中森明菜さんが名曲の数々を歌ったカバーアルバム『歌姫』シリーズ。弊社ではその楽曲の中から、独自の選曲と構成を加えた『歌姫-Stereo Sound Selection』としてLPレコードでリリースしています。オーディオファンの皆様にもご好評いただき、3月24日には無事第4弾を発売いたしました。
その発売を記念し、オーディオ評論家の土方久明さんと弊社レコード事業部の武田昭彦による『歌姫』レコードの試聴回&対談を実施しました。試聴は4月に東京・銀座の東急プラザ5Fにオープンした「Space Is the Place」で、店内に設置された3つのオーディオシステムでレコードを再生しています。
前編では第1弾と最新盤の『歌姫Vol.4』を再生し、その成り立ちからミドルクラスのシステムで聴いた音の印象を紹介しました。続く後編では、フォークの楽曲をメインに収録した『歌姫Vol.2』と、比較的最近の名曲を収めた『歌姫Vol.3』をネタに、中森明菜さんとオーディオへの思いを語り尽くします。(編集部)
中森明菜:歌姫-Stereo Sound Selection- Vol.2(LP)
販売価格8,800円(税込)
[Side A] 1.神田川、2.旅の宿、3.シクラメンのかほり、4.22才の別れ、5.精霊流し
[Side B] 1.心もよう、2.思秋期、3.窓、4.黄昏のビギン
●カッティング エンジニア:武沢 茂(日本コロムビア株式会社)
――ここまでは『歌姫-Stereo Sound Selection』から1枚目と4枚目の音をお聴きいただきました。シリーズとしてはこの他に『歌姫Vol.2』と『歌姫Vol.3』が発売済みで、それぞれ選曲の基準も異なっています。Space Is the Placeにはあとふたつのオーディオシステムが準備されていますので、後編ではそれぞれのレコードを別々のシステムで再生してみたいと思います。
まずはスピーカーがスペンドール「Classic 3/1」、プリメインアンプがトライオード「TRV-88SER」、レコードプレーヤーがティアック「TN-5BB」というシステムで、『歌姫Vol.2』をお聴き下さい。
武田 A面1曲目の「神田川」とB面1曲目の「心もよう」を再生しました。どちらも編曲は鳥山雄司さんが手がけています。
土方 このディスクは、いわゆるフォークの楽曲が多いですね。
武田 前編でも申し上げましたが、僕自身は、オーディオは記録と記憶を辿る趣味だと思っています。『歌姫』シリーズでは誰もが知っている楽曲を楽しんでもらおうと思っており、そのひとつとしてフォークに特化したアルバムがあってもいいのでは、と思って選曲しました。
土方 たまたまですが、フォークの楽曲とこのシステムは相性がよかったですね。TRV-88SERはコストパフォーマンスの高さでたいへん人気のある真空管アンプですが、アナログレコードとの組み合わせで、艶のあるヴォーカルを聴かせてくれました。音楽的という点でも素晴らしかったですね。
最初に聞いた「神田川」は、ご存知の通り1970年代の日本を代表するフォークバンド、かぐや姫の代表曲です。さらにいうなら、南こうせつとかぐや姫という、第2期かぐや姫時代の曲です。
この曲は既に、荻野目洋子さんや坂本冬美さんもカバーしていますが、南こうせつさんの切なく情緒的な歌い回しを、中森明菜さんは本当に上手に歌っていますね。イントロのギターの弦を弾く質感はリアルで、艶やかでスペンドールのよさがよく出ています。
そして、“若かったあの頃、何も怖くなかった ただあなたの優しさが怖かった”というフレーズの血の通ったような声質と口元に少しだけかかるリバーブによる歌い回しには鳥肌が立ちました。バイオリンの滑らかな抑揚表現と弦楽器のアコースティックな質感表現もアナログならではですね。
「心もよう」は、アレンジがフラメンコ調に大きく変えられており、新鮮です。左右から聞こえるギターに囲まれた彼女のヴォーカルが、センターにファントム定位します。曲の後半になると壮大な表現になって盛り上がってきますが、そこに負けない彼女の表情豊かな歌唱力には感銘を受けますね。
武田 同じマスターを使っていますが、音を聴けば、このレコードはCDとはまったく違うということが分かってもらえると思います。レコードで聴いた時、収録された楽曲そのもののよさがきちんと伝わるように、中森明菜さんの歌にもフォーカスしながら、同時にアレンジの妙もしっかり伝わるようにエンジニアさんにお願いしています。
土方 それは1枚目とは音作りの方針を変えたということですか?
