初めて覚えた外国人の名前がジャン=ポール・ベルモンドだった、というひとはけっこういるんじゃなかろうか。とくに寿命の折り返し地点を超えた者たちの間では。

 ぼくもそうだ。コマーシャルで断然好きだったのは、湖池屋のスナック「ポリンキー」のそれだった。もう何十年も見ていないので記憶を掘り返すしかないのだが、たしか擬人化されたスナック菓子が歌ったり踊ったりするものだったはずだ。そのスナック菓子は三体あって、それぞれ“ジャン”“ポール”“ベルモンド”という名前がついていた(※)。
(※現在は「ジャン」「ポール」「ベル」と改められている)

 それだけに、後年、ジャン=ポール・ベルモンドなる俳優が実在していて、しかも三人組ではなくひとりだということを知った時には心底驚いた。そしてすっかり嬉しくなった。これがポリンキー効果というものか、ずっと昔からこの俳優を知っているような親しみすら湧いてきた。ベルモンドは、ぼくと海外の映画を結びつけた恩人、文字通りのパスポート的存在である。

 彼独自のダンディズム、いい男なんだがガチガチの二枚目というわけではなくて、微妙に「かわいい隙」がある風情、これは今後外国作品に親しんでみようとか、フィルム時代のアクション表現をたどってみようと考えているような現在進行形、もしくは未来いっぱいの映画ファンに強くアピールするに違いない。

 そう思って久しかったところ、10月30日から新宿武蔵野館ほかにて、ベルモンドの特集上映が行なわれるというではないか! 上映作品は『大盗賊』『オー!』『大頭脳』『恐怖に襲われた街』『危険を買う男』『ムッシュとマドモアゼル』『警部』『プロフェッショナル』。全作品が未DVD&ブルーレイ化、国内未ソフト化、数十年ぶりの劇場公開にあたり、『プロフェッショナル』にいたっては今回が初公開とのこと。ジャン=リュック・ゴダール監督作品での演技や、アラン・ドロンとの共演とはまた異なる、でもしっかりダンディなところ、くずれたところ、粋なところ、ひょうきんなところは味わえるし、いうまでもなくアクションの魅力もたっぷり発揮されている。トリックがふんだんに盛り込まれたスリリングな展開、カメラのうまさ、まさにここというところで入り込んでくる音楽などなど、「約2時間、一気に引き込み、時の経過をまったく忘れさせる」マスターたちが集まった作品は、本当に時を超えて言葉の壁を越えておもしろいというしかない。

 今回はその中から、まずエンニオ・モリコーネの音楽担当作品をとりあげたい。2020年は、電話帳にしたら何冊になるんだろうと思うぐらい多くのひとが亡くなっている。後世の歴史家は間違いなくこの年を「呪われた一年」と見なすだろう。モリコーネの享年は91、イタリア、ヨーロッパを超えた地球規模のマエストロだった。

 セルジオ・レオーネ監督とのコンビ(『夕陽のガンマン』、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』など)、ジュゼッペ・トルナトーレ監督との『ニュー・シネマ・パラダイス』等、タイトルをきくだけで、あのメロディ・ラインが頭の中に浮かぶファンも多いのではなかろうか。今回の上映ラインナップの中では、『恐怖に襲われた街』(アンリ・ベルヌイユ監督)と『プロフェショナル』(ジョルジュ・ロートネル監督)がモリコーネの音楽だ。

 『恐怖~』は75年作品、徐々にクローズアップされていく高音の口笛にチューバの低音が重なり、ミュート・トランペットのかすかな響きとヴィオラ(だと思う)の荒っぽい弓弾きが、これから広がっていくだろう物語への不安(という名の期待)をかきたてる。いっぽう、話の途中でとある人物がかけるレコードから出てくる音楽という設定のところでは、“グルーヴィー・モリコーネ”と呼びたくなるようなサウンド作りで乗りの良いところを見せる。

 冒頭、殺されることになる女性の部屋に、ロバータ・フラックのセカンド・アルバムのジャケットがあるのも目を引く。ロバータといえば71年、楽曲「愛は面影の中に」がクリント・イーストウッド監督映画『恐怖のメロディ』に使用されたことを思い出す。ベルモンドは刑事役。作品を通して、パリ全体がまるでひとつの舞台であるかのように機能している。義眼の男との火花の散るような追っかけっこ、地下鉄の内部もてっぺんも使っての超巨大スケールのやりとりなど、「これぞアクション」と爽快な気持ちになる。

