StereoSound ONLINE読者で「東映」の名前を知らない人はいないだろう。劇場作品はもちろん、人気テレビドラマや『仮面ライダー』『戦隊』シリーズといった特撮など、数多くの作品を作り続ける総合映像制作会社だ。さらに東京と京都の2ヵ所に撮影所を所有している国内唯一の存在でもある。
今回、そんな東映東京撮影所の取材に対応いただいたでので、短期連載としてお届けする。第1回は潮 晴男さんによる、東映東京撮影所長の木次谷良助さんと、撮影所次長兼スタジオ営業部長の阪井一哉さんへのインタビューをお楽しみいただきたい。(編集部)
編集部注:東映東京撮影所では、一般見学は受け付けていません
潮 今日はお時間をいただき、ありがとうございます。個人的にも東映さんの撮影所にお邪魔するのは初めてなので、とても楽しみです。まずは現在の東映東京撮影所の概要についてお聞かせいただけますでしょうか。ぼくの少年時代だと野球チームがあったなぁという思い出もあります。
木次谷 東京撮影所 所長の木次谷です。今日はおいでいただきありがとうございます。野球というと、東映フライヤーズの時代ですね(笑)。当時は撮影所の裏手にグラウンドや駐車場があるなど、敷地もかなり広かったようです。
大泉地区に広がる映画の故郷「東映東京撮影所」とは
東映東京撮影所の概要
●撮影所用地面積:約11,300坪(約37,300平方メートル)
●施設・設備:
・ステージ16稼働中(総面積1,896坪)=No.1(117坪)、No.2(117坪)、No.3(64坪)、No.5(187坪)、No.6(253坪)、No.7(193坪)、No.10(117坪)、No.11(121坪)、No.12(121坪)、No.16(61坪)、No.17(80坪)、No.18(63坪)、No.19(63坪)、No.20(131坪)、V1(104坪)、V2(104坪)
・デジタルセンター=試写室2室、ADR(アフレコ)、FOLY(生音)、MA、サウンド編集7室、オフライン編集8室、オンライン編集10室 他
・技術館=モーションキャプチャースタジオ、ADR3、ネガ編集室、サウンド編集室 他
・スタジオ21=食堂、喫茶、神社、ダビングステージ
・Gスタジオ=俳優控室43室、メイクルーム、衣装合せ室、リハーサル室 他
・プロダクションルーム=10室79部屋
潮 今でも映画スタジオとしては最大規模なんじゃありませんか?
木次谷 そこまでではないですね。撮影所の敷地としては37,300平方メートルですから、東宝さんの方が広いでしょう。
潮 さて、御社は東京と京都に撮影所をお持ちですが、それぞれで作っている作品に違いがあるのでしょうか。京都撮影所は映画撮影が中心ですか?
木次谷 最近は京都撮影所もテレビ作品が多いですね。ただ京都には時代劇ならではのスタッフや役者さんもいますので、時代劇を撮るなら京都撮影所というお声をいただいています。
潮 なるほど。一方で、東京撮影所は刑事ドラマや特撮番組が多いという気がしますが……。
木次谷 その前に、東京撮影所について説明したいと思います。東京撮影所は、外部の方からはひとつに見えるかもしれませんが、実はいくつかの会社から成り立っています。具体的には東映テレビプロダクション、東映デジタルセンター、東映デジタルラボ、そして東映東京撮影所といった会社が入っていて、我々は通称、大泉地区と呼んでいます。
東映テレビプロダクションは、『仮面ライダー』や『戦隊』シリーズ、『相棒』など、主にはテレビドラマを作っている会社です。
デジタルセンターは、作品の仕上げを担当する部署になります。もともとは撮影所の仕上げ部門である仕上げセンターという組織があったのですが、2010年頃にポスプロ作業がデジタルに移行してきたことを受けて、独立しました。
東映東京撮影所の沿革
1935年秋:新興キネマ撮影所として建設
1947年10月:(株)太泉スタジオ設立(1950年3月太泉映画に改称)
1951年4月:東横映画(株)、太泉映画(株)、東京映画配給(株)の3社合併により東映(株)創立。東映東京撮影所となる
1959年11月:(株)東映テレビ・プロダクション設立
2010年6月:東映(株)デジタルセンター稼働、東映デジタルラボ(株)赤坂・調布より一部移転
東映東京撮影所は1935年(昭和10年)に大泉の地で創業、今日までその場所から様々な映像作品を送り出し続けている。写真は上から1947年(昭和22年)、1963年(昭和38年)、2010年(平成22年)の航空写真
