わが国の高級スピーカー市場で現在もっとも人気の高いブランドといえば、英国のB&Wとイタリアのソナス・ファベールということになるだろうか。プロ用モニタースピーカーを出自とするB&Wと異なり、ソナス・ファベールは80年代半ばの創業以来、楽器的アプローチで「音もすがたも美しい」家庭用スピーカーを専門に開発してきた歴史を持つ。
寄木細工を思わせる見事な木工技術で同社スピーカーの個性を決定づけてきた創業者の故フランコ・セルブリンが2005年に同社を去ったのち、その衣鉢を継いだのは、フランコの薫陶を受けた1976年生れのパオロ・テッツォンだった。年若い彼の双肩にソナス・ファベールの看板を背負わせるのはいささか無理があるのでは……などと筆者はいらぬ心配をしたわけだが、2010年の超弩級機「ザ・ソナス・ファベール」以降、彼が手がけた同社製スピーカーは、安いものから高いものまでわが国をはじめ世界中で高く評価され、ソナス・ファベールの令名をいっそうの高みに押し上げることに貢献している。
ここに紹介するのは、2013年に登場したオリンピカ・シリーズの後継となるオリンピカ・ノヴァ。そのラインナップを構成する3モデル、ノヴァ1、ノヴァ3、ノヴァ5を聴いたが、どの製品もパオロ・テッツォンのスピーカーデザイナーとしての成熟が確信できるすばらしい音を奏で、心浮き立つ数時間を過ごすことができた。
見惚れるほどの美しさと
音への追求を両立させた
まず惹かれるのは、3モデルの佇まいの美しさだ(同社製スピーカーの外観デザインを手がけるのは、1980年生れのリヴィオ・ククッツァ)。キャビネットは北欧家具等でお馴染みのプライウッドが採用されている。薄い木板を8層重ね合わせ、プレス機で加圧することで美しい曲面を造形しようというわけだ。側板表面はウォルナットの突板半光沢仕上げで、その接合部にはメイプル材がダンピング材として使われている。また、キャビネット内部には補強リブが入念に配置されており、剛性強化に意が注がれていることがわかる。
フロント・バッフルも突板仕上げだが、ミッドレンジ(ノヴァ1の場合はウーファー) とトゥイーター周りにレザーが張られているのは同社お馴染みの手法。美的配慮とともにバッフルの共振を制御する効果を期待しての投入だろう。また、フロント・バッフルにはゴム製のストリング・グリルが用意されており、これを装着すると、雰囲気が俄然エレガントになる。イタリア人らしい洒落たセンスというか、こんなこと日本人デザイナーは絶対思いつかないだろう。
また、このシリーズは共通して左右非対称キャビネット・デザインが採られている。バスレフポートは斜め後方の直線ポートで、並行面のないキャビネット構造と最適な吸音材配置によりドライバーの背圧はキャビネット内で渦を巻くように螺旋状に動きながらポートから放射される仕組み。また、アルミ製のリフレックスポートが出口に配置され、気流の乱れを制御してノイズ成分の低減を図っている。なお今回のテストでは、ポートが内側に向き合うようにセッティングした。
キャビネットの天面と底面には、CNC加工されたアルミニウムプレートが取り付けられ、上下から挟み込んでクランプする構造。キャビネットをダンプして不要振動を抑制する効果を狙っているわけだ。ノヴァ3とノヴァ5の脚部は長く引き出されたウィングにスパイクが取り付けられており、スピーカー自体の振動や床からの不要共振をキャビネットに滞留させず、接地面に効率的に逃がすように設計されている。
ドライバーユニットはすべて自社設計。トゥイーターは28mmシルクドーム。頭頂部をダンピングすることでダイアフラムの逆相挙動を抑制、超高域までスムーズなレスポンスを実現する同社独自のDAD技術が採用されている。ミッドレンジ、ウーファー(ノヴァ1は15cm、ノヴァ3とノヴァ5は18cm)の振動板はともに、セルロースパルプにカポックやケナフ等の自然繊維を空気乾燥させて混ぜ合わせたペーパーコーン。トゥイーターともどもオーガニック素材が用いられている点が興味深い。
上位モデルになるほど
音楽のスケール感がアップ