武田 基本的な考え方は同じですが、ディスクによって勢いのある曲が多い場合と、しっとりした曲が多い場合があります。『歌姫Vol.2』はフォーク調で比較的おとなしい楽曲が多いので、小さな音量で聞いた時にも曲のニュアンスがしっかり再現できるようにしています。
土方 その狙いが、再生システムともばっちりはまったんですね。それにしても同じシリーズなのに、一枚一枚のコンセプトを踏まえて音作りの方向性を変えているあたりには作り手の熱意を感じますね。感動しました。
中森明菜:歌姫-Stereo Sound Selection- Vol.3(LP)
販売価格8,800円(税込)
[Side A] 1.雪の華、2.桃色吐息、3.ハナミズキ、4.別れの予感
[SideB] 1.悪女、2.長い間、3.ダンスはうまく踊れない、4.恋の予感
●カッティング エンジニア:武沢 茂(日本コロムビア株式会社)
――では最後に、スピーカーにソナス・ファベール「MINIMA AMATOR II」、プリメインアンプにラックスマン「L-507Z」、レコードプレーヤーがデノン「DP-500M」というシステムで、『歌姫Vol.3』を再生したいと思います。
武田 このディスクは、ポピュラー系の曲を中心にセレクトしました。1枚目に収録できなかった曲を中心に、比較的最近のポップス系の曲を選んだ構成になっています。
土方 40代の僕にとって、一番よく知っている曲が多かったのがこのレコードでした。しかも青春時代に聴いていた曲が沢山入っています。
今日はA面1曲目の「雪の華」と、2曲目の「桃色吐息」を聴きましたが、中森明菜さんの歌い回しがいい。彼女は曲の勘所をよく分かっていますね。聴かせどころがドンピシャで、聴き惚れてしまいました。
「雪の華」は平成〜令和を代表する歌姫、中島美嘉さんの代表曲です。僕も彼女の楽曲が大好きで、イベントでもハイレゾファイルをよく再生するのですが、今回の「雪の華」でも新しい発見がありました。
オリジナルではイントロからピアノが始まり、楽曲の切ないイメージを作り出しています。それに対し本バージョンはヴォーカルと楽器が同時に始まって、そこに琴や尺八が加わっており、とてもインパクトがありました。切ない曲調と、哀愁が上手に表現できる彼女の歌との相性がとてもいいんですよね。
そして、それを支えるのが抜群の音楽性を持つL-507ZとMINIMA AMATOR IIの組み合わせ。「桃色吐息」も高橋真梨子さんの代表曲ですが、「雪の花」と比べるとヴォーカルの音像がよりシャープになりピンポイントに定位します。何より、中森明菜さんの歌の上手さが際立っていますね!
個人的にはこの2曲だけでも本盤は買いだと思います。その理由は僕のような1970〜80年に生まれた世代はJ-Pop黄金期を経験していて、この2曲はそんな世代の多くの人の心に刻まれていると思うのです。そんな楽曲をアナログで聴いていると、自分の使っているスピーカーやアンプ、アナログプレーヤーのよさを再発見してシステムが愛おしく思うはずです。
このレコードはそんな音がするような気がします。オーディオ評論をするようになり、今まで以上に世界中のアーティストの音楽を聴くようになりましたが、彼女の歌声を聴いていると、日本人でよかったと素直に思います。
武田 「雪の華」は鳥山雄司さんと三宅一徳さん、「桃色吐息」は千住明さんのアレンジが見事で、曲に彩りが加わっていると思います。
土方 これも、曲調がソナス・ファベールとラックスマン、デノンのシステムにはまりましたね。MINIMA AMATOR IIが1990年代の楽曲をちょっと明るめに鳴らし、プリメインアンプのL-507Zは録音した時代性まで感じられるようなサウンドを奏でてくれたので、収まりがとてもよかったと思いました。
プレーヤーのDP-500Mも、中森明菜さんの浸透力のある声を綺麗に聴かせてくれました。リビングにこのシステムがあったら、きっと幸せになれます。
――今日は『歌姫』シリーズをアナログレコードで聴いてもらうというテーマの試聴でしたが、いかがでしたか?
