6月30日(水)まで開催中の「技研公開2021オンライン」では、オーディオビジュアルファン注目の研究発表が多数紹介されている。前回の連載ではその中から麻倉さんが注目したふたつの技術を紹介した。後篇となる今回は、さらにふたつのテーマについてお届けする。ひとつはフレキシブル有機ELパネルを使った没入型VRディスプレイで、もうひとつは発光素子として使う量子ドット技術だ。どちらも近未来のディスプレイシーンを変えるかもしれない、重要な研究だ。その詳細を、紹介する。(編集部)
<テーマ3> 未来の没入型VRディスプレー
技研公開で毎回話題を集めているフレキシブル有機ELパネルを使った応用例だ。見ている人の前方約180度の視界をぐるりと囲むフレキシブルディスプレイと、映像と音に合わせて振動する椅子を組み合わせ、びっくりするほどリアルな没入感を体験できた。
シャープと共同開発した30インチのフレキシブル有機ELパネルはこれまで何度も目にしているが、この使い方は目から鱗。オランダ・アムステルダムを走るトラムの運転席に座っているような体感に興奮した。(麻倉)
麻倉 技研公開2021のオンライン動画で、一番興味を引かれたのがこの展示でした。ホントにそんなに感動できるの? と思ったくらいです。使っている有機ELパネルは30インチサイズなのですね。
岡田 こちらはシャープさんと共同開発したフレキシブル有機ELパネルです。特殊な工夫を施して、有機EL層をフィルムに蒸着させています。今回展示しているパネルは家庭用テレビのような映像処理回路は通さずに、信号をそのまま表示しています。
麻倉 今回は30型ですが、もっと大きなサイズにしようとは思わなかったんですか?
岡田 大画面パネルとなると、ちょっとハードルが上がってしまい、ムラなども発生しやすくなってしまいます。今回はそういった意味もあり30型を使っています。
麻倉 今回はVRディスプレイでの展示ですが、実際に製品化する場合には、曲がるテレビが主な用途になりますか?
岡田 まずはそうなるのではないかと考えています。表示面を自由に曲げられるので、ディスプレイとしても様々な可能性が広がるでしょう。今回は4K高画質と曲げられるという点を生かした没入型ディスプレイを展示しました。
麻倉 実物は、オンラインの動画を見て予想していたより曲がっています。
岡田 視野を約180度覆うように設計しています。ディスプレイの両端を結んだ位置まで近づいていただけると、かなりの没入感を味わえます。
麻倉 これはびっくりですね。トラムの運転席からの風景ですが、臨場感も凄いし、怖いくらいです。動画で女性が驚いているのを見てわざとらしいなぁと思っていましたが、体験したらもっと凄かった。
視界すべてを映像で覆うと、本当に没入できますね。街並みがリアルなのはもちろん、通行人の顔までしっかり見えるので、あたかもその場にいるかのようです。前だけでなく、横や後までパネルで囲えば、まさにリアルなVR体験ができるでしょ。
この映像は4Kカメラを3台使って撮影したのですか?
岡田 今回使っているのは、NHKの8K放送「BS8K」で放送した番組の映像です。もともと広角なレンズで撮影したコンテンツで、その意味では没入型ディスプレイと相性がよかったです。
麻倉 もし商品化されるなら、パネルのカーブが自由に調整できるといいですね。普段はフラットテレビとして家族で楽しんで、個人的に楽しみたい時は画面をカーブさせて没入感を追求する。様々な使い方のできるテレビとして人気になりますよ。
岡田 おっしゃっていただいた通り、このパネルは好み応じて曲げられるという所がウリです。そもそもすべてのコンテンツを没入した状態で見る必要はありませんから、ニュースなどを見る場合は平面で、映画やゲームを楽しむ場合は曲面でという使い分けができるといいと思います。
麻倉 今回の展示で一番苦労した点はどこだったのでしょう?
