北欧デンマークを代表する老舗スピーカーメーカーのディナウディオは、その多岐にわたる製品ラインナップによって、オーディオファン、AVファンの多くに愛用されている。
現行では、トップレンジのConfidence(コンフィデンス)、ミドルレンジのEvoke(イヴォーク)をはじめ、熟練の職人が仕上げた2500セットの限定モデルHeritage(ヘリテージ)、さらにアンプ内蔵のFOCUS(フォーカス)や一体型スピーカーのMusicなど、魅力的な製品が揃う。
そんな同社スピーカーの中でも、エントリーレンジに属するEmit(エミット)シリーズが、このたび5年ぶりに全面刷新された。近年、10万円前後のエントリークラスのスピーカーは激戦区であり、その中で老舗メーカーの新作はどこまでの実力を備えているのだろうか。
そこで今回は、Emitシリーズの全スピーカーを一挙に試聴。基本となる2チャンネル再生からオーディオビジュアル用途のドルビーアトモス再生までをクォリティチェックした。
Emitのラインナップは全5機種。ブックシェルフタイプのEmit10とEmit20、フロアスタンディングタイプのEmit30、Emit50、そしてセンタースピーカーEmit25C。2チャンネルのステレオ再生から、マルチチャンネルシステムを用いたオーディオビジュアル用途まで広範囲にカバーするラインナップだ。
新型Emitシリーズの大きな特徴として、同社が2017年に完成させた巨大な計測室「Jupiter」を積極的に活用した設計があげられる。本施設では、13メートル四方の計測空間に31個のマイクロフォンを設置し、スピーカーを特殊クレーンで中央に設置して計測を行なう。
シリーズに共通する点は、28㎜口径のトゥイーター。最上位シリーズのConfidenceで採用されている「Esotar(エソター)3」系統の、DSR精密コーティングを施した派生ユニット「Ceroter(セロター)」が搭載されている。このユニット内部にはインナードーム「Hexis」が装着されているのも特色だ。
ミッドレンジ/ウーファーユニットは、MSP振動板とフェライト+セラミックで構成された二層式ストロンチウム・カーボン・マグネットシステムを搭載。乱気流を発生させないデュアルフレア型バスレフポートを採用する。
取材時にセッティングを行なっていて気がついたが、Emitシリーズは絶対的なコストの制約があるエントリークラスのスピーカーの中では重量級だ。たとえばデスクトップにも設置できるサイズのEmit10でさえ6.43㎏もある。
デザインにもこだわっており、キャビネットはインテリアにも合わせやすいウォルナット仕上げが追加された。また、スピーカーユニットを固定するねじがフロントバッフルから見えなくなり、より洗練された現代的な面持ちに進化している。スピーカー端子は、ディナウディオでは標準のシングルワイヤリング仕様で品質は高い。
4モデルを2chで比較試聴、2系統の個性を実感した
まずは2チャンネルから。再生システムは、再生プレーヤーソフト「Audirvana」をインストールしたMacbook Proをトランスポートとして、デノンのUSB DAC機能内蔵SACD/CDプレーヤーDCD-SX1リミテッドとUSB接続。同プリメインアンプPMA-SX1リミテッドでスピーカーを駆動する。
スピーカーセッティングについては、左右の距離(トゥイーターとトゥーター間)が約260㎝、バッフル面がリスナーに正対するような内ぶりに設定した。
試聴楽曲はヴォーカル曲にアデル「Easy on Me」、クラシックはジョン・ウィリアムズ指揮ウィーン・フィル「ライヴ・イン・ウィーン」である。
まずは14㎝MSPミッドレンジ/ウーファー搭載のコンパクトな2ウェイスピーカー、Emit10から再生したのだが、同席した編集部スタッフが感心するほどの音のよさ。クリアーな中高域が特徴で、低域もサイズのわりに出ており、アデルの口元は価格以上の生々しい表現。ジョン・ウィリアムズは聴感上の周波数レンジも広く、コントラバスなどの低域楽器もしっかりと伸びている。
Emit20は、18㎝MSPミッドレンジ/ウーファーを搭載する一般的なサイズの2ウェイ・ブックシェルフスピーカー。キャビネットサイズに余裕が出ることで付帯音が減り、低域レンジの伸びや空間表現がグッと上がる。しかし若干だが高域が目立ち、アデルのヴォーカルはハスキーに聴こえた。
