4K、8K映像やHDRなど、最近のオーディオビジュアルでは高品質な映像フォーマットが数多く登場している。そして、それらを伝送するための規格として、HDMIの重要性が日に日に増している。そんな中、半導体メーカーのANALOG DEVICES(アナログ・デバイセズ)が、アメリカINVECAS(インベカス)社のHDMI事業を買収、オーディオビジュアル・ソリューションを、フルラインナップで提供すると発表した。アナログ・デバイセズといえば、SHARCプロセッサーのサプライヤーとしてオーディオビジュアルファンにもよく知られる存在だ。そんな同社がHDMIの分野でどんな展開を考えているのか? さっそく麻倉怜士さんと一緒に、担当者を直撃した。(編集部)

麻倉 アナログ・デバイセズといえば、AVセンターに不可欠な存在ともいえるSHARCプロセッサーを送り出すなど、オーディオビジュアルのクォリティを大きく飛躍させたブランドとして広く認知されています。しかし最近はSHARCプロセッサーのマイナーチェンジは行われているものの、なかなか表だった動きを感じられず、寂しい思いをしていました。

 そんなアナログ・デバイセズが、インベカスのHDMI事業を買収してオーディオビジュアル・ソリューション分野に再参入するというニュースが飛び込んできました。さらに今後は、HDMI2.1関連のチップも提供されるという報道もなされています。

 今日はそんなアナログ・デバイセズの新しい動きについて、なぜ今、こういった取り組みを始めたのか、さらに今後どんな展開を考えているのかといったお話をうかがいたいと思っています。

松村 アナログ・デバイセズ コンスーマ マネージャーの松村と申します。

 弊社は、アナログのビデオレコーダーから映像に関する業務をスタートしました。そして2006年頃のHDMI1.3や、HDMIが信号伝送のスタンダードになっていた2009年頃にはHDMI1.4のチップを製造していました。その後のHDMI2.0の時代は、チップを製造してはいたのですが、限られたお客様向けに提供していました。

麻倉 HDMI1.4は4K信号にも対応するなど、規格として大きな進化があったバージョンですね。当時のHDMI1.4は、チップメーカーとして取り組むべきアイテムだったのですね?

齋藤 デジタルプラットフォームチームでコンスーマを担当している齋藤です。HDMIは、映像を扱う上では避けて通れないアイテムでした。当時のシリコンイメージ社もHDMIチップを出されていたのですが、あちらはHDMIフォーラムのボードメンバーでしたので、早い時期から情報が手に入りますし、その分製品を早くだすことができました。

 一方、弊社はボードメンバーではなかったので、製品化に時間が掛かるのが実情でした。それもあり、A/Dコンバータとの複合チップを作るなどして、弊社も頑張っておりました。

麻倉 なるほど、このチップひとつあればA/D変換もできるから、アナログ映像もHDMIから出力できて便利ですよ、ということですね。それは需要もあったでしょう。

齋藤 AVセンター用としてお使いいただけるメーカーさんもありましたが、テレビなどではなかなか難しかったですね。

画像1: ANALOG DEVICES IS BACK! 半導体のリーディングカンパニーが拓く、新しいオーディオビジュアルの世界とは:麻倉怜士のいいもの研究所 レポート54

麻倉 HDMI2.0のチップは限られたユーザー向けだったとのことですが、具体的にはどんな使い方をされていたのでしょうか。

齋藤 HDMI2.0用のチップはほとんどが業務用で、カムコーダーなどの用途が多かったですね。家庭用テレビやAVセンターなどでは使われていませんでした。

麻倉 本当に知る人ぞ知る用途だったと。そんな状況で、いきなりインベカスを買収してHDMI2.1を取り扱うことになったわけですから、衝撃的ですね。

齋藤 内部にいるわれわれもびっくりしました。インベカスは元を正せば母体はシリコンイメージですから、まさか本家を買収するとは思ってもみませんでした。

 そもそもHDMI2.0とHDMI2.1の違いとしては、信号伝送時の方式としてこれまでのTMDS(Transition Minimized Differential Signaling:映像や音声信号をHDMIで通信する際に使われる高速シリアル伝送方式)に、FRL(Fixed Rate Link:クロック周波数を固定することで、HDMIの4チャンネルすべてをデータ送信用に使う方式。これにより48Gbpsのスピードを実現した)が追加された点が一番大きいわけです。

 今回の買収によって、FRLなど規格の段階から提案したエンジニアもみんなアナログ・デバイセズに加わったことになります。彼らが技術を開発してHDMIフォーラムで規格化したのですから、これは技術的にも大きなトピックです。

麻倉 今回のインベカスの買収は、会社全体ではなくHDMI事業についてということでしたが、そこには開発メンバーも含まれていたのですね。確かにアナログ・デバイセズにとっても、これは大きな獲得資産ですね。

松村 実は2015〜2016年頃までは、4K8Kを含めてHDMI技術を社内で開発していこうという意見はありました。4K8Kを含めてHDMI技術を開発していましたが、会社全体として他の注力事業への転換から開発中止となり、市場からは撤退しました。