岡田 4Kパネル3枚を映像の乱れがないようにコントロールしなくてはなりませんので、駆動系の調整に苦労しました。過去の展示では1枚の4Kパネルでもそれなりに大がかりな機材が必要でしたが、今回はPC 1台で表示ができるようにしています。
麻倉 現実に体験して、このVRディスプレイの価値がわかりました。今日は来てよかった(笑)。ぜひリアルな展示の機会が実現したら、多くの方に体験してもらいたいですね。
<テーマ4> 色純度の高い量子ドット発光素子
量子ドット(QD)は、現在、液晶テレビの色変換フィルターとして活用されている。技研の研究はこれとは違い、QDに電流を流し、RGBを直接発光させる試みだ。現在人気の白色有機ELは大画面化が可能だが、カラーフィルターが必要で、色再現に課題がある。でもRGB塗り分けの有機ELは大画面化が難しい。そこで注目され始めたのが、QD発光だ。コアサイズが大きいと赤、中型は緑、小型になると青に発光する。印刷工程も可能で、巻き取り大画面も夢ではない。(麻倉)
麻倉 量子ドットはカラーフィルターとして使われているけれど、発光素子として使っている例は見たことがありません。これは、発光用に使うのは難しいからなのでしょうか?
岩崎 量子ドット発光はまだまだ研究段階です。材料にカドミウムを使った量子ドットでは特性のいいものも出来ていますし、ディスプレイに使われた例もあります。でも私たちとしてはカドミウムフリーが望ましいと思っていますので、その方向で研究を進めているところです。
麻倉 発光原理としては、量子ドットに電気を加えるとRGBに光るということでいいのでしょうか?
岩崎 はい、有機ELと同様の原理で光ります。イメージとしては、発光材料を有機ELから量子ドットに変えたものと考えていいと思います。
量子ドットの一般的な特性として、量子ドットのコアの大きさによって発光時の色が変わります。赤は大きい粒子、緑はそれより小さい粒子といった使い分けをしています。また構成する元素でも色が変わりますので、今回は青については粒子のサイズを小さくするのではなく、元素の種類を変えることで対応しています。
麻倉 サイズと素材のふたつの方向で最適な量子ドットを選んでいるというわけですね。現時点で色再現範囲はどれくらいなのでしょう?
岩崎 今回の展示サンプルではBT.709をクリアーし、BT.2020の80%も達成しました。カラーフィルターなどを使わないで、材料そのものでこの値を実現できているので、かなり広い範囲の色再現ができていると思います。
麻倉 それは立派です。量子ドット発光が有機ELよりも優れている点はどこでしょう?
岩崎 量子ドットはコアのサイズを変えることで発光波長を設定できるので、理想の色、純度の高い発光ができる可能性があります。また量子ドットはインクにできますので、ディスプレイパネルを印刷方式で製造できます。そうなれば大画面化も可能です。
麻倉 インクということは、何かの溶剤に溶かしているんですか?
岩崎 有機溶剤に分散させていますので、塗って成膜することができます。
麻倉 それは素晴らしい。大画面でRGB方式のパネルは作るのが難しいけれど、印刷方式が可能になればそれも解決されます。この技術の実用化はいつ頃を目指しているのでしょう?
岩崎 まだ具体的には見えていません。われわれとしては発光効率や色純度を上げるべく研究を進めています。もちろんゆくゆくはパネルメーカーさんに実際の製造にトライして欲しいと思っています。2020年代に実用化できるといいのですが……。
麻倉 今後のテーマは明るさと色純度なのでしょうが、そのためには材料から探すということになるのですか?
岩崎 現在のところ、カドミウムフリーで、赤と緑の発光特性がいい素材はイン化インジウムなので、それを使っています。青に関してはセレン化亜鉛系材料を使っています。われわれが取り組んだ中ではこれが一番いいと思っています。
麻倉 自発光で色純度が高いというのはディスプレイの理想ですから、ぜひNHK技研発の技術となるように頑張って下さい。
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