続いてフロアスタンディングタイプのEmit30を試す。14㎝ウーファーとミッドレンジ、トゥイーターによる2.5ウェイ仕様で、横幅はEmit10と同じ。キャビネット容積が大きく上がったことで、低域の迫力とリアリティの両方が向上する。
安価なフロアスタンディングスピーカーは投入できるコストの関係で、キャビネットの剛性不足が発生するモデルがあり、ブックシェルフスピーカーに低域のリアリティで負けてしまうことがあるが、Emit30はそれもない。
Emit50は18㎝ウーファー2基と、15㎝ミッドレンジ、トゥイーターによる3ウェイ仕様。さらに本機だけは銅製ボイスコイルを採用している。ユニット数と余裕のあるエンクロージャーによる素晴らしいサウンドだ。アデルはヴォーカルおよびバックミュージックの情報量が多く、サウンドステージが広大で、しかも楽器の位置も明快だ。ジョン・ウィリアムズでは、聴感上の周波数レンジは広いが、ディテイルが決して大雑把にならない。高域の質感表現はシャープで気持ちがいいが、金管楽器が若干派手に聴こえる。中低域との質感表現が統一されていればさらに嬉しい。
印象的だったのは、14㎝ウーファー搭載のEmit10/Emit30と、18㎝ウーファー搭載のEmit20/Emit50では、微妙にキャラクターが違ったことだ。前者は各ユニットのつながりのよいスムーズな音で、後者は少し派手だがより躍動的に聴こえるので、好みに合わせて選びたいところ。
大音量の再生に強く、サラウンドにもぴったり
続いてサラウンド再生でのクォリティチェックを行なう。再生システムは、AVセンターにデノンAVC-X8500HA、UHDブルーレイプレーヤーにパナソニックDP-UB9000、サブウーファーはイクリプスTD725SWMK2を用意。視聴ソースはUHDブルーレイ『フォードvsフェラーリ』と『TENET テネット』を用いた。
まずはフロントにEmit30、サラウンドにEmit10を設置した5.1ch再生から。『フォードvsフェラーリ』チャプター1冒頭のレースシーンでは、エントリークラスのスピーカーとは思えない立体的な低域表現を聴き取れた。マット・デイモン演じるキャロル・シェルビーの声も太く明瞭で、シフトチェンジの金属音も実体感がある。チャプター21のトワイライトからテスト走行での爆発シーンや、『TENET テネット』チャプター1の劇場の襲撃シーンは、かなりの音量で聴いても低域のブーミーさがちゃんと抑えられている。
次に7.1chを試す。フロントにEmit50、サラウンドにEmit30、サラウンドバックにEmit20、センターはEmit25Cという体制だ。
HiVi誌2021年8月号でサラウンドスピーカーの数を増やした実践レビュー同様の好結果。『フォードvsフェラーリ』チャプター1はサーキットを走るレーシングカーの前後の移動感がシームレスになり、横方向から聞こえる小さいレベルのサラウンド音が明瞭に聴こえる。センタースピーカーから出るセリフの音は明瞭で、頭を動かしてもダイアローグがスクリーンに張り付いているように聴こえるのは、多人数で見る時などに好都合だ。『TENET テネット』のDTS-HDマスターオーディオ5.1ch音声は7.1chにアップミックスして再生したが、リスナーを取り囲む空間の密度が向上し、まさに物語の中にいるようなリッチな没入感である。
最後は、この7.1ch環境にEmit10をフロントハイトスピーカーとして追加した7.1.2構成のドルビーアトモス環境で再生した。高さ方向にフロント2本が加わったときの臨場感は流石といったところで、『フォードvsフェラーリ』チャプター1は、サーキットの広さがさらに感じられるようになった。チャプター21では、飛行場上空でわずかに聞こえる旅客機の音までハイトスピーカーからちゃんと聴こえて臨場感抜群だ。
改めて思うのは、ディナウディオのスピーカーは、音楽性とオーディオ的な再生尺度である分解能などのバランスが素晴らしい。Emitシリーズは安価だが、そんなディナウディオのDNAを感じ取れる完成度の高いスピーカーだった。
また価格を考えると低域表現が力強く、リアル、しかも大音量にも強い。ダイナミックレンジの広いシーンでの、小レベルから大レベルまでの追従力も価格以上の能力だと思う。そして4タイプ+センタースピーカーによる豊富なラインナップで、複数のスピーカーを使うシアター用途と音質的にもコスト的にも相性がよい。幅広く大活躍してくれるシリーズだ。