 というのも、2000年半ばの日本のデジタル市場が好調だった頃は、アナログ・デバイセズの日本法人の売り上げではコンシューマーマーケットが大きなシェアを占めていましたが、市場の変化や動向により、コンシューマー製品向けの技術に力を入れるよりもB to Bに注力しようということになり、HDMIの技術開発から撤退したという経緯もあります。ですので、今回インベカスを買収することによって、われわれ自身もHDMIをもう一度やるんだと意気込んだ次第です。

麻倉 改めてHDMI2.1からしっかりやるぞ、というわけですか。ということは、コンシューマープロダクツ向けも含めて改めて取り組むこということですね。

松村 そういうことになります。

麻倉 でも、2000年代とは日本メーカーの数そのものや、世界市場での影響力も変わっています。改めてコンスーマープロダクツ向けのチップを扱うとなると、当時とは違う戦略も必要です。そのあたりはどうお考えですか?

齋藤 ひとつには、ワンストップショップを目指す方法があると思います。音専用、映像専用チップではなく、絵も音も制御もできますという提案です。弊社のお客様であるメーカーさんも、アナログ・デバイセズのチップなら音も絵も対応できますので、開発もやりやすくなるでしょう。

麻倉 例えば私がAVセンターを開発したいと思ったら、アナログ・デバイセズに相談すればHDMI周りは一括で対応してもらえるということですね。オーディオ系のチップはそもそもお得意ですし、確かにワンストップショップとして信頼できる存在になりそうです。

齋藤 そうなってくれればと思っています。

画像2: ANALOG DEVICES IS BACK! 半導体のリーディングカンパニーが拓く、新しいオーディオビジュアルの世界とは:麻倉怜士のいいもの研究所 レポート54

麻倉 さていよいよHDMIですが、最新のHDMI2.1はゲーム機やテレビなど様々な用途が期待されています。アナログ・デバイセズとして、HDMIをどう扱っていくのでしょうか。

松村 HDMIフォーラムのボードメンバーというインベカスの立場を引き継ぐわけですから、それを活用して開発から検証まで手がけていくことで、新しい提案をしていきたいと考えています。

麻倉 なるほど、これからはHDMIの規格そのものにも関わっていくわけですね。それは大きなアドバンテージです。今後どんな製品を開発していこうとお考えなのでしょう。

松村 直近の新製品として「ADV7672」を発表しました。これは、HDMIの2入力、2出力を備えたチップです。伝送スピードは10Gビット×4レーンの40Gbps対応ですので、8K/60p/4:2:0の10ビット信号が通ります。もちろん4K/120p/4:4:4の10ビット信号も大丈夫です。

 またこのチップでは、同じ画面を2出力から同時再生できるとか、どのポートから入った信号をどのポートにも任意に出力できるといった、マトリックススイッチといわれる機能も備えています。AVセンターにお使いいただいて、UHDブルーレイからの信号を、プロジェクターとテレビの両方に任意に出力できることになります。

麻倉 HDMIの2入力2出力という仕様は、他社のチップに比べても優れているのですか?

松村 現時点ADV7672以外で、このクォリティの映像信号を同時に2出力可能なチップはありません。別の目的用に作られているSoCにこのような機能が入っているものがあるかもしれませんが、そちらとはチップとしての規模が違います。スイッチチップとしてはおそらく世界唯一だと思います。

麻倉 ADV7672自体はインベカスで開発されたのですか?

松村 開発はインベカスですが、量産化したのはアナログ・デバイセズになってからです。既に本製品の採用を前向きに検討いただいた商品もあり、近いうちに市場に出てくる予定となっています。この他にも48Gbpsのスピードに対応したチップなどを、秋に向けてリリースしていく予定です。

齋藤 最近のAV機器はハードウェア的に複雑になっていますので、それを制御するソフトウェアの開発も負荷が大きくなっています。それもあって、チップメーカーのエンジニアが開発時に協力するというケースも増えてきました。弊社ならHDMI周りからオーディオ用チップまで幅広く揃えていますから、ソフトウェアの開発も総合的にサポートできます。

画像3: ANALOG DEVICES IS BACK! 半導体のリーディングカンパニーが拓く、新しいオーディオビジュアルの世界とは:麻倉怜士のいいもの研究所 レポート54

麻倉 なるほど、アナログ・デバイセズとして今回インベカスを買収した理由がわかりました。チップメーカーとしては、これまでのように個別のICを供給するだけでなく、それらをつないでいかなくてはいけない。そうなった時に、クライアントとしてはどこまで対応してくれるのか、どれくらい使いやすいのかという点が選択基準になりますね。

齋藤 弊社はもともとオーディオ関連のアイテムは充実していましたが、最新のHDMIはぽっかり抜けていました。今回そこにインベカスを持ってくることで、穴を埋めようという考えです。

麻倉 HDMI2.1ではゲーム用としてVRR(Variable Refresh Rate:可変リフレッシュレート)やALLM(Audio Low Latency Mode:低遅延モードと高画質モードを自動的に切り換えてくれる機能)など様々な信号が規定されています。アナログ・デバイセズとしては、どこまで対応するのでしょうか?