 もうひとつの『プロフェッショナル』は1981年の作品。アフリカとのあれこれも関わってくる内容ということ、主人公が明らかに権力者側の理不尽な理由でぶち込まれた刑務所から憤怒を持って誇り高く脱出するプロット等から、ぼくはいま上映中の『プリズン・エスケープ 脱出への10の鍵』(フランシス・アナン監督、こちらは実話を基にする)とも対比させながら見た。ベルモンドは、その、脱走する元・諜報部員の役。裏切られた恨みをはらさずにおくべきか、と、かつて彼を雇っていた要人たちに復讐への炎を燃やす。いくら身体能力に恵まれ、アイデアも冴えているとはいえ、ひとりで巨悪に立ち向かえるものだろうか? でもベルモンドならやってくれるだろう、という期待は最後の最後まで高まりこそすれ萎えることはない。

 モリコーネの音楽に関してはもう、「Chi Mai」(イタリア語でHoweverという意味)を何度でも味わえる、という点に尽きようか。もともとポーランドの映画監督、イェジー・カヴァレロヴィチの71年作品『マダレナ』に提供した曲であるようだが、ぼくは見ていない。でもこれほどのシンプルで泣ける旋律(しかもコード進行が凝っていて切ない)が思いついたら、何度も使いたくなろうというものだ。『マダレナ』サウンドトラックではストリングス(弦楽器)がスタッカート気味に旋律を奏し、ドラムはブラッシュ・ワークを使ってソフトそのものだが、『プロフェッショナル』ヴァージョンはシンセサイザーがキラキラ光り、ドラムスはスティックを使ってバシッと叩き、フレットレス・エレクトリック・ベースも響き渡る。この旋律が、淡々としたシーンであろうと、激しいシーンであろうと、血や暴力に結びつくシーンであろうと、突如出てきて、いかにも「そのために作られた曲なんですよ」的にハマるのはどうしてだ。実に興味深い。

 そして76年作品『危険を買う男』ではミシェル・コロンビエ(1939年生まれ、2004年死去)が音楽をつけている。彼の大先輩ミシェル・ルグランはモダン・ジャズをこよなく愛していたが(マイルス・デイヴィス、ジョン・コルトレーンとの共演作品もある)、コロンビエにはその次世代、エレクトリック・ジャズ フュージョン系のミュージシャンとの相性が抜群な音楽家というイメージがある。映画から離れ、ハービー・ハンコック、ラリー・カールトン、レイ・パーカーJr.(『ゴーストバスターズ』の主題歌で有名な)、ジャコ・パストリアスを迎えて制作したアルバム『Michel Colombier』は、日本でも『スーパー・フュージョン』というタイトルで出て、ジャズ界隈の雑誌でも大絶賛だった。

 この映画における、野太いハーモニカ、シンセサイザー、フレンチ・ホルン、ティンパニ、ディストーションをかけたエレクトリック・ギター等がそれぞれ豪快にうなりあう、相当に迫力のある音像はジャズやフュージョン・ファンにも相当な確率で訴えそうだ。とくにドラマーは、どう聴いてもビリー・コブハム以降のアプローチである。ストーリーに関しては、殺しの仕掛人であるところのベルモンドが、あえて政府の命令を受けて連続殺人事件の真犯人発見に動き出すところがポイント。性癖を絡めたストーリー、「オートバイ」と「自動車」と「飛行機」の用途の違いをよく生かした展開、飛んでいるジェット機内でのアグレッシヴな戦いなど、考えるほどにキメ細かな作品との印象を受けた。

『ジャン=ポール・ベルモンド傑作選』

10月30日(金)より、新宿武蔵野館ほか全国にて順次待望のロードショー
提供:キングレコード
配給・宣伝:エデン

上映作品

『大盗賊』(CARTOUCHE)
18世紀パリ、義賊カルトゥーシュの華麗なる恋と盗みの大冒険!

フィリップ・ド・ブロカ監督との初コンビ作にして、ルパン三世さながらの明るく女好きの盗賊ヒーローが大活躍する傑作アクション・コメディ。カルディナーレの可憐な魅力も見逃せない。監督:フィリップ・ド・ブロカ/共演:クラウディア・カルディナーレ、ジャン・ロシュフォール/音楽:ジョルジュ・ドルリュー(1961年・フランス映画/フランス語/カラー/シネスコ/116分)
a film by Philippe de Broca (C)1962 / STUDIOCANAL TF1 DA Vides S.A.S (Italie)

『大頭脳』(LE CERVEAU)
英、仏、伊、盗みのプロたちが挑む現金輸送列車強奪大作戦!