土方 最高でした。Space Is the Placeさんの3つのシステムで聴かせてもらいましたが、毎回鳥肌が立っていました(笑)。特に最後の「桃色吐息」は、表現力が抜群で涙が出そうでした。
アナログレコードで聴く女性ヴォーカルは、オーディオとしても最高の組み合わせだと思います。しかもそれを耳馴染みのある、よく知っている曲で、加えて中森明菜さんという頭抜けたけた歌唱力、音楽的表現を持っているアーティストが歌っているんですから、まさに夢のコラボです。
『歌姫』シリーズが、レコードでここまで魅力的に楽しめるということを、オーディオファンはもちろん、中森明菜さんのファンにもぜひ知ってもらいたいですね。そして、僕より若い世代にもこのレコードの音を聴いてもらいたい。今日は特にそう感じました。
武田 復刻レーベルとしては、アメリカのモービルフィデリティが有名です。以前同社のスタッフにインタビューした時に、インディペンデントレーベルである自分達が音楽作品を出すからには、それまで出ていたあらゆるソフトの音を聴いて、さらにマスターテープを徹底的に聴き直してから取り組むことが必要だと話していたのです。
それに加えて、モービルフィデリティではアナログ、SACD、CDといった様々なメディアで名盤・名作を復刻しています。これはリスナーの選択肢を広くしようと考えている証拠で、弊社でも見習うべきスタンスだと思っています。
また趣味のオーディオとしては、たとえばMMカートリッジをMCカートリッジに替えることでまた違うサウンドとして楽しめるはずです。『歌姫』シリーズを聴いてくれる方は、ぜひそういった楽しみ方も試していただきたいと思っています。
土方 それは違った表情の中森明菜さんの歌声が聴けるかもしれませんね。ここ数年はアナログブームということもあり、アナログレコード周辺の機材の性能もどんどんよくなっています。それらの機材で極限を追究してもいいし、お手軽な価格のプレーヤーで楽しんでもいい。
中森明菜ファンが今日の音を聴いたらもっともっと彼女をリスペクトして好きになると思います。CDではなかなかここまでの情緒性は感じにくいでしょうから、ぜひ一度この音を体験していただきたいですね。
――Space Is the Placeでは、今日我々が聴いたシステムで、気になるレコードを試聴させてもらえるそうですから、StereoSound ONLINE読者の方もぜひ足を運んでもらいたいですね。
土方 実は試聴しながら、ニヤニヤしていたんです。こんなに素敵なファニチャーやアイテムに囲まれて、エントリークラスからミドルクラスまでのオーディオ機器の音を体験できる空間はなかなかありませんからね。しかも銀座の真ん中で。
武田 中古レコードの品揃えもなかなか魅力的ですから、それを目当てにお店を訪ねてみるのもいいですよ。店名はサン・ラのアルバムタイトルから付けられているし、音楽ファンも納得のアイテムが揃っています。
レコードのいい音を、気軽に聴いてもらいたい。
いろいろな方に楽しんでもらえる3つのシステムを考えました
Space Is thePlaceに設置されているレコード再生システムのコーディネイトは、目黒の学芸大学にある老舗オーディオショップ、ホーム商会が手がけている。今回は、店長の船橋康雄さんに、それぞれのシステム選びのポイントをうかがった。(編集部)
今回はSpace Is the Placeでアナログレコードを体験できるシステムを3種類準備したいというご相談をいただきました。せっかくなので個性の違う組み合わせを考えたのです。
そこで、アメリカのJBL、イギリスのスペンドール、イタリアのソナス・ファベールと、スピーカーを核にシステムを選んでいます。スピーカーには音はもちろん、視覚的な違いもありますからね。そして、それぞれにどんなアンプを組み合わせるか考えていったのです。
JBLの「L100 Classic」は、ブルーのサランネットが綺麗なので、ぜひあの空間に置いてみたかった製品です。浪々とゆったりした音で鳴らしたいと思い、マッキントッシュ「MC7200」を組み合わせました。決して安くは無いけど、オーディオを指向する人が頑張って手に入れて欲しいシステムとして考えています。
また、来場者の方に管球式アンプの音も聴いてもらいたかったので、スペンドール「Classic 3/1」にはトライオード「TRV-88SER」を組み合わせました。このシステムでは、管球式CDプレーヤー「TRV-CD6SE」も楽しんでいただけます。ソナス・ファベール「MINIMA AMATOR II」は細かい情報まできちんと再現してくれるラックスマンのプリメインアンプ「L-507Z」との相性がいいだろうと思いました。
レコードプレーヤーはJBLとスペンドールにはティアック「TN-5BB」を組み合わせています。最近これくらいの価格帯の製品が少ないので、間違いなくお薦めです。スペンドールにはティアック「DP-500M」を組み合わせましたが、こちらもレコード初心者の方にぜひ一度聴いて欲しいモデルです。
もしSpace Is the Placeでレコードの音を聴いて、もっと色々なシステムを試聴したいと思ったら、学芸大学の店舗までおいで下さい。お待ちしています。(船橋康雄さん)