齋藤 それらの仕様は規格で決まっていますので、弊社のチップでコントロールするというよりは、後ろのチップにきちんとデータを渡してあげるということになります。この点については既に対応できています。

麻倉 HDMI以外のアイテムで、アナログ・デバイセズとして、これからコンシューマーマーケットで、どんな製品にフォーカスしていこうとお考えですか?

松村 ひとつはトゥルーワイヤレスイヤホンやスマートスイッチのようなウェアラブルマーケットで、もうひとつはPCやスマホといったパーソナルエレクトロニクスです。他にもプロシューマー関係、ミキサーなどの録音システムや、テレビやAVセンターといったホームシアター機器、もちろん大きなジャンルとしてゲーミングも考えています。

齋藤 3DイメージングのToF(Time of Flight:測距)カメラも手がけています。例えばAVセンターにToFカメラを取り付けて、人が居るところに向けて音場を補正するといった機能も実現できます。実際に今年のCESオンラインでこういった提案のバーチャルデモを紹介しました。

麻倉 マルチチャンネル再生はスゥイートスポットが1ヵ所になりがちですので、これを使ってホームシアターでユーザーが座っている場所に音を最適化してくれたら嬉しい。これからのホームシアターで有効な機能になることでしょう。

松村 他にも、いい音のためには電源が重要です。弊社は2016年にLinear Technology Corporation(リニアテクノロジー)社を買収しましたが、その技術を活かして電源周りのICも品質がかなりよくなっています。これで様々なデバイスの音質改善にも貢献していると思います。

麻倉 スイッチング電源の高音質版ということですか?

齋藤 ローノイズのスイッチング電源とお考えください。マイクロモジュール化していますので、あらかじめ調整済みで出荷される点も特徴です。

松村 基板面積に対して周辺のパスが少なくなるというメリットもあります。基板面積や周辺部品を含めたトータルで効率のいい製品を作れるのがメリットだと考えています。

麻倉 最近はポータブルを含めていろいろなところにパワーアンプが入ってきていますが、それらすべてにトランスを積むわけにもいきません。スイッチング電源で音のいいものとなるとニーズはあるはずです。

画像: ●取材に協力いただいた方々。麻倉さんの左が、アナログ・デバイセズ株式会社 デジタル・デマンドジェネレーション デジタルプラットフォームスペシャリスト 齋藤伸平さんで、右が同インダストリアル アンド コンスーマ コンスーマ マネージャー 松村 健さん

●取材に協力いただいた方々。麻倉さんの左が、アナログ・デバイセズ株式会社 デジタル・デマンドジェネレーション デジタルプラットフォームスペシャリスト 齋藤伸平さんで、右が同インダストリアル アンド コンスーマ コンスーマ マネージャー 松村 健さん

松村 ウェアラブルデバイス用としては、バイタルサインモニタリングのためのMEMS(Micro Electro Mechanical Systems:微小電子機械システム)センサーなどもラインナップしています。

麻倉 最近はトゥルーワイヤレスイヤホンが大人気ですから、センサー類の需要も多いのではありませんか?

松村 かなりの反響とまでは申し上げられませんが(笑)、多くのメーカーさんに弊社のセンサーをご検討いただいております。他にもコーデックを受け持つDSPやクラスDアンプなどは弊社が得意としているジャンルになります。

麻倉 以前この連載で、映像配信高度化機構 事業展開委員会による22.2ch音声をドルビーアトモスに変換して家庭で再生する取り組みを取材したことがあります。ホームシアターのサラウンド再生で重要な提案だと思いますが、アナログ・デバイセズで22.2ch信号をドルビーアトモスに変換できるようなチップは開発されないのでしょうか?

齋藤 まだ研究段階ですが、22.2chを通すSHARCのプログラムを開発しています。SHARCで22.2chの信号を受けて、それをドルビーアトモスにするといった処理は可能になります。

麻倉 AVセンターにその機能が搭載されたら、22.2ch放送をドルビーアトモスで再生できるのですね、これはAVファンとして大いに期待したい。同時にHDMI経由で22.2ch信号をどう伝送するかも重要ですから、両方のチップを持つメーカーとして、ぜひトータルでソリューションを提案して欲しいですね。

 今回はアナログ・デバイセズがインベカスを買収したとのことで、一体何を考えているのかと思ってうかがいましたが、予想以上に興味深いいお話が聞けました。単に会社を吸収したということではなく、それぞれの特色を活かして、一緒になることで1+1が2以上になる、そんな成果を期待します。

 これからの希望として、ただ4K8K信号が通るだけではなく、アナログ・デバイセズのHDMIチップを使ったら絵がいい、音がいいといった価値も欲しいですね。クォリティのアナログ・デバイセズとして、スペックだけでなく官能面での評価が集まればオーディオビジュアルファンにとって製品選択時の基準にもなります。

 ある意味で満を持しての再登場になるのですから、だからこそ従来の延長ではない、こんなことができるのか、という提案が沢山でてくることを楽しみにしています。

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