コメディの巨匠ウーリー監督が国際的オールスター・キャストと派手な見せ場の連続で描いた爆笑アクション巨編。盗みと騙しの頭脳プレイが満載の泥棒喜劇の大傑作! 監督:ジェラール・ウーリー/共演:デヴィッド・ニーヴン、ブールヴィル、イーライ・ウォラック(1969年・フランス、イタリア合作映画/フランス語/カラー/シネスコ/115分)
a film by Gerard Oury (C)1969 Gaumont (France) / Dino de Laurentiis Cinematografica (Italy)

『恐怖に襲われた街』(PEUR SUR LA VILLE)
連続殺人鬼を追え! 野獣刑事がパリで大暴走!

初の刑事役に挑み、危険なスタントの数々を自ら演じた仏版『ダーティ ハリー』ともいえるスーパー・アクション。『ポリス・ストーリー/香港国際警察』に多大な影響を与えた傑作! 監督:アンリ・ベルヌイユ/共演:シャルル・デネ、レア・マッサリ/音楽:エンニオ・モリコーネ(1975年・フランス映画/フランス語/カラー/ビスタサイズ (1:1.85/126分)
a film by Henri Verneuil (C)1975 STUDIOCANAL-Nicolas Lebovici Inficor Tous Droits Reserves

『危険を買う男』(L ALPAGUEUR)
一匹狼の仕事人が、警察も恐れる冷酷非情な悪を狩る!

フランスを恐怖のドン底に陥れた凶悪犯を逮捕すべく、政府高官は凄腕の事件解決請負人“ハンター”を雇った。初公開以来、幻となっていたベルモンド・アクションの決定版。監督:フィリップ・ラブロ/共演:ブルーノ・クレメル、ヴィクトール・ガリヴィエ/音楽:ミッシェル・コロンビエ(1976年・フランス映画/フランス語/カラー/ビスタサイズ (1:1.66)/110分)
a film by Philippe Labro (C)1976 STUDIOCANAL-Nicolas Lebovici Tous Droits Reserves

『オー!』(HOHO!!)
“怪盗ルパン+アル・カポネ”と呼ばれたギャングの生き様。

『冒険者たち』のスタッフ&ヒロインと組んだ青春犯罪アクション。レーサー崩れの若きギャングの成功と破滅を鮮烈に描く名作。ファッション・センスや愛用車の数々も必見! 監督:ロベール・アンリコ/原作:ジョゼ・ジョヴァンニ/共演:ジョアンナ・シムカス(1968年・フランス・イタリア合作映画/フランス語/カラー/ビスタサイズ(1:1.66)/103分)
a film by Robert Enricoa (C)1968 - TF1 DROITS AUDIOVISUELS - MEGA FILM 

『ムッシュとマドモアゼル』(L’ANIMAL)
命知らずのスタントマンが恋と映画にすべてをかける!

映画撮影現場を舞台に、ヒットメイカー・ジディ監督とのコンビで贈る爆笑アクション大活劇。ベルモンドが2役を演じて、笑いも危険も2倍増、ウェルチのセクシーな魅力も最高! 監督:クロード・ジディ/共演:ラクウェル・ウェルチ、クロード・シャブロル、ジェーン・バーキン(特別出演)(1977年・フランス映画/フランス語/カラー/シネスコ/116分)
a film by Claude Zidi(C)1977 STUDIOCANAL

『警部』(FLIC OU VOYOU)
正義か? 悪か? 2つの顔を持つ特命警部の大活躍!

スーパーカーに乗ってパリから南仏南仏ニースやって来た内部調査部の凄腕警部が、掟破りの潜入捜査で警察と犯罪組織の癒着を暴く。ワイルドでダンディな異色のポリス・アクション。監督:ジョルジュ・ロートネル/共演:マリー・ラフォレ、ジョルジュ・ジェレ/音楽:フィリップ・サルド(1979年・フランス映画/フランス語/カラー/ビスタサイズ (1:1.66)/107分)
a film by Georges Lautner (C)1979 STUDIOCANAL - GAUMONT

『プロフェッショナル』(LE PROFESSIONNEL)
国家に裏切られた男が、復讐のために帰って来た…。

アフリカでの暗殺作戦中に裏切られたフランス諜報部員の壮絶な復讐を描くリベンジ・アクション。哀愁のモリコーネ・サウンドが泣かせる劇場未公開の傑作、待望の日本初劇場公開! 監督:ジョルジュ・ロートネル/共演:ロベール・オッセン、ミシェル・ボーヌ/音楽:エンニオ・モリコーネ(1981年・フランス映画/フランス語/カラー/ビスタサイズ (1:1.66)/108分)
a film by Georges Lautner (C)1981 STUDIOCANAL

This article is a sponsored article by
''.