ワイヤレス伝送技術のWiSA(Wireless Speaker and Audio)が注目を集めている。5GHz帯域を使い、最大96kHz/24ビット、8チャンネルまでのオーディオ信号を非圧縮伝送する技術で、先頃オンキヨーが本技術を搭載した「SOUND SPHERE」のクラウドファンディングを実施し、予想を遙かに超える支援を集めたことも話題になった。今回は、そのWiSAがどのようにして誕生し、またどんな特長を備えているのかについて、WiSA LLCプレジデントのTony Ostromさん(リモートにて)と、サミットワイアレス バイスプレジデント竹原茂昭さんにお話を聞いた。(編集部)
麻倉 最近よくWiSAの名前を耳にします。特にオンキヨーのSOUND SPHEREがクラウドファンディングで大成功を収めてからは一躍注目の的になりました。しかしWiSA自体は数年前に発表された技術で、海外では対応製品も数多く登場しています。今回は改めてWiSAの成り立ちから教えていただきたいと思います。
竹原 今日はおいでいただきありがとうございます。WiSAは高品質なワイヤレス電動を実現するための技術で、開発を始めたのは10〜12年前です。WiSAアソシエーションという団体が規格を制定しました。
WiSAは日本でも数年前から啓蒙活動を行っていましたが、なかなか普及に至っていませんでした。しかし今回、コロナ禍などでホームシアターが注目されるようになり、クローズアップされてきたという経緯があります。
麻倉 そうだったんですね。では改めて、WiSAの成り立ちについて日本のオーディオビジュアルファンに紹介していただけますか。
Tony WiSAはワイヤレス伝送を使った音楽再生技術です。一番の特徴としては、最大96kHz/24ビットの非圧縮オーディオ信号を伝送できます。この状態で8chまで、最大11基のスピーカーに対して伝送できるので、7.1chサラウンドや5.1.2のドルビーアトモスもサポートできます。
また低遅延で、96kHz/24ビットで2.6msec固定、48kHz/24ビットでは5.2msecという値を実現しています。このため、WiSAであれば有線接続と混在した場合でも、遅延が気にならない再生環境を構築できます。
麻倉 WiSAは48kHz/24ビットと96kHz/24ビットの音声信号を伝送できるということでしょうか?
Tony はい、規格上はその2種類が伝送できます。製品としては、受信側のスピーカーの設計によって48kHz/24ビットまでか、96kHz/24ビットに対応するかを選ぶことができます。送信機は入力信号をそのまま送り出す仕組で、最大96kHz/24ビットの伝送に対応しています。
麻倉 日本ではオンキヨーのSOUND SPHEREがWiSA対応モデル第一弾として登場しました。これはどんなシステムなのでしょう。
竹原 WiSA対応モデルは送信機と受信機がペアになっており、その間をワイヤレスで伝送します。これまでは、送信側はWiSA Ready TV(WiSA機能をサポートしたテレビ)にUSB送信機を接続するか、もしくはスピーカーメーカー独自のWiSAを内蔵した送信機で、受信機はアクティブスピーカーが中心でした。
昨年(2020年)末に、新しい単体送信機としてSoundSendをリリースしました。これはeARCに対応したHDMI入力を備えたボックスで、テレビとつないで音声信号を受け、スピーカーに音声信号を送り出します。オンキヨーさんのSOUND SPHEREはSoundSendとWiSA対応アクティブスピーカーをセットにしたもので、海外でも同様のSoundSendに自社のWiSAスピーカーを組み合わせた商品が発売されています。
麻倉 送信機のSoundSendは、色々なメーカーから発売されるのですか?
竹原 SoundSendはWiSAの承認を受ければ発売できます。その場合のブランド名は「WiSA」で、そこにメーカー名が併記されます。伝送技術はWiSAが提供し、そこにメーカー独自のカスタマイズを加えて発売することになります。オンキヨーさんの場合は、オンキョーカスタマイズと共に日本向けということでMPEG2-AACのデコード機能も追加されました。
Tony 音声信号をSoundSendからそれぞれの受信機(スピーカー)に送る際には5GHz帯域を使い、24チャンネル(編注:アメリカの場合。日本は電波法の関係で19チャンネルになる予定)までサポートしています。これによりきわめて安定したワイヤレス伝送を確保できますし、家庭内で複数のWiSAシステムを使っても、問題ありません。
麻倉 現在WiSA対応製品は何社から発売されているのでしょう?
