長いあいだオーディオ用真空管の王様などといわれたWE300Bの流通が厳しさを増し、米国での再生産の見通しについても相変わらず透明度を欠いたままのためだろうか。ヨーロッパ産の古典的な3極出力管をつかったハイエンドクラスのアンプがぼつぼつ現れているようだ。当機もその仲間で、終段にテレフンケン銘のRV258を使用し、出力真空管無しヴァージョンも用意される。
往年の欧州球はほとんどが日本ではあまり知られておらず、元来稀少な存在なので、わずかなチャンスを逃せば雲上のマボロシで終ることにもなりかねない。好事家向きのアンプが少数供給されるだけでもけっこう。出所不明な真空管単体を購入するとしたら、それなりの授業料を覚悟する必要がありそうだ。
RV258は発表年不詳(1920年代?)の直熱3極管。プレート電圧800V、電流40mA。マイナス80Vのグリッドバイアスで8.5Wのパワーが得られるオーディオ用出力管である。トリエーテッドタングステンのフィラメントは7V 1.1A定格。WE300Bに比べるとやや旧式で低効率な球だが、やはり劇場などの業務用途にひろくつかわれたようだ。4本のソケットピンはメス形。バナナプラグが差し込める。
ハイドンⅢはこの球にカットコアの特注アウトプットトランスを組み合わせ、無帰還で動作させている。厳密にいうなら、ドライブ段がSRPPなのでゼロNFBとはいえないかもしれないが。ヒーター回路は全段交流点火だが、特許取得済みというノイズ打消し回路をドライブ段のグリッド帰路と出力段カソードに接続することでS/Nを高めた。カトレア製品おなじみの瀟洒な木枠付きシャーシは、8/16Ωのスピーカー出力端子その他のパーツ類すべてが天面に取付けられている。
たまたま出力規格の似通ったパワー管だったためWE300Bを引き合いに出したのだが、ドイツ生まれのRV258について、恥ずかしながら筆者はなんの知識も持ち合わせていない。見るのも聴くのもこれが初、だからうかつに音を比べてどう、などともっともらしいことをいうつもりはない。
ただ、ハイドンⅢと命名されたアンプが、大人びた雰囲気を添えながら味の濃い音楽を奏でた。それは確かな事実である。粛然としてどことなくスモーキーに聞こえるほど渋い音色表現は独特なもので、ワイドレンジな現代の高性能アンプはもとより米国系の古典球からも、あるいはPX族の欧州球からさえも聴き取り難い個性ではないかと思う。息をスッと溜めた発声で、噛み締めるように語りかけてくるヴォーカル。ややダークな飴色を帯び、嫋嫋の風情とはこのことと思わせる弦楽器。その種の魅力は格別だ。音量を欲張りすぎるとアタックが固まってきたりして、わりあい正直にプログラムソースを選ぶ。万能とはいえないが、なるほどこれならの稀有な説得力をもつ値打ちものと納得した。