東映デジタルラボは調布にある東映ラボ・テックというフィルムを扱う現像所のデジタル部門で、フィルムからデジタルに変わった事を期に、東映デジタルラボとして、映像のグレーディングやデジタル処理など画に関するすべてを受け持つ部署になり、デジタルセンターに入っております。
こういった状況ですので、東宝さんや角川大映さんとは撮影所としての性格がやや異なっているかもしれません。今回のインタビューも、『仮面ライダー』などの特撮作品はテレビプロダクション、画や音のポスプロ関連についてはデジタルセンターといった具合に、それぞれの担当者に話を聞いていただくことになると思います。
潮 なるほど、職種によって分業化が進んでいるのですね。では改めて、映画作りとして東映東京撮影所全体でどういった作業ができるのか、から教えていただけますか。
木次谷 東京撮影所としては、大きくは、製作プロダクション機能としての製作部と、ステージのスケジュール管理運営を行うスタジオ営業部のふたつに分かれます。
ひと昔前、東映の自社製作作品が中心だった時代は、製作部が撮影ステージのスケジュール管理や人材、美術スタッフの手配をしていました。最近は外部製作作品やCM撮影などにステージをお貸しすることが増えてきましたので、ステージと美術スタッフを運営する部署としてスタジオ営業部に分かれたわけです。
潮 撮影ステージは数も多いから、管理も大変ですよね。ちなみにステージの稼働率はどれくらいなんですか?
阪井 スタジオ運営部長の阪井です。現在ここには16のステージがありますが、テレビプロダクションが『仮面ライダー』と『戦隊』シリーズを通年で撮影しており、その他にドラマの撮影もありますので、9ステージはテレビプロダクション専用に割り当てています。そのため単発の作品用に運営できるのは7ステージということになります。
潮 16のうち9ステージを常に使っているんですか、凄いですね。
阪井 テレビプロダクションは『仮面ライダー』と『戦隊』でそれぞれ年間50本以上の撮影があり、さらに映画版も作っていますので、ステージは常に使われています。こういった特撮作品の場合は合成作業もありますから、いつも稼働している状態です。
また、外部にステージをお貸しする際は美術装置スタッフも請け負う事になりますので、残り7ステージの運用もなかなかたいへんです。
潮 それはCM撮影での貸し出しも含まれるのですか?
木次谷 コマーシャル撮影も多いですね。撮影所の経営的には外部への貸しの方が効率がいいんですが、僕自身は製作部出身でもあり、製作と営業の2軸でスタジオを運営していきたいと考えています。
コンテンツの一から十まで、入り口から完成まで一貫して作業ができる撮影スタジオは絶対必要だと思っていますので、東映撮影所として製作プロダクション機能が充実している点も大事にしたいと思っています。
もうひとつ、東映東京撮影所の伝統として、俳優さん、役者さんを大切にするという文化があります。そのひとつとして、撮影所にキャスティング部が今でもあるのは東映ならではです。
通常キャスティングはプロデューサーが担当したり、専門会社に頼むのがほとんどですが、東映東京撮影所にはキャスティング部にキャスティングプロデューサーもいるので、外部に頼まなくてもキャスティング業務ができます。また、俳優さんが現場に入った時のケアやスケジュールを調整する俳優担当と呼ばれるスタッフもいます。俳優担当は撮影の時には出演者の防寒具を準備したり、駐車場、控え室に俳優さんの名札を準備したりといったことまで担当しています。映画会社として俳優さん、キャストを重んじているという気持ちの表れでもあります。
潮 そういった違いは、われわれ部外者にはまったく分からないので、興味深いですね。
木次谷 他にも、撮影所の施設内で、ステージ以外の場所でロケができる点もウリにしています。数年前のある作品では、撮影所のメインの道路を封鎖して札幌の狸小路のオープンセットを建てて撮影を行いました。また別の作品では、同じ場所に砂利を敷いて佐世保の闇市のオープンセットを建てて撮影を行ったこともあります。
昭和の時代には、裏にあった駐車場にセットの家を建てて火事の撮影をしたとか、『戦隊』シリーズの爆破シーンを撮影したという逸話も残っています。もちろん近隣の住民には了解をもらって、撮影の時間になると館内放送で「只今から爆破の撮影を行います」といったお知らせをしていました。
潮 ところで、先ほどおっしゃっていた映画の入り口から出口までというのは、具体的にどんな作業を指すのでしょう?
木次谷 自社製作であれば、東映本社の企画部と連携を取って、企画段階から一緒に予算作成、監督の選定、スタッフ編成も行い、台本ができたらロケハンを始め、キャスティングなどクランクインに向けたすべての準備を行います。
撮影が終わったら、デジタルセンターと一緒にポスプロ作業を行い、VFXなどが必要な場合はどんな処理をするかを決めて、整音からダビング、ファイナルミックスをして初号試写までのすべての作業を一貫して行います。
企画書から始まって、納品までを請け負うのが製作プロダクションの業務で、東京撮影所ではそれらがすべて可能ということです。外部作品の場合は、台本やメインキャストが決まった段階から、その他の現場作業を弊社で請け負うこともあります。
潮 その段階から完成まで請け負ってくれるなら、外部制作会社としては、仕事もスムーズで助かるのではないでしょうか?
木次谷 映画の製作費は、アバブ・ザ・ラインとビロウ・ザ・ラインに分かれます。前者は権利がある費目や企画に関わるもの、具体的には原作料とか脚本、音楽、メインキャストのギャラといったもので、後者が撮影の現場で使われる予算になります。ロケ費、衣装代、ポスプロ費用などです。
自社製作作品であれば、総予算を撮影所で管理しますが、外部作品ではビロウ・ザ・ラインの予算内で請け負うこともあります。その場合はどうしても予算的に厳しいケースも出てきます。
潮 劇場がデジタル上映になって、最終フォーマットもDCPなどフィルムとは違う形になっていますが、それに関連した変化はありますか?
阪井 劇場サイドでは、フィルムの焼き増しなどがなくなったぶん経費的なメリットがあるようです。
木次谷 ポスプロとしては作業量が増えました。サウンド面でも、昔はトラック数が限られていましたが、最近はチャンネル数も増えてきたので、音響効果もたいへんです。
潮 確かにドルビーアトモスなどは音を仕上げるだけでも時間がかかりますよね。
木次谷 技術が進化して、音自体もよくなっているのですが、そのぶん事前の仕込みだけでも何チャンネルも素材を準備しなくてはならないし、こだわりだしたらキリがないですね。
潮 撮影についてうかがいたいのですが、最近はすべてデジタルカメラを使っているのでしょうか?
木次谷 はい。近頃はほぼデジタルカメラでの撮影です。4K8Kも、フィルムで撮影してからスキャンした方がいいという考えもありますが、それではコストがかかってしまうので難しいところです。
阪井 昔は上映用フィルムの焼き増しなどがあったので、撮影用のフィルム代などはそれとセットにしてもらうことで、ほとんどコストがかかりませんでした。でも最近は撮影用フィルム自体が高価になってしまいましたからね。
潮 東映さんはデジタル撮影としては4Kが多いのでしょうか?
阪井 劇場作品では4Kも増えていますが、8Kはカメラや編集機器が高価なので、なかなか進んでいません。
潮 カメラは何台くらい揃えているのですか?
木次谷 弊社は今のところ、デジタルカメラは一台も保有していません。導入を検討したこともあったのですが、カメラの進化が早いので断念しました。またカメラマンによっても好みがありますので、作品ごとに最適な機材を調達しています。
潮 貸し出している7つのステージは、映画やCMなどのどういった使われ方が多いのでしょう?
阪井 どちらかというと映画作品がメインで、CMはその合間にスケジューリングすることが多いです。昨年の売り上げ実績は、映画が90%、ドラマ5%、CMが5%という比率でした。コロナ禍でしたが、他社制作作品や配信コンテンツが増えたおかげで、映画の比率が高くなっています。
潮 今後は撮影方法からポストプロダクションまで、さらにデジタル化が進んでいくと予想されます。最後に、東映東京撮影所としてどんな将来像をお持ちなのかお聞かせ下さい。
木次谷 最近は海外の製作者が日本でロケをすることも増えています。東京撮影所としては、そんな需要に応えたいと考えています。海外のスタッフにも、東映東京撮影所で映画を撮りたいと思ってもらえるといいですね。海外でも撮影からキャスティング、ポスプロまで揃った環境は少ないと思いますので。
潮 そこまでの展望を持った所長さんがいるということは、とても心強いですね。ぜひその夢を実現してください。
※次回に続く