Tony 70社以上の会社がWiSAメンバーになっており、北米では高級ラインとしてはクリプシュやハーマンカードン、B&Oなどがあります。またエンクローブ、プラテンといったブランドがミドルレンジの製品を発売しています。
麻倉 日本ではTVS REGZAのテレビがWiSA対応を発表しました。これはどういう仕様なのでしょう?
Tony テレビメーカー側の対応としては、「WiSA READY」と「WiSA SoundSend CERTIFIED」のふたつがあります。TVS REGZAはWiSA SoundSend CERTIFIED認証になります。
WiSA READYはLGやハイセンスのテレビに採用されている機能で、テレビ側でWiSAのコントロールや圧縮音声のデコードを行い、USB経由でWiSA送信機(USBトングル)に送って、そこからスピーカーに音声信号をワイヤレス伝送するものです。
SoundSend CERTIFIEDはテレビとの互換性をテスト・認証するものです。SoundSendはARCやeARC対応のテレビにつなぐことでWiSAが使えるようになりますが、SoundSend CERTIFIEDは、そのテレビとSoundSendをつなげばきちんと動作することを確認した証になります。
SoundSendの操作はスマホで行いますが、iOSとアンドロイド用、さらにアンドロイドTV用のアプリとして「WiSA SoundSend」を準備しました。ここから各スピーカーのレベルや位置調整ができます。オンキヨーさんのSOUND SPHEREに合わせて日本語版もリリース済みです。
麻倉 では改めて、WiSAの技術開発時にどのような苦労があったのかを教えてください。
Tony 登場した頃は、いくつかのメーカーがWiSAの技術を搭載した自社ブランド製品を発売していました。その頃は送信機とスピーカーで同じブランドのものを販売される事が多かったのですが、スピーカーメーカーから様々なブランドの送信機とつなぎたいという希望があり、昨今スピーカーメーカー、送信機メーカー、テレビメーカーが各々接続性を保ちながら製品を出荷されております。
またWiSAの一番のメリットとして、低遅延でリップシンクがコントロールできる点を重視していました。当時の一般的な音声ワイヤレス伝送は圧縮音声だったので、遅延は避けられませんでした。WiSAではそれを解消したいと考えたのです。早い時期から96kHz/24ビットの非圧縮伝送をサポートできることを表明していました。
今後のターゲットとしてはチャンネル数を増やしていきたいと考えています。実際にユーザーさんから5.1.2を超えるチャンネル数で使いたいという要望も多いので、検討していきたいと思います。
麻倉 低遅延が最大のポイントとのことですが、どのようにして低遅延を可能にしているのでしょうか?
Tony ワイヤレス伝送で音の遅延が発生する要因はふたつあります。ひとつは伝送帯域の関係から圧縮して送るので、それをデコードしなくてはなりません。もうひとつは、パケットデータをロスしたときのためにバッファを持って、パケットをすべて受信してから再生することです。
これに対しWiSAテクノロジーは非圧縮伝送で、バッファを持たないで音を鳴らせるように工夫しました。パケットロスがあった場合もWiSAの優れたエラーコレクションで常にきちんとした伝送を実現しています。96kHz/24ビット音声で8chまで伝送できるという点でも、われわれはこのやり方がベストだと考えています。
竹原 WiSAでは、再生時にふたつのRF(Radio Frequency)を送信機から伝送します。ひとつのRFにて空きチャンネルを使ってサウンドを転送しているとと共に、もうひとつのRFにて裏で別のチャンネルでもっと接続状態がいいものはないかを探しています。そしてより状態のいいチャンネルが見つかったらそちらに切り替えるのです。
麻倉 機器同士の接続はダイレクトですか?
竹原 はい、WiSAの場合は機器同士がダイレクトにつながりますので、ルーターは必要ありません。通信距離は9m四方の範囲で使うよう推奨されています。
麻倉 今回のWiSAの躍進は、SoundSendが登場したことがとても大きいとおっしゃっていました。こういった発想はどこから生まれたのでしょうか?
Tony WiSAには多くのスピーカーメーカーも参加しています。彼らからの要求として、出力側に制約があると困るので、なんとかしてすべてのテレビがWiSAスピーカーにつながるような提案が欲しいといわれていました。
最近は多くのテレビがARCやeARCに対応しており、eARCを使えばロスレス音声も通せるようになってきたので、これにつながる送信機があればいいと考えてSoundSendを開発したのです。
麻倉 すばらしいアイデアだと思います。さて、StereoSound ONLINEの読者にはハイエンドホームシアターを志向している人もいますが、そこで使えるようなWiSA製品という考えはありますか?
