その甘い歌声と確かな歌唱で多くのアジア人を魅了したカリスマ歌姫テレサ・テン。この度ステレオサウンドからリリースされた2枚のLP『テレサ・テン ラストコンサート -1985.12.15 at NHK Hall-』は、今から30数年前に収録された、生前の彼女のソロコンサートを前編/後編に分けたものだ。
初めにお断わりしておくが、私はテレサの熱心なリスナーではない。したがって彼女の活動歴の中でこのコンサートがどれほど貴重なものか、あるいは当時の彼女を取り巻く環境がどうだったかは知る由もない(再来日/再デビュー後、紅白出場を果たした人気絶頂期であったようだ。詳細はコラムを参照)。
それでもこのコンサートの会場を埋め尽くしたファンがテレサの歌声に魅了されている雰囲気は、本盤の再生音から手に取るようにわかる。日本コロムビアのマスタリングエンジニア、名匠・武沢茂氏の手によってその濃密な空気感が克明に伝わってくるからだ。
本盤は、オリジナルのマルチチャンネルマスターからフルリミックスされたデジタルマスターを初めてアナログ化したもの。カッティングにはノイマンVMS70/SX74という不動のマシンとヘッドのペアが使用されている。180g重量盤でのリリースである。
前編は大ヒット曲「空港」からスタートする。搭乗アナウンスの効果音の後、哀愁たっぷりのサックスに導かれるようにテレサが歌い始める。静かだけれど熱い拍手が送られる。
B面に移って「釜山港へ帰れ」「浪花節だよ人生は」「北国の春」などの演歌の定番が続くが、ハイライトはラストの「夜来香(イェライシャン)」だろう。中国で広く愛されているという本楽曲にて、テレサの声はとても優しく、音像がセンターにくっきりと定位。伴奏もしっとりアダルトなムードだ。
後編のA面は「つぐない」「愛人」といった彼女のヒット曲でやはり声援が多く、会場のボルテージが徐々に上がっていることが伝わってくる。バックバンドの演奏は、そっと支えるような堅実なサポート。タイトなリズムと見事なアンサンブルで、編成は不詳ながら、編曲/芳野藤丸(元SHOGUNのギタリスト)とクレジットされていることから要所でシティポップ的な乗りも感じられて興味深い。
いや、それにしてもデジタルマスターのコンディションがよかったのだろう、まるで昨日収録されたかのような鮮度の高い臨場感だ。もちろん武沢エンジニアの巧みな手腕も発揮されてのこのハイクォリティサウンドなのは言うまでもない。
LPそのものの音質のよさ(とりわけ生々しいプレゼンス感とダイナミックレンジの広さ)はもちろん、テレサ・テンの歌手としての唯一無二の魅力も相まって、鑑賞にもデモンストレーションにも好適な盤が登場したというのが素直な感想である。
テレサ・テンにとっての生前最後のソロ公演を、
三十有余年の時を経た今、改めて身近な存在として楽しめます
1985年、「愛人」でヒットチャート連続10週第1位に輝いたテレサ・テンは、前年大ヒットした「つぐない」に続きこの年も日本有線大賞、全日本有線放送大賞の二冠を制覇し、念願であったNHK紅白歌合戦への初出場を果たします。このメモリアルな年に開催されたNHKホールでの公演は、テレサにとっての生前最後のソロ公演でもあります。
今回のアナログ盤製作に使用した音源は、この貴重なテレサのラスト・コンサートでの歌声を最高の音質で後世に残そうと意を決した日本のポリドール制作陣が、1999年、当時考え得る最良の録音機材を使用してオリジナルのマルチチャンネル・マスターテープからフルリミックス、トラックダウン、そしてマスタリングまでのすべてを新規に行なったデジタル・マスターです。
今回、アナログレコード盤の製作に腕を奮ったのは、日本コロムビアの名匠、武沢茂カッティングエンジニアです。ノイマンのカッティングマシンVMS70とカッターヘッドSX74を使用してテレサの魅力ある声質を最大限聴取できる音溝が武沢エンジニアの手によりラッカー盤に深く刻み込まれました。
収録から三十有余年の時を経た今もなおテレサの存在を身近に引き寄せてくれるのがオーディオの喜びです。ご愛用のシステムで、楽曲に対する深い精解と繊細な心理表現を併せ持つひと握りの優れた歌い手のみが誘える境地をご聴取ください。
日本に舞い降りたアジアの歌姫のラスト・ステージです。
(LPライナーノートより抜粋。文:原田知幸)