最初に専用スタンドに載せたノヴァ1を聴いた(3モデルともにシングルワイアリングで低域側に接続して試聴)。ワイド&フラットレスポンスを印象づける晴々とした爽快なサウンド。5月号の『蜜蜂と遠雷』企画でピアニストの藤田真央さんに聴いてもらって大絶賛だったミニマ・アマトール2の中域の張った味わいの濃いサウンドに比べると、よりクセの少ないスムーズな音に聞こえる。
イリーナ・メジューエワがベートーヴェンのピアノ・ソナタを弾いた最新アルバムがとてもすばらしかった。音の立ち上がりがきわめて俊敏で、彼女の強靱なタッチを克明に描写し、音の消え際の表現も精妙。透明度の高い深い湖の底をのぞき見るかのようなS/N感に優れたサウンドを聴かせてくれたのである。プリンスの「レインボー・チルドレン」ではベースが低く沈み、量感もたっぷり。15cmウーファー搭載機とは思えない再現だが、これはバスレフチューニングの巧みさゆえだろう。また眼前に大きく広がるサウンドステージの視覚的再現性も見事というほかない。
ウッドベースを弾きながら歌うスタイナー・ラクネスの「ソング・フォー・ユー」のヴォーカルの艶と生々しさにも思わず息をのんだ。ウッドベースのウォームな響きのよさも本機の魅力だろう。デヴィッド・クロスビーの最新作から見事なコーラスが聴ける「グローリー」を聴いたが、一人一人のヴォーカル音像が明確で、響きの肌理がとても細かい。
では18cmウーファーが2基加わるノヴァ3にスイッチしてみよう。メジューエワの弾くベートーヴェンのピアノ・ソナタはノヴァ1以上にダイナミックな表現。とりわけ静けさが強調される印象で、休止符の気韻が深い。低域の余裕度が高まったことで、コンサートグランドピアノの巨大さがリアルに感じられるようになったのも興味深い。
プリンスの「レインボー・チルドレン」でも低域の余裕度の高さが活きて、アンプのボリュウムを何の不安もなく上げることができる。ベースはいっそう深く沈み込み、キックドラムの余韻も長く感じられる。またノヴァ1に比べてキャビネット容積は俄然大きくなっているわけだが、音がにじんだり鈍く感じさせることもない。補強リブによるキャビネットの剛性強化が効いているのだろう。
3ウェイ構成のメリットとして実感できるのが、中域のリニアリティの向上。ノヴァ1以上にヴォーカルの訴求力が高いのである。トム・ウェイツを思わせるスタイナー・ラクネスのしわがれ声がいっそう味わい深く感じられるし、デヴィッド・クロスビーの最新作で聴けるコーラスも4人のメンバーのヴォーカル音像がよりリアルに浮かび上がってくる印象だ。
最後に最上位モデルのノヴァ5を聴いてみた。音色や音像・音場表現はノヴァ3と共通しているが、ウーファーが2基から3基となり実効振動板面積が増えたことにより、低域の厚みや音楽のスケール感の表現が俄然増す印象となる。凄みのある鳴りっぷりに驚かされたメジューエワのピアノ・ソナタ。ドッドッドと唸りを上げる左手(低音部)の迫力といったらない。さすがノヴァ・シリーズのトップエンド・モデルだけあって、彼女の音楽にたいするパッションが3モデルのなかで突出して生々しく再現されているように思える。
また、演奏現場の空気感、立体的な音場感を見事に再現してみせるが、それをあからさまに強調するのではなく、まず聴覚として前景化されるのは、凝縮した音像表現の醍醐味である。これは3モデル共通の資質で、ここに本シリーズならではの魅力がある。
デノンAVC-X8500Hを用いて、ノヴァ5をフロントL/Rに、ノヴァ3をリスニングポイント側方、ノヴァ1を後方に置いてサラウンド・チャンネルを4本としたセンターレス、サブウーファーレスの6本スピーカー構成でUHDブルーレイの『AKIRA』やブルーレイ『コールド・ウォー/あの歌、2つの心』などの映画ソフトを再生してみた。音のテクスチャーが見事に揃った同一シリーズで構成したサラウンド・システムならではのまとまりのよさで、音が見事に溶け合って間然するところがない。また人の声を迫真的に聴かせるノヴァは映画再生にピッタリ。サラウンドchに大胆に振られた『AKIRA』のガムランやジェゴクの響きの生々しさも特筆モノで、ついテストを忘れてずっと観続けてしまったのだった。
●問合わせ先 : ㈱ノア TEL. 03(6902)0941
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