Tony WiSA対応スピーカーとしては、ペアで10万円くらいのものから、100万円を超える価格帯の製品まで既に多数ラインナップされています。
一方SoundSendはスピーカーとのセットで10万円前後の価格帯で、入門層向け製品として位置づけていますし、そこが人気の秘密でもあると考えています。ただ、ハイエンドスピーカーメーカーからも色々なアイデアが出てきていますので、SoundSendをベースにした高級機としての展開もあると思います。
WiSAのソリューションは基本的にはホームオーディオ向けでした。これに対し日本のマーケットはハイファイオーディオが中心ということもあり、なかなか受け入れてもらえなかったのではないかと考えています。
しかし今回、オンキヨーさんが違う角度から提案していただき、ひじょうにいい結果も出ています。そこから色々なことを学ばせていただきましたので、今後日本市場でWiSAをどのように展開していくかを考えていきます。またTVS REGZAさんが世界初のSoundSend CERTIFIEDの認証を発表してくれました。これも大きな進歩になると思います。
麻倉 日本市場には多くのテレビメーカー、オーディオメーカーがありますから、彼らもWiSAを使った魅力的な製品をリリースしてくれることを期待したいですね。オーディオ機器のコネクションとしてWiSAは必ず入っている、そんな存在になっていくことを期待します。
Tony そうなると素晴らしいですね。そのためにも接続の安定度が重要だと考えています。またわれわれだけで技術を抱え込むのではなく、オープンフォーマットにして、スタンダードとして育てていくことが、WiSAの展開にとって欠かせないと考えています。
ふたつの海外製WiSAワイヤレスシステムの音を確認。
入門機からハイエンドまで、サラウンドの醍醐味を堪能できた …… 麻倉怜士
今日はサミットワイヤレスのデモルームにお邪魔して、海外で発売されているSoundSendシステムの音を聴かせていただきました。どちらもSoundSendとWiSA対応アクティブスピーカーの組み合わせです。
SoundSendにはソニーのeARC対応液晶テレビを組み合わせていますが、このテレビにはUHDブルーレイプレーヤーもつないであり、テレビ経由でドルビーアトモスなどのビットストリーム音声がSoundSendに伝送されることになります。
最初はプラテンというブランドの「モナコ」シリーズで、同じくプラテンの「ミラノ」シリーズから2本を加えた5.1.2システムでドルビーアトモスを再生してもらいました。
これほどのコンパクトサイズのシステムなのに、リッチな臨場感、迫力と躍動が感じられました。小口径ならではの反応のよさと、各チャンネルのスピーカーがまさにサラウンドの所定の位置にディスクリートとして置かれているからです。
テレビの音の拡張としてサウンドバーを使うことも多いですが、それでは発音位置が一箇所なので、マルチチャンネルの表現には限界があります。プラテンのWiSAワイヤレススピーカーなら、まさに空間で5.1chの醍醐味が味わえます。
UHDブルーレイ『ボヘミアン・ラプソディ』のライブシーンでは、歓声のサラウンド感、声の力感、コーラスの重奏感が、リッチな臨場感にて聴けました。同じくUHDブルーレイの『フォードVSフェラーリ』や、Netflixの配信での『ワイルド・スピードMEGA MAX』は、効果音の移動感、空間の充満感が、このコンパクトさなのに充分に楽しめました
次に同じくSoundSendを使ったクリプシュの「REFERENCE」シリーズも視聴しています。これはアメリカで発売されている5.1chシステムで、大型サブウーファー付きのハイエンドモデルになります。日本円で30万円ほどの製品とのことです。
WiSAの可能性を雄弁に教えてくれる音です。というのもプラテンの小型システムでは、「こんなにコンパクトなのに、WiSAは意外なほど臨場感豊かなサラウンドサウンドが楽しめた」というものでしたが、クリプシュの「REFERENCE」は、ユニットやエンクロージャーに豊かなリソースを与え、さらに大型サブウーファーを鳴らすと、WiSAにて、ここまでのクォリティが獲得できるのかに驚きました。
量感と質感が高い次元でバランスし、明瞭にて品質の高い音が聴けます。音質がいいばかりか、ディスクリートサラウンドなので、音場での定位感、移動感が実に精密で、クリアーに聴けました。WiSAでの、さらなるハイクォリティシステムへの展望が持てました。