエンターテイナーは、数々の傑作アルバムを輩出してきたが、本作はその中でも内容・音質で屈指といってよい。それをこうして高音質なアナログレコードで聴けるとは、レコード復権に感